A.E.カーン『死のゲーム 戦争政策が子供たちに与える影響』抜粋(1955.2.15)

 ということで、今日は手塚治虫が言及している(悪書追放運動に関する手塚治虫の1969年における回想(『ぼくはマンガ家』から))、

“悪書追放”は、主に青年向きの三流雑誌が対象だったが、やがて矛先が子供漫画に向けられてきた。それがどうも、さっぱり要領を得ないつるし上げであった。たまたま、アメリカのジャーナリスト、A・E・カーン氏が「死のゲーム」という本を出し、日本にも紹介された。それによると、
「漫画の影響は冷たい戦争の必要によく合致している。なぜならば、何百万というアメリカの子供たちを、暴力・蛮行・突然死という概念に慣らしているからである」
 と言うのだが、それは、たしかに同意できるとしても、PTAや教育者の子供漫画のいびり方は、まるで重箱の隅をせせるようなやり方であった。

 このA.E.カーン『死のゲーム 戦争政策が子供たちに与える影響』の話をします。
 しかし、この本が1955年当時の「悪書追放運動」にどのような影響を与えたかは、皆目わかりません
 なぜなら、A.E.カーン『死のゲーム 戦争政策が子供たちに与える影響』に関する話をしているのは、今まで読んだテキストの中では手塚治虫のテキストだけなんです
 邦訳が刊行されたのは、奥付によると1955年2月15日、多分2月のはじめぐらいなんで、ここまで無視されるのがおかしいぐらいのテキストなんですけどね。
 ちなみに、原文は英語だったら全文読めます
Shunpiking History WAR ON THE MIND ALBERT E KAHN, The Game of Death.
 内容そのものは、副題が示している通り、米ソ冷戦時代の子供に関する興味深いテキストで、別に漫画・悪書のことに限定したものではないんですが、手塚治虫が紹介しているテキストがあるっぽい第5章を紹介しておきます。
 英文テキストはこちら。
Shunpiking History V. NIAGARA OF HORROR ALBERT E KAHN, The Game of Death.
 アメリカのほうでも同時期に同じような悪書追放運動がありましたが、まあそれは「ワーサム(フレデリック・ワーサム)」とかで検索してみてください。
 ということで、
The Game of Death: Effects of the Cold War on Our Children (1953)
A.E.カーン『死のゲーム 戦争政策が子供たちに与える影響』1955.2.15 小宮一郎・訳 理論社 p103-128

第五章 恐怖のナイヤガラ
 
われわれの文化においては、子供を堕落させることが一つの企業になっている。
ガーソン・レグマン「子供に与えるな」より
 
一 殺せ、殺せ、殺せ!
 
 一九五二年、一月二三日のライフ誌は、作家になってまだ五年しかたたないのに、アメリカの他のどの作家より広く読まれていると思われる若いアメリカ作家の驚異的な経歴を特種記事として掲載した。この作家はミッキイ・スピレーンという探偵小説作家である。ライフ誌によると、スピレーンの「性と殺人を扱った六冊の本は一三〇〇万部以上売られている」
 いみじくも「死の金髪の男」と題されたライフ誌の記事はつぎのように述べている。全部で四十八人の人間が、そのうちには「犯罪人」も含まれるが、今日までにスピレーンの小説のおかげで堕落してしまっている。このような急激な堕落に匹敵するものは、数の上から言ってかれの小説の主人公である「残忍な刑事マイク・ハマー」によって堕落させられたか、あるいは自ら堕落した「婦人のリスト」だけである。このスピレーン小説の主人公の功績についてライフ誌はつぎのように説明している。

 荒っぽい治安判事を自任するマイクが一九四七年に『私は陪審員』(注:邦題『裁くのは俺だ」)に初めて登場して以来、彼はニューヨークを洗いきよめようとしている。この小説で、彼は、女友達の精神病医が彼の親友を殺したことを発見する。激怒したマイクは全裸の彼女の腹部にピストルをうちこむ。……次は『俺のピストルは素速いぞ』(注:邦題『俺の拳銃は素早い』)で、マイクは悪漢を燃え上る家の中に追いつめ、焼け死のうとする中で冷静にも悪漢をピストルで殺す。最近の『燃える接吻を』(注:邦題 『燃える接吻』)では、マイクは片眼で他の悪漢のうごきをみながら悪漢の一人をもう一方の眼でうちころす。

『ある淋しい夜』(注:邦題『寂しい夜の出来事』)では、この最新式の探偵はアメリカにおける『赤の脅威』にたいして強烈なる一人十字軍をやっている。過激な市民を追跡する単純な方法を次のようにハマーは提案する。

「やつらには突然の死の味を味わせろ。やつらをとっつかまえて、逃れ道のない道に、案内してやれ。そうすれば腐った精神をもったうじ虫どもも観念するだろう。死というものはおかしなものだ。人は死を恐れる。片端しからやつらを殺せ。われわれがそれほど意気地なしではないことを示してやれ。殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!

 ライフ誌に載ったミッキイ・スピレーンの伝記資料によると、彼は「性とサディズム」の文学形式を発展させるために理想的修行をへて来た。探偵作家になる前のスピレーンは、漫画物語りの作家であったのである。(註)

(註)漫画物語りを卒業して探偵小説にうつっても、スピレーンは彼の読物を青年の中にうしなわぬであろう。スピレーンの小説は大人と同様、数えきれぬほどの十代の熱烈な愛読者を獲得している。アメリカ軍隊内におけるスピレーンの非常な流行について、ライフ誌のしるすところによると、「フランクフルトでは、スピレーンの売れ行きが非常なものなので、軍隊内の好ましからぬ読書傾向が表沙汰にならないようにと、司令官は実際の数字を発表するのを拒否した。」数十万のアメリカ青年は程なくスピレーンの小説の映画化にお目にかかるであろう。現在かれの六つの作品が、ある映画会社によって製作されている。この会社は、約二五万ドルを権利金としてスピレーンに支払うことになっている。

「漫画物語り出版企業は、第二次大戦後、いまではアメリカの雑誌のうちで最大の発行部数を獲得するに至った」と一九五一年のニューヨーク州議会の調査は報告している。
 一九五二年には、一億以上の漫画の本が毎月アメリカで売られた。----一年間ではゆうに十億部以上に達した。
 アメリカの子供の九八パーセントが、漫画本の定期購読者であって、平均一人の子供が一ヵ月に二〇冊から二五冊の漫画を読んでいるといろいろの調査で指摘されている。(註)

(註)最近レディス・ホーム・ジャーナル誌によって全国的に子供の調査をしたところ、州知事の名前を答えたものはわずかに五〇%であった。大統領の名前の答えられたのは九三%であった。ところがディック・トレイシイという漫画の主人公になると、九七%の子供が答えている。
 漫画本の読者はもちろん子供だけとは限らない。およそ五〇〇〇万の大人の読者がいると考えられる。

 クイーンズ・ジェネラル病院の精神衛生科の部長でニューヨーク・クエイカーの応急施設のラファージ病院の院長であるフレデリック・ウェアサム博士の言葉によると、

 漫画本は歴史上最大の出版の成功であり、子供たちにたいして最大の影響をあたえている。

 しかも漫画本の影響は冷い戦争の必要によく合致している。なぜならば、それらは何百万というアメリカの子供たちを、暴力、蛮行、突然の死という概念に慣らしているからである……。
「漫画本(コミック・ブック)」という名称は正しくない。漫画の本の圧倒的大多数は、ユーモラスな性格などはほとんど持っておらず、暴行、殺人、性的倒錯とサディズムと身の毛もよだつ冒険、犯罪、残忍性と血もこおる恐怖にみたされている。けばけばしい色彩で安っぽく描かれ、パルプ紙に雑誌大に安印刷されて、一部一〇セントで売られるこれらの出版物は醜悪と野獣性のとめどない奔流となってアメリカの子供たちの心をのみこんでいる。それらは人間を極悪な堕落者にえがき、筋骨隆々とした「超人」のリンチ行為を美化し、力と暴力の使用をほめそやし、死の苦しみを頓着ない日常茶飯の事としている。(註)

(註)犯罪、暴力漫画の主人公は超人的探偵、超人的警官、超人的カウボーイその他もろもろの超人であるのが普通である。主人公は、自然と人間の法則を無視しながら、一切の法をその手ににぎって、シカゴ・デーリイ・ニューズのスターリング・ノースの表現のごとく「頭巾をかぶった正義」をおこなっている。「暗黒の騎士」「キャプテン・アメリカ」「キャプテン真夜中」「ロケット・マン」「驚異人間」などという名前の主人公は、もっとも力の強い人間がもっとも高貴な人間であるという漫画の中心テーマを象徴している。しかもごていねいなことに、大抵の超人たちは、特別の神秘的な徽章のついたナチスの突撃隊ばりの制服を着用におよんでいる。
「指導者」の原理と力の賛美をこのように強調することの必然的結果は、漫画の中にあらわれた文化と学問にたいする嘲笑となっている。それゆえ、常套的登場人物は世界の破壊をたくらむ気狂い科学者や、髪を長くした気のふれた知識人となってあらわれる。

『子供に与えるな』と題する漫画の本についての辛辣なエッセイで、ガーソン・レグマンは一九四九年に述べている。「かりに一ページに一枚の暴力的さしえがあるとして----普通はこれ以上であるが----絵のわかる年令になった子供が一ヵ月あるいは一〇日に漫画の本を一回読むとしても、最低三百のなぐりあい、ピストルのうちあい、絞め殺し、苦悶と流血の光景を提供している……。このようにくりかえしてゆけば、子供になんでも教えることができる。……と同時に暴力は英雄的行為であり、殺人は熱のこもったスリルであるということを子供に教えるためにも利用されている」
 一九五一年に九二冊の漫画の本を分析したところ、つぎのような内容が報告されている。

大犯罪…216。サディスト的行為…86。小犯罪…309。反社会的行為…287。卑俗行為…186。肉体的障害…522。詳細な殺人の技術…14。

 つぎのようなものは漫画の本では普通にみられるところだ。焼きゴテで胸を焼かれる婦人。野獣の中に放りこまれたり、撃ち殺ろされたり、絞め殺されたり、火傷で死んだりする人々。両手を切断されたり、歯を引き抜かれたり、両眼に針をさされたりする人。
 典型的な物語りがクライム・サスペンス・ストーリー誌の一九五二年の六月〜七月号に掲載された。それは、ある医学校の教授が妻を殺して、証拠湮滅のため死体を切断し、そのあと、学生の解剖用においてある実験室の他の死体の中に一緒につるしてしまう物語りである。教授が妻を絞殺する場面を生ま生ましく描いた絵にはつぎの説明が読まれる。

「どれだけ長くたたかったか知らない。しかし不吉な静けさが私を冷静にさせる。彼女の肉体はぐったりとしている。眼はくびの廻りをしめつける私の指の圧力でとびだしている。台所用ナイフできざんでしまえば、彼女ということを全く湮滅できる。そうして、歯を引き抜き、宝石や着物をはいでしまえば妻だということは全然判らない。」

 つぎにおよそ五百の漫画本の代表的表題を示そう。大体が月刊で、現在アメリカの子供の読んでいるものである。

 恐怖への冒険。有名犯罪。実話犯罪。実話警察事件。ブラック・マジック。気を付けろ--恐怖。犯罪漫画。犯罪診療所。犯罪神秘。犯罪緊張物語。暗黒の神秘。デッド・エンド犯罪物語。妖怪。有名ギャング。ギャング・バスター。銃煙。恐怖の巣窟。恐怖への旅。無法者。殺人鬼ギャング。完全犯罪。迷宮犯罪。感化院の少女たち。地下室からの話。恐怖の墓。スリル犯罪事件。警察漫画。警察の列。驚異物語。神秘の蜘蛛の巣。運命の幻想。運命のスリラー。恐怖の世界。

 漫画のうちもっぱら戦争を扱ったものの数もどんどん増えてきている。例えば----

 原子力時代戦争。戦場の男。原子戦。戦場のわが軍。戦闘行為。スパイ事件。戦場の叫び。スパイ戦。戦場便り。スパイ狩り。戦争物語。これが戦争だ。戦線。アメリカ落下傘部隊。作戦部隊。アメリカ戦車隊。戦う海兵隊。戦争の冒険。戦争物語。戦争漫画。戦争の英雄。GIジョー。戦線の若者。

 大部分を朝鮮戦争に取材した狂暴な血なまぐさい戦争や、破壊的空襲、白兵戦を内容とした戦争漫画には、獣のような形相をした中国兵や北鮮兵の頭を、ライフル銃の台尻で粉砕しているものすごい顔をしたアメリカ兵の絵や、手榴弾で相手をふきとばしたり、機関銃や銃剣や火焔放射気で殺戮している絵がみちみちている。『戦線』の一九五二年八月号にのった典型的な表紙には、アメリカ兵が北鮮兵の腹部に銃剣を突き刺している絵が描かれ、つぎの説明の文句がみられる。「俺か敵かのどちらかがこうなるのだ。俺は前にとびこんだ。冷い鋼鉄の銃剣に敵の胃袋の破裂するのを感じた」この『戦線』の巻頭言にはつぎのようにかかれている。

 真実を知れ! 生きた戦争の現実をみよ。激烈な戦争が迫るごとく一ページ毎にスリルが爆発している……。
 戦闘の歴史! 恐怖と緊張の瞬間にあふれた栄光と血の塊りの物語り……。
 きつね穴の勇気、一発の砲弾毎に死は金切声で叫ぶ。
 真実。行動。歴史。勇気。スリル。緊張。活劇が『戦線』の中で展開される。

 漫画を通じて全国の子供の感じ易い心の中に大規模に詰め込まれているのは、このような堕落した人間と戦争の映像である。
「世界の歴史において、このような文学が、特に子供のための文学が、かつて存在したことはない」とガーソン・レグマンは述べている。(註)

(註)すべての漫画が犯罪、性、腐敗、戦争をあつかっているわけではない。聖書や文学古典に取材したものもある。また動物が主人公の漫画もある。しかしほとんど例外なく動物漫画はサディズムと暴力でみたされている。古典に取材した漫画でも恐ろしい。残酷なエピソードに重点をおいている。
 進歩的性格をもった漫画もいくつかあるが、これらは差別とたたかうことの重要なこととか、そのほか民主的概念を強調している。しかし、こうした漫画の数は、恐怖や犯罪、戦争の漫画にくらべると微々たるものである。
 漫画を建設的教育の目的に使用している例として全米電機ラジオ機械工労働組合で発行している『チャッグ・チャッグ』がある。これは労働組合運動が個々の家庭および社会全般にもたらした利益を絵入りで子供のために解説したものである。ところで一九五三年のはじめにマサチューセッツ州議会でエドモンド・J・ドンラン議員は『チャッグ・チャッグ』を「容共的」だと攻撃し、発行者の組織は、「階級憎悪の宣伝」を拡げているから審査せねばならないと主張した。これは時代の風潮を象徴するにふさわしい。

 ますます多くのアメリカ人が子供たちにたいする漫画本の有害な影響について、大きな関心を示してきている。あるところでは市民が犯罪や戦争、恐怖をえがいた漫画本を新聞販売所が取扱うのに反対して、不買同盟を組織した。いくつかの町では新聞販売所自ら、「犯罪を謳歌する漫画本」を自発的に禁止した。与論の圧力によって、漫画本の検閲を要求する法律がいくつかの州議会に提出された。
 上院特別委員会によって一九五二年の冬にワシントンで開かれた公聴会で、牧師、教育家、児童問題専門家、公職者たちは、「漫画本は子供の心を害し、潜在的麻薬吸飲の手引にもなり、実際に犯罪を青年が犯す場合の青写真にもなる」といって、強く漫画本を非難した。証言者の中には、強盗を働いてガソリンスタンドの給油係りを刺し殺してミシガンで死刑に附されている一七才の息子の母親もいた。漫画本は禁止せよ、と主張しながら、この母親は息子について、つぎのように証言した。

 あの子はいつも良い子でした。人と争ったこともありませんでした。ところがこんなものを読み始めました。……見つけ次第買いこみました。……床に横になって漫画を読んでいるか、天井を見つめるようになりました。……あんまりこれらの漫画の刺戟が強かったので、夢にうなされるようになりました。本に書かれている与太者のようなしゃべり方をするようになりました。おかげで酒も飲み始めました。……こんな本に取りつかれるまでは、本当に良い子供でしたが。……

 しかしある人々は、漫画本は子供に有害であると熱心に反対しないばかりか、漫画本に積極的価値をさえみいだしている。いく人かの児童心理学者や精神衛生学者は----かれらの意見は、かれらが雇われている漫画出版者に積極的影響を与えている----漫画本は、子供らの生れつきの侵略性を開放させる」すぐれた媒介者であり、「幻想の世界に心のうちの敵意を放出する」に役立つと主張している。
 この考え方を反映して、アメリカ児童教育研究協会の幹部で『子供のための本とラジオにかんする教育連合』のメンバーのジョゼット・フランクは『漫画、ラジオ、映画と子供』という小冊子につぎのようにかいている。

 多数の漫画本が犯罪をあつかっていたり、少くとも一、二種類の暴力をあつかっている事実は、子供も含めた多数の人のもっている犯罪又は暴力について読みたいという欲望を反映しているものである。これは新しいことではない。いつの時代でも偉大な文学には、暴力的行為が沢山ふくまれている。このことは、その時代々々において、人々の内心の深い欲望を反映したのである。将来においてもまたそうなるであろう。

 漫画の出版社自身は----この企業は一年に一千万ドルも利益を上げている----当然のことながら、かれらの出版物のもっとも熱心な擁護者である。
 かれらに言わせると、漫画本は国内にあって冷い戦争の道徳を維持する上で大きな愛国的役割を果しているばかりでなく、外国にたいして「アメリカ的生活様式」を知らせる上で生き生きとした役割を果していると言う。その出版社の一つであるレヴレット・グリーンソン社は、一九五一年の秋に、「国務省は特別冒険物語でロシヤの子供を洗脳してやるため、漫画本を大量にロシヤの子供に注ぎこむべきである」と主張した。(註)

(註)しかしながら外国の市民はかれらの子供らがアメリカ漫画の氾らんの中に生活することを決してのぞんではいない。
 二四ヵ国の代表が集ってユネスコ主催のもとにイタリーで開かれた最近の会議では、「流血と性」の漫画のために青少年が犯罪をおかしたり、潜在的犯罪者に変ってきていること、このため「発育成長過程の子供たちに有害な影響をおよぼしがちな」出版物の禁止を各国政府に訴えるため、国際的機関が設置されねばならないと論じられている。スエーデンでは「残虐な内容をもち子供の道徳的発育に危害をおよぼす」子供のための出版物を禁止する法律が作られた。英国では、「有害、残虐的で人類的偏見を助長したり、野蛮な犯罪的残虐行為を賛美する」アメリカ漫画の販売を政府で禁止しなければならないと教師や父兄たちが要求している。
「こうした漫画はヒットラーがドイツの青少年に教えこもうとした主題と全く一致してはいないか。その結果はどうなったか、すでにはっきりしているところではないか」これはカナダのトロントの教育局でのべられた漫画に対する意見である。カナダでは多くの地方で、犯罪、暴力、性をあつかった漫画は法律によって禁止されている。
 レヴレット・グリーゾンがいくら強調したところで、ソ同盟の両親や子供たちがアメリカ漫画を歓迎するとはとても考えられない。この点については、最近ソ同盟を訪れたイギリスの著名な作家のジェイムス・アルドリッジがソ同盟の青少年文学について語った言葉を引用しておこう。「私は特に児童文学に興味をおぼえ、数百冊に眼をとおした。しかしただの一冊でも、暴力に少しでもふれたものはなかった。人間の尊厳、愛国心、教養、他の人間にたいする親切以外のものを強調した本は一冊もなかった」

 有名な精神衛生学者のフレデリックワーサム博士の意見によると、漫画本出版社は「かれらの出版物の人物たち」に似ており「脅迫者のような心をもっている」。漫画の子供に与える影響について、かれ自身の病院における観察にもとづいて数年間詳細な研究をおこなったワーサム博士は次のように報告している。

 ……漫画の影響を研究すると、未成年者の犯罪に関する典拠ある一つの根本原因に到達する。もし漫画の病原体的影響を考慮にいれなければ、現今の未成年者犯罪を理解することはできない。
 ……漫画の本はあわれみや、残酷とか暴力にたいして、あらゆる世代を免疫にしている。(註)

(註)一九四九年のカナダ下院における演説の中で、E・D・フルトンは合衆国刑務局長ジェイムス・ベネットの「ある刑務所に一人の少年がいるが、この少年は漫画本でよんだ通りをまねて児童誘拐を犯した」という言葉を引用し、さらに一九四八年の秋カナダでおこった十二才と十三才の少年の殺人事件の例をあげている。
「この二少年の公判で、少年の心が犯罪漫画の影響に全くおかされていることが判明した。一人の少年は一週間に五〇冊の漫画をよんでおり、他の一人も三〇冊を読んでいたことを申し立ててている。」さらにフルトンのあげた例では「モントリオールで十二才の少年が睡眠中の母親を殴り殺しているが、この子供も漫画でこのようなことを読んだのだと言っている。ロスアンゼルスでは十四才の少年が五十才の老婆を毒殺したが、この子も漫画の暗示をうけており、さらに毒薬の処方まで漫画から学んでいた。また同じくロスアンゼルスで、十三才の少年がガレージの中で首をつって死んでいたが、その足もとには同じ首つりの絵がかかれた漫画が開かれてあった。」
 もちろん、アメリカの青少年犯罪の増加が漫画の影響のみによると言うことはできない。漫画の与えている影響は、テレビやラジオ・映画がおよぼしている同じような影響の一部分である。さらにまたこれらは冷い戦争のもたらした犯罪と腐敗、残虐行為とシニシズムのなかで考えられねばならぬものである。

 さらに博士はつけ加えて、

 半分はナチの突撃隊みたいな、半分は盲目的勇気を持った大砲のえじきになる兵隊の世代を望むならば、漫画は役に立つ。事実、完全でさえある。

 この意見に反応するかのごとくガーソン・レグマンも観察している。

 意図はどうあれ、結果からみれば、二千万の未成年の世代、引金をひかないだけのことで、何千回となく殺人の昂奮と激情を感得している世代を育てあげているのだ。そして本の裏に広告されたおもちゃの鉄砲----かんしゃく玉鉄砲、B-Bライフル、……二丁拳銃、旋回トミー銃、六インチのキャノン、一フィート半の光を放射する殺人光線----が足りないものを補充している。これは精神にたいする一般軍事訓練である。

 
二 流血と砲声
 
 アメリカにおいて漫画本はじつにたくさん発行されているが、子供にあたえる影響の程度において、これに匹敵する、そしてこれよりももっと新しく発達したマス・コミュニケイションの媒体はテレビジョンである。
 一九五二年末までにテレビのある過程は、二千百万戸以上に達した。
「テレビジョンは自動車の出現以来の影響を国民の習慣にあたえている」とニューヨーク・タイムズ紙のラジオ・テレビ担当のジャック・ゴウルドは言っている。かれによると、テレビは「公衆が余暇をついやす仕方、政治を感じたりおこなう仕方、どの位読書するかということ、どれだけ子供のしつけを考えているかということ」にたいしてはかり知れない深刻な影響を与えている。
 アメリカの子供をしつける上でテレビのあたえる影響がどんなものであるかは、ダラス・スミス博士----教育放送全国協会の研究部長----の皮肉な批評からうかがえるであろう----

 ハリウッド映画の典型的テーマは「男と女」Boy meets Girlであるがテレビの典型的テーマは「男と肉体」Boy meets Bodyである----それもむごたらしい死体が普通である。

 一九五一年の一月と、一九五二年の一月の二回、スミス博士は、ニューヨーク市の一週間のテレビ番組の研究を指導した。かれは、市のテレビ放送局一つ一つについて全番組を分類した。とくに子供のために割当てられた番組全部のうちで、八%が「教育放送」の部類に入り、六〇%が「ドラマ」の範疇に入っていた。後者について、スミス博士は、「ドラマ番組のうちで一番多いものは犯罪ドラマであった」と報じている。
 太平洋沿岸地方でおこなわれた同様な調査の結果が、ハリウッドでだされているTVマガジン誌の一九五一年六月号に注目すべき記事として掲載された。その雑誌の編集長フランク・オームの書いたその記事は、ロスアンゼルス市における子供向テレビ番組の一週間の要約がのっている。
 それによると「七つのロスアンゼルス市の放送局によって、千ちかい犯罪ものが、一九五一年五月の第一週に子供向テレビとして放送された。」調査の結果のうち若干を示すと----

 スポンサーや放送局は、この地域のテレビの定期聴視者である一二歳以下の八〇万以上の子供たちの注意をひきつけるために、殺人や傷害、苦悶をうす気味悪く、くわしくみせている。
 これらの子供たちには、アメリカの男性の典型は、人生のすべての問題を固い拳や六連発のピストルで解決する、力の強い、引金気狂いの馬鹿者であるかのように印象づけられている。
 テレビ番組の七〇%は犯罪ものであり、全番組のうちで暴力行為の写った八二%は、子供向番組のなかでおこなわれている。

 子供番組にかんする特徴的エピソードとして、オームの記事にはつぎのようなことがのっている。

 一人の男が金切声を上げて燃えている穴の中に落ちてゆく。
 縛られた男がごく近距離から射ち殺される。
 少女がギャングに射殺される。
 一六才の若者が街の銃撃戦に参加する。かれは一人を射ち殺し、喜びの微笑をもらし、また別の男を射つ。
 ギャングがある男の足を焼いてその男を苦しめる。男は汗を流し金切声で悲鳴を上げる。
 一人の老人がむごたらしく殺され、小さな孫娘が老人にとりすがっている。
 殺人者が嫉妬から少女を殺す。カメラはふるえる彼女の手を大写しにし、それから船室の壁に沿ってゆっくりと崩れてゆくところを大写しにする。

 青少年の教化のためにそのようなテレビ番組を独占しているのがロスアンゼルスやニューヨークだけではないことは、一九五二年のクリスマスの季節に、ジャック・マブレイによっておこなわれた調査に示されている。かれはシカゴ・デーリイ・ニューズ紙のテレビ欄担当記者である。つぎにあるのはマブレイの記事のいくつかの見出しである。

