日本の政府開発援助(ODA)実績はまっとうか(「天声人語」から)

※本日は長いうえ英文も含めた引用も多いのでご留意ください。
朝日新聞天声人語2003年11月28日づけ
http://www.asahi.com/paper/column20031128.html


 中国・西安のはるか北西の小さな村に住む13歳の少女の話である。名前を馬燕(マーイェン)という。ふだんは町の小学校に寄宿舎から通っている。朝食は抜き、お昼は茶わん1杯のご飯ですます。おかずの野菜を買う余裕はない。夜は小さな蒸しパン1個である。

 あるとき、ボールペンがなくなって彼女は大騒ぎをした。「どんなにお腹がすこうが、倹約し」1年間の小遣いをつぎこんで買ったのだった。それには「どれほどつらい思いに耐えたことか!」と日記に記した。

 働き通しで疲れ果てている母を見て「だからこそ、一生懸命勉強しなければならないのだ。母さんと同じような人生を送らないために」と彼女は思う。しかしあるとき、母から「もう学校へ行かなくてもいい」と言われた。貧困は切実だった。彼女は「母さん、私は勉強したい」と手紙で訴えた。

 これが現地にいたフランス人ジャーナリストの目にとまり、仏紙に彼女の日記とともに掲載されたのが昨年のことだ。反響は大きく、馬燕さんらを支援する活動が始まった。『私は勉強したい』(幻冬舎)にはその日記や経過が収められている。

 先進諸国は、途上国の基礎教育援助にどれだけ実績を上げているか。先日、非政府組織「教育のためのグローバルキャンペーン(GCE)」が各国首脳にあてた成績表の形で発表した。日本は100点満点の32点で、22カ国中15位だった。小泉首相あての通知表には「純一郎くんは、全科目通じて成績不振でした」

 GCEによると、小学校にも行けない子どもが世界に1億人以上いるという。

↓GCE(Global Campaign for Education)の公式サイトはこちら
http://www.campaignforeducation.org/
↓「途上国の基礎教育援助にどれだけ実績を上げているか」のレポートはこちら(pdf)
http://www.campaignforeducation.org/_html/2003-news/11-rc-rept/musttryharder_en.pdf
これの評価基準は以下の5つです。

Meeting the internationally recognised aid target(国際的に合意された援助目標額の達成度)
Providing a fair share of the funding required to achieve education for all(平等な教育の実現に必要な、適正な分担の供出)
Focusing on the poorest countries(最貧国への援助の優先度)
Putting poor people before narrow self-interest by untying aid(ひも付きでない援助割合)
Demonstrating commitment to a global solution for funding basic education for all(援助に占める基礎教育分野の優先度)
日本に対する評価は、これの17ページ目にあります。

Junichiro has performed poorly in all subjects.Though he has now made a contribution to the Education for All Fast Track Initiative,it is still far from Japan ’s fair share.Japan ’s aid level is less than a third of the internationally recognised target and is being cut further.Sadly,not enough is devoted to basic education,and too little goes to the poorest countries.Japan selfishly continues to spend more on scholarships for mostly well-off graduates to study in Japan,and neglects its duty to helping those children missing a basic education.Junichiro has recently committed to doing more to aid basic education -I hope for improvements soon.
これでまず気になったのは「it is still far from Japan ’s fair share」という部分です。
↓2002年におけるDAC諸国の政府開発援助(ODA)実績
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/siryo/siryo_2/2002_dac.html
「DAC諸国」というのは、「開発援助委員会(Development Assistance Committee)」の意で、現在のメンバーは「現在の加盟メンバーは、OECD加盟国(30ヶ国)中のアイスランド、トルコ、メキシコ、チェコハンガリーポーランド、韓国及びスロバキアを除く22各国と、欧州委員会の合計23メンバー」だそうです。
↓以下のところを参照のこと
http://www.meti.go.jp/policy/trade_policy/oecd/html/dac.html
で、「ODA実績」の「対GNI比」が17位というのが、そのまま「Meeting the internationally recognised aid target」の評価になっているわけですが、このデータに基づく評価は正当か、というのを今日の話のネタの一つにします。今日は、「データのみかた」という話になりそうです。
↓さて、もう一度以下の表をご覧ください
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/siryo/siryo_2/2002_dac.html
日本の「対GNI比」がODA「9,220百万ドル」で「0.23%」というところから、日本のGNI(「国民総所得」の意です。この意味はまぁ、googleで検索してみてください)は9220/0.0023で、約「4008696百万ドル」ということが分かります。そこで、22か国上で一番評価が高いデンマークの「0.96%」なみの援助を日本がしてみるとすると、「38483百万ドル」になり、現在のアメリカの援助額(12,900百万ドル)の約3倍、シェアにして67.6%、ODA総額の2/3になってしまいます。
要するに、「Meeting the internationally recognised aid target」で日本が1位になったら、それは何か間違った援助のしかたである、ということになります。
しかしそれでは不公平なので、
1・各国のGNIを出す
2・その「0.96%」はどのくらいになるか(正当な拠出額)を計算する
3・「正当な拠出額」と比較した場合、現在拠出している額は「シェア的」に(←ここ重要)まっとうかどうか、を計算する
という作業をやってみます。これは表計算ソフトがあったら、とても簡単にできます。

 

 

GNI

GNIの0.96%

正しいシェア

実際のシェア



1

米国

10750000

103200

43.02527735

22.60%

0.525272616

2

日本

4008695.652

38483.47826

16.04420858

16.20%

1.009710134

3

ドイツ

1984814.815

19054.22222

7.943926316

9.40%

1.183293956

4

フランス

1439444.444

13818.66667

5.761162461

9.10%

1.579542334

5

英国

1583000

15196.8

6.335722237

8.30%

1.310032178

6

オランダ

411829.2683

3953.560976

1.648285441

5.90%

3.579477106

7

イタリア

1156500

11102.4

4.628719373

4.10%

0.885774157

8

カナダ

718928.5714

6901.714286

2.877404761

3.50%

1.216373882

9

スウェーデン

237027.027

2275.459459

0.948665449

3.10%

3.267748397

10

ノールウェー

192584.2697

1848.808989

0.770789918

3.00%

3.892111107

11

デンマーク

170000

1632

0.680399735

2.90%

4.262200368

12

スペイン

643200

6174.72

2.574312409

2.80%

1.087669076

13

ベルギー

252619.0476

2425.142857

1.011070194

1.90%

1.879196925

14

オーストラリア

384800

3694.08

1.540104812

1.70%

1.103820978

15

スイス

291562.5

2799

1.166935575

1.60%

1.37111254

16

オーストリア

206521.7391

1982.608696

0.826572568

0.80%

0.967852105

17

フィンランド

133142.8571

1278.171429

0.532884498

0.80%

1.501263412

18

アイルランド

96829.26829

929.5609756

0.387544756

0.70%

1.806242994

19

ギリシャ

134090.9091

1287.272727

0.536678935

0.50%

0.93165572

20

ポルトガル

117500

1128

0