 子供向けテレビ日曜特別番組。殺人事件だ----四日間で七七件の人殺し----毒殺、鉄拳の乱闘、児童誘拐者が未成年者を血の湯槽にひたす。
 テレビが子供にあたえる犯罪の恐ろしい餌----恐るべき統計、四つのテレビ放送局は一年間に二五〇〇種の犯罪を子供にあたえている----親たちは驚く、暴力がすべてを制する。
 テレビの馬鹿さわぎを親たちはどうして防ぐか----人殺ろしや誘拐やピストルの暴力に酔っぱらっているやつにパンチを喰わせろ。
 テレビは一週に九三の人殺しをする----一三四の番組に二九三の犯罪がおりこまれている。

 全国を通じて、このような気味の悪い番組は、子供向けのテレビ放送にだけ限ったことではなく、それが普通になっているのである。毎時毎分また毎日毎日、数百万のアメリカの家庭において、数えきれぬ程の子供たちが催眠術にかかったように、目を丸くしてテレビの画面に見入っている。その画面では、暴力と流血と残虐と犯罪の場面がいつ果てるともなく連続してなまなましく演じられている。巧みなテレビの技術を通じて、殺人と傷害はアメリカの家庭生活の普通の構成要素となってしまったのだ。
「このマス・コミュニケーションの媒体が若い世代にたいして、時間を浪費する強い影響をあたえていることは、いろいろの調査に示されている。これらの調査によると、五才から六才の子供もきまった聴視者であり、一日に、四時間からそれ以上もテレビを見ることがしばしばある。七才から一七才までの生徒の間では、平均日に三時間で、なかには、教室ですごす時間に殆ど匹敵する一週二七時間もテレビをながめているものもある。テレビの犯罪恐怖番組が子供の影響にあたえる影響はますます多くなっており、親たちや教師、医者の大きな心配の源になっている」これは最近のジャーナル・オブ・アメリカン・メディカル・アソシエイション誌の社説の言葉である。
 アメリカで現在テレビをみている二千万以上の子供たちを犯している害がどのくらい大きいかということは、ヴァラエティ誌の一九五一年七月十一日号によって暗示されている。テレビの犯罪もの番組をとりあつかったこの記事は、テレビ番組とナチ支配下の文化のタイプとを比較した有名な教育者たちの意見を引用していた。ドイツ国民が「文学、映画、劇に残虐行為がたえずおりこまれることによって、次第にそれを受け入れるように慣らされていった」ことを想起しながら、その教育者はつぎのように指摘している。「一つ一つのテレビのサスペンス物語りが、ますます血にうえたものになるにつれ、また人殺しがますます多くなり、偏執狂じみたものになって行くにつれ、テレビをみるものはだんだんにこれらの錯乱行為をうけいれるようになる。そうして眼の玉をえぐるような堕落した殺人事件を毎日みている未成年者は、戦争の残虐性にたやすくおどろかされたり、それに抗議するようなことはなくなるであろう」
 だが一方において、ある人々にとっては、このような状態は、全く役に立つものと考えられているのである。ロスアンゼルス・ヘラルド・エクスプレス紙のラジオ・テレビ欄担当のオウエン・カリンの言葉によると----

 犯罪と暴力を伴った殆どすべての番組が「立派な」成功を収めていることは記憶されねばならぬ。生活それ自身はバラの床ではない。若ものたちが成長したときに直面するであろう事物を、早くから知らされることは、ためになることであろう。若いうちに徐々に慣らされていなかったならば、ある犯罪や暴力について知ったときにもっとひどいショックをうけるかもしれない時まで、かれらを保護してやる理由が何処にあるのか。そうして結局のところ、朝鮮にでも送られねばならないとすれば、そのときにはかれらが直面することに少くともある知識をもっているということは、かれらにとって有益無害ではなかろうか。

 将来戦場において「直面する事物についてのある知識」を青年にさずけるように、犯罪と暴力の行為に青年を慣れさせるということになると、ラジオは明らかにテレビよりも不利である。強盗や拷問、暴行、殺人の眼にみえる演技は、単なる言葉や音響効果によってそうした現象を再現しようとするよりも、当然、もっと正確でなまなましい。このハンディキャップを自覚して、ラジオ・ドラマの製作者は熱心にその欠陥を補おうとして、血も凍る叫び声や突然の射ち合い、狂った笑い声、暴発の大音響、拷問に苦しむあえぎ声や、うめき声といったすべてを利用している。いくつかのラジオ放送では、悪魔の笑い声や機関銃の銃撃の音響を始めと終りの商標に採用している。ますます多くのラジオ・ドラマが、精神病院の武装暴動の騒動の録音に似てきている……。
 テレビと同じく、ラジオ番組も歌と物語りとバラエティ・ショーその他、同様な企画を子供のための特別番組にしている。「しかしながら、一番おおくの聴取者が流血と砲声の冒険連続物にひきつけられているということは間違いない」と『アメリカ児童研究協会』のジゼット・フランクは書いている。「こうした連続物は、多くの学童たちに時計がわりになっている番組である」
 現在の流行と歩調を合せて、ラジオ・ドラマは、どたばた犯罪ものや人殺しものに集中するばかりでなく、FBIや軍事情報官や政府のスパイの向うみずな冒険にも熱心である。「逆スパイ」「危険な仕事」「戦争と平和におけるFBI」「アメリカの手先」といった番組で放送はいっぱいになっている。これらの放送では、主人公たちは、アメリカにいる「共産主義者の第五列」を熱狂的に追跡したり、絶滅しようとしたり、「鉄のカーテンの向うの」不敵なスパイ活動やサボタージュを指揮したりする。探偵物語の尊敬すべき主人公のモトー氏はいま「中国の赤い海軍」のおこなっている阿片密輸とたたかうという国際的冒険に取り組んでいる。またジャック・アームストロング----昔、アメリカ中の少年のあこがれの的であった----はSBIすなわち検察科学局の一員となっている。
 ラジオ・テレビ会社の熟慮された判断では、かれらは犯罪や暴力をあつかった番組を提供することで重大な社会的義務を果しているのである。最近だされたラジオ・テレビ放送全国協会の規定では、その「児童に対する責任」の条項においてつぎのごとくのべられている。

 子供の教育には、かれらに広い世界について教えることが含まれる。犯罪と暴力と性とは、彼らが出会う世界の一部分である。ゆえに、こうしたものを正しく一定量あたえることは、子供を社会環境に慣らす上で有益である。

 犯罪と暴力とがアメリカの子供の社会環境の不可欠な一部分として、このように考えられねばならぬということは、冷い戦争によって生みだされた環境に対する適切な評言である。
 
三 ハリウッドの伝説
 
 アメリカの子供の大衆娯楽には、ラジオとテレビのほかに映画がある。しかしラジオやテレビとちがって、映画産業は特に子供のためのものを作ってはいない。およそ二千万の子供たちが毎週映画を見にゆくにもかかわらず、商業映画には、どれ一つとして特に子供のために企画されたものはない。子供たちだけのために作られた映画はきまって観客を制限するし、したがって勿論のこと、利潤を制限するだろうというのが映画会社の意見である。(註)

(註)映画に比較してラジオ、テレビ会社が児童用のものを多く作っているという事実は、決してラジオ、テレビ会社が児童の幸福により関心をもっているということではない。この事実は子供向けプログラムのスポンサーが大抵の場合に、オートミールなどの製造業者で、これらの商品を子供のために送り込もうと宣伝している結果あらわれたものである。映画会社はこのように販売する商品がないから、特に子供のための映画をつくることをしないのである。

 にもかかわらず、今日上映される映画の内容は、本質的にいってラジオやテレビのそれと同じである。常に規模を大にしながら、けた外れの技術と設備をもったハリウッド映画は暗黒街のメロドラマや、殺人物語や人殺しで充満した西部劇を大量生産している。警官とたたかうギャングや犯罪者、インディアンを虐殺するカウボーイ、敵兵を殺戮するアメリカGI、「モスクワからのスパイ」を射殺するFBI、次々と犠牲者を殺してゆく殺人狂、妻を殺す夫、夫を殺す妻、こうした場面が果てしなく走馬燈のごとくに、全国の映画をみる青少年の凝視の前にくりひろげられている。ほとんど例外なく、これら血だらけの映画の主人公は、誰よりも獰猛であり、誰よりもピストルを素早く的確にうつことができ、拳闘やレスリングや格闘や柔道に熟達している。彼らが他の登場人物よりもすぐれているのはその点だけである。(註)劇のクライマックスはきまって、強力なアーリア族の主人公が、悪漢を殺す場面かぺしゃんこに殴りたおす場面で、悪漢はたいてい外国人か共産主義者か、東洋人か、さもなければ植民地の土着民ということになっている。

(註)主人公の特徴的性格はきまって、性的魅力の持主で、しかも単純な精神の持主だということだ。

 中心人物が一流のギャングか、ごろつき、殺人の熟練者である映画がすくなくない。この特殊のタイプの映画をよく説明している映画に『白熱』がある。この映画はヂェイムス・キャグニイが主演である。ライフ誌にのった「キャグニイ再び殺す」というこの映画の解説では、「暴力と狂気のまざりあった野性的昂奮と……キャグニイは野獣のような殺人者を演じる、……両手、両足で社会になぐり込みをかけ、口を開けば獰猛にいがみつく」と評した。(註)

(註)トーキー漫画の動物までが昨今では残虐性を帯びてきている。映画監督のジョン・ハウスマンは「私の記憶するところでは、かつてはディズニイもその他の漫画製作者も、蜜蜂や小鳥やその他の小動物の可愛いい習性に関心をよせ、『生の歓び』というのが中心になっていた。……しかし今は全く変ってしまって、ファンタジイは残虐に赤を追いかける。漫画映画は一種の流血の戦場と化して、野蛮冷酷な人間が互に追跡しあい、強奪やペテンをおこない、サディスティックにきづつけあうのである。」

 映画会社がその製作物の身の毛もよだつようなサディスト的側面を認めるようになっても、映画会社の偽善的良心は責められはしない。毎日次のような映画広告が全国の新聞の「娯楽欄」をうめつくしている。

『ねらいうつ男』----ゆっくりと、彼は彼女に照準を合せた。
『悪魔が二人を』----犯罪と情熱と陰謀のMGM作品。ドイツに戻ったアメリカ兵と暗黒街の少女。
『悪名の牧場』----彼女はお客の罪をかくすため牧場へと逃れる。----客ののどのかわきをいやしてやる----女を裏切る----男の背中にナイフが----賭金のために。
『キャプテン・ブラック・ジャック』----モロッコシンガポールマジョルカ、何処でも男は裏切り者だ、女達は人殺しへ誘惑する。
原子力の町』----パラマウント社年一度の超大作。爆発的昂奮。「よそものにはしゃべるな」の掟につながれた人々。ここでは子供たちは「もし大人になれたら」とはいうが、「大人になったら」とはいわないのだ。

 つぎに示すものはキュー誌に載った映画の短評であるが、同様な映画は、一九五〇-一九五二年の間に子供たちの----勿論大人もみるが----教育・娯楽用としてアメリカで無数に上映された。

アスファルト・ジャングル』----テンポの早い息づまるようなメロドラマ。殺人と脅迫とロマンス。
『国境の事件』----残忍なメロドラマ、アメリカ=メキシコ国境監視員は、リオグランデ沿いに不法入国者や殺人犯たちを捕える。

 このような種類の映画の大量生産について、ナチス出現以前からナチス支配下にかけてのドイツ映画を研究した『カリガリ博士からヒットラーまで』の著者であるジーグフリード・クラカウエルはつぎのように観察している。

 恐怖やサディズムにあふれた映画がこのように大量にハリウッドで作られるのが当り前になってしまった。ナチス支配の下でそうであったような、不気味な、仮面をかぶったような生活の不安定さが現在ではアメリカに生じている。不吉な陰謀が隣の室でもくろまれている。どんな信用のおける隣人も悪魔に変ってしまうかもしれない。このヒットラー治下に似た生活の恐しさは決して偶然ではない。サディズムファシズムがその種類からいってもまた必然性からいっても類似している点を抜きにしても、現在われわれの社会に広汎にみられるサディスト的エネルギーは、ファシズムに特に好都合な燃料を供給することとなるであろう。危険が存在するのはこうしたエネルギー、このようなファシズムを助ける気分的準備である。

 フィルム・センス誌一九五二年の七、八月号にでた次の主張は、ハリウッド映画が冷い戦争の中で欠くことのできない役割を果していることを物語っている。

 暴力とサディズムの映画は、国防省国務省、それに巨額の「防衛」予算から利益を引きだしている資本家たちの必要に合致している。フィルムの上でのミッキー・スピレーン的精神状態は、アメリカ国民を心理的に「機動作戦」あるいはナパーム弾に、そして原爆戦争の「非人間性」に慣らせるに役立つ。サディズムや殺戮場面を絶えずみせつけられた数百万の映画観客は、実際の生活においても残虐行為や流血に対して無感覚になり宿命的にならざるを得ない。

 ますます多くのアメリカ映画が直接戦争をテーマにしたものをあつかっている。一九五〇年以来ハリウッドは、四十以上の戦争映画を、製作している。さらに現在三〇余りの同様な映画を準備している。殆ど例外なしに、これらの映画は国防省の指導と援助のもとに作られている。一九五二年十月二九日のヴァライェティ誌によると「戦争映画を重要な宣伝手段と考えている国防省の意向をくんで、政府による全面的協力が申し出されている。この援助には人力はもちろん、ロケ用地まで提供されている」
 過去においてもハリウッドは戦争映画を作った。しかし冷い戦争の時代の戦争映画は、非常に特殊な性質のものである。反戦映画は全く存在しない。反対に現代の戦争映画は、積極的に戦争を賛美している。この点にたって考えると、ごく僅かの映画が朝鮮戦争をあつかっているのに反し、圧倒的大多数の映画が第二次大戦をあつかっていることには深い訳がある。この事実について、アカデミー賞シナリオ作家のマイケル・ウィルソンはハリウッド・レヴュー誌の一九五三年一月号で、つぎのように述べている。

 朝鮮戦争の映画の製作を困難にしているのは、宣伝の性質の問題である。軍事的に考えると、映画製作者の戦術的使命は、人気のない戦争を、アメリカ国民の口に合うものにすることである。戦略的使命は、朝鮮における戦火がたまたま止んでも、消えることのない軍隊精神を教えこむことである。

 朝鮮戦争に関した「戦争賛美」の映画を作ることは、「朝鮮におけるアメリカ軍についてのみじめな混乱とシニシズムの周知の事実」のため非常に困難になっているのだとウィルソンは言っている。

 こういう訳で製作者の多くは主題を第二次大戦に求めている。巧みに修正されたノルマンディや沖縄作戦の映画が、中年の観客の愛国的記憶をかきたて、あるいは、ドイツおよび日本のファシストに対する正義の戦いに参加しなかった若い世代に輝けるあこがれをいだかせることがかりにできたとしても、この物語りからは反ファシスト的内容は抜き去られているであろう。
 ……映画そのものは社会的目的もなしに朝鮮戦争に必要な概念----盲目的服従、人殺しの本能、犠牲的な死などといった概念を美化することに夢中になっているのである。
 現代では戦争は当り前のこととして受け入れられるように、さかんに宣伝されている。もしアメリカ国民が映画でみている大量的死に慣らされてしまうと、彼らはそれが人生では不可避的なことのように容易にうけいれてしまうであろう。

 しかしながら、現におこなわれている宣伝の影響するところはこれに止まらない。
 アメリカの青少年たちが毎日毎晩、映画、テレビ、ラジオ、漫画本を通じて浸されている、ナイヤガラの瀑布のような恐怖と死の氾濫は、かれらに残虐行為や暴力や殺人についてそれが日常茶飯事のように思いこませるに役立つばかりでなく、実際にそのような行為を犯させるようにしているのである。

「シカゴ・デーリイ・ニューズのスターリング・ノース」というのは多分、1940年5月8日の「A National Disgrace (And a challenge to American Parents)」のことですかね。アメリカの悪書追放運動に関しては、以下の本に目を通しておくといいです。

有害コミック撲滅!――アメリカを変えた50年代「悪書」狩り

有害コミック撲滅!――アメリカを変えた50年代「悪書」狩り

 
「悪書追放運動」に関するもくじリンク集を作りました。
1955年の悪書追放運動に関するもくじリンク

日本読書新聞1955年11月28日「悪書追放運動を顧みる」(総括)

 日本読書新聞の、悪書追放に関する記事はこれが最後だと思います。あまり調べてないので、以後もあるかもしれないけど、1955年ではないと思う。
 この新聞、というか読書・書評紙がどの程度の影響力があったのか不明ですが、まあ部数的には朝日新聞とか読売新聞よりははるかに少なかったことは間違いないです。

悪書追放運動を顧みる
 
“悪書追放運動”は、一九五五年の動きとして、見逃すことのできない大きなものだった。それは文字通り“全国的”に広がった運動であったといえる。この大運動は、どのように拡がり、どんな成果をもたらしただろうか。もう一度、はじめから、この運動をふりかえってみよう。
 
大きな二つの流れ
 
“悪書追放運動”には、大きくいって二つの流れがある。
 一つは、内閣の中央青少年問題協議会、厚生省児童福祉審議会による「青少年保護育成運動」を中心とするもの、これに呼応した各警察の防犯課を中心とする母の会などの、いわゆる“悪書追放”“三ない(見ない・読ませない・買わない)運動”の動きであり、これは今までのところ、主に発行所不明のエロ・グロ本が対象であった。
 もう一つは、「日本子どもを守る会」を中心とする現場教師、母親などによる、悪書から子どもを守り、悪い内容を何とか良くして行こうという動きで、この方は低俗化した児童雑誌を主な対象にして展開された。
 
エロ・グロ本を対象に
青少協など中心の動き
 
 まず第一の動きをたどってみよう。
 中央青少年問題審議会(会長=内閣官房長官、副会長=関係各省次官)が、本格的に不良文化財問題をとりあげたのは、廿九年七月のことで、「青少年に有害な出版物、映画等対策専門委員会」が設けられ、専門委員として民間代表六名(委員長=伊藤昇氏)と政府委員三名が選ばれ、次の四項目について検討、答申することが依頼された。
1・国民的運動の展開及び啓蒙宣伝の方途について 2・優良な出版物、映画等の推奨の方途について 3・関係業者等の自粛方の方策について 4・特別の立法措置等について
 同専門委員会は、今年一月に入って、昨年中に審議した結果をとりまとめ、関係業界の自粛と世論の喚起を基調とした中間報告を行ったが、同じ一月の十八、十九の同日、東京で開かれた第四回青少年問題全国協議会(各都道府県代表からなる)では、青少年に有害な文化財の問題について、根本的な対策を政府の立法措置に求める傾向が強く(九州六県の地方代表に強かったという)、結局、全体の決議として「新聞、放送、テレビ、出版、レコードに対し自己規制をうながし、さらにある程度の法的措置を政府に要請する」の一項が入ることになった。
 こうして立法取締り要請の声が強まるにつれて、その賛否をめぐって、ようやく世論も高まっていった。専門委員会も審議に審議を重ね、五月になってようやく、関係各界の自粛運動と、良いものを育成する運動をおこすことに力を注ぎ、取締り立法化は今後の研究課題とする旨、答申した。
 中央青少年問題協議会は、この専門委員会の答申にもとづいて、五月九日、「青少年に有害な出版物、映画等対策について」を発表した。それによれば“特別の立法措置はさしあたり必要ないものと認めるが、今後の成行については慎重に注視し、必要な事項について引続き調査研究を行う”こととなった。
 
児童福祉大会
 
 また、五月十八日から二十日まで伊勢市で開かれた第九回全国児童福祉大会でも、立法措置の可否をめぐって活発に論議された末、“国民の良識の力で子どもを守る”という中央青少年問題協議会の決定した線にそって、今後の動きを注目することに落ちついた。
 
「母の会」など
 
 青少年保護育成月間(五月)には各地で、これに呼応した種々の運動が展開されたが、中でもハデだったのは、東京の各警察単位につくられている「母の会連合会」(会長=宮川まき氏、都内約五〇支部、会員三〇万)の動きだった。同会では、出版元不明の印刷の悪いエロ・グロ本が、本屋の裏口や駄菓子屋から、相当数子どもの手に流れていることを心配し、昨年来、その追放に力を注いできたが、五月はじめ東京防犯協会連合会と共同で「悪書追放大会」を開き、関係当局に陳情を行ったのに続き、大会の申し合せに従って、タスキがけ、エプロン姿で各支部毎に家庭にあるエロ本、あくどい児童豆本など約六万冊を回収、裁断機で切り刻んで屑屋に渡す、などの処分を行い、“三ない運動”を展開した。なお同会では、その後、回収本を売った代金で、子どものための文庫を設け、良書に接する機会をつくっている。
 また上野では、上野少年補導婦人会のお母さんたちと中学生が「不良出版物・玩具追放」のプラカードを掲げ、警視庁音楽隊を先頭に、上野の盛り場を行進、解散後、附近の本屋、オモチャ屋を一軒ごとに、不良物は売らないように頼んで歩いた。
 
全国各地でも
 
 大阪でも、市警がワイセツ文書図画の取締りを行い、古本屋、貸本屋の調査をしたほか、五月十三日、市青少年問題協議会、同社会福祉協議会が「青少年の読書対策懇談会」を開いて、市警、各婦人団体、市民生局児童課、出版小売業者の話し合いを行い、青少年問題協議会すいせんの本屋をこしらえ標示する、学校附近の本屋から悪書を追放することなどを業者に要望した。
 その他、新潟県での県民生部主催になる、映画館支配人、書籍小売店主、玩具小売店、紙芝居業者などの懇談会、和歌山県の青少協、青年婦人団体によるエロ本展示、各地警察のエロ本取締りなどがあげられる。
 
条例制定の諸県
 
 政府の手で法律をつくって取締ろうという動きは、反対の世論と関係各界の自粛運動によって見送りとなったが、各都道府県毎に条例を出すことができるため、今年に入ってから、神奈川県、北海道が、これに関する条例を制定している。現在、条例の制定されている県名、条例名は左の通り(カッコ内は制定年月)
▼岡山(昭25年)「図書による青少年の保護育成に関する条例」▼和歌山(26年)「少年保護条例」▼香川(27年)「青少年保護条例」▼神奈川(30年1月)「青少年保護育成条例」▼北海道(30年4月)「青少年保護育成条例」▼なお福岡、長崎、山口の各県も目下考慮中。
 
児童読物を対象に
子どもを守る会などの動き
 
 もう一つの大きな動きは、教師や母親を中心にした純然たる民間からの盛りあがりである。
「日本子どもを守る会」(会長=長田新氏)では、昨年五月、すでに児童雑誌の付録について、出版関係者、図書館、有識者などと話し合いを行うなどに力を注いできたが、今年の三月には調査研究グループが設けられ、四月には東京で三回にわたり、児童雑誌の内容をめぐって編集者、作家、出版社と、母親、教師などとの話し合いの機会をつくり、現在の児童雑誌には残虐性や人命軽視の傾向があまりに強いこと、戦争肯定思想や暴力礼讃の傾向があること等々、良いと思われるものが、少ししかないことを指摘、どうすれば良くなるっかを問題にし続けた。
 この運動は「子どもを守る会」の組織を通じて全国的に強くおしすすめられたが、さらにこの動きを中心に、教室の現場からも、その実態を示すような実例が多く現われた。
 
地域婦人団体
 
 東京都地域婦人団体連盟(代表=山高しげり氏)では、青少年部委員会(部長=志賀八千代氏)を開き、各区青少年部委員の活発な討議を行い、PTAと連絡をとること、社会環境を良くすること、子どもに比べてズレのある母親の時代意識を改めることなどを話し合った。そして各地区書店に、悪いものは店頭に並べないよう、なるべく扱わないよう申し入れた。
 
言論・報道界
 
 二月から四月にかけて、四回にわたって本紙に連載の「児童雑誌の実態」特集および「紅孔雀」「少年ケニヤ」の分析記事は、それが具体的な指摘を基調としたために、この運動の有力な裏付けとなったが、これに応じてラジオ放送、朝日、読売、毎日、東京、日本経済、産業経済などの中央紙をはじめ全国各地の地方紙、週刊誌や、雑誌「学校図書館」「カリキュラム」「教育」「作文と教育」「教育技術」「母と子」などが、何らかの形でこの運動をささえ、おしすすめる記事をとりあげたため、児童雑誌の問題を中心にしたこの動きは、今年の春から夏にかけて全国的な根強い社会運動となった。
 これが、青少年問題協議会によって推進された悪書追放運動とは全く別の、民間から盛り上った動きである。
 
民間三十六団体の子供を守る文化会議
 
 日本子どもを守る会、日本文芸家協会、日本文学協会、児童文学者協会、日本童話会、七日会、教育紙芝居研究会など三十六団体の共催で、十一月十九、廿日の両日、東京神田教育会館で行われた第三回「子どもを守る文化会議」には、全国から七百名に上る母親・教師らが参加し熱心な討議を重ねた。
 とくに1・不良文化財がはびこる現在の社会環境から子どもを守るにはどうしたらよいか 2・子どものための地域的文化活動をどう発展させるか 3・これらの児童文化財をどう発展させるか 4・文化統制の問題をどうするか----などについて母親や教師から持ちよられた切実な悩みを基にして話し合った結果、父母・教師・大学生たちが力をあわせて不良文化財の改善向上に努め、子どもたちが、正しく健康な成長をするために、あらゆる機関機会をとらえて、ますます活発な運動を展開することになった。
 
学校図書館協議会
 
 全国学図書館協議会(会長=阪本一郎氏)でも、本来の仕事としての学校図書館普及に力を入れることが悪書から子どもを守る方法であるという方針のもとに、学校図書館予算の増額を関係各方面に要請したが、その他にも、六月東京で評論家、編集者、警視庁防犯課員などの参加を求めて、協議会「不良出版物から子どもをどうして守るか」を開催したり、悪書の展示会なども開いた。
 さらに十一月十四、五、六の三日間、徳島市で開かれた第六回「国学校図書館研究大会」には約二千五百名の教員が集ったが、ここでも読書指導部会を中心に、熱心な討議が行われ、大会終了後、徳島市民会館で児童雑誌編集者、図書館関係者などの出席を求めて「児童雑誌をよくするにはどうしたらよいか」というテーマについてパネル・ディスカッションを行った。
 
出版界の反省自粛
出団連、立法取締り反対も
 
 このように行政機関を通しての自粛要望と、民間一般からの非難にとりかこまれた出版業界では、取締り立法化反対の態度をとり続け、日本出版協会では、すでに昨年暮、悪書追放、良書普及を主眼とした対業界、対社会、対政府運動の三項目の対策措置を決定していたが、さらに今年の三月「出版物浄化運動展開声明」を発表した。
 さらに前進して五月、出版団体連合会の「出版物倫理化運動実行委員会」による声明書発表、取次・小売商業界の浄化協力の決議文発表などがあり、この運動についての指導者、父兄などの会合には出版社側もすすんで出席し、話し合いに参加、自粛によって取締立法を防ぐよう努力した。
 
作家・画家の反省
 
 また児童雑誌の執筆者側では、山川惣治氏を中心とする絵物語作家の集り「七日会」や、「東京児童漫画会」(会長=島田啓三氏)などが、どうしたら、もっと良い、子どもの喜ぶものがかけるかについて、研究会や、編集者との話し合いを行っている。
 
児童雑誌編集者会
 
 なかでも特異な動き方をしているのは、民間運動の具体的攻撃をまともにうけた児童雑誌界で、今年の四月に発足した「日本児童雑誌編集者会」(理事長=小学館浅野次郎氏)は、機関紙「鋭角」を九月に創刊、すでに第二号を出したが、現在のところ、この会は、児童雑誌攻撃の世論に対抗する完全な自衛組織である。
 しかし、こういう機関紙の存在が、編集者と読者、識者に発言の場を与えて、討論の余地を残しているのは喜ばしいことといえよう。
 
休・廃刊雑誌
 
 エロ本の追放や、児童雑誌の内容が問題になりはじめると、一時それらの売れ行きが落ちたことは事実で、発行所不明の赤本は別として、六月号あたりから休刊・廃刊するものがいくつか出た。
☆廃刊 よい子幼稚園(集英社)30年6月号限り▽幼年(博英社)30・6▽私の幼稚園(同)30・6▽二年ブック(学習研究社)30・6▽三年ブック(同)30・6▽太陽少年(太陽少年社)30・6▽少女の友(実業之日本社)30・6▽夫婦生活(家庭社)30・6▽デカメロン(全日本出版社)30・7▽あまとりああまとりあ社)30・8▽りべらる(白羊書房)30・9
☆休刊 おんな読本(家庭社)30・4▽読物娯楽版(双葉社)30・4▽奇譚クラブ(曙書房)30・5▽風俗科学(第三文庫)30・5▽少女サロン(偕成社)30・8▽幼稚園えほん(秋田書店)30・8▽漫画少年(学童社)30・10
 
新児童雑誌も生る
 
 一方、日本児童文芸家協会(会長=浜田広介氏)編集の「朝の笛」(創刊十一月号)、河出書房の「小学生中級版」「小学生上級版」(共に創刊新年号・十二月中旬発売予定)、講学館の「にっぽんのこども一二年」「日本の子ども三四年」「同五六年」(創刊十一月号)、日本少年児童文化協会の「中学生のなかま」(創刊九月号)など、良心的な雑誌が前後して発刊されだしたのも注目される。
 
混同や誤解もある
真の成果は今後の活動に
 
“悪書追放運動”をふりかえっていえることは、警察、防犯協会、母の会などによって拡められた“三ない運動”と、児童雑誌その他の児童読物の質をめぐる向上運動が、期を一にして強力に展開されたため、この二つの異る動きが混同され、一つの“悪書追放運動”として一般に受けとられたことで、このため二つの動きのどちらもが、すべてのマンガ、冒険、空想物語を子どもからとりあげ、焼いたり破棄したりする、中年女性のヒステリー的運動と誤解した者が、識者の中にもあった。
 そしてこの誤解の上にたった論議がジャーナリズムの一部にあったため、内容の悪さを問われた作家、編集者、出版者に「子どもからたのしみを奪うとは暴論である、子どもは現在出ているものを喜んでいる、子どもはわれわれを支持している」という自己弁護をさせて、肝心な問題がそれる傾向となった。
 また、例えば東京の某三業地の防犯協会、PTA、母の会では、児童読物の筆者に対して「劣悪な作品を書かないで下さい」との申し入れの声明を出し、このニュースを携えて各新聞社を訪れた際、具体的に悪書の名を問われて、石川達三『悪の愉しさ』をあげ、子どもに推せんしたい良書とはと問われて「義理人情を重んずる講談本」と答えたという話があるように、極端なエロ・グロ本から子どもを遠ざけさえすればよいというように考えている者も多かった。
 児童雑誌の内容についても、その残虐性と暴力肯定の傾向、色彩のひどさ、こどばのひどさなどは問題として認めても、戦争肯定見識や、典型的な少女ものの持つ非現実性や、健全な努力を育てる要素がまるでなく、主人公はみな、偶然によって幸福になったり金持ちになったりする話ばかりのこと、ボスや上下の身分関係が児童読物の中で巾をきかせていることなどには無関心な者も多かった。
 
手を結べ母親たち
 
 しかし、この運動を通じて、一番考えさせられるのは、前述の二つの動きが、一般には誤って一つのものとして見られたとはいえ、実際には全然、手を結んでいないことである。
「日本子どもを守る会」では、この運動の推進にあたって、すべての母親が目ざめることこそ、児童読物をよくする道だとして、共に運動をおしすすめるよう地域婦人団体や、母の会連合会への呼びかけを続けてきたが、まだ肩を組んで進むには程遠い状態である。
 これについて、東京都地域婦人団体連盟では「まだ意識の低い会員が多く、子どもを守る会のお母さん方の活発な発言にあうとびっくりするのが実情で、そういうギャップを先ず埋めるよう会員の啓蒙に努めることからやりたい」と言っている。
 また母の会連合会では「理由はいえないが、母の会は、ただ子を思う母の立場からだけ動いているので子どもを守る会の呼びかけには、今後も応えない」という態度をとっている。
 
消えぬ立法化の動き
 
 一方、立法措置によらない有害出版物、映画等の対策を五月に発表した中央児童福祉審議会では、厚生省、文部省、警察などに要請した対策の成果については、これから結果をまとめる段階だということだし、また“三ない運動”はあまり実績があがらず、表紙をかえ中味をとじ直した性雑誌・俗悪本が、ふたたび店頭に現われているという。
 業界自粛の効がないとなれば、目下調査研究中という立法取締りの動きが、いつまた表面化するとも限らない。
 
根気よい努力を
 
 子どもの健全な成長を望む親の心に違いはないと思うが、子どもを守る会、地域婦人団体、母の会、PTAなどが、話し合いによって強力な母の立場をうち出して、今後も現場教師と共に、子どもの環境を守って行く根気のよい努力によって成果をあげてゆくことが、この運動の今後の課題ではあるまいか。

 ということで、ここらへんが1955年の悪書追放運動の総括ということになりそうです。
「三ない運動」と児童雑誌の質の向上運動が別個の運動だった、というのはあまり知られてないかもですね。
 この文の中にある「日本児童雑誌編集者会」の機関紙「鋭角」というのが、どうしても見ることができない国会図書館にも、東京国際マンガ図書館にも多分ない)。小学館の資料室とかに行けばあるのかな?
 

「悪書追放運動」に関するもくじリンク集を作りました。
1955年の悪書追放運動に関するもくじリンク

竹野内真理さん、今の日本で食品・呼吸による内部被曝はあなたの期待(願望)しているレベルには到底無理です

 こんなことがありまして、
https://twitter.com/h_hund/status/238928269540474880

@mariscontact 線量計という名の「お守り」 http://t.co/E7mZIFNK

https://twitter.com/kuratan/status/239342946623819776

@h_hund @mariscontact 積算線量計って、ひと月つけて累積線量を見るための道具ですよ? この子、夏服みたいだけど、夏やったのはどこかな? 郡山では2011年末〜2012年初にやって、平均で月0.13mSv(年で2mSv未満)ぐらい? 死ぬ人いないよ?

 竹野内真理さん。
https://twitter.com/mariscontact/status/239395078429368323

kuratan @h_hund Kuratanさん、それは違う。放射性微粒子の存在による2mSVの空間線量であるということは、実際に呼吸や飲食による内部被曝を加味すると、この何倍〜数百倍レベルであり、子供や赤ん坊、胎児の感受性もさらにこの倍率をかけることを考慮しなければだめです。

 どこからこういう変な知識仕入れてるのか知りませんが…。
 あの〜、「空間放射線量」って、別にセシウムが空中舞ってるから出てるわけじゃないんですよ?
呼吸の内部被ばく量、1年間で0.563マイクロシーベルト(福島民友ニュース)

 福島大は12日までに、東京電力福島第1原発事故後1年間の大気中の放射性物質濃度が1立方メートル当たり平均1.69ミリベクレルで、呼吸による内部被ばく量は1年間で0.563マイクロシーベルトとする観測結果が得られたと発表した。渡辺明共生システム理工学類教授は「食品の内部被ばくに比べるとはるかに少ない」としている。
 同大によると、昨年5月18日から今年6月13日まで、地上約24メートルの同大屋上に設置している機器「ハイボリュウサンプラー」を用いて観測。大気中の放射性物質濃度の変動は、昨年6月が1立方メートル当たり2.26ミリベクレルだったのに対し、今年5月が0.246ミリベクレルと約1年間で10分の1に減少。放射性物質の降下量は、震災直後の昨年3月が1平方メートル当たり約60万ベクレルとされたが、今年6月の同大では113.27ベクレルだった。
 同大はこのほか、気象データと空間線量率を同時に観測できる「放射線量観測システム」を導入、7月から運用を開始している。
(2012年8月13日 福島民友ニュース)

 単位、「ミリ」じゃなくて「マイクロ」ですからね。去年が10倍だったとしても、5.63μSv/y
 1mSv/yになるためには、約1776倍、1立方mあたり3000mBq(3Bq)ないと無理なんだけど…。
 なお、子供の吸収量(呼吸量や食事量)は大人より少ないです
 参考リンク。
乳幼児への影響が心配です。引越しをしたほうがよいのでしょうか。 - 専門家が答える 暮らしの放射線Q&A

乳幼児の放射線の感受性ですが、一般的に放射線の感受性は成人に対して幼児、乳児の方が高いとされています。
例えばヨウ素を経口摂取した場合の甲状腺の等価線量に係る線量係数は、成人の場合3.2×10-4(mSv/Bq)、乳児の場合2.8×10-3(mSv/Bq)この値だけを比較すると、「約10倍」となります
しかし、乳児の場合、成人に比べて食べる量そのものが少ないため、放射性物質を摂取する量も少なくなります。
経口摂取について、それぞれ成人、幼児、乳児の摂取制限値を用いて1日(または1回分として)計算したところ、それぞれ0.025 mSv, 0.045 mSv, 0.021 mSv となり、幼児は成人の2倍弱、乳児は成人よりやや低い値となります。呼吸摂取も呼吸率を入れると同じような比率になりますので、内部被ばくの影響度は、成人1、幼児2、乳児1の倍率ぐらいと考えるのが順当かと思います。

 また、食品摂取で大量に内部被曝する可能性は、現在日本ではものすごく厳しく食品チェックされてる(10Bq/kg出たら騒ぎになるぐらい)なんで、現在ほとんどありません。
 竹野内真理さんの「数百倍レベル」という数字が、どういった根拠で出てきたものか、ご存知のかたは教えてください。

日本読書新聞1955年11月28日「児童雑誌は良くなったか」(5回目)

 そろそろ夏も終わりですが、1955年を中心にした悪書追放運動の話を続けます(復活します)。
 悪書追放運動当時の新聞テキストから。誤字とか読み間違いはお許しください。
 日本読書新聞1955年11月28日より。
 前のテキストはこちら。
日本読書新聞1955年3月21日の記事「児童雑誌の実態 その一 お母さんも手にとってごらん下さい」
日本読書新聞1955年4月4日の記事「児童雑誌の実態 その二」(少女系雑誌)
日本読書新聞1955年4月18日の記事「児童マンガの実態 その三 マンガ・ふろく・言葉など」
日本読書新聞1955年5月2日の記事「児童雑誌の実態 その四」(良いものを探す)
 今回は、日本読書新聞の5回目の「悪書」に関する特集記事です。当初の記事から半年経って、どのように変わったか、という話と、少女系漫画・読み物の傾向に関する話です。

児童雑誌は良くなったか
作家・作品を検討する
 
 本誌では三月いらい数回にわたって「児童雑誌の実態」について特集し、その憂うべき現状と内容を、母親、教師たちに訴えてきた。その反響は大きく、雑誌を作る人たちの反省も高まってきた。
 しかし、まる半年を経た今日、果して、これら児童雑誌は良くなったであろうか。たしかに、ひどい害毒をあたえるようなもの、残虐・怪奇のみを売り物にしているものは、ほとんど姿を消したようだ。これは一つの進歩である。だが、義理にも“良くなった”とは言いきれない。
 編集者・作家・画家たちのより一そうの努力と勉強を望む意味から、本号では少しでも良いと思われるものを拾いあげて、具体的に作品・作家を検討してみた。
 
協同研究
菅忠道(児童文学者) 久保田浩(和光学園教諭) 菱沼太郎(淡路小学校教諭) 森久保仙太郎(和光学園教諭) 記述・本紙編集部
 
怪魔から力道へ
柔道・プロレスに興味移る
 
柔道・プロレスもの
 
 最近の児童雑誌のマンガ・絵物語の中に、柔道・プロレス・空手・剣道が猛烈な勢いで登場していることは御存知のとおりである。
▼「冒険王」=高野よしてる『木刀くん』有川旭一『イガグリくん』吉田龍夫『鉄腕リキヤ』夢野凡夫『半月拳四郎』入江しげる『鉄腕パンチくん』▼「野球少年」=福田福助『力道くん』湯浅利八『少年拳闘王』武内つなよし『風の弥太郎』松沢のぼる『那智の小天狗』▼「痛快ブック」=下山長平『力道力松くん』福田三省『黒帯嵐』福田福助『拳闘パンチくん』松沢のぼる『稲妻太郎』▼「少年」=山川惣治『嵐源平』田中正雄『ダルマくん』木下としお『いなずまくん』茨木啓一『かちぐり選手』▼「少年画報」=福田福助『鉄腕くん』下山長平『イナズマ君』吉田龍夫『嵐をこえて』宇田野武『月影四郎』湯浅利八『チャンピオン』森川けん一『おんぼろ剣士』近江八郎『快男児麟之介』山内龍臣『大助物語』▼「少年クラブ」=古沢日出夫『豆たん主将』武内つなよし『ハンマー君』▼「おもしろブック」=益子かつみ『白黒くん』高野よしてる『いなづま一刀流』▼「漫画王」=茨木啓一『一二の三太』土屋一平『空手くん」▼「ぼくら」=瀬越憲『はやて小四郎』(他の雑誌も同断だから略す)
 以上はマンガと絵物語だけで、小説はふくまれていない。
 
“あっ、ナイフだ”
 
 これらのスポーツが、子どもの読物の素材とされることは、大いに結構である。ところが健全なスポーツ精神を養ってくれるものなどは、ほとんどないといってよいくらいだ。どんな調子か、二、三例を上げて見よう。
 下山長平『力道力松くん』(痛快ブック)は2/3頁大の見出しカットが「あっ、ナイフだ!!」で始まっており、水上生活者の子を“家無し”といじめる中学生が、それを助ける力松くんに、ナイフで突きかかるのである。そのナイフをひらめかせるタカリの場面を、このマンガはくわしく見せてくれる。
 阿部和助『がんばり太郎』(冒険王)は“相撲熱血絵物語”であるが、いきなりぶつかった男たちが太郎をとり囲み、「おれ、なにも知らなかったんだよ」「なんだとっ」「やい、ふざけたやろうだ」という会話があって、いきなり「ナイフのようなものをとりだした」といった書きっぷり。
 山内龍臣『大助物語』(少年画報)でも、柔道部の連中が、レスリング部の大助をいじめようとして、通せんぼをする。この時は言われたとおり大助は、股くぐりをして詫びるが、アルバイトの夜なきソバの道具をこわされ、父をけなされると、かんにん袋の緒が切れたというわけで、相手をなげとばす。とたんに「よ、よくもやったな」と、ナイフを出す……。
 
身近だから危険
 
 ナイフを出すこと自体がいけないとはいわぬ。福田三省『黒帯嵐』(痛快ブック)のように架空の島での時代活劇なら、まだ我慢できるが、右例は、いずれも学校生活など、きわめて現実に近い生活の中での出来事として描かれている点がおそろしいのだ。このことは児童心理学の第一歩で、作者も編集者も先刻御承知のことだろう。
 
無意味なケンカ
 
 無意味のいじめかた、あるいはむちゃくちゃなケンカは、おどろくほど多い。
 茨木啓一『かちぐり選手』(少年)での待ちぶせ、福田福助『力道くん』(野球少年)下山長平『イナズマ君』(少年画報)では、いきなり挑んで、いいわけを聞こうともしない。そして、待ち伏せとなると、他の中学の飛入りが加わって、「おやっケンカか……これはおもしろい」「よーし、ケンカのやりかたをおしえてやる」という具合だ。そうかと思うと、対抗試合に、負けること必然というので、相手校の選手をヤミウチしようと、おびきよせて目つぶしをくわせる。
 木下としお『いなずまくん』(少年)で、「気にくわん顔している」と言いがかりをつけ、「いいえものだ」ととびかかり、ゆえなくして試合をいどむというのは、これらスポーツものの、共通な型である。
 
悪例はまだある
 
 佐藤紅緑原作・中村猛え『少年の歌』(ぼくら)も、復讐話で浅草の洋食店での刃物ざんまい。関係者以外に誰もいないのがおかしい。
 瀬越憲『やはて小四郎』(ぼくら)も仇討もの。父の恥をそそぐためのはげしい修業は「かわをきらしておいて、あいてのいのちをたつのだ」とある。細島喜美『忍術どくろ丸』も復讐話だし、益子かつみ『白星くん』(おもしろブック)では、息子の負けたのに親が出て、米俵を道路いっぱいに積んで、バスをとめ、乗客の一員、白星くんと力くらべして、自分が負けたらバスを通してやろうという、乱暴なものである。
 
チンプなお説教
 
 柔道ものに代表される熱血物語には、かならずといってよいほど暴力否定や正義についてのお説教が出る。主人公の先生たちは、柔術ではなく柔道の心構えを説く。それで、全体としての暴力的雰囲気が浄化されでもするかのように思っているのだから、あきれる。
 古沢日出夫『こがたタンクろう』(少年週報11月フロク)では、
「たたかいはくるしいことだ…そのくるしみをぬけてこそ完成がある。それが勝負の世界だ…柔道の道だ」
「挑戦するものにはいつでもあいてになるぞ」
 こうして「正義は力だ」が「力は正義だ」に、すりかえられてしまう。茨木啓一『一二の三太』(漫画王)でも、放火をあばかれたナラズモノが、しかえしをするのに「レスリングと柔道の勝負をつけて見たいのです」といわせて、すりかえが行われている。
 
正義でごまかす暴力
 
 そういう力の合理化としても、もっとも劇的なのは『シェーン』や股旅物の渡世人のように、暴力に堪えにたえたあげく、正義の力をふるうという設定であろう。チャンバラものから一例をあげると武内つなよし赤胴鈴之助』(少年画報)11月フロク)では、親友の着物と刀をとりかえそうと、鈴之助は一人で敵の道場にのりこんでゆく。「腕でとろうか…」と思っているときは母親のおもかげが「心の修行がたりませんよ」とささやく。そこで門弟一同の股をくぐり、ホーホケキョと、なき声をたてる。それがバカにされただけとわかったとき、先生の面影に「もうがまんの必要もあるまい。やれっ」とはげまされ、大乱闘の場面がくりひろげられてゆく。
 
甘やかしは困る
 
 柔道物で人気のあるのは、ほとんどがマンガじたてで、迫力のリアリティーに乏しくなる。それで業のみせ場などは、マンガと銘うっても絵物語風の描き方が多い。
 柔道絵物語には、永松健夫『花も嵐も』(冒険王11月フロク)、宇田野武『月影四郎』(少年画報)などがあるが、乱闘の連続で、文字通りの暴力礼賛に終っている。
 われわれは、柔道物だという形式だけをとらえて、暴力的だというレッテルを貼ろうとしているのではない。柔道物が、現に子どもの心をとらえていることには、それだけの根拠がある。その質的向上のための一つの試みを山川惣治『嵐源平』や、多くの柔道物の作家・画家に期待したいのである。
 細島喜美『空手の小四郎』(痛快ブック)は“熱血感激少年小説”となっているが、主人公四郎を盗人にしくんで、インチキした俊介たちは、ボスの子ゆえに、先生にとがめられなかったような書きぶりだ。
 武内つなよし『鬼面山谷五郎』(痛快ブック)では、熊造という大人が、悪庄屋にそそのかされて谷五郎をいじめるが、ついに負け、益子かつみ『白星くん』(おもしろブック)でも、大人の力もちが少年に負け、下山長平『イナズマ君』(少年画報)ではプロレスラーが、福田福助『拳闘パンチくん』(痛快ブック)では柔道の鉄というナラズものが、吉田龍夫『鉄腕リキヤ』(冒険王)では、赤月龍之介という巨大空手師が、それぞれ少年にやっつけられている。きびしい現実をとらえたような読物の中では、その現実をオナミダ物などに解消し、一方、柔道ものプロレスものでは、このように甘やかしているのでは、編集者や作家・画家たちが口ぐせに言っている“子どもの教育者であり、児童たちのよき兄であり、友達でもあるのだ”という言葉はどうしたのだといいたくなる。
 
子どもの共感よぶ
チャンバラものよりは進歩
 
 子どもの興味の中心が、いわゆる殺伐なチャンバラものに代って、柔道もの、プロレスものに移行しつつあるのは、考えようによっては、一つの進歩ともいえるかもしれない。
 大ていの作品では、主人公の少年が、悪漢や心のねじけた武術の達人とたたかって勝つ----という筋立てになっている。そして、身体が小さくて、力は弱くても、業が身につけば、非凡な達人になる----という設定は、多くの子どもの共感をよぶ。その身についた力で、忍術や魔術・奸計など超人的な魔力によらないで、堂々とたたかい悪者をたおしてゆく----正義感と自力によるたたかい----それは、その限りでは健康な読みとり方を子どもに与えているといえよう。
 
ゆがめる国際理解
 
 プロレス・柔道ものは、アメリカないしアメリカ人の登場するものが多い。
 吉田龍夫『嵐をこえて』(少年画報)は、少年柔道家・新一と、レスラー・ロス・赤熊との、アメリカを舞台にしての活劇もので、それに悪漢が介入する。湯浅利八『少年拳闘王』(野球少年)は、ユタカがペリーという悪童相手の活躍をアメリカを舞台にして展開する。
 東富士と力道山をもじったような少年レスラー「東力弥」は吉田龍夫『鉄腕リキヤ』(冒険王)で、空手の業をふるって大活躍をする。
 土屋一平『黒帯旅日記』(冒険王11月フロク)は、「東宝柔道漫画」と銘うたれ、“日本の虎”前田六段武勇伝とうたわれている。この中に(四〇頁)次のような文句がある。
「柔道をおしえ、ひろめたいとはおもうが……見世物にまではしたくないですな」「柔道のよさを…力を…世界にひろめたいわたしには、どんな試合もよろこんで受けますが……」「全力をつくしてたたかえるりっぱなスポーツマンなら、よろこんでやりましょう」
と主人公に言わせている。これはコトバ自体立派なことで、結構なことであるが、このような類いの作品が、全体として、子どもにどのような影響をあたえるか----民族的なゆがみ、戦時中のような国粋主義礼讃一辺倒になる----という心配を拭うことができない。このことは
 アメリカとの特約絵物語『ブラック・ホーク』(漫画王)の場合はっきり言える。この物語では、仮想敵軍はソヴェトの軍服と星印で、水爆によって皆殺しにあう。この作品に関する限り“偏向もの”として編集者の良心を疑いたい。
 以上あげたような作品が、総じてアメリカの暗黒街を印象づけるかのようで、国際理解もこんな形の理解では困る。
 
実在の人物登場
だが歴史物語とはいえぬ
時代もの
 
 チョンマゲをのっけた無時代的人物が、やたらに白刃を振りまわすものから抜け出ようとする意図は、最近若干みうけられるようになってきた。
 その一つに、実存した人物を主人公にする物語がある(だがこれはあくまで歴史物語とはいえない)。一番多く目につくのは宮本武蔵である。吉沢日出夫『宮本武蔵』(マンガ・おもしろブック)小山勝清『少年宮本武蔵』(絵物語・少年)等々……。同じ系列のものには、高木彬光堀部安兵衛』(絵物語・おもしろブック)や沙羅双樹『少年太閤記』(同・おもしろブック)久米元一『少年太閤記』(少年クラブ)中村英夫『木下藤吉郎』(冒険王)鈴木光明『織田信長』(冒険王10・11月号フロク)等々と数え切れない。
 これらに共通するのは、いわゆる剣士であり、義士であり、立身出世をとげた怪人たちばかりである。
 
立身出世主義の偉人
 
 これらの作品で、偉人をとりあげる態度は、彼らがいかに奇智と力を用いて、権力と結びつき立身出世をはかったかということを認め、たたえているところから一歩も出ていない。その時代背景も持たないし、歴史の流れとは全く無関係にえがかれている(年号や年代をかくことは別問題なのである)。このことは、作者が「太閤記」などの古い物語を種本にして易しくダイジェストしたにすぎないことを示すものとはいえ、作者の不勉強が責められねばなるまい。現在必要な、これに対する批判や位置づけを少しも試みようとしていない。つまり、時代物といい歴史物語といいながら、力道山出世物語となんら変りのないものといえよう。
 
時代がもつ歴史性を
 
 もう一つのゆき方は、ある時代を背景に架空の人物を動かすやり方である。中村英夫『つばめ流之助』(漫画王)をみると、天正ごろの一人の武士をえがこうとしたものらしく思われるが、なぜ主人公が、こうした運命に置かれねばならなかったのかが、筋としてしか分ってこない。この時代の野武士なるものを、もっとくわしく書くことによって、この物語はもっと興味あるものになったであろう。ただ時代を設定しただけで時代物語になるというわけではないことを、作者たちは考えてほしい。その時代のもつ歴史性をかく意欲がほしい。『オテナの塔』の亜流はもう不必要である。
 
野心作『嵐源平』
 
 以上のような欠点は、いいかえれば、作者がすべて古く、勉強不足であるということだ。
 その中で、山川惣治『嵐源平』(少年)は“熱血柔道絵物語”と銘うってはあるが、明治維新で没落した旗本父子を描いた歴史小説的な絵物語であり、『少年ケニヤ』の作者にとっては新領域の開拓をめざす野心作と思われる。
 大仏次郎などの明治物にみられるように、時の敗者が官軍や新しくのしあがった田舎武士出身の官僚にしいたげられ、反抗心をもやすといった筋立てで、社会性のある主題・時代設定であり、作中の人物にも(絵物語としては珍しく)生活がある。時代の説明にはナマなとこともみえ、主人公の少年は最初から柔道の天才として現われ、その点では『少年ケニヤ』のワタルと同工異曲ともいえるが、調べようという意欲は十分うかがえ、今後の展開に期待がもてる。
 
低俗にとって代る
 
 尾崎士郎真田大助』(五年の学習)は、関ヶ原のあと紀州へ引きこもった真田幸村、子大助を中心に猿飛佐助、清海入道などの武勇伝である。さすがに尾崎士郎らしく文章は明快で、これは講談節でなく浪花節でもない。子どものためにこうした素材をとりあげた今までの多くの作品に比して清潔で、かつユーモアがある。
 会話が現代調で、たとえば、
 よかったですね(佐助)おい、さがせよ。さがしてくれよ(入道)はらがぺこぺこだよ(同)
 などという言葉が、そこにうまくはまりこんでいる。
 素材として上等とはいえないが、これなら低俗な時代ものにとって代れる作品である。
 
子供にうけた作品
 
 三町半左『少年いなずま隊』(小学六年生10月フロク)は、堺の町が織田信長軍に攻略されたときの防衛闘争のマンガ物語。架空の主人公を登場させたチャンバラ漫画の形式だが、作者が歴史観や思想を生かそうとしている努力は読みとれる。実際に読んだ子どもにきいてみると、六年生にも、もっと低学年の子にも、「とてもいい」という評判であった。
 会合衆自治政府機関)が、町の人を裏切って信長軍に屈伏し取引きするといった、時世の風刺とも見れるような複雑な事情も、子どもたちは読みとっていた。町の平和を守るために自衛のたたかいをするという主題は子どもにもわかりやすいようだ。
 だが、自衛のたたかいを、副題にもあるような「七人の少年の物語」として描き、町の人びとからかけ離れた英雄になっている点は、当節の流行語でいえば「主観的な極左冒険主義」であろう。野心的な問題作といえるだけに、作者の再考をうながしたい。
 同じ作者が『太閤記』(小学六年生11月フロク)の長篇連作をはじめた。筋立てに異色をみせようと、工夫をこらしているが、こりすぎたきらいがないでもない。
 
俗悪から低俗へ
少ないが良いものもある
幼年もの
 
 児童雑誌は俗悪で、子どもに害毒を与えている----という非難が高まって、それに対し雑誌編集者たちは機関紙「鋭角」で躍気になって怒ったり、居直ったりしているが、われわれとしては、あくまで“児童娯楽雑誌を良いものにしたい”という意図から過去数回にわたって批判をしてきたのであって、率直に言って、「児童雑誌は俗悪だ」とは言い切らぬが、「低俗な部分が圧倒的に多い」ということ、特に学習雑誌と銘打っている小学館の学年別雑誌でも、四年生以上は、低俗な部分がはるかに多くなっているという事実だけははっきりと申しあげる。
 低学年向の雑誌は、高学年のものに比べて、たしかに俗悪なものは少ないし、子どもに与える害毒はないといえよう。しかし「これはいい」といって推せる作品、記事も案外少ないことは事実である。
 
推せる幼年向作品
 
 まず推せるものを挙げよう。
 土家由岐雄『ゴンじい先生大旅行』(三年の学習)は、なかなかいい作品だ。高学年の雑誌になかなか見られないような、意欲と創作性がある。
 小川未明『遠い北国の話』(小学三年生)は、未明としては珍しく連載の生活童話である。こんな開拓をしてくれるのは、低調の児童文学界に、やはり意味のあるしごとといえる。
 筒井敬介『おなかをわるくしたよしえちゃん』(小学二年生)は短篇だが、二年生の生活に密着した、しかもユーモアもあり、ゆかいな生活童話である。こんな調子の連載はできないものか。同誌の森いたる『でぶくんやせくん』もいい。
 浜田広介『おとなりのはと』(小学一年生)は、文も美しく、広介童話のひとつとして、すすめられる。詩のようだ。安奈の絵も良く、何か新しいさしえの形になりそうである。この雑誌には、一年生向として他に、とりたてて秀れた作品も、わるいという作品もない。
 
欠点はあるが…
 
 次にやや良い点が見出せるものをあげてみよう。
 白木茂『ぞうのおうじ』(二年の学習)は、いささか文章に味わいがなく、解説調であるが、まず健康なものといえ、また和田義三の絵を見せる作品でもある。白木茂の作品として、よい動物童話として発展させてもらいたい。
 住井すえ『大きなおみやげ』(小学三年生)は、農繁休みに家の手伝いをしながら、機械を作る人になる希望を話す子ども----というだけの話。まず無難である。しかし文章が説明調で、子どもも躍動していない。
 那須辰造『川舟の子どもたち』(四年の学習)は文章のはこびがきびきびしていて快い。が、追跡の場面などを、これほど強調するのはわからない。今後に期待する。
 長尾宏也『尾白ワシのしゅうげき』(小学四年生)は動物ものがたりで、短い作品であるが、人間の闘争を鳥獣に移しただけではない。北国の自然の風景がかかれており、尾白ワシの本性が、闘いの意志を通して書かれているからである。文章も、てきぱきとして、活劇調でない強さを出している。ただ、これが短篇の動物ものがたりに終っているのは惜しい。
 
惜しまれる失敗作
 
 吉田光一『北海の子』(幼年クラブ)は、極北に近いらしい場面で、敵味方がたたかう物語。海上や雪の中ということに新しさがあって、期待されるものもあるように思えたが、闘争のくりかえしに終っている。山犬に襲われた時、かつて世話してやった片目のジム(山犬)が、少年を思い出して、仲間にたちむかい、少年を救う話があるが、こんな所がストーリーの山になれば、もっと見直せるような物語になったのではいか。
【少女ものについては七面に掲載】

安直なすじがき
おセンチ・活劇ものに堕す
少年小説
 
 まず代表的なものとして、いわゆる熱血小説がある。
 牧野吉晴『天馬少年』(冒険王)は“正義熱血小説”と銘うたれている。この作者は、現在少年小説を各誌に書いており、最も活躍している一人だが、総じて、ひどい俗悪さがないのはいい。しかしレベルの低い作品である。
 さらわれた小天花を救うためにのみ話がすすめられている、といっても過言ではないような作品で、大人のための大衆小説ならばいざしらず、少くとも少年小説であるならば、もう少し、少年少女の生活や、人間の生きがいや、社会のありようが描き出されて然るべきであろう。
 いくつかの事件が起伏して、興味をさそうことはたしかだが、どうも無理な設定と、燃焼の不足が感ぜられるのは、多作すぎるためであろうか。
 
編集者の意図に疑問
 
 同じく牧野吉晴『熱血の歌』(少年クラブ)は“正義小説”とあるが、未だ抜けきらぬ活劇の売ものである。谷俊彦のさしえも気品がない。この小説に対して読者の「どうかあまり健ちゃんをくるしめないでください」という手紙が載っているが、これは作品の方向をよく物語っているようだ。このような手紙は「まだくるしむ小説なんだぞ」という編集者の売り出しでもあるということを考えると、編集者の意図・態度に「これでいいのか」という疑問も出てくる。読者の手紙を編集者は、もっと大切に、そして真剣に分析し、自らの良心(機関紙「鋭角」で盛んに強調しているが)に照して、少年少女小説のもつ課題を掘り下げてほしいものである。
 さらに牧野『太陽の子』(少年)では、広島の子どものために帰ってきた秋本先生が、大上徳べえから悪に味方するか、さもなければ広島から出ろといわれて「大上が暴力をふるって広島から追い出そうとするなら、正義のために、大上組を相手にして戦う」と言わせている。重大な社会的な問題を、一個人の英雄的なセンチメンタリズムにすりかえてしまうのだ。
 これらの物語が、せっかく良いところをねらいながら、おセンチものになったり、活劇ものになったりするのは、まことに惜しいといわざるを得ない。
 
名ある作家でも…
 
 柴田錬三郎『熱血行進曲』(少年画報)は“立志小説”ということになっているが、一応作家として通っている(この作者は直木賞受賞)人たちが、どうして筆をそろえて少年雑誌に、こういうものを書くのであろうか。
 悪漢団(自由アジア団)のお国のっとりの活劇だが、これに立ち向かう日本少年清。白石大造は「バカな、きみのような少年の力で、どうしてとりかえせるものか」と言ったのに、清がツバメを生けどりにして見せただけで「うーむ、きみは剣道の達人だ!」と感心して許すといった安易さ。
 一人でのりこむとき、「おにいちゃん」とよばれ、せがまれて少女を一人つれていく。せっかくとりもどした黄金の象も、この少女の手足まといのために再び、とりかえされそうになる----すべて、運びが安直きわまりなくできている。
 このような筋立てで、読者の心をおどらせていたら、どうなるだろうか。「娯楽よみもの」だからといってすませられるものであろうか。
 作家として評価できる人だけに、「子どもの誠実のあらわし方や、生活の向上はどこにさがし求めたらいいのか」と言いたくなる。
 
成功した熱血小説
 
 同じく文壇作家の熱血小説として、田村泰次郎『ぼくらは負けない』(野球少年)がある。主人公の小太郎は愛犬ロンと朝鮮から引揚げるとき、黒眼鏡の男に、手紙と首輪に秘密書類をつけたものを頼まれる。日本に着いて母をたずねるわけだが、それに秘密の書類を取ろうとする男、小太郎をたすける「ハトの会」の友だち、牛飼いの壮太などが登場する物語。
 小太郎の協力者として力道山」が登場するが、力道山が試合前にテレビに現われて小太郎を紹介し、母をたずねる場面は、いささか唐突で安易であるが、ありそうなことであるし、子どもにはまっとうに受け入れられそうだ。現実のことと物語とが、たくみに織りまざって、いやみもなく、おしつけもなく、すすめられている。こんなところに、熱血小説の可能な線もあるかもしれない。大いに研究すべき作品といえよう。力道山をバカげた英雄視(力道ものの読みものは大ていそうなっている)していないのもいい。
 描写も、例えば、川べりに野宿しようとして、だれもいない遊園地のブランコにのってみる場面など、子どものものになっている。概して文章は、淡々としたはこびで、さらりとし、しかも興味ぶかい。ストーリの運びが書きこめられている。
 
少年小説の共通欠点
 
 以上の二、三例を見ても分るように、熱血小説といえば、1・かならず大きな男、つよい男、わるもの、悪党団があり、2・対抗するのは少年、しかも一人のことが多く、3・それに少女がからまり、4・大人たちが平気でその少年を危地にやっているし、5・レスリング、拳闘、柔道、剣道が必ず出てくる----といった組立てになっている。
 少年たちの身近かなもの、親近感をもつ場面で、まっとうな熱血をわかせることが少ないのは、今日大部分の児童向小説の大きな欠点である。子どもの場合、こういった作品を読み重ねていくと、つくられたものと現実との区別は小さくなって、心へのひびきが大きいことと、考えあわせなければならない。
 
清潔で明るい作品
 
 スポーツ感激小説と銘うったものに藤沢恒夫『この旗のもとに』(五年の学習)がある。これは城南校と双葉校の野球試合を背景にした作品で、いい少年小説である。清潔で気分が明るい。月並みな言いまわしの作品の多い中で、これは珍しく文芸作品らしい配慮で書かれている。
 ただ、今日の強い刺激になれている子どもたちに、この淡々とした手法が歓迎されるかどうか疑問である。今後の読者の開拓が伴わなければ折角の作品が生かされない。この作者あたりに、このような少年小説をさらに押しすすめてもらいたい。今日の児童読物の活路であるといえよう。
 
出そうとした新味
 
 “少年感激小説”小山勝清『山犬少年』(中学生の友)は、山犬とむすばれる少年を描いた点、一寸めずらしい。人間同志が闘争をくりかえす熱血小説、闘争物語とややちがって、作者が新味を出そうとしている意気がうかがわれるとはいえ、山犬の酋長といわれる白毛の犬などは、いささか作為が見えすぎるし、「山の証文」をもち出して奪い合ったりするのは探偵小説めいて、ごたついている。
 良い作品とはいえないが、まず従来の俗悪ものにとって代る段階に来つつある、とはいえよう。
 なお「中学生の友」には、良さそうな作品としてあげるものが、他にないのはさびしいことだ。
 
魚博士の感激小説
 
 “感激小説”と銘うったもので科学的な要素をいれた末広恭雄『サーカス水族館』(六年の学習)がある。魚博士の作者らしく、型のかわった科学小説といえるので、簡単に筋を紹介してみよう。
 原爆孤児川上士郎は上京して、不良仲間に入るが、金魚をおどらせる老人(三浦博士)に心をひかれて不良をやめる。三浦老人をたずね、金魚のしこみ方などを教えられる。三浦老人----大学教授であったが、バイオリンで金魚をおどらせるとき、悪い教授が弦を半音づつ下げておいたため金魚はおどらず、それがもとで彼は辞表を出し、研究生活に入る。十二月号では「金魚のスターたん生」という映画をとるため上京するところまでになっている。
 この作品は、正義感や温情、自然への愛情なども語られ、興味もあり、文章もいい。低級なよみものに、すっぱりととって代る作品である。科学者の書く文学作品、こんなところに子どもの良い読みものが生れはじめていることに注目すべきだ。
 
探てい小説は落第
 
 少年小説のひとつとして探偵ものがある。
 島田一男『猫目博士』(少年画報)同『暗黒十字星』(冒険王)江戸川乱歩『海底の魔術師』(少年)武田武彦『地獄の魔王』(痛快ブック)などはいずれも“探偵小説”と銘うっているが、このほか“大冒険小説”久米元一『覆面探偵』(少年画報)“科学絵物語小松崎茂『大暗黒星』(少年)も一応この部類に入る。
 これらは、相も変らぬ怪魔的なものの活躍である。乱歩がいくらかましなくらいで、あとは推理もなにもない。さらい、さらわれが中心で、宝ものさがし。そうかと思うと、冷凍人間の研究とか、宇宙線バクダンとか、そのこと自体ヒューマンなひとかけらも持ち合せない。
 
純情に訴えかける
感動的だが恐ろしい影響
戦争もの
 
 いわゆる戦争物といわれるものに、棟田博『燃える大空』(少年クラブ)がある。未来戦とか宇宙戦争などを扱った作品は多いが、太平洋戦争と真正面から取組んだ作品では、これが代表作である。戦記小説の作者としては年期が入っているので、部分的には少年たちの純情に訴えかける描写の真実性で迫るものがある。中学生の意見をきいてみると----「七つボタンの歌」をとってもいいと言うし、こういう小説には打たれるらしい。少年たちは、一方では平和がいいと思いながら、こういう張りのある、意地っぱりな男の世界にあこがれ、戦争というものを勇ましい場面としてだけ考え、心ひかれるものらしい。
 戦争中の少年たちも、このように純粋な、単純な動機を、あのいたましい特攻隊の尽忠報国に育てあげられたのだった。
 この小説が感動的であればあるほど、影響力のおそろしさが思われてならない。作者は十一月号で実戦部隊に出る日も近い主人公の少年に、こう言わせている。
「世界じゅうが、仲よく、ともに助けあってくらすようになる日を、ぼくは今、どんなにか、ねがっているかしれないのに」
 ここには二重の問題がある。敗戦日近い少年航空兵に、このような考えがあったろうか、ということ。不幸な時代の少年をリアルに描こうとせず、今日の時勢に戦争中そのままを肯定的にかいて、再軍備風潮に手助けするなかで、とってつけたように、こんな言葉をさしはさんでいることを、作者はなんの責任も感じないでいられるのであろうか。
 
ひそむ危険な問題
 
 戦争ものとしては、やはり年季の入った小松崎茂『大暗黒星』(少年)がある。これは、おそろしい遊星人が地球を攻撃する----という、国と国との未来戦を変形した戦争ものであるが、全篇をとおして、子どもに、戦争の恐ろしさを教えるものでなく、熱血!として描かれていることに注意されねばならない。
 遊星人のロケット隊と戦うのは日本少年高田わたる(少年ケニヤの主人公と同じ名)である。気の弱い池田少年の代りに飛び立つわたる少年----友情・犠牲の精神を説くわけだが、こんなきわどい命のせとぎわで、子ども(少年)の友情が語られるのは危険である。単なる任侠に堕しはしないか? 戦争にたいする子どもの任務というものを、どう考えたらよいのか。そのわたる少年が「みなさんとおなじ年ごろの」と説明され、読者に「血わき肉おどる」戦争として密着させられていることに問題がありはしないか。
 この作品の文章表現は、非常に概念的で、戦争ものの類型にはまりこんでいる。
 戦争のすごさだけが、あおりたてられ、戦争を興奮にまきこむ文体でもある。平和を求める雰囲気が消えている
「おかあさん、さようなら、ぼくは----死ぬかもしれません。ぼくは、おかあさんとふたりだけの、たのしいしずかなくらしがしたかった。でも、高田が死ねば、ぼくも生きておりません。ぼくが死んでも、かなしまないでください。おかあさん。」(池田少年のセリフ)
 この少年のなげきを、読者はどううけとるか。
 また、遊星人は原子力攻撃をしてくることになっているが、このような場面を、作者は自信をもって書いている。事実作者は十年もたてばこんな戦争になる----と断言もしている。だが、今日、現実に原子力についての国際会議で、平和利用や、戦争への使用禁止へ動いていることが、はかないものになってくる。
 宇宙を舞台の豪壮な物語にしてからが、戦争や探偵ものにおわっている。結局、科学は闘争の用にたつものでしかない。衛星をつくり、自由に宇宙を飛びまわる如くに、自在に、人命をもてあそび、人権は無視される。まだしも土人ものの方がいただける----と言いたくなる。山川惣治、阿部和助などの最近かくものの方が、これらよりは、かなり健康的である。

すべてが偶然で
病的な宿命に憧れさせる
少女小説
 
 原淳一郎『空はみどりなり』(少女)の主人公は月丘露子で、父は亡くなり母は行方不明、それをいじめる少女田鶴子----といったお膳立て。別れ、めぐりあい、スレ違いのメロドラマである。ここまでなら、小学五、六年の子どもが立てそうな物語の構図である。文章も同様で“作文”の域を出ない。
“待って、露子ちゃん!”
 血をはくようにさけびました。
 しかし、おそかったのです。
 どっとあふれる悲しみの涙。あきらめるには、あまりに身ぢかにいた露子のすがたに、おかあさんは、くちびるをふるわせて涙にむせびました。
 紙芝居の小父さんの文句と変りない。
 このような作品は、生活上のこと、事件などが、すべて偶然で支配され、別れた人はどこかで会うように出きている。会いそうになるとまた別れる。困った時はだれか救う人が現われる----自分の人生をそのように思いこんでくる少女が出来てしまう----という心配に、作家や編集者は、どのようにこたえるか。
 
ありふれた作品
 
 北条誠『美しき涙』(少女ブック)は“純情絵物語”である。主人公ユカリは幼くして母に別れ、ふとしたことからオバサマとハルミを知り、親しみをいだく。ユカリは自分が読んだ少女小説に身の上が似ているところから、オバサマが母ではないかと思う。ところがオバサマは片山早苗という名ピアニストで、近く海外へ行くので左様なら演奏会をひらく。ユカリは早苗に会いにゆくが、お豊ばあやが「ユカリに親切にして下さるな」とと早苗に頼んであるので、早苗はつんつんしているが、ユカリにかくしきれない気持が見え、ついにたおれて病気になってしまう----といったあらすじ。その場面を紹介しよう。
 片山早苗は、あいかわらずつめたい顔で、じっとユカリをみつめていました。
 が……やがて、その目が、かすかにうるんで
『ユカリさん……』せつなくあえぎました。
『だめ、私にはいえません』
『おねがいです!』
 と、いうせつないユカリのさけび声に
『かんにんして……』
 北条誠をわずらわさなくてもと思える、ありふれた作品である。
「少女ブック」にはこのほか大林清菊田一夫、北村寿夫、堤千代少女小説を書いている。
 
プチブル的に描く
 
 大林清『なつかしの花園』(少女ブック)。主人公堀田美沙は姫百合女学園の初等科生で、お金持の娘。その友人優木志津子。校長先生のお誕生日を祝う演芸会に、劇をやることになっているのだが、主役の志津子が母のために出演できない……という構図で話がすすめられている。
 ストーリーは平凡ながら、変なこじつけや、きらびやかさがないだけ、良の部に入りかけそうな作品といえる。
 前の北条誠にしても大林清にしても、不幸である子も、貧しい家の子も、ふつうの子も、なんとなくプチブル的に描かれているのはどういうわけか。これらの少女小説に現実感が出てこないのは、そうした所にも原因があるようだ。
 
感傷調で書き綴る
 
 絵物語だが、菊田一夫『白馬のゆくえ』(少女ブック)----あらすじ----真弓の父は仕事に失敗し遠くへ行ってしまい、母も家を出てしまう。真弓はその実家をたずねるが、母はおらず、見知らぬ町をトボトボとひきかえす。貧しげな老婆にすくわれる。ところがこの老婆は----「ああ、真弓をたすけてくれたろうばは、女の子を使って花売りをさせる女でした」そこで真弓は逃げる----切符なしで汽車にのりこむ----流行歌手のおねえさまに救われる----母を見たように思ってかけだす……。
 このような作品には新しい設定で作者の心を読者につたえたいというところもみられず、ああ、こうと安直に仕組んだストーリーだけが、作者の頭にうかんで、それを感動のない(あるごとく見せかけた)感傷調でさらさらと書きつづっているだけの作品だ。
 俗悪だとは言わぬ。読んですぐ少女たちが不幸になるとも思えない。しかし、もっと考える作品、高いところで、読者をひっぱってゆくものを書いてもらえないか。子どもの作品は、大人のものより力を落して書いているように思えてしかたがない。
 
文章感覚の悪影響
 
 同じく少女絵物語で、北村寿夫『母の湖』(少女ブック)があるが、これも同巧異曲のストーリーのむしかえしにすぎない。しかしドラマチックで波乱にとんでいることが特色である。文章はやさしくかいてあるけれど、文脈、文のにおいは大人のものだ。少女たちの文章感覚が、これらの影響を強くうけるとすれば困ったことだ。
 不幸な宿命を背負った少女ばかり出てくる小説----センチメンタルは、今の少女たちにあってもよい。なければむしろ不健康といえるかもしれない。しかし、病的な、宿命的な、そんな悲劇的なものにむしろ憧れるような人情を育てる作品を、われわれとしては歓迎できないのである。
 
こまやかだが平凡
 
 死者にむちうつのは不本意だが、堤千代『すずめ待てども』(少女ブック)はこの作者らしく、こまやかなはこびをもった文章だが、どこが作品のおし出しかはっきりしない。ただ起っては過ぎてゆく小さな事件、あわい生活のあとを読みたどって、読者たちは気をまぎらす程度であろう。高いヒューマニズムも、センチメンタリズムも滲み出ていない。可もなく不可もなしといった作品。
 
力を落す文壇作家
 
 以上、「少女ブック」に掲載された作品を見てきたわけだが、この雑誌は、知名の文学者に多くかかせているが、全作品を通じて、われわれの期待に応えてくれる作品はなかった。いうならば、低俗そのものを売りものにしている傾向が減ったということ、ふつう平凡な作品になりつつあるというのが“悪しき進歩”といえばいえる。
 上述のような、一応文壇に名の通った作家が、かかる少女ものを書いているが、いったい読者の読みどころはどこなのか、どんなことを与えようとしているのか、作者たちにききたいものである。
 
社会的関心の欠如
 
 物語の良否は別として、藤子不二雄『母の呼ぶ歌』(少年)はマンガ形式だが、母の遺産の山に、ウラニウムが豊富なことに目をつけた悪社長が、横領しようとするのを、純情青年がはばんで、悪人をとらえる----という話。同じくマンガ物語の高野よしてる『おセンチ交響楽』(少女クラブ)では、少女歌手が、親のない子どものために「少年の家」を建設してやる。ここでは商売の鬼の支配人も、人情の暖かさにまいって善にかえる----というような、社会的な問題を中心に物語が始められている。
 ところが、二友長半『歌のつばさ』(少女ブック)になると、食堂ガールの友だちの投書一枚をみて、デパートの主任が食堂ガールをくびにしてしまう。そして、おさだまりのかどわかしがあり、売られることになる。前述の菊田一夫『白鳥のゆくえ』(少女ブック)も、花売娘とそれをあやつる老婆たちの事件を、エピソードとして入れただけで、筋は主人公の行動中心に運ばれているにすぎない。読者である子どもは「なぜ警察に行かないんでしょう?」という疑問を大部分がもった。これは作者の社会的関心のうすさを示したものといえるのではなかろうか。
 日常の新聞にみる、家出娘や、売春少女の記事にいだく気持は、「何とかならなかったか」ということだが、これらの読みものは、悪者につかまったら、どうにもならないのだ、と読者に考えるようにさせなければ幸いだ。
 
ほめたい少女ものは
こういうものを増やしてほしい
 
「女学生の友」では、多くの連載少女小説がのっているが、とるべきものはない。辛うじて短篇の読切少女小説、三木澄子『花とパンの日』がある。これは、担任の女先生が、その月誕生の生徒を第一日曜に家によぶことにしている。たまたま十一月は、嫌われ者で成績がビリの信子と、男子ナンバーワンの隆、当の先生の三人が誕生月で、招かれているわけだが、信子は家事が忙しくてゆけない。そこで先生と隆がきて、店を手伝う----これをきっかけにして、級友も、信子のよき友だちになるだろいうという話。
 文章も、まずまずあくどくないし、物語としては他愛ないけれども、ありうべからざる架空ものより、前進している。
 そして、成績最低の子を出していること、先生の愛情みたいなものが出ていること----この二つをとるのである。
 
ありふれた設定
 
 西条八十『母よぶ時計』(小学四年生)にしても、悪者、秘密、誘拐……西条八十ともあろうものが、相も変らぬ設定ではある。
 田島準子『緑いずこに』(小学四年生)は“父のゆくえをさがしに東京へ出てきたルミ子とミチルの悲しい物語”。北海道から美しい女の先生----いじわるな同級生----母の病気----こういった少女小説の要素が、ここから抜け出すときに、新しい作品となるだろう。
 主人公の名前にしても、ルミ子、ミチル、ユカリ、マユミといった名や、宝塚調の名のつけ方で、おおよそ、バカげたものは見当がつくのも皮肉である。
 
本格的な少女小説
 
 以上、賞めようと思って、いくらかましな作品をえらんで取り上げてきたつもりであるが、御覧のような悪口を言わざるを得ない結果になってしまった。そこで、まあ良いものとして推せるものを以下にあげてみる。
 富沢有為男『山のさっちゃん』(少女ブック)は長い連載だが、プチプルで、悲劇の主人公で----といった少女ものの多い作品の中で、これは“山のさっちゃん”を登場させ、東北地方を場とした珍しい作品である。“海のさっちゃん”が仲良しであるという構想もいいし、馬の子が生れる話や、山崩れによる洪水を知らせるため川下の町に馬を走らせるさっちゃんのいき方など、山奥の村に、はつらつと生きる少女を描いており、夢や美しさをも忘れず、といったぐあいで、連載の今後も期待される。本格的な少女小説と、敢てよんでおこう。
 
よい明朗少女小説

 ユーモアというより明朗少女小説ともいうべきものとして、飯沢匡『トマトさん』(少女)がある。トマトさんとあだ名のある少女、走るのが速く、負けずぎらいで、ちょっとばかりウソも言い、さあとなると、少女らしい心づかいも出てくる。いたずらに紅涙をしぼろうとするおセンチの少女小説より、この『トマトさん』あたりに、今の新しい少女像が描かれているのではなかろうか。
 
良いおテンバもの
 
 NHK連続放送劇「青いノート」からとった乾信一郎原作・竹山のぼるえ『夢みる愛ちゃん』(少女ブック10月号フロク)は、マンガ形式のおてんば娘行状記だが、愛ちゃんの無邪気ないたずらや、はねまわりの展開である。なによりも、そう甘やかしていないのがいい。男のようなのを心配する一家の、愛の眼で見まもられる愛ちゃんの、開放的な動きの中にも、女らしいやさしさをうまく出している。
 最近うり出してきた手塚治虫の『そよ風さん』(少女)も、女の子のおてんばを扱ったものだが、子どもたちには人気がある作品。今日の女の子は、メソメソしているのを心よく思わないという点も相当ある。彼らは、物語りによる感動と、オセンチのメソメソをちゃんと区別している。手塚治虫が、『そよ風さん』そのほかの新作において、作風に変化をつけようとしている努力は買われる。実験室風な作品としておもしろい。
 
活路見出すマンガ
 
 入江しげる『めぐみちゃん』(りぼん)は登場人物が生活をもっているという点では、この種のマンガとしては異例である。いままでのマンガの多くが、無生活無国籍あるいは夢のような豪奢な生活をしている人々のみであったのと比べて一歩進んだものと考えてよい。ただ、この点----生活の中にある、現実的なおもしろさ、希望、愛情などというものを、もっとふかく掘り下げるわけにはいかないものだろうか。ここにマンガのひとつの活路が見出されるといえよう。
 同じ作者の『すみれさん』(少女ブック)も、マンガとして中学生活のリアリティや親近感がある作品といえよう。
 ついでに、少女ものではないが、マンガとして良いものに----
 馬場のぼる『カラスのとん平』(六年の学習)は、最近、マンガ家として注目されているこの作者の快心の作と見える。このマンガの絵には素朴さがあり、むしろ土くさいけれど、下品ではない。清潔でもある。ただ、バックなどにリアルな描写のカスみたいのが残っているのが気にかかる。ユーモアめいた文章のはこびもなかなか達者。佳作。
 また山根一二三『のんきなトン兵衛』(おもしろブック)も、ユーモアがあり、ヒューマニズムも感じられる。
 
誤まれるクスリ
 
 少女マンガで、やはりおてんば娘行状記ふうのものに、大友朗『おてんき姫君』(少女クラブ)がある。これは、すべて大人を軽べつすることの上に立っており、女性の優越感を満足させる----というところに、くすぐりを持たせた作品。殿様は恐妻家で、奥様が絶対権をもち、姫君も父をバカにしているという話だ。
 これに対して、男性がわの場合は、身分的な優位をもって、権力によって女性をおさえるといういき方も多い。一例をあげれば、夢野凡夫『とんてんちゃん』(少女ブック)である。
 この作品の中で、失敗から起す物的損害や、物の価値の軽視に対しては、もっと心を配るべきである。
 
家出、誘拐の悪用
 
 少女もので、さらに指摘しておきたいことに「家出」と「かどわかし」の問題がある。
 原口透谷『母よいずこ』(痛快ブック)というのがある。これは“感動絵物語”だそうだが、捨てられっ子のさち子が、父母を探しに、ひとりで東京行きをする。車中の黒メガネ(実はスリの親分)に親切ごかしにさらわれるが、婦人警官の手で、父と再会できるという話。家出については何の心づかいもない。
 総じて、家出は正当化されている、というのが雑誌の現状だ。
 二反長半『母を呼ぶ鳥』(なかよし)という写真物語は、先生に引き取られている澄子が箱根へ旅行にいって、友をたすけるが、その時のやさしい婦人が母だとわかって、箱根へ出向く。そして芝居小屋へ売られることになる。
 同じ作者の『花びらのうた』(りぼん)は、仲よしのとよ子がいなくなるが、ひろ子が箱根へ遠足のとき、湖畔でおどる旅芸人のとよ子を、船中から見つける。家に帰ってから、とよ子を見つけに母と箱根へ行くが、わからない----という似たような筋立てを書いている。ここでも、売られる、さらわれる、である。
 例に「りぼん」をとって見よう。さらわれる話は、写真物語『まきばのうたごえ』、益子かつみ『かなりやさん』、母をつれ去られる話では南村蘭『さくらひめ』、菊田一夫こばとはどこに』、松沢のぼる『ははをたずねて』など曲のないことおびただしい。なぜこうも安易で、不勉強で、子どもをバカにしているのであろう。
 これらの家出と、かどわかしは、ここでは「かわいそう」として受けとられる。三面記事をかざるこれらの事実への、子どもの啓発には、考えも及ばないらしい。

 ということで、ざっくり紹介してみましたが、いい読み物も悪い読み物も、今ではほとんど実物を読むことが不可能になっているところが面白くも残念なことでもあります。
 半世紀前は、少年少女の数が多かったんだろうなぁ、としか…。
 
「悪書追放運動」に関するもくじリンク集を作りました。
1955年の悪書追放運動に関するもくじリンク

レベルの高い自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんに質問します

 これは以下の日記の続きです。
自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんは竹野内嘘って名前にしたほうがみんなが幸せになれると思う
自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんの中川恵一さんへの質問に、素人のおいらとみんなが答えてみる(1)
自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんの中川恵一さんへの質問に、素人のおいらとみんなが答えてみる(2)
 
 今度は俺が質問するよ! 俺は素人だけどあなたは玄人なんだから、高いレベルで答えてね!
 
1・バンダジェフスキーが言っていると竹野内真理さんが言っている「カリエイ土」って何?
2・"already 35% of of the children of Fukushimahave nodules or cysts in their thyroids."というのは、どこのデータを参照されているの? urlつきで教えて。
3・「脂質が多い脳は低線量でも影響が出ます」という説の学術的根拠は何の論文に依拠してるの
4・「もんじゅ・西村裁判。上告棄却、原告の敗訴確定済」なんだけど、不当な判決だったという根拠答えて。陰謀論じゃない奴
5・ジョン・ゴフマンは「被曝について知っている科学者は皆「ニュールンベルグ裁判にかけられるべき罪人」って言ったの、「被曝のリスクを知っている放射線専門家」って言ったの? ソースつきで答えて。
6・「東京プログレッシブ」という雑誌が「左翼系の同人誌」じゃなくて「日本に住む外国人向けの雑誌」という証拠を、購読者層・部数その他のデータで示して。
7・ゴードン博士の英文テキスト、「is an omen not to be ignored」を「無視できない悪い結末の前兆かもしれない」と、原文にない「悪い結末」というのを入れて訳した理由教えて。
8・横浜のマンションの屋上で発見された195Bq/kgのストロンチウムが核実験由来ではないかもしれないという、という文部科学省の見解に反する竹野内さんの判断の根拠あったら教えて。
9・南相馬市で15ベクレルのプルトニウムが検出されたとして、それが、呼吸器経由の内部被曝にどのような影響があるのか、ソースつきで語ってみて。
10・「チェルノブイリ事故後、多くの研究者が、心疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、免疫疾患をはじめとする様々な病気の増加を報告している」というけど、バンダジェフスキーとその関係者以外にどんな研究者がいるの?
11・放影研の「被爆者からがんが低線量で有意に増加していることを証明している論文」って、「リスクが有意となる線量域は0.20Gy以上」とあるんだけど、それって約200mSvだよね?
12・「米国科学アカデミーは近年、閾値なしのLNT仮説はもはや仮説ではなく、科学的事実に基づく事実であると発表している」って言ってるけど、原文ソースつきで教えて。
13・「福島県の人口200万人中1万人が放射線が原因で死亡する」ためには、福島県民は全員何mSvぐらいの被曝が必要?
14・「Brennerの2003年の論文」って「頻度と過敏さを伴う放射線過敏な集団は今日までのところ同定されていない」って言ってるみたいだけど、どうしてそれが「感受性の高い人を考慮した論文」になるの?
15・ケララ州でのコホート研究の「累積吸収線量500mGy 強において発がんリスクの増加はみられなかった」という研究に触れていないのはなぜ?
16・「年6.5ミリシーベルトまで被ばくしてもよい」という法律はどこにあるの?
17・山下俊一氏は、未成年のCTスキャンが「悪いというものではない」「限度を設けないのが基準」と言っているみたいだけど、「未成年の医療被ばくは要注意」って言っている論文は何ていう論文?
18・「極低線量(10mSV以下)で、DNA修復シグナルが発信されず、DNA修復がなされない」というのは本当? 「修復効果が落ちる」じゃないの?
19・空間線量が高いのは、空気中に放射線物質が存在しているから? その放射性物質どこから、どのくらい飛んできて、どれだけ空間線量を上げてるの?
20・重金属としての放射性物質、何がどのくらい体にあったら、重金属的に体に悪いのか教えて。
21・「1ミリシーベルト内部被曝のほうが1ミリシーベルトの外部被ばくより危険」という、学術的根拠のある論文示して。
22・「年間摂取限度量はセシウム137が320万分の10g」って、年間1000万ベクレルだよね? 違う?
23・「バンダジェフスキー論文やその他の多くの論文で、セシウムによるガンおよびガン以外のあらゆる病変が報告されています」とあるけど、「その他多くの論文」って、誰のどんな論文? 英語で書いた奴ある?
24・日本の小児がん罹患率の年次推移はほぼ横ばいって知ってた? 「小児ガンが増えている」というデータがあるなら示して。
25・タバコに含まれるポロニウム210、1日20本吸って200μSv/yぐらいのものが、どのくらい危険なの?
26・「放射能に対して強い遺伝子と弱い遺伝子」がある、という想像の根拠は何?
27・「原爆投下後に広島・長崎に入った入市被ばく者の中でも急性症状を呈して数週間後に亡くなったケースがある」ということと、「入市による被ばく」が多かった、ということの因果関係についてもっと語って。「あった」は「多かった」じゃないよね?
28・「チェルノブイリ事故以来の被ばく2世、3世で増えている先天性異常や遺伝的影響があるとする」って、ミンスク遺伝疾患研究所のラジュク所長以外誰か言ってる? 論文ある?
29・Cardisらの核施設労働者の15カ国の疫学調査に対して、全面肯定的な日本人の玄人の学者いる?
30・入市被曝者の寿命が日本の平均より長くないとする、根拠となる元データはある?
31・「広島は原爆投下前は白血病が全国平均の2分の1」だったという資料、放射線被曝の歴史』の伝聞情報以外に何かある?
32・チェルノブイリ事故後の避難で、被ばくにより余命が短縮された可能性について言及している玄人の論文見せて。
33・チェルノブイリ以降、「心筋梗塞、I型糖尿病、肺がん、呼吸器系疾患、腎臓疾患、生殖障害、感染症、先天異常など」について報告している、バンダジェフスキー以外の、ちゃんとした学者(玄人)の論文見せて。英語の奴。
34・「IAEA、UNSCEAR、ICRP」と「原子力産業」の利権の関係について、陰謀論じゃない奴で教えて。
35・チェルノブイリ事故当時お母さんのおなかの中にいた子や事故の後に生まれた子に甲状腺ガンが増えたという論文を、数多く挙げてみて。ただし玄人が書いた論文。
36・チェルノブイリ、「甲状腺がんを患った子どもたちのうち、6人に1人がのちに肺がんになっている」ということが書いてある、玄人が書いた論文見せて。菅谷昭さんが伝聞情報で語ってるのでない奴
37・福島事故では、ヨウ素の服用は必要あったという海外の専門家を「多数」挙げてみて。ただしバズビー、ガンダーセンその他素人は除く。
38・チェルノブイリセシウムによる発がんが増加しているという論文、バンダジェフスキーとその仲間以外の、ちゃんとした玄人の論文見せて。
39・ウクライナベラルーシの平均寿命が事故前と比べ、7年も短くなった原因を、具体的な根拠と併せて語って。
40・福島原発事故、「避難により、健康障害が軽くすんだというケース」があったら教えて。避難しなかったケースと比べて、多かったか少なかったかも併せて。
41・福島のエートスプロジェクトを「住民の避難を即さず、治療をしない健康調査で研究に重点が置かれ福島の人がモルモットになっている」と評価している人は誰。「多い」って言ってるんで、俺が多いと思える程度に挙げて。
42・国連が「原子力の平和利用」を推進することに、何か問題があったら教えて。
43・「ヨーロッパで、WHOがIAEAにコントロールされ、独立性が保たれていないことに反対する運動をしている人」は、ミッシェル・フェルネックス博士と関係がある人? フェルネックス博士が信頼できる根拠教えて。
44・ECRRの主張は過激なものではなく、科学的根拠もある、と断定できる、具体的な根拠あったら教えて。
45・「クリストファー・バズビー氏が高額なサプリメントの販売に関与しているという噂」が真実ではない、と本人が言及している公に公開されたテキストを示して。
46・20ミリシーベルトの被ばくに関しては、海外の学者からも批判、というのは、CRIIRADのシャレイロン研究所長? 彼の学者としての業績が分かる論文示して。
47・「20Bq/kgで心筋に異常が出る」という珍説は、バンダジェフスキーとその仲間以外に誰が主張してる? 玄人の論文と併せて示して。
48・「小さい子供がいて避難したくても、経済的またはその他の家庭の事情で避難できない人が多い」の「多い」の根拠はどこらへんにあるの?
49・「福島の汚染地帯の水」って、たとえばどこの水? それは普通に生活している人が飲むことあるの?
50・「ICRPの予測でも、今後50年間で、200km圏内のガンの過剰発生数は6000人と見積もり」って、そのICRPの予測テキストはどこにあるの?
51・「内部被曝の最も恐ろしいのはアルファ線ベータ線」って言っている、玄人の研究論文見せて。
52・「除染に何億も使うより移転のための費用にしたほうがいいのではないか」「なぜ子どもだけでももっと早く避難させなかったのだろう」「飯館は大部分が山ばかりのところ。除染できないんじゃないか」という住民の声はどこで拾ったの?
53・除染ビジネスの利権の話は、どこらへん(どの人たちの間)で、どのような形でよく聞くの?
54・「100Bq/kgという規制値は、内部被曝の観点を考慮すると高すぎる」と言っている海外の科学者、バンダジェフスキー以外に挙げてみて。ちゃんとした科学者だよ?
55・近年における不妊に悩む人の増加は、自称ジャーナリスト・翻訳家として、何が原因と思う? 環境中に高まった放射線の影響や医療放射線の影響がどのくらいあると判断して、その根拠は何?
56・100Bq/kgとか出た震災瓦礫で広域処理してるものってあったっけ?
57・東京都ががれきを受け入れ、大気中に放射線の微粒子を燃焼によって拡散するのは、環境をさらに放射能汚染させ、焼却炉周辺住民に呼吸からの内部被曝を促進しとんでもない政策である、と指摘している多くの市民団体や海外の学者って誰?
58・「セシウムが体内濃度の10倍も心臓に溜まり、体内のセシウムが10〜20Bq/kgであっても、心臓に異常をきたす」って論の根拠、バンダジェフスキーの擬似論文以外に何かあるの?

自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんの中川恵一さんへの質問に、素人のおいらとみんなが答えてみる(2)

 死ぬほど長いんで分割。後半部分です。
 これは以下の日記の続きです。
自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんは竹野内嘘って名前にしたほうがみんなが幸せになれると思う
自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんの中川恵一さんへの質問に、素人のおいらとみんなが答えてみる(1)
 
竹野内真理さん、中川恵一氏への 質問ツイート (8月 15日) - Togetter
 回答のないものは全部俺が答えてやる。素人だけど。(続き)
 
 その前にここ一応見ておこう。
『放射線医が語る 被ばくと発がんの真実』参考文献一覧
 6pもあるpdfで、参考文献ほとんど英語なんで読むの大変だよ! 俺はとりあえず保存した。
 あとこっち。
『放射線医が語る 被ばくと発がんの真実』の誤植に関するお詫び
 2刷以降は直っているそうなんだけど、初版持ってる人は気をつけよう。
 
 それでは。
 竹。

2007年11月20日付国連総会決議「チェルノブイリ事故の影響の研究、軽減、最小化の問題に関する国際協力並びに活動調整の強化」というものがあるそうだが、影響の軽減、最小化のために国際的に行われていることは具体的に何ですか?@team_nakagawa

 だから自分でそのくらい調べろと…。
 国連総会決議の原文。広報なんで誰でも見られる。
Strengthening of international cooperation and coordination of efforts to study, mitigate and minimize the consequences of the Chernobyl disaster

Notes with appreciation the efforts undertaken by the agencies of the United Nations system and other international organizations that are members of the Inter-Agency Task Force on Chernobyl to continue implementing a developmental
approach to study, mitigate and minimize the consequences of the Chernobyl disaster, in particular through the development of specific projects, and stresses the need for the Inter-Agency Task Force to continue its activities to that end, including through coordinating efforts in the field of resource mobilization;

 他にもいろいろ書いてあると思う。まあ決議なんで、具体的にはよく分からないけどね。
 竹。

福島でエートスプロジェクトなる人体実験のようなもので、「住民の避難を即さず、治療をしない健康調査で研究に重点が置かれ福島の人がモルモットになっている」と評価する人が多いですが、この重大問題をどう考えますか?@team_nakagawa

 そう評価している人は具体的に誰で、多いと言える根拠教えて。
 竹。

ロシア連邦目的プログラム「2015年までの期間における放射能事故の影響克服」と呼ばれるものの中に、「放射能の影響が表れるリスクが最も高い者(リスクグループ)への医療支援」とありますが、どのような内容か?福島の警戒区域の避難者には支援はあるのですか?@team_nakagawa

 ロシア語読めないんで具体的な医療支援は不明なんだ、ごめん。
 日本の場合。
福島県ホームページ - 組織別 - 避難者・被災者の皆さまへの情報
福島県ホームページ - 組織別 - 県民健康管理調査について
 今は「支援」の前の具体的な健康被害に関する調査をおこなってる最中みたいなので、ちょっと時間がかかるかもしれない。
 竹。

124ページに、ICRPがイギリスの非営利団体NPOであると書いてありますが、各国や原子力産業から資金援助を受けているので、違うのではないですか?@team_nakagawa

 こっち参照。
国際放射線防護委員会(ICRP) (13-01-03-12) - ATOMICA -

 国際放射線防護委員会(ICRP:International Commission on Radiological Protection)は、専門家の立場から放射線防護に関する勧告を行う非営利、非政府の国際学術組織である。

4.財政援助
 ICRPの活動やすべての専門委員会は、ほぼ毎年開催される。さらに専門委員会ごとに設置されるタスクグループは、報告書を検討、準備するために独自に会合を開催している。また、各種の会合への参加者のうち何人かの旅費はICRPが負担している。ICRPとして支出できる旅費は厳しく限定されており、最近では全旅費の1/2から1/3がICRPメンバー機関によって負担されている。ICRPの活動等への助成金の拠出機関は、世界保健機構、国際原子力機関、国際放射線医学学会(ISR)、国際放射線防護学会、OECD原子力機関、欧州共同体(EC)、およびアルゼンチン、カナダ、日本、スウェーデン、英国、米国の各国内機関である。

 原子力産業? っぽいものを拾うと、
国際原子力機関 - Wikipedia

国際原子力機関(こくさいげんしりょくきかん、英: International Atomic Energy Agency、略称:IAEA)は、国際連合傘下の自治機関であり、原子力の平和利用を促進し、軍事転用されないための保障措置の実施をする国際機関である。2005年度のノーベル平和賞を、当時の事務局長モハメド・エルバラダイとともに受賞した。

外務省: 経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)
経済協力開発機構原子力機関 - Wikipedia
 …別に原子力産業」が「悪の組織」みたいなことはないと思うんですが…。「助成金」が「資金援助」という語に相当するかは、語の助成金」を「資金援助」と置き換えても普通に読めるかどうかの問題ですかね。
 竹。

125ページにUNSCEARが独立性と客観性が保たれていて、特定の国の力やイデオロギーには左右されません、と書かれてありますが、国連自体が原子力を推進しています。独立性が保たれているとは言えないのではないですか?@team_nakagawa

 国連は「原子力の平和利用」については様々な機会で言及してますね。
 独立性と客観性は以下の文書その他に表れています。他にも非政府的機関とか、探せばいろいろ出てくると思う。
サイエンス(科学的事実)とポリシー(対処の考え方)の区別 - 東日本大震災への対応 -首相官邸ホームページ-

 UNSCEARは、放射線による被ばくの程度と影響を評価・報告するため、国連によって1955年に設置された委員会です。1950年代初頭の冷戦下、核兵器の開発競争のために核実験が頻繁に行われ、放射性降下物などによる一般公衆の被ばくの懸念があったことから、科学的事実に基づいて核実験の即時停止を求めるなどの提案を行う意図で設置されました。その報告書は、独立性と科学的客観性が保たれています。事務局はウィーンに設けられています。

 竹。

UNSCEARの疫学的には、100ミリシーベルト以下の放射線の影響は認められない、といった報告ですが、WHOが2005年に原発労働者15カ国の調査で、10ミリシーベルトでもガンリスクの増加を結論付けています。これをどう解釈しますか?@team_nakagawa

 前に書いた。
 その調査データに関する、日本人研究者の意見はこんな感じかな?
国際がん研究機関による原子力産業従事者の疫学調査の統合解析 水野正一

著者らは示してないが、今回の結果が、高い線量域の結果であれば、論文に対するコメントにもあるように、リスクを過大に推定している危険性はある。それが、時間経過のなかでそうなると主張するには、「未だし」という感があり、今後公表のLong detailed reportsで明らかにされることが望まれる。

 Long detailed reportってもう出てましたかね。
 こっちも否定的だね。
放射線影響協会疫学センター BMJ論文に対する当協会の見解詳細

(8)データの取り扱い
 本論文には累積被ばく線量と過剰相対リスクとの関係を明示する図または表が含まれていない。そのため、ある線量域でのみ特に大きく高値側にはずれるようなデータが偶然得られ、それに引きずられて直線勾配がかなり大きくなって、発表結果のSv当りERRが大きく影響を受けた可能性を排除できない。

 竹。

原子力を推進し、下部組織で原子力推進機関でもあるIAEAをもつ国連の出したデータに基づいた放射線被曝のリスクに関するポリシーを出しているICRPのポリシーはそれだけ見ても政治的ではないですか?@team_nakagawa

 IAEAは「原子力の平和利用を促進し、軍事転用されないための保障措置の実施をする国際機関」。原子力の平和利用、って無理なんですかね。
 竹。

126ページからのICRPの成り立ちを含むICRPのご説明について。中川恵一先生は、中川保雄著『放射線被曝の歴史』というICRPの歴史を米国公文書からち密に調べ上げ、背景や裏情報も非常に詳細に精緻に書かれた書物を読まれたことがありますか?@team_nakagawa

 これは俺自身が読んでないから判断保留。読んだらどの程度調べ上げたものか書く。
 竹。

IAEAがWHOと協力し、放射線防護基準などを提示しています。とありますが、ヨーロッパで、WHOがIAEAにコントロールされ、独立性が保たれていないことに反対する運動があることをご存知ですか?@team_nakagawa

 運動なんかあったっけ? ミッシェル・フェルネックス博士www という人とその周辺の人が組織作ったのかな?
 フェルネックスさんは10年以上前に頭の進歩が止まっていて、「ベラルーシエートスは陰謀」という説を唱えている人です。彼に関してはあとでまとめる。
ベラルーシでの小児の健康状態ははるかに改善されている。 - buveryの日記

この動画を見ると、フェルネックスの言っていることの根拠は、会議で発表した女医さんの手書きの原稿であることが分かります。その原稿自体公表されていないし、その他の根拠があるわけではありません。しかも、フェルネックスは2002年2月22日以来、同じ話を繰り返している(翻訳はコリン・コバヤシ)ので、その話が正しいのかはもとより、その後の10年でどうなっているのかはさっぱり分かりません
それ以前にフェルネックスはエートス計画と健康状態の因果関係の根拠は何も示していません。フェルネックス本人はエートス計画で食料の汚染が減っていることを認めているわけだから、(『この農作物はセシウムは少ないので、販売することもできた。』)もし、汚染が減っても、健康状態が悪化するということであれば、被曝と健康状態は関係のないことになる

 竹。

ECRRの主張を過激なものとし、科学的根拠に欠ける、と断定できる、具体的な根拠をお示しください。@team_nakagawa

 例を一つだけあげるけど、足りないようならもう少し出す。
ECRRの福島リスク計算は妄想の産物 - buveryの日記

元に戻ってECRRは福島リスク計算をどうやって出したのか。
2μSv/hで100キロ圏が一様に汚染され、全部セシウム137だと仮定した。
空間線量のデータから逆算して表面汚染の崩壊数を計算した(空間線量と表面汚染の関係は以前に書きました)。
放射性物質は崩壊しても減衰しないと仮定した。
人は退避しないと仮定した。
表面汚染による外部被曝と癌の発症の増加比率は比例すると仮定した=ほぼLNT。
癌の死亡は10万人あたり462人を使った。
100キロ範囲の人口338万人を使った。
その係数にトンデルの論文の100kBq/m2で増加比率11%という値を使った。
以上です。これらのうち、どれが間違った仮定であるかは、ここまで読んできた人には分かると思いますが、一番の肝はトンデル論文です。これが上に述べたようにガタガタです。そもそも、トンデルのいう係数は補正をしないと2番目に高濃度に汚染されている60-89kBq/m2の地域、90−120kBq/m2に隣接した地域、にすら当てはめることができない。その計算をなぜ福島なら当てはめられるのか。従って、
ECRRの数字は妄想から繰り出したもの
であると言えます。

 竹。

129ページのクリストファー・バズビー氏が高額なサプリメントの販売に関与しているという噂は、真実ではありません。(本人に確かめました)この文は、謝罪修正しない場合は、バズビー氏に対する名誉棄損であるとも言えますが、どう考えますか?@team_nakagawa

 本人が言及している公に公開されたテキストを示してください。「本人から聞きました」はウィキペディア的に無意味。
 竹。

130ページ、20ミリシーベルトの被ばくに関しては、海外の学者からも批判がありますが、どう思われますか?@team_nakagawa

 ソースこれかな?
基準20ミリシーベルトを批判 仏の汚染調査団体 - 47NEWS(よんななニュース)

 福島第1原発事故を受け、5月下旬に福島県などで放射線量を測定したフランスの放射性物質の汚染調査団体CRIIRADのシャレイロン研究所長は1日、都内の日本記者クラブで記者会見し、日本政府が計画的避難区域の基準とする年間20ミリシーベルトの積算被ばく線量について「高すぎる」と批判した。
 シャレイロン氏は、事故直後に周辺住民は大量に被ばくしているとみられ、数値をより低く設定する必要があると指摘。「20ミリシーベルトという基準は外部被ばくだけで、呼吸や汚染された食品の摂取による内部被ばくは含まれていない」と批判した。(共同)
2011/06/01 21:12

クリラッド - Wikipedia

クリラッドには50人の研究者が所属し約5000人の会員に支えられている。マルクール原子力地区に近いドローム県ヴァランスに仏保健省の技術資格認定証をうけた研究所をもつ。フランスと国外でも測定を行う。ミシェル・リヴァジは初代の事務局長だったが、1997年ロラン・デボールドがリヴァジに代わって事務局長になった。2001年からベラルーシへの支援も行い、2005年に健康被害を調査したために幽閉されていた元ゴメリ医科大学学長のユーリ・バンダジェフスキー教授と共同の生物医療研究室をミンスクに設立した。

 またバンダジェフスキーさんですか。やれやれ。
福島第一発電所の事故の日本での影響 持続し非常に広範囲に拡散している汚染

もし、何の対策も施さなければ、福島市の住民は、今後12ヶ月に、数ミリシーヴェルトの外部被曝を受けることになり、国際放射線防護委員会による致命的ガンのリスクを受入れ難いと判断される線量は、年間1ミリシーヴェルトで、この線量は10万人に5人の死者を出す。しかしながら、日本政府当局は、住民を最終的に避難させるかどうかの指針として、20ミリシーヴェルトという限界値を設定した。これは、受入れられるリスクの20倍の致命的ガンのリスクのレベルに相当する。これは、福島の住民が既に相当被爆していること以上に重大だと言わねばならない。また汚染された食物の摂取や汚染された大地から生ずるほこりを吸い込むことによる内部被曝も、同様に換算せねばならない。

「年間1ミリシーヴェルト」というのは「平常時における管理できる範囲での、一般人の年間積算線量」で「致命的ガンのリスクを受入れ難いと判断される線量」としているテキストは見当たらなかった。
 あと、シャレイロン研究所長って「学者」? 「研究所長」って肩書きしか見当たらなかったんだけど。
 竹。

ICRPレポート111号について、セシウムの体内摂取の減衰がグラフになっておりますが、これとバンダジェフスキー論文の20Bq/kgで心筋に異常が出るのと合わせると、一日10Bqの摂取でも大人は2年以内、子どもだと3カ月以内に危険域。どう思われますか?@team_nakagawa

 バンダジェフスキーはもういい。
 竹。

140ページ、「土地を離れるかどうかの判断は、年齢と言う要素にもある程度左右されるのです」、と小さい子供や若者を気遣う文が初めて出てきています。この部分は将来の世代を守るために、非常に大事なところですから、もっと強調すべきではないですか?@team_nakagawa

 これは「気遣う文」じゃないよ。「放射能に対する感受性」から、客観的な事実を述べているだけ。文脈読め。
 竹。

P140に、日本国民の判断にゆだねられている、というのは、無責任極まりないのではないですか?小さい子供がいて避難したくても、経済的またはその他の家庭の事情で避難できない人が多い。原子力は国が推進し、国の責任で事故を起こしたので、国が補償すべきでは? @team_nakagawa

 恣意的な引用するなよ。その前のテキストから引用してみる。

 判断するのは一人ひとりの住民ですが、医者をはじめ科学者、専門家は人々が的確な判断ができるように、放射線に関する正確で、詳しい情報を提供することが何よりも大切なのではないでしょうか。政府も住民を強制的に動かすような手法をとるべきではなく、住民の意見を尊重し、理解を得た上での柔軟なルールを考える必要があります。
 ICRPが発信したレポート111号は、原発事故による被ばく問題の克服に向けた基本的考え方を示してくれるものの、具体的にどうするかは書かれていません。それは私たち日本国民の判断に委ねられているのです。

 さて、「小さい子供がいて避難したくても、経済的またはその他の家庭の事情で避難できない人が多い」の「多い」の根拠はどこらへんにありますですかね?
 竹。

142ページ、2011年10月現在で発電所の敷地境界の放射線量は最大で年間0.2ミリシーベルトです、とありますが、この数字は間違いではないですか?@team_nakagawa

 これかな? 2011年12月16日のデータ。
福島第一原子力発電所における現状の放射性物質の放出量評価及び敷地境界における被ばく線量評価について

原子炉建屋上部のダスト濃度測定結果から放出量を求め、1 号機約0.4 億ベクレル/時、2 号機約0.1 億ベクレル/時、3 号機約0.4 億ベクレル/時となり、3 基合計では約0.8 億ベクレル/時と評価した(各号機の放出量は切り上げのため合計とは一致しない)。また、海上ダスト濃度(船上)測定結果からガウス拡散モデル(30m放出)により格納容器からの放出量を求めると約0.7 億ベクレル/時と評価されたことから、1〜3 号機格納容器からの放出量の評価値を約1 億ベクレル/時とした。これによる敷地境界における一般公衆の被ばく線量を年間約0.2 ミリシーベルトと評価した。

 ただし、
福島第一原子力発電所の現状について【午後11時50分時点】2011年10月1日
 これによるとmp7で102μSv/hが最大で、893.52mSv/yですかね。
放射線量」じゃなくて「放出放射線量」なのかな?
 竹。

143ページ、原発事故自体の終息はまだですが、新たに大気中に放出される放射性物質はほとんどありません、大気中にも水道水にも放射性物質はほぼないといってよい状態です、とありますが、間違いではないですか?@team_nakagawa

 これも同じ奴ね。
福島第一原子力発電所における現状の放射性物質の放出量評価及び敷地境界における被ばく線量評価について
 15ページ、「1〜3 号機格納容器からの現時点での放射性物質放出量が1年間続くと仮定した場合の年間被ばく線量(ミリシーベルト/年)(これまでに既に放出された放射性物質の影響を除く)」によると、直下で0.1mSv/y、20km圏内で0.0004〜0.001mSv/y。
「ほとんどありません」と言っていい状況じゃないですかね。大気中・水道水にも新たなものが出たというニュースは聞かない(過去のものに関しては聞く)。
 竹。

143ページ、 もちろん私も普通に水道水を飲んでいます、とありますが、どこの水道水ですか?この文ですと、福島の汚染地帯の水も、飲んでよいように聞こえますが、これはまずい表現ではないですか?@team_nakagawa

 福島の水道水・井戸水の検査結果は以下のところで見られるよ。
福島県ホームページ - 組織別 - 飲料水測定結果・検査結果関連情報
 ほとんどNDなんだけど…「汚染地帯の水」って、どこの水で、それは何Bq/kg? データある?
 竹。

飯館村浪江町、川俣町の住民の外部被ばくがおおよそ15ミリシーベルト以下なので、発がんのリスクはほとんどないとありますが、なぜ外部被ばくだけで計算されているのですか?内部被曝の生涯における預託線量を出してください。そして生涯で少なくとも何mSvですか@team_nakagawa

 内部被曝で考慮しなければならないのは食品だけなんだけど、食品としてそんなにすごいベクレルのものは流通していない(出荷・流通していても消費者のところには届かない)。
 南相馬市のはWBCの数値出てるよ。
市民の内部被ばく検診結果(1)
 最高値は110.7Bq/kgかな。
 南相馬市の住民の外部被曝は平均して2.03mSvなんで、ざっくり15mSvの環境での予想最大値を出すと817.9Bq/kg? そんな人はいないだろうと思うけど、南相馬市「50年預託実効線量で1mSvを超えたのは1名のみで1.069mSvでありました」ってあるんで、ざっくり15mSvの環境での予想最大値を出すと6.972mSv? これは「多くても」ね。50年でこれだけの線量…何か体に影響ありますかね?
 竹。

144ページ、ヨウ素半減期8日で、もうこの世から消えてしまったと言いますが、その後、ヨウ素は幾度か検出されています。間違いではないですか?@team_nakagawa

 変な測定です。
「東京で大異変…ヨウ素が急上昇!何が起きているのか」(zakzak)であわてた、忙しい人のためのまとめ - Togetter
放射線治療に使用されたヨウ素I-131はどこへ? - Togetter
 要するに、検出した人が間違ってる。
 竹。

原発近隣の住民が飯館村に多く避難し、結果として避難した先でより高い放射性物質にさらされた可能性が生じてしまいました、と書きながら、「その時の被ばく量はわずかでがんができるようなレベルではないことを確認しておきたいと思います。」と。この根拠は何ですか?@team_nakagawa

 ちゃんと本に書いてない?

 12月、福島県飯館村浪江町、川俣町の住民に対して行った外部被ばく線量の調査結果を公表しました。それによると、1727人のうち、原発作業員・放射線技師などを除いた一般住民1589人において、外部被ばく線量は1ミリシーベルト未満が最も多く63%、1ミリシーベルトが23%、2ミリシーベルトが8%など、5ミリシーベルト未満が97%を占めました。これは事故後4ヵ月間の合計で、自然放射線量を引いたものですが、この数値を見る限りでは、健康に問題が出ることはないでしょう。
 ただし、5ミリシーベルト以上の外部被曝をした3%の住民はどうでしょうか。最高値は14.5ミリシーベルトです。単純計算をしますと、年間積算線量はおおよそ43.5ミリになります。ただし、この数字は、事故直後の影響が大きく出ているため高くなったもので、後述する内部被ばく量を考慮しても、健康へのリスクを心配する必要はまずないと思います。

 新聞記事だけど、図とか載ってるからわかりやすいかな。
asahi.com(朝日新聞社):外部被曝 住民最高14.5ミリ 福島県が推計値 - 社会
 最大積算が19.0mSv。こっちはちょっと多いね。
 竹。

中川先生が金科玉条とされているICRPの予測でも、今後50年間で、200km圏内のガンの過剰発生数は6000人と見積もり。なぜICRPの数値でも6000人と出ているのに、「福島でがんはひとりも増えない」と違うことを先生は主張されているのですか?@team_nakagawa

ICRPの予測でも、今後50年間で、200km圏内のガンの過剰発生数は6000人と見積もり」というのは2ちゃんねるとあなたのテキスト(『人間と環境への低レベル放射能の脅威―福島原発放射能汚染を考えるために―』あとがきその他)をソースにしているものしか見つからなかった。ICRPはそういう予測する組織じゃないんじゃないかと思うんだけど、あなたが引用しているICRPのオリジナル・ソース見せて。
 参考。
低線量被ばくのリスクからがん死の増加人数を計算することについて

集団実効線量は,最適化のための,つまり主に職業被ばくとの関連での,放射線技術と防護手法との比較のための1つの手段である。集団実効線量は疫学的リスク評価の手段として意図されておらず,これをリスク予測に使用することは不適切である。長期間にわたる非常に低い個人線量を加算することも不適切であり,特に,ごく微量の個人線量からなる集団実効線量に基づいてがん死亡数を計算することは避けるべきである。

(2012年8月26日追記)
 その後、以下のようなことがわかりました。
竹野内真理(@mariscontact)さんのデマです→「ICRPの予測でも、今後50年間で、200km圏内のガンの過剰発生数は6000人と見積もり」 - Togetter
 竹。

原発労働者で過去に5mSVの被ばくでも白血病の労災を得ています。148ページ外部被ばくだけでも5mSVを超える住民がいる中、住民の中には、放射能に対する感受性が高い者もいる可能性がある中で、健康へのリスクを心配する必要はまずないと言えるのはなぜですか@team_nakagawa

 逆質問&感想。

人間性の批判はともかく内容についての質問「原発労働者で5mSVの被ばくでも白血病の労災」というのは誰のことですか?29歳で白血病で亡くなった嶋橋伸之さんは総被曝線量50.63mSvです。 http://bit.ly/OYmzxJ (akachun)

なるほど、嶋橋さんのケースで言われているのは「年間5mSvを超えたら労災認定」なんですね。8年の累積が40mSvを超えてるということで労災認定の対象(因果は証明不能だけど救済対象)と。「救済されるべきかどうか」と「予防するべきかどうか」は別の話ですね。全ての原発作業者の被曝量上限を年間5mSvに制限するべきか、というのは別の議論になる。(tarlyon)

 竹。

体制側の報告でも、子どもは大人に比べ、数倍感受性が高い中、先生が「福島で小児甲状腺がんが増えることはない」と断言される理由は何ですか?また実際にこの言葉を信じ福島に居続けた子どもの中で、甲状腺ガンが過剰に発生した場合、先生はなんらかの責任をとりますか@team_nakagawa

 もう責任の話はいい。
 本に書いてない?

 チェルノブイリで一般市民に表れた小児甲状腺がんの増加も、福島では起きないでしょう。ヨウ素甲状腺内部被ばく、そして、セシウムによる外部・内部被ばくの量が、チェルノブイリよりずっと少ないことが確認されています。それは、4章でも述べましたが、事故後福島では汚染食品や牛乳の摂取制限がいち早く行われたためです。これはチェルノブイリ事故の教訓が活かされた、非常に重要なことでした。

 竹。

福島県民4463人の内部被曝検査の結果、最大数値で3mSVだったとあります。WBCを使った数値ですか?だとするとアルファ線ベータ線が計測できず、内部被曝の最も恐ろしいのは、このアルファ線ベータ線であるので、科学的におかしくないですか?@team_nakagawa

 アルファ線ベータ線が恐ろしいということは特にないよ。プルトニウムストロンチウムがすごく多くあったりしたら別だけど、福島原発の影響ではそんなに出ていない。
 竹。

東大病院で医師や原子力工学、理論物理、医学物理(保健物理の間違い?)の専門家とチームを組んで放射線治療に当たっており、ともに福島に定期的に足を運んでいるそうですが、メンバーは誰?メンバーに、放射線分子生物学者や遺伝学者、免疫学者が入っていないのはなぜ@team_nakagawa

 メンバーは公開されてるね。
スタッフ | 東京大学医学部附属病院 放射線科 放射線治療部門
 放射線分子生物学者って…いるのかな? 分子放射線生物学というのはあるので、その学者はいるみたいだけど。
 それも含めて、遺伝学者、免疫学者は放射線」とは関係あるかもしれないけど、「治療」とはあまり関係ないね。だからじゃないの?
 竹。

福島に派遣されたチームの方々が妊婦や赤ちゃんの相談も受けたようですが、妊婦や赤ちゃんの相談にのるのは産婦人科の方の仕事だと思います。どうしてチームの中に産婦人科の医者がその中に入っていなかったのですか?@team_nakagawa

 妊婦や赤ちゃんの放射線被曝の相談にのるのは放射線科の仕事
 竹。

「妊婦さんや赤ちゃんは避難することも一つの判断ですが、むしろ、総合的に見て避難した先でストレスを抱えながら暮らすほうが、心配です」と、総合的な判断を独自にされていますが、何を根拠にしていますか?この選択をして健康の実害が生じた時、責任をとりますか@team_nakagawa

 もう責任の話はいい。
 子供に関してはこんな話もある。
子供時代のストレスで心臓病やがんなどのリスク上昇 | あなたの健康百科 by メディカルトリビューン

一方、米国では1万7,000人を対象に、(1)身体的虐待、(2)絶えず言葉で罵倒する、存在価値を否定するなどの心理的虐待、(3)ネグレクト―といった幼少期のストレス要因に関する疫学調査が実施された。この調査では、幼少期のストレス要因の多くが、平均寿命を約20年短縮させることが示されている。

 これは元データ情報待ち…。
 竹。

高齢者の発がんリスクは高くなく、多くの場合、10~20年と長くかかり、高齢者にとって生活環境が大きく変わってしまうことはストレスになるので、老人ホームを無理に動かさないほうがよいという考え方を示していますが、そこで働いている若い女はどうですか?@team_nakagawa

 これ、飯館村特別養護老人ホーム」の話に限定して中川さんは語ってるね?
 2011年5月25日の状況。
『深刻な事態』(39) 飯館村特別老人ホーム所長三瓶政美さんのお話:イザ!

放射線は国の言うことを信用して、20ミリシーベルト以下として、施設には若い職員もいる、介護には不都合にならないスタッフがいて、しかし、30人近くスタッフはなくなっています(140人のうち30人抜けた)。遠い距離から通える人は限られています。
法人には東電の仮払いは来ていません。
このホームに特養で80人入所待ちなのです。飯館村を離れても、将来また入りたいという人がいるのです。今は、新たな受け入れは出来ていません。

 まぁ、働いている若い女性といっても住み着いてるわけじゃないんで、10〜20キロも離れれば、場所によっては大丈夫なんじゃないかな?
 24時間、誰かがいないといけないだろうけど、放射線量気にしながら働けばどうなんですかね。
 竹。

住民の声「除染に何億も使うより移転のための費用にしたほうがいいのではないか「なぜ子どもだけでももっと早く避難させなかったのだろう。」「飯館は大部分が山ばかりのところ。除染できないんじゃないか」これらの声を聞いて、具体的になにをされたか何かやるのか@team_nakagawa

 そんな「住民の声」は、竹野内真理さん及びその子・孫テキストしか見つからなかった。
 竹野内さん、そのテキストはどこでどういう方法で拾いましたか?
 竹。

セシウムが地面から下に進む速さは年間1cmとあり、つまり、せっかく地表からなくなっていっても、その場所で農業をしたら野菜が根からセシウムを吸い上げ、チェルノでも事故から年数がたって内部被曝が継続し健康被害が増えている。汚染地帯の農業は廃止すべきでは?@team_nakagawa

 植物のセシウム移行係数見たほうがよくなくない?
農地土壌中の放射性セシウムの野菜類及び果実類への移行の程度
 米・麦に関してはこっちかな?
放射性セシウムQ&A 第3回  土壌から野菜への放射性物質の移行はほとんどありえない: 農と島のありんくりん

●多いと言われる葉物のホウレンソウでさえ1000分の1.1の数値です。これは現在の暫定規制値である500Bq/kgを超えるためには、土壌のセシウム濃度が約45 万Bq/kg というありえない数値にならねばなません。

 地表から20センチぐらいまでのところね。20センチセシウムが沈むまでには20年かかるから、20-30センチまでの土壌のセシウムの量を見れば問題ない。
 竹。

放射線防護の観点から、児童や生徒のケアはことに重要で、除染もこうした場所から優先的に行われるべきです、とありますが、なぜ避難を不完全な除染より優先させないのですか?除染ビジネスの利権の話がよく聞かれますが、中川先生はこの点をどう思われますか?@team_nakagawa

 書いてあるじゃん。

 地表を剥ぎ取って、除去する除染をしっかり行えば、セシウムによる被ばくリスクを効果的に取り去ることができるのです。
 学校の校庭では生徒が体育や部活動で激しく運動し、泥だらけになります。土埃を吸い込んでしまう可能性もほかの場所より高いのです。放射線から公衆を守る放射線防護の観点から、児童や生徒のケアはことに重要で、除染もこうした場所から優先的に行われるべきです。

 あと、竹野内さん、除染ビジネスの利権の話は、どこらへんでどのような形でよく聞きますか? それは「よく」と言われるレベルのものですか?
 竹。

p160「哲学的な命題が、生活上の課題になったと言えるでしょう」の「哲学的な命題」とは何ですか?私は今回の原発事故及び放射能汚染は、そのような抽象的なものではなく、原発推進企業、政治家や官僚、学者が起こした、壮大な社会問題・犯罪だと思うがどうですか?@team_nakagawa

 書いてあるじゃん。

健康、環境、経済、心理、倫理などが複雑に絡まり合う難題(つまりリスクの中にある人生のあり方そのもの

原発事故及び放射能汚染」の話はもういい。ていうか、この本のテーマでは多分ない。
「リスクとそれを背負った人生をどう生きるか」という命題(テーマ)の本なんだ。
 竹。

外に布団を干しても大丈夫である、気になる人は、布団にカバーをかけて、取り込む時、カバーを振るだけで放射性物質は払い落せますとあるが、落された放射性物質を吸わないように、マスクをつける、家の中に入らないように窓を閉める、などの注意点も必要では?@team_nakagawa

 気になる人はそうすればいいんじゃね? 俺は気にしないけど。
 竹。

中川先生は高汚染食品を山菜に限ってしかリストせず、生体濃縮が激しい魚介類はリストしていませんが、なぜですか?また魚介類は鮮度を保つため、測定値が出るのは、すでにその魚介類を市場に出荷してからだそうですが、この点をどう思われますか?@team_nakagawa

 こんなのはどう?
雑誌は「魚で進む『放射能濃縮』」、研究者は「生物濃縮はかなり低い」 | 科学技術のアネクドート

(2011年)6月1日に東京・弥生の東京大学で開かれた日本農学会の公開シンポジウムで、元水産庁中央水産研究所海洋放射能研究室の吉田勝彦さんが、同研究所の笠松不二男氏が1999年に魚介類の放射性セシウムの生物濃縮の進みかたを調べた結果を紹介しました。
それによると、海水中の放射性セシウムの濃度を1とすると、動物プランクトンの段階で10倍から100倍のあいだとなります。
しかし、軟体類、甲殻類、小型魚類、大型魚類と進んでも、放射性セシウムの濃度は、10倍から100倍のあいだにとどまり、最初の段階の植物プランクトンとあまり変わらないことを吉田氏は示しています。

 出荷されてからセシウム出たりするのは魚介類だけじゃないよ。捕る(作る)→出荷する→出たら市場に流れない。
うんこ先生(@ aotanisaburouさん)と一緒に農家の出荷・流通について考えてみよう - Togetter
 竹。

過去に先生は、ヨウ素のみに絞って、魚介類は大丈夫と早々に宣言され、その後、魚介類からCs基準値越えのコウナゴが出てきました。この時の間違いを謝罪しましたか?中川氏「魚は安全」動画http://t.co/29DKgeTr@team_nakagawa

 謝罪は確認できなかった。コウナゴから出たのは「放射性ヨウ素 (1キロ当たり4080ベクレル)」じゃなかったかな。「1キロ当たり12500ベクレル」のセシウムが出たのは売るためのコウナゴからじゃなかったと思う。あ、今年も出てたっけ。
 あと、コウナゴって1-2か月で世代が変わる稚魚なんで、去年と今年我慢すれば大丈夫なんじゃないかな
 竹。

p167、子どもは大人に比べ、放射性ヨウ素を摂取した場合の甲状腺に対する影響が成人に比べ10倍ほど高くなる、とありますが、本書のほとんど終りに近い部分で、大事な数値が初めて出ているが、子どもを守りたい母親のために本の帯に入れるべき内容ではないですか?@team_nakagawa

 そんな無駄な危険あおり入れて、無駄に怖がらせてどうすんの。
 現在子供に危険なレベルの放射性ヨウ素なんて福島原発から出てないじゃん
 竹。

100Bq/kgという規制値で、内部被曝の観点を考慮しても、安心してよいとする、根拠は何ですか?海外の科学者でこの数値が高すぎると指摘する人々がいます。(バンダジェフスキー博士など)病理や臨床のデータをもとに具体的にお示しください。@team_nakagawa

 バンダジェフスキー博士などって…バンダジェフスキー博士とその仲間以外に誰がいるの? 国際的に信頼できる学者が、インパクト・ファクターの高い雑誌で発表した論文で、その数値が高すぎると言っている例見せて。
朝日新聞デジタル:食品の放射線新基準、どう決めた?

Q 新基準案はどう決めた?
A 厚生労働省はまず、食品からの被曝(ひばく)線量を、1年間で1ミリシーベルトを超えないようにすると線引きした。食品の国際規格を決めるコーデックス委員会の食品基準をふまえた。
 そのうえで、飲み水は1リットルあたり放射性セシウム10ベクレルと決めた。これは世界保健機関(WHO)の基準に従った。この10ベクレルの水を1日2リットル1年間飲み続けるとすると、体が受ける放射線の量は約0.1ミリシーベルトになる。全体の限度1ミリシーベルトから飲料水分の0.1ミリシーベルトを差し引くと0.9ミリシーベルト。これが他の食品からの被曝限度になる。
 では食品1キロあたりに含まれる放射性物質が何ベクレルまでなら、年間0.9ミリシーベルトにおさまるか。1日あたりの食品の平均摂取量をふまえ、年齢別・男女別(妊婦含む)に10グループで計算した。
 その結果、13〜18歳の男性が120ベクレルと最も厳しい数値がでた。食べる量が一番多い年代だからだ。さらに数字を引き下げて余裕を持たせ1キロあたり100ベクレルを一般食品の基準にした。現在の暫定基準値500ベクレルの5分の1になる。
Q 子どもの食べ物は? 
A 子どもがたくさん飲む牛乳と、粉ミルク、ベビーフードなどの乳児用食品は一般食品の半分、50ベクレルにした。
 これで1年間食べ続けた場合の被曝線量はどうなるか。飲み水、乳児用食品、牛乳はすべて基準値の上限いっぱい、一般食品の半量が基準値の上限と仮定した試算がある。1歳未満は0.29ミリシーベルト、1〜6歳の男の子は0.37ミリシーベルト、女の子は0.36ミリシーベルト。最も高い13〜18歳男性の0.8ミリシーベルトの半分以下だ。

 竹。

福島の7人の母乳から2〜13ベクレル/リットル検出されたが、その特定方法の正確性が疑わしいことと、「母子ともに影響はないと言っていいでしょう」と主張されています。正確性が疑わしいなら、なぜ再検査されようとしないのか?また影響がないとも言えないのでは?@team_nakagawa

 ソースこれかな?
7人の母乳から微量の放射性セシウム…福島 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 厚生労働省の研究班は7日、東京電力福島第一原発の事故を受け、福島、宮城など8県で実施した母乳に含まれる放射性物質の検査結果を発表した。
 授乳中の母親108人のうち、福島県内の7人から微量の放射性セシウムを検出した。研究班では、「大気や食品中の放射性物質の影響と考えられるが、母体、乳児とも長期的な影響も心配がない量。普段通りの生活をしてほしい」としている。
 調査は、5月18日〜6月3日に福島、宮城、山形、茨城、栃木、群馬、千葉、高知の8県、108人から提供された母乳を調べた。事故の影響を調べるため、原発から離れた高知県も対象に含めた。
 その結果、福島県相馬市、福島市いわき市二本松市の7人から母乳1キロ・グラム当たり1・9〜13・1ベクレルの同セシウムが検出された。同ヨウ素は検出されなかった。母乳には暫定規制値がないが、厚労省は、飲料水の規制値を参考に、同セシウムは1キロ・グラム当たり200ベクレルを安全性の目安としており、これを大きく下回った。
(2011年6月7日20時42分 読売新聞)

 厚生労働省のデータ。
母乳中の放射性物質濃度等に関する調査について

測定結果の検出下限値が変動している理由
放射性物質の検出下限値は、一般的にはゲルマニウム半導体検出器の検出効率、検体量、測定時間などによります。本研究では測定時間は3時間に統一し、機器の検出効率もほぼ同様のため、検出下限値の変動は主に検体量(母乳量)の違いによるものです。母乳はその性質上、検体量を揃えることが困難なことから検体によって検出下限値が変動しました。
なお、牛の原乳や飲料水を測定した結果と今回の母乳の測定結果の検出下限値が異なる理由としては、母乳は検体量(今回は100ml程度で測定)が牛の原乳などの検体量(牛の原乳は1lあるいは2l程度で測定)に比べ少ないため、検出下限値は違ってきます。

 1人につき母乳1リットルぐらい取れれば正確な数値が出るかもしれないね。取れないなら、何度再検査しても正確な数値は出ないんじゃないかな。
 竹。

20ミリシーベルト以下なら、放射能を浴びても妊娠しにくくならないという根拠は何ですか?広島、長崎でも原爆投下直後に妊娠しようとした人はほとんどいなかったはずです。また、そのような実験や研究は行われていないと思いますが、具体的な根拠は何ですか?@team_nakagawa

 こっちを見ると女子の「不妊」は「200mSv以下」だね。20mSvというのは、1年目の暫定被曝基準すれすれでも、という風に俺は解釈した。
放射線の確定的影響と確率的影響 (09-02-03-05) - ATOMICA -

(a)生殖腺(gonad)
 この確定的影響は不妊で、ICRPの1990年勧告付属書Bは表1のしきい線量を記載した。2007年勧告付属書Aでは、これに加え、一回被ばくで発症1%のしきい線量として、男性で、一時的不妊は約0.1Gy(3−9週間で発症)、永久不妊は約6Gy(3週間)、また、女性の永久不妊は約3Gy(1週間未満)の値を示している。

表1
 竹。

また近年における不妊に悩む人の増加は、医学者として、何が原因と思われますか?核時代の到来により、環境中に高まった放射線の影響や医療放射線の影響がまったくないとは言えないのではないですか?@team_nakagawa

 素人としては、晩婚なんじゃないの?
Fertility - 不妊症は増加している? 赤ちゃんを持てる可能性は高いのです

1960年代から1980年代にかけて、多くの西欧諸国で原発不妊症が増加しました。これは、卵管を損傷する骨盤内炎症性疾患が増加したためと考えられています。
1980年代には、原発不妊症の数が大きく変化することはありませんでしたが、生殖年齢に達した女性の数が増えたため、1980年代末には不妊症の数が全体として増加しました。
その後、西欧諸国では出生率が大幅に低下しました。これは社会情勢などにより、出産するタイミングを遅らせたりあきらめたりするカップルが増えたためです。同時に、35歳を過ぎると女性の妊娠しやすさは急速に低下するにもかかわらず1、この年齢で初めて出産する女性の数が2倍以上になりました。
矛盾しているように見えますが、その理由は?
キャリアを優先させるなどの理由で、赤ちゃんを先延ばしにするため
35歳から49歳の女性の数が増加したため
カップルが持つ子どもの数がますます減っているため
生殖補助医療(ART)が進歩したため
赤ちゃんを30代後半まで先送りすることはできますが、この年齢になると20代の時のように簡単には妊娠できなくなるのです。

 子供を産むリスクは、加齢ってのがけっこう高い。
 竹。

p178「広島、長崎の調査や、原発従業員、医師や放射線技師に関する被ばくデータからも、年間100mSVより少ない被ばくで発がんリスクが上昇したことは確認されてない」というが、労災認定が下りた労働者で、100mSV以下の人は複数いる。どう考えるか?@team_nakagawa

 少し調べる。
Peace Philosophy Centre: 原発等被曝労災一覧
 この表によると、労災認定受けたのは10人ですかね? 一番少ない人は40mSv?
 匿名請求は、当人の意思もあると思うので、実名の人だけ調べる。JCO東海の人3人を除くと、嶋橋伸之さん・長尾光明さん・喜友名正さんですか。

放射線被ばく者に対する白血病の労災認定基準は、七六年に労働基準局長通達として出された。?相当量の被ばく?被ばく開始後少なくとも一年を超える期間を経ての発病?骨髄性白血病またはリンパ性白血病であること―の三要件を定めている。相当量の被ばくは「五ミリシーベルト×従事年数」

 面倒なのでリンクだけ。
原子力損害賠償法を検討してみるブログ ・従業員,作業員の被爆,損害 その3 立証
 多分労災認定基準と発がんリスクとは違うんじゃないかな。
 竹。

p181、西日本のほうが自然界から受ける放射線の量が多いので、西日本に逃げるのはナンセンスとありますが、西日本の自然放射線は、土壌や岩石からくる外部放射線であり、原発から放出された放射性微粒子で覆われた東日本の放射線とは種類が違うがなぜ一緒にするのか@team_nakagawa

 同じです。
 竹。

肥田舜太郎先生は広島原爆および原発事故後低線量被曝と思われる人々の相談を多数受けて診られているが、中川先生は内部被曝者についてどのくらいの臨床経験がありますか?@team_nakagawa

 原発事故は肥田舜太郎先生の「2009年の引退」以後だから、診断はしてないよね? 相談受けてるだけ。
 大学の医学者としては臨床経験よりも研究業績なんじゃないの? 町医者じゃないんだから。
 その点、肥田舜太郎さん、どうなの?
CiNii Articles 検索 - 肥田舜太郎
 それに対して、
CiNii Articles 検索 - 中川恵一
 竹。

先生の場合は、放射線治療を施すことで、副作用の被ばくによる二次がんができる患者さんがいらっしゃると思うのですが、二次がんのできた患者は全体数のうちのだいたい何%か、そして二次ガンのできてしまった患者さんたちの5年生存率をおおまかに教えてください@team_nakagawa

 この質問、一般的なものとして前になかった?
悪性腫瘍の放射線治療と二次がん

二次がんの発生頻度は、全放射線治療患者数を母数とした場合0.06〜0.50%であり、推定5年生存者数を母数とした場合0.15〜1.57%で、それぞれの平均をとると0.11%および0.30% である。

 要するに、普通に1%以下。
 その人たちの5年生存率は、がんの種類によるんじゃないかな。一次・二次とかじゃなくて。
 竹。

3200Bq/kgの牛肉200グラム食べても、0.01ミリシーベルトの被ばくにしかならない、とありますが、この根拠となる計算式をご提示ください。それから、年齢別にはどうなるかも教えてください。@team_nakagawa

 200gだと640Bqかな?
 ここで計算する。
ベクレル(Bq)、シーベルト(Sv)計算・換算
 計算式は下のテキストをずっと見ていくと分かる。
 セシウム137で8.32μSv。0.0083mSvだからちょっと少ないですかね。
 年齢別はここ使うといい。
食品による年齢別の内部被曝ベクレル(Bq)シーベルト(Sv)換算ツール
 セシウム137に「3200(Bq/kg)」と「0.2(kg)」を入れる。
 ICRP基準だとこんな感じだね。ECRR基準もある。

〜1歳 〜2歳 〜7歳 〜12歳 〜17歳 17歳以上
13.440μSv 7.680μSv 6.144μSv 6.400μSv 8.320μSv 8.320μSv

 竹。

除染の押し付け合いが起きないような仕組み作りが急がれ、その意味で東京都が被災地のがれきを受け入れたのは素晴らしいとありますが、除染の際に押し付け合いが起きないように、放射能に汚染された土やモノは、隔離するのが一番良いとは思いませんか?@team_nakagawa

 汚染の規模によるんじゃないの? そもそも100Bq/kgとか出た震災瓦礫で広域処理してるものってあったっけ?
 竹。

東京都ががれきを受け入れ、大気中に放射線の微粒子を燃焼によって拡散するのは、環境をさらに放射能汚染させ、焼却炉周辺住民に呼吸からの内部被曝を促進しとんでもない政策である、と、多くの市民団体や海外の学者も指摘していますが、この点はどう思いますか?@team_nakagawa

 その市民団体と海外の学者の主張の元テキスト見たいんでソース示して。そういう主張をしている人って、どうせガンダーセンとかでしょ。
 竹。

185ページ なぜ健康被害ではなく、風評被害ばかり心配されるのですか?福島の農家の皆さんを本当に心配されるならば、なぜ手厚い補償をし、彼らが汚染されてない場所で農作業ができるように、政府に学者としての勧告を出さないのですか?@team_nakagawa

 農作業している人で、汚染されている土地で働いてる人はいないし、すごくベクレルが出ている農作物もないのに、デマ(風評被害)飛ばす奴がいるから、そりゃ心配になるよ。
 竹。

代謝の遅い心臓などでは、バンダジェフスキーの言うように、セシウムが体内濃度の10倍も心臓に溜まり、体内のセシウムが10〜20Bq/kgであっても、心臓に異常をきたすことを、臨床や解剖で突きとめています。この点について反論できるデータはお持ちですか?@team_nakagawa

 バンダジェフスキーが同人誌に書いた論文みたいに見えなくもない、査読も不十分なテキスト以外に、それを立証しているちゃんとした学術論文あるの?
 
 これは以下の日記に続きます。
レベルの高い自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんに質問します

自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんの中川恵一さんへの質問に、素人のおいらとみんなが答えてみる(1)

 死ぬほど長いんで分割。
 これは以下の日記の続きです。
自称翻訳家・ジャーナリストの竹野内真理さんは竹野内嘘って名前にしたほうがみんなが幸せになれると思う
 
 さてここからが本番だ。
竹野内真理さん、中川恵一氏への 質問ツイート (8月 15日) - Togetter
 回答のないものは全部俺が答えてやる。素人だけど。
 竹。

福島子供集団疎開裁判で、郡山市があなたの科学的な知見を根拠とし、子どもたちが疎開しなくてよいと判断しています。今後子どもたちに健康被害が出た場合に、なんらかの責任を取るおつもりはありますか?またその場合どのような形で責任を取ろうと考えていますか?@team_nakagawa

 答。

中川氏に代わって一部回答「責任」について。今後何も起こらなかったときに、あなた方がさんざんデマ情報を拡散して、多くの関係者を苦しめた責任を、どう取りますか?(maaotituke1)

 竹。

横浜のマンションの屋上で発見された195Bq/kgのストロンチウムがおそらく核実験由来であるという文部科学省の見解を引用して主張していますが、このような高濃度でしかも屋上で発見されたストロンチウムが「(大気圏内)核実験由来である」と言える根拠は何?@team_nakagawa

 答。

だから横浜のストロンチウム騒動は「誤検出」だっつう。土壌や堆積物じゃわかんねーっていう。降下物(雨水)で1ヵ月単位で切って測って、ようーやく「あ、普段よりかなり多かった」てレベルしか降ってねえーっていう。(joejoeu)

1つ1つ積み重ねることが、ネットの文化だと面ます。 >>横浜のマンションの屋上で発見された195Bq/kgのストロンチウム ストロンチウム89の有無で判断。文部省の正式手順での計測では、時期的に計測限界を下回った可能性もあり。ちなみにCsとSr比率かからは、Srが特に高濃度というわけではない。 http://togetter.com/li/218832 (miesizu)

そもそも屋上で薄く積もったものをBq/kgで表現するのは誤解のもと。東京の高層マンションでけいそくされた○○が3000Bq/kgも同じ話。(miesizu)

 竹。

南相馬市で15ベクレルのプルトニウムが検出されていますが、それでも今回検出されたプルトニウムについては、量的に健康被害はないと言えるとおっしゃっていますが、その根拠を、呼吸器経由の内部被曝における場合でお示しください。(p25)

 今頃バズビー博士の珍説?
 こっち読め。
私が、『福島のプルトニウムは無視して良い』と考えるわけ - buveryの日記
ホットパーティクル - Togetter
 竹。

近年放射線起因の非がん性の疾病を研究する専門家が増え、チェルノブイリ事故後、多くの研究者が、心疾患、腎臓疾患、肝臓疾患、免疫疾患をはじめとする様々な病気の増加を報告していますが、「中川先生が発がん以外の健康障害はないといえる」、とおっしゃる根拠は何?@team_nakagawa

 そんな珍説を唱えているのは英語も出来ない田舎医者で、同人誌にしか論文みたいなものを発表したことがないバンダジェフスキーとその周辺にしかいない。「多くの研究者」じゃないよ。
 竹。

放影研被爆者からがんが低線量で有意に増加していることを証明している論文が近年出していますが、中川先生が、「100ミリシーベルト以下で発がんの危険性が上昇したというデータがない」とおっしゃっているのはなぜ?http://t.co/6yBNxb8r @team_nakagawa

 放影研の「論文」って「原爆被爆者追跡調査(LSS)の最新の公式分析結果「第14報」」かなぁ。(http://www.rerf.or.jp/news/pdf/lss14.pdf)そこでは「リスクが有意となる線量域は0.20 Gy 以上であった
 …あの〜、「0.20 Gy」って「200mSv」じゃないんですか?中川先生の言っていることのどこが間違い?
 竹。

米国科学アカデミーは近年、閾値なしのLNT仮説はもはや仮説ではなく、科学的事実に基づく事実であると発表しているが、中川氏がLNT仮説を、「科学的な仮説ですらなく、少しでも被曝を減らすためのポリシーである」と断言されている具体的な根拠は何?(p29)@team_nakagawa

 米国科学アカデミーの「BEIR VII 報告」のこと? 「Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation: BEIR VII - Phase 2 (Free Executive Summary)」(http://www.nap.edu/catalog/11340.html
 こう書いてあるね。

For example, the committee predicts that approximately one individual per thousand would develop cancer from an exposure to 0.01 Sv. As another example, approximately one individual per hundred would be expected to develop cancer from a lifetime (70-year) exposure to low-LET, natural background radiation (excluding radon and other high-LET radiation). Because of limitations in the data used to develop risk models, risk estimates are uncertain, and estimates that are a factor of two or three larger or smaller cannot be excluded.

 0.01Sv(10mSv)で1000人に1人のがんは発生するかもしれないけど、別の自然放射線などで70年で100人に1人はがんになるんで、リスクモデルは2-3倍の誤差が含まれてる。みたいな。
 そもそも「閾値なしのLNT仮説はもはや仮説ではなく、科学的事実に基づく事実である」という米国科学アカデミーの発表テキストがうまく見つからない。

入手可能な生物学的、生物物理学的データの包括的なレビューによって、低線量でもしきい値のなしの直線型でがんのリスクが生じ、極小線量が人体に対するリスクを多少なりとも増加させるポテンシャルがあるというしきい値なし直線仮説」(LNT)リスクモデルを支持している。

 というテキストならある。
 竹。

8. 100ミリシーベルトで死亡率が0.5%高まるというのは、つまり200人に1人放射線が原因のがんで死亡してしまうということに。福島県の人口200万人中1万人が放射線が原因で死亡することになります。100まで何もしないというのはおかしいのでは?@team_nakagawa

 答。

「100ミリシーベルトで死亡率が0.5%高まるというのは、つまり200人に1人放射線が原因のがんで死亡してしまうということに。福島県の人口200万人中1万人が放射線が原因で死亡」。 福島で200万人が100mSvの被曝を受けた事実はありませんので、仮定が成立していません。(miesizu)

最高被曝者が25ミリで一人です。汚染の高い飯館村などでも平均3.9ミリです。仮定が無茶苦茶だから必死なんですね。落ち着きましょう。 (maaotituke1)

 竹。

100ミリシーベルトでどのくらい死亡率が高まるかを胎児や0歳児を含めた年齢別に示してください。@team_nakagawa

 ここにあるよ。
Health Risks from Exposure to Low Levels of Ionizing Radiation: BEIR VII Phase 2
 日本語版はこっち。
BEIR VII 報告書の性別・年齢別の被曝による発癌率リスク
 胎児はわからない。
 竹。

放射線の研究で名高いBrennerも2003年の論文で、乳がん誘発の線量で、感受性の高い人を考慮した論文を書いています。先生がご著書で、感受性の高い人についてまったく言及しない理由は何ですか。@team_nakagawa

 ブレナー博士の論文はこれかな?
【翻訳論文】「低線量被ばくによるがんリスク」 | Science Media Centre of Japan
乳がんに極端に過敏な女性の小集団(0.25%)」については、こんな感じ。

 上に凸な(傾きが徐々に減少する)線量反応曲線の存在の証拠は、疫学研究および実験研究の双方で存在する。最新の低線量被ばく原爆生存者のがんによる死亡(Fig. 2)および発がん(Fig. 4)データはともに、この形状を示すように見える。もちろん、このように低い被ばく量における線量反応曲線の形状は、疫学的研究を通じて、明快に描くことはできない。
 このような上に凸な線量反応曲線についてはいくつかの解釈がなされてきた。第一の解釈は、全サンプルの中の放射線に対して過敏な下位集団の存在である(14)。たとえば、Fig. 5の概略図において、放射線由来の乳がんに過剰に敏感な個人からなる非常に小さな下位集団(仮の例として全体の0.25%とする)の意義を考える。この敏感さは“sensitives”とラベルが貼られた線量反応曲線を導き、0.25%で飽和する。そうすうと、“normal”(正常な)集団の線形な線量反応曲線と組み合わさることによって、集団全体の線量反応曲線は上に凸となるだろう。Atm(30-32)およびBrcal(33-35)ヘテロ接合体のような遺伝に基づく放射線に過敏性を示す下位集団が同定されており、しかし、その性質と放射線由来のがん過敏性との関係はいまだ論争になっており(36-37)、しかも、Fig. 2およびFig. 4のような線量反応曲線を説明するのに必要とされるであろう頻度と過敏さを伴う放射線過敏な集団は今日までのところ同定されていない

 要するに「考慮した」というより「解釈の一つとして感受性の高い人の可能性を考えてみたが、そのような集団はいるかどうかよくわからない」かなぁ。
 竹。

老人ホームに入居中の老人が避難すると死亡率が3倍高まると書いてありますが、では老人がそのまま汚染地帯にいた時の死亡率は何倍になるのでしょうか?3倍の根拠と共にデータをお示しください@team_nakagawa

 答。

下記の図2ぐらいから推定すると、固形がんのEER/Gyは0.2〜0.3。固形がんと同じだけの比率で、固形がん以外の病気で死亡するとして、3倍の死亡率を出すには相当の線量が必要。子供への適用は慎重を要すと思うが。 http://www.rerf.or.jp/library/rr_e/rr1104.pdf (miesizu)

 竹。

Forster L, et al. Natural radioactivity and human mitochondrial DNA mutations. 2002 ケララ州でのミトコンドリアDNAの配列の有意な異常の研究に触れないのはなぜですか@team_nakagawa

 原文これかな?
Natural radioactivity and human mitochondrial DNA mutations
 調査数は「高線量地域から180家族730人、それに近接している低線量地域から68家族258人(合わせて248家族988人)」。
 それより後に「コホート研究」というのもあるんだけど、こちらに言及しないのはなぜ?
評価書 食品中に含まれる放射性物質(193ページ)

インドKerala、Karunagappally の沿岸地帯は、トリウムを含有するモナズ砂による高バックグラウンド放射線地域(HBR)として知られている。沿岸panchayats における自然放射能レベルの中央値は4 mGy/年以上であり、沿岸には70 mGy/年を示す区域もある。HBR における健康影響を評価するために、1990 年代にKarunagappally の全居住者385,103 名を対象としたコホート研究が行われた。69,958 名を平均10.5 年間追跡し、2005年末までに736,586 人年を集積して、白血病30 件を含む1,379 件のがん症例を特定した。対照集団については、ベースライン調査を行い、個人名簿を整備しており、職業曝露者は除いている。また、がん罹患はKarunagappally 地域がん登録により把握しており、追跡不能は0.7%だった。線量の推定については、各家庭の内外の線量を計測し、個人線量を推定した。性別、到達年齢、フォローアップ期間、社会人口学的要因及びビディ喫煙で層別化したコホートデータをポアソン回帰分析したところ、地上γ 線被ばくによるがんリスクの超過は認められなかった。白血病を除くがんのRR は-0.13 /Gy(95%CI:-0.58-0.46)であった。また、累積吸収線量500 mGy 強において発がんリスクの増加はみられなかった。部位特異的解析では、累積放射線量と有意に関連している発がん部位は認められなかった。また、白血病ではHBR との有意な関連が認められなかった(Nair et al. 2009)。

 竹。

13. 40ページ「平均的な日本人の場合、年6.5ミリシーベルトまで被ばくしてもよいと法律が定めていることになります。」世界の中で最も高い日本の平均4ミリシーベルトの医療被曝線量を既成事実として、それを「法律で定めている」とすり替えてませんか?@team_nakagawa

 そもそも、「年6.5ミリシーベルトまで被ばくしてもよいと法律が定めている」というテキストが見つからなかった。法律なんで、ネットの中にあると思うので、分かった人は教えてください。
 竹。

日本で異様に高い医療被曝が問題である、特に未成年の医療被ばくは要注意であるを、山下俊一氏でさえ、過去の論文で述べている事実はご存知ですか?@team_nakagawa

 その論文はこれかな?
Evidence-based Guidelines Needed on the Use of CT Scanning in Japan
「未成年の医療被曝」じゃなくて「未成年のCTスキャン」かな? 「CT とレントゲンはけっこうな被曝量があるが、とったほうが患者のためになるためなので、限度を設けないのが基準」「CTスキャンは医療に必要であり、CTスキャンが悪いというものではない」とも述べているようですが。(ウィキペディアなので要出典)。
 竹。

14. 「原発作業員の方が大変心配でなりません」、とありますが、国側の放射線専門家かつ医療従事者として、原発作業員の健康を守るために、なにか具体的に勧告したり、予防医学的なこと、また発病した際に対処することなど、具体的な措置を考え実行されましたか?@team_nakagawa

原発作業員の方が大変心配でなりません」という、中川恵一氏のテキストはうまく見つかりませんでした。どこで、どういう文脈の中で出てきた言葉でしょうか?
 竹。

15. 長時間被ばくの場合、DNAが壊されても、修復が間に合うので影響はずっと少ないとありますが、極低線量(10mSV以下)で、DNA修復シグナルが発信されず、DNA修復がなされない(バイノミナル効果)のスタンフォード大学2010年研究は知っている?@team_nakagawa

 その研究はこれかな?
Inducible response required for repair of low-dose radiation damage in human fibroblasts
 日本語テキストの多くは「低線量放射線領域でDNA損傷の修復効果が落ちる」とありますが、「なされない」という記述はどこにあるのかな? 落ちるけど、修復に影響はあるのかな、ないのかな?
 竹。

16. 46ページに、今はもう空気中に放射線物質は存在しないといえますが、とおっしゃっている根拠は何でしょうか?東日本のもともとの空間線量は0.03前後であり、各地でそれを大幅に上回る線量が測定されている中、このような発言は、間違っていませんか?@team_nakagawa

 答。

「空間線量が平時よりも高いこと」から「空気中に放射性物質が浮いていること」は導けません。空気より軽いなら上昇し続けて空間線量は下がりますよね?そうではなく、浮いているものが落ちてくるから地面に降り積もり、その累積・合算が地面からの放射線となり空間線量になるわけです。(tarlyon)

「新たに雨などに混じって降り注いでいるか」「大気中に舞っているか」を測定すればわかりますね。そして測定されています。 http://monitoring.tokyo-eiken.go.jp/monitoring/f-past_data.html http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/whats-new/measurement.html (tarlyon)

……とかいうような調べればわかる話を全部にやらないといけないんですかね。本当に危険だと思っているならどれくらい危険かを知りたくなるものだと思うのですが。(tarlyon)

現状の空気中の放射性物質は、天然由来の成分が主。原発由来がゼロではないが、昨年7月ですでに非常に低い。 http://www.cpdnp.jp/pdf/120807Takasaki_report_July31.pdf http://hes.med.kyoto-u.ac.jp/Fukushima/EHPM2011.html

地面からの放射線ですが?まさか、まだ空間に漂っていると思っているのですか?(maaotituke1)

 竹。

17. 46ページにマスクをして窓を閉めるなどの対策はある程度の効果がある、とありますが、長期にこれを行うのは無理なこと、また、マスクを着けてくれない赤ん坊が最も放射線に弱いという事実をどう考えますか?@team_nakagawa

「長期にこれを行う」ということを前提にしていますかね? 短期なんじゃないのかな。
公益社団法人日本医学放射線学会-会員の皆様へお知らせ(2011/03/22)

Q2 妊婦やお腹の中の赤ちゃんや小さな子供のほうが放射線の影響を受けやすいのでしょうか?
A2 今皆さんがどこにいても、地域の放射線量は妊婦や子供への影響を心配するには及ばない少ない線量です。妊婦になると、突然放射線の影響を強く受けるように、体質が変わるわけではありません。普通の大人と同じです。
 大人より子供(小学生くらいまで)の方が、大量に放射線を浴びた場合の影響は2〜3倍高いと考えられています。しかし、子供の方が極端に放射線の影響を受けやすい訳ではありません。通常放射線の専門家が子供には配慮をしましょうと伝えているのは、子供は、大人よりも将来の時間が長く、将来どのような健康状態になるかがわからない今の段階では、なるべく注意をはらっておこう、と考えているからです。いろいろな場面で、大人達が「子供は将来があるから大切にしよう」、と思うことと同じです。
 最近の研究では、お腹の中の赤ちゃんは、私たち専門家も驚くほど、細胞の中の遺伝子が放射線の影響を受けないことが明らかになりました。お母さんは体内の子宮で自らの子を守っています。お母さんの身体が遮ってくれるので、外から放射線を浴びても、その半分以下の放射線量しか赤ちゃんには届きません。

 竹。

19. 放射性物質水俣で問題となった水銀のような重金属とは違い、体内に取り込んでも代謝や排せつによって体の外に排出されます、とありますが、放射性物質は多数あり、重金属も含まれます。専門家として重大な勘違いをされていると思いますが、いかがですか?@team_nakagawa

 答。

被曝が懸念される放射性重金属の量と、重金属(非放射性)による障害が出る金属の量は桁が違いすぎます。重金属という理由で健康被害が出る場合は、その前に放射線障害で無くなるか、重篤な症状が出ます。

 竹。

49ページの「1ミリシーベルト内部被曝が1ミリシーベルトの外部被ばくより危険ということはありません」、とおっしゃる根拠を述べてください。@team_nakagawa

 こっち。
放射線被ばくに関するQ&A

Q.内部被ばくと外部被ばくでは、内部被ばくの方が影響が大きいのではないですか?
A.体内の放射性物質から受ける内部被ばくの実効線量は、摂取した放射性物質の量(ベクレル)に実効線量係 数(シーベルト/ベクレル)を掛けることにより求められます。このようにして得られた実効線量を用いれば、 内部被ばくの影響と外部被ばくの影響を同等に扱うことができます。同じ実効線量であれば内部被ばくでも外部 被ばくでも影響の大きさは同じです。

 竹。

21. 「預託線量という概念が、内部被曝の脅威をはっきり示してくれる」と言いますが、その根拠となる計算式、およびなぜ預託線量が内部被曝の脅威をはっきり正確に示すことができるのか、ご説明ください。また本書にもほとんどでてこないのはなぜですか?@team_nakagawa

 ここらへんからいろいろ見るといい。
預託実効線量の計算

 しかしながら、放射性物質が体内に摂取され、体内の組織や臓器に沈着した場合、組織や臓器の受ける線量を算出することは容易ではありません。それは、この内部被ばく線量を算出するために、体内の組織や臓器に沈着している放射性物質の量を測定する必要があり、しかもその量の時間的変化を追跡しなければならないからです。
 このため、内部被ばくの場合は、人が摂取した放射性物質の量と、人体の組織や臓器が受ける線量の大きさとの関係を算出しておくことにより、摂取した放射性物質の量を基準にして人の被ばく量を算出する方法がとられています。

 竹。

カリウム40は天然放射性物質であり人工放射性物質と違い、体内に蓄積濃縮されず入るスピードと出るスピードが一定であり、年間摂取限度量はセシウム137が320万分の10gであるのに対し、カリウム40は16gです。カリウムとの比較は間違ってないですか?@team_nakagawa

 答。

セシウム137の比放射能は3.2x10^12[Bq/g]なので、年間摂取限度量は年間1000万ベクレルというご見解ですね。 (@yamasato777)

ポストさんてんいちいち日記 竹野内真理ツイートの真面目な分析

ブログ主は物好きなので、クソ真面目な反論をしておきます
カリウム40の年間16g、これは、424万Bq/年=1万1600Bq/日です。
セシウム137の年間320万分の10g、これは、1000万Bq/年=2万7400Bq/日です。
いいんですかねぇ、こんなに摂取して。しかも、セシウム137のほうが摂取限度が高い???

 竹。

23. チェルノブイリセシウムによる発がんは認められていません、とありますが、バンダジェフスキー論文やその他の多くの論文で、セシウムによるガンおよびガン以外のあらゆる病変が報告されています。この報告をどう思われますか?@team_nakagawa

 バンダジェフスキーwww で終わらせるのは何だけど、「その他多くの論文」って、誰のどの論文? 英語で書いた奴ある?
 竹。

55ページ 今の放射線量のもとで暮らしても、がんは増えないと申し上げます、とありますが、その根拠はなんですか?中川先生のアドバイスに従い、残った人々の間で実際ガンが増えた場合、学者として責任をとるおつもりはありますか?@team_nakagawa

 今の放射線量のもとで暮らして、がんが増えたデータがあるのかな?
 あとこんなの読むといいかも。
被曝によるがん死亡リスクの増加についてもうちょっと考えてみた - Togetter
 竹。

日本の寿命が伸びたからガンが増えたということですが、では小児ガンが増えている現象をどう説明しますか?@team_nakagawa

 有毒化学物質かな?
有毒化学物質と小児がん:証拠の検証
 大気中の放射性物質は増えてないよね?
 あと、日本の場合。

小児がん罹患率の年次推移はほぼ横ばい http://bit.ly/j6K8mW 。(smoketree1)

 竹。

タバコの危険性について、かなり詳しく書かれています。タバコには、放射性ポロニウム210が含まれていますが、この危険性についてはご存知ですか?なぜタバコにも放射性物質が入っているのに、言及しないのですか@team_nakagawa

 こっち参照。図が載ってるよ。
ポロニウム210 - Togetter
 1日約20本吸っても200μSv/yぐらいですかね。
 竹。

お酒に強い遺伝子と弱い遺伝子を持つ人のことが詳しく書かれてありますが、では、放射能に対して強い遺伝子と弱い遺伝子もあるのではないですか?この放射能に弱い遺伝子を持って生まれた人、放射能に対する感受性の高い人の話題が出てこないのはなぜですか@team_nakagawa

 ごめん何言ってるのかよく分からない。人間の部位によって強い・弱いはあるみたいだけど、個人差に関しては「放射能」に限定してではなく、「あらゆるリスク」に対しての強さ・弱さなんじゃないかな。
 竹。

広島の被ばく線量を距離のみから見積もり、またガンマ線中性子線のひばくのみで、内部被曝に触れないのはなぜ?また3.25km地点で1mSVだとする根拠は?また、同心円状以外の気象条件や雨による線量の増加、アルファ線ベータ線内部被曝を加味した計算は?@team_nakagawa

 広島の原爆で生じた半減期の長い核種は微量で、食物による内部被曝は検討の埒外です。「同心円状以外の気象条件や雨による線量の増加」に関しては、基本データを持っている機関が不明でした。
 広島の放射線量に関しては、「被曝線量評価体系2002(DS02)」によると、爆心地から2キロの地点で「γ線81mGy、中性子線0.4mGy」とのことですので、それから計算すればいいんじゃないですかね?
世界各地の放射線被ばくの状況
 こっちはちょっとソースもう少し調べる必要あるかも。
原爆放射線について|厚生労働省
 竹。

原爆投下後に広島・長崎に入った入市被ばく者の中でも急性症状を呈して数週間後に亡くなったケースがあることが、肥田医師の本にあり諸条件で高線量の内部被曝をした人がいると思われますが、入市による被ばくが、初期放射線と比べるとわずかです、と言い切れる根拠は?@team_nakagawa

「ケースがある」ということと「わずかだった」は問題なく関係づけられます(ケースがあったがわずかだった)。ケースがあった、ということが入市による被ばくが多かった・少なかったというデータは何かありますかね。
 竹。

79ページに、白血病にかかった約半数と固形がんにかかった約10%が放射線起因であると考えられると書いてありますが、このような放射線起因のパーセンテージの数字の根拠となる説明と計算式をお示しください。@team_nakagawa

原爆に被爆した人の中で」の話? こっち見るとどうかな?
Q&A よくある質問 - 放射線影響研究所

総じて、白血病死亡の約半数と固形がん発症数の約10%が放射線被曝に起因すると考えられます。

原爆被爆者における白血病リスク - 放射線影響研究所

寿命調査(LSS)集団は1950年の国勢調査を基に設定されたので、原爆被爆者における白血病リスクの解析は1950年以降の期間に限られている。寿命調査集団の中で0.005 Gy以上の線量を骨髄に受けたと推定される49,204人のうち、2000年までに204例の白血病死亡例が確認されており、このうち原爆放射線に起因すると推定される過剰例数は94例(46%)である(表)

原爆被爆者における固形がんリスク - 放射線影響研究所

ほとんどの固形がんでは、被爆時年齢に関係なく急性放射線被曝によりがんリスクは生涯を通じて増加する。被爆者の年齢増加に従って、固形がんの放射線関連過剰率も、自然発生率も増加する。2,500 m以内で被爆した人の平均放射線量は約0.2 Gyであり、この場合、がんリスクは標準的年齢別の率よりも約10%高くなっている。1 Gy被曝によるがんの過剰リスクは約50%である(相対リスク= 1.5倍)。

 竹。

2000年までに発病した原爆によるがんの総数は1900例とありますが、この根拠をお示しください。@team_nakagawa

 こっち。
Q&A よくある質問 - 放射線影響研究所

LSS集団が両市の全被爆者の約半数と仮定すれば、2000年までの放射線被曝に起因すると考えられるがん発症総数は約1,900例と推定されます。

 白血病死亡の推定された過剰数が94、固形がんの推定された過剰数が848、足して倍。
 竹。

被ばく2世では影響は見られていない、動物実験では証明されているが、人間では影響が確認されていない、とあり、動物であってヒトではないというのはなぜ?またチェルノブイリ事故以来の被ばく2世、3世で増えている先天性異常や遺伝的影響があるとする論文どう思う?

 人間に近い動物では多分確認(証明)されていませんし、チェルノブイリ事故以来の「先天性異常や遺伝的影響」があるとしているのは、ミンスク遺伝疾患研究所のラジュク所長以外にはうまく見つからず、論文も不明でした。
 竹。

WHOの国際がん研究所の調査で、Cardisらの核施設労働者の15カ国の疫学調査では、たった10mSVでガンリスクの上昇が、成人男性の間でさえ認められていますが、100mSVより低い被ばくで発言の増加は認められていないとおっしゃる理由は何ですか?@team_nakagawa

 その調査データに関する、日本人研究者の意見はこんな感じかな?
国際がん研究機関による原子力産業従事者の疫学調査の統合解析 水野正一

著者らは示してないが、今回の結果が、高い線量域の結果であれば、論文に対するコメントにもあるように、リスクを過大に推定している危険性はある。それが、時間経過のなかでそうなると主張するには、「未だし」という感があり、今後公表のLong detailed reportsで明らかにされることが望まれる。

 Long detailed reportってもう出てましたかね。
 こっちも否定的だね。
放射線影響協会疫学センター BMJ論文に対する当協会の見解詳細

(8)データの取り扱い
 本論文には累積被ばく線量と過剰相対リスクとの関係を明示する図または表が含まれていない。そのため、ある線量域でのみ特に大きく高値側にはずれるようなデータが偶然得られ、それに引きずられて直線勾配がかなり大きくなって、発表結果のSv当りERRが大きく影響を受けた可能性を排除できない。

 竹。

入市被曝者の寿命が日本の平均より長いとする、根拠となる元データはどれですか?また原爆から5年間は、まったく死亡率統計が採られていないと思いますが、これが考慮されていないデータでは不完全であり、ここから結論を出すのは、非科学的だと思いませんか?@team_nakagawa

 これかな?
原爆被爆者の平均余命に関する研究
 こちらは表になってる。
線量あるいは爆心地からの距離と平均余命
「市内に不在、早くに入市(一ヶ月以内)がけっこう平均余命長くないかな?
 死亡率統計というか、国勢調査が1950年が戦後初なんだよね。基礎データ(戸数・人口)とか分からないと、死亡率も正確な数分からない。
 竹。

広島の平均寿命が全国より高いとありますが、では原爆投下以前はどうでしたでしょう?中川保雄著『放射線被曝の歴史』で広島は原爆投下前は白血病が全国平均の2分の1であった。こういったもともとの地域性も加味しなければ、原爆の影響は正確に測れないと思いますが?@team_nakagawa

 これが資料ないんだよね国会図書館にでも行ってみるかな…。こちらが逆に聞きたい。「広島は原爆投下前は白血病が全国平均の2分の1」だったという資料、放射線被曝の歴史』の伝聞情報以外にあるんですかね?
 竹。

90ページに、チェルノブイリ事故後、過剰と言える避難が行われ、その結果、住民の余命の短縮の原因になったとありますが、どういうデータをもとにそう断定していますか?避難は数日後に行われれ、その間の被ばくにより余命が短縮された可能性が十分にあるはずですが?@team_nakagawa

 こんなのはどうかな?
チェルノブイリ事故による死亡者数の推定 (09-03-01-13) - ATOMICA -

第1グループは事故直後から1987年にかけての緊急の事故処理作業に従事した約20万人で、一人当たりの平均被ばく線量は100mSv、被ばく者全員が95歳まで生きると仮定するとリスクモデルから固形がんおよび白血病の合計で2200人の過剰死亡となると計算される。このグループには、このほかに急性放射線症により28人が被ばく3か月以内に死亡、その後2004年までに放射線被ばくの関連で19人が死亡していることが判明している。第2グループはチェルノブイリ原子力発電所周辺30kmの住民13.5万人で、事故の翌日に避難し、一人当たりの平均被ばく線量は10mSvで、これによるがんの過剰死亡は160人と推定される。第3グループは放射能の高度汚染地域住民で避難しなかった約27万人であり、一人当たりの平均被ばく線量は約50mSvであった。このグループでのがん死の生涯予測は1600人と計算される。なお、このグループには特に小児に甲状腺がんが多発したが、死亡数は9人であった。以上の3グループの合計約60万人の被ばく者からの放射線による死亡者数の合計は約4000人と計算される。

「平均被ばく線量10mSv」でどうなるかというと…以下のところに表が載ってる。
放射性物質汚染食品規制のリスク便益分析
 …「表1: プレストンらのモデルに基づく10mSv被曝の損失余命と超過がん死亡率」、男女平均4.2or4.7日ですかね? それより平均寿命が縮まってたら、明らかに何か別の原因を考えたほうがいい。
 竹。

チェルノブイリの決死隊134人中、亡くなったのは50人、原発から30km圏内の事故処理作業者で事故の被ばくと考えられる白血病の死亡者は80人ということですが、今まで甲状腺ガン以外は増えていないという定説は間違いですね?この数字の根拠は?住民ではどう?@team_nakagawa

チェルノブイリ事故との比較 - 東日本大震災への対応 -首相官邸ホームページ-

チェルノブイリでは、134名の急性放射線障害が確認され、3週間以内に28名が亡くなっている。その後現在までに19名が亡くなっているが、放射線被ばくとの関係は認められない。

「決死隊」じゃないよね?
 あとは、またここかな?
チェルノブイリ事故による死亡者数の推定 (09-03-01-13) - ATOMICA -

事故直後から1987年にかけての緊急の事故処理に当たった作業者、チェルノブイリ原子力発電所から30km圏内に居住し事故後避難した避難民、および避難はしなかったが旧ソ連ベラルーシウクライナ、ロシア)の高度汚染地域に居住していた人の計約60万人を対象とすると、事故により増加するがん死亡は約4000人と推定され、旧ソ連の(高度汚染地域を除いた)汚染地域の居住者を含めて約740万人を対象とすると、合計で約9000人と推定された。さらに、最近の報告では、推定対象をヨーロッパ全体5.7億人に広げ、過剰死亡の数は約16000人と予測されている。

 事故処理作業の人はこんな感じ。

第1グループは事故直後から1987年にかけての緊急の事故処理作業に従事した約20万人で、一人当たりの平均被ばく線量は100mSv、被ばく者全員が95歳まで生きると仮定するとリスクモデルから固形がんおよび白血病の合計で2200人の過剰死亡となると計算される。このグループには、このほかに急性放射線症により28人が被ばく3か月以内に死亡、その後2004年までに放射線被ばくの関連で19人が死亡していることが判明している。

 竹。

がんで増えているのは子どもの甲状腺ガンだけとありますが、甲状腺ガンだけに限らず、心筋梗塞、I型糖尿病、肺がん、呼吸器系疾患、腎臓疾患、生殖障害、感染症、先天異常など、あらゆる病気が報告されていますが、これら報告を無視する理由は政治的なものですか?@team_nakagawa

 そんなこと言ってる医者連れてきて。ただしバンダジェフスキー以外。
 竹。

国際的な合意の3団体、IAEA、UNSCEAR、ICRPはすべて原子力産業と利権が絡む団体ですが、こういった利害関係を持つ団体の合意を信頼できるものと断定する中川先生は、医療放射線機器や放射性薬剤を含む、原子力産業との利害関係はありませんか?@team_nakagawa

 利権の絡み具合もう少し聞かせて。妄想・陰謀じゃない奴。
 竹。

94ページ 事故当時お母さんのおなかの中にいた子や事故の後に生まれた子に甲状腺ガンが増えなかったと言っていますが、相反する論文が数多く存在します。根拠を教えてください。@team_nakagawa

 ほら。
ベラルーシの小児甲状腺ガン

小児甲状腺ガン患者508名の誕生日を,チェルノブイリ事故を中心に3群に分類すると,事故前誕生例は497名(97.8%),事故当時誕生例は6名(1.2%),事故後誕生例は5名(1.0%)と,ほぼすべての小児が事故前に生まれていることが明らかとなった.

 相反する論文を複数挙げてみて。
 竹。

チェルノブイリ支援活動を行った現松本市長の菅谷医師は、甲状腺がんを患った子どもたちのうち、6人に1人がのちに肺がんになっている、と言う。転移の可能性があること、また放射線起因の甲状腺ガンは、悪性で肺やリンパ球に転移が認められるとした論文もありますが?@team_nakagawa

 ソースこれかな?
会津放射能情報センター 山下俊一×神谷さだ子対談」「通販生活」2012春号 市民の不信感は解消されたか

ただ、甲状腺がんは予後がよい病気とはいえ、チェルノブイリでは6人にー人が肺に転移しています

 …しかしこれ、データ(数字)がうまく見つからなかった。例によって菅谷昭さんの伝聞情報かもしれない。
 竹。

著名な放射線学者で医師でもあるジョン・ゴフマン博士も、放射性ヨウ素131を使用した甲状腺疾病の治療を、2次ガンの危険性から批判しています。放射性物質または放射線を使ったガン治療での、二次がんの危険性とベネフィットについて、具体的にお答えください。@team_nakagawa

 もうお前、そのくらい自分で調べろよ…。
 はい。
悪性腫瘍の放射線治療と二次がん

二次がんの発生頻度は、全放射線治療患者数を母数とした場合0.06〜0.50%であり、推定5年生存者数を母数とした場合0.15〜1.57%で、それぞれの平均をとると0.11%および0.30% である。

 要するに、普通に1%以下。
 竹。

100ページに、今回の福島事故では、ヨウ素の服用は必要なかったと書かれていますが、海外の専門家は逆の意見を述べている人が多数いらっしゃいます。根拠を福島におけるなるべく多く被ばくした子どもの甲状腺への具体的な線量値を引用しながら、具体的な説明を。@team_nakagawa

 逆の意見を述べている海外の専門家って…誰?
 まあいいや。
asahi.com(朝日新聞社):福島の子ども、半数近くが甲状腺被曝 政府調査で判明 - 東日本大震災

全体の55%の子は検出限界も含み測定値が「0」だった。「0」超では、0.01マイクロシーベルトが26%いた。0.02マイクロシーベルトが11%で、最高は0.10マイクロシーベルトだった。

memo: 小児甲状腺被曝のニュースに関して - Togetter
 等価線量だと35mSvという情報もあるみたいだけど。
よくわかる原子力 - 原子力防災について ーヨウ素剤 Q & Aー

Q2)どんな時にヨウ素剤をくばるの?
A: 事故の規模などから計算して、甲状腺の被ばく線量が100mSvをこえると予測されたときにくばられます。

 …必要ないんじゃね?
 竹。

チェルノと福島の原発事故の違いを格納容器のあるなしで区別してるが、福島の原発の格納容器も破損し、放射性物質が放出したのは既知の事実。どうです?またチェルノではありとあらゆる放射性物質が飛び出したとあり、日本ではそうでないような言い方だが、先生の持つ福島由来の放射性核種のデータは?

 別に中川先生じゃなくてもそんなデータ持ってるよ。ここ見ろ。
東京電力株式会社福島第一原子力発電所の事故に係る1号機、2号機及び3号機の炉心の状態に関する評価について
 ↑これの13ページ、「表5 解析で対象とした期間での大気中への放射性物質の放出量の試算値(Bq)」ね。
 竹。

福島の子どもの甲状腺被ばく量が最大で35ミリシーベルトとあるが、3月25日時点での放射線医学総合研究所からの預託線量を計算した資料でも、50ミリシーベルトを超える。この矛盾は何?さらに「福島で甲状腺ガンが増えることはない」と断定されていますが、そうでなかった場合先生は責任を取る?

 預託線量で「50ミリシーベルトを超える」ってデータはないんじゃないかな? 「最大で42ミリシーベルト、平均で12ミリシーベルト」だったと思う。あと「誤差の大きい数値」って言ってる。それから、福島で甲状腺ガンが増えなかったら、竹野内真理さん、何か責任取る?
 竹。

チェルノブイリで50ミリシーベルト以上の高線量汚染地域に27万人、10~20ミリシーベルトの低線量汚染地域に500万人いたということですが、セシウムによる発がんは増加していないと強弁されています。この根拠は何ですか?@team_nakagawa

 そんなこと言ってるの、バンダジェフスキーとその仲間しかいないから。
 竹。

2011年3月23日、東京の金町浄水場から100/kgを超える水が検出されたが、赤ん坊がその水を1トンまでだったら飲んでも平気と書いてあります。100Bq×1000kg=10万Bqの放射性ヨウ素を赤ん坊が飲んでも大丈夫というが、根拠を示してください。@team_nakagawa

 ここに書いてある。1kgあたり15,020Bqのホウレンソウを100g食べると、112.65μSV。
ベクレル→シーベルトの係数(ヨウ素131) : ほりこ

#nakagawaquiz 解答です。ホウレンソウ中に観測されたヨウ素-131の最大値として、1kgあたり15,020Bq(ベクレル)を用います(ベクレルに関しては3月19日のツイートを参照 http://bit.ly/eHcLCP )。そのうち100gを摂取したとします。
1〜6歳:15,020×0.1×0.075 = 112.65,
7〜14歳:15,020×0.1×0.038 = 57.08,
15〜19歳:15,020×0.1×0.025 = 37.55,
大人:15,020×0.1×0.016 = 24.03
単位は(マイクロシーベルト)です

 1502Bqで112.65μSvだから、150200Bq(100倍)で11.265mSV。
 もう一つ別の計算。
放射線量と臨床症状(3)ヨウ素131入り水道水のベクレルからシーベルトに変換する - シェイブテイル日記

 青いセルに数値を入れます。例えば1000ベクレル/kgのヨウ素131が検出された水を0.1kg飲んだなら100ベクレルですから100と入れる、という具合です。すると、このヨウ素代謝されず、体内に50−70年残った、という想定での蓄積被曝量が2.2μSvといった具合です。 この2.2μSv、相当に小さいです。

 100Bqで2.2μSVだから、10万ベクレルだと、1000倍して2.2mSv
 …計算間違ってないですよね。
 竹。

1994年、ウクライナベラルーシの平均寿命が事故前と比べ、7年も短くなった事実を提示しながら、その原因を「精神的に悲嘆にくれ生きることへの気持ちが弱くなったからだ」と断定してるが、死亡原因は、多様と考えられる中、原因をこの理由にだけにできる根拠は?@team_nakagawa

 まあ素人的には酒とかストレスリスクはあるよね。ただ放射能は絶対にない
 以下のところ参照。
放射性物質汚染食品規制のリスク便益分析
 竹。

ロシア政府が2011年に出した報告書で、過剰な避難により、原発事故の影響が何倍も大きくなったとあるそうですが、避難により、健康障害が軽くすんだというケースもあるのではないですか?どのようにして、避難による影響について結論されましたか?@team_nakagawa

 ない。あるというなら竹野内さんがそういうケース探してみて。多かったか少なかったかも併せて。
 竹。

ロシア政府報告書で、精神的ストレスが、被ばくそのものよりも大きな損害をもたらしたことが明らかになったとありますが、精神的ストレスを定量化して、被ばくそのものよりも大きな損害が出たと断じるのは、科学的にほぼ不可能な作業ではないかと思いますがどうですか?@team_nakagawa

 論文っぽいものあるよ。
チェルノブイリのストレス影響
 これの「参考文献」とか目を通してみたらどうかな。
 竹。

10ミリシーベルトの被ばくによる平均寿命の短縮は4,5日とありますが、この数値の根拠となる計算式と説明をいただけますか?(110ページ)@team_nakagawa

 これで3回目。ほら。
放射性物質汚染食品規制のリスク便益分析
「表1: プレストンらのモデルに基づく10mSv被曝の損失余命と超過がん死亡率」、男女平均4.2or4.7日ですかね?
 竹。

飛行機事故を怖がっていると、かえって事故で死亡するリスクが高まることがあります、とありますが、とても非科学的な発想だと思いますが、いかがですか?(111ページ)@team_nakagawa

 事故リスクは変わらないけど死亡リスクは高くなるんじゃないかな? 安全に脱出できないとか。ただし根拠はそんなにない。
 竹。

年間5ミリシーベルト基準は政治的に厳格な基準にされてしまったと言いますが、5ミリシーベルトが厳格と言える根拠は何ですか。本当は国際基準の1ミリシーベルトを採用すべきではないのですか@team_nakagawa

平成二十三年三月十一日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法
 法律になってたら「厳格」って言えるんじゃないの?
 竹。

ロシア報告「この25年でリクビダートル(19万人強)のうち、原因はどうあれ死亡したのは4万人である。死亡原因で最大は、慢性虎血性心疾患(1763例)であり、重度のがん疾患では、気管支および肺の悪性腫瘍(485例)が最も多かった」心疾患と肺の悪性腫瘍と被ばくの関係をなぜ言及しない?

「慢性虎血性心疾患(1763例)」なんて病気、初めて聞いた。馬鹿かお前は(個人の感想です)。「慢性虚血性心疾患」だよね?
 ソースはこのあたり?
【GEPR】チェルノブイリ、ロシア政府最新報告書(2011年)の紹介―社会混乱への警戒が必要 : アゴラ - ライブドアブログ

この25年で、リクビダートル(19万人強)のうち原因はどうあれ死亡したのは4万人である。死亡原因で最大のものは慢性虚血性心疾患(1763例)であり、重度のがん疾患では、気管支よび肺の悪性腫瘍(485例)が最も多かった。また、リクビダートルの総死亡率は、ロシアの男性住民のそれを超えていない

 なんで「リクビダートルの総死亡率は、ロシアの男性住民のそれを超えていない」の部分のテキスト省いて紹介するの? ロシアの普通の男性住民のほうが、リクビダートルより死亡率高いってことじゃない?
 あと、暇なときこっちのテキストも読んでおいたほうがいい。
チェルノブイリ事故についての放射線の影響評価(要旨の日本語訳) : Global Energy Policy Research
 
 あとはまた明日にでもやります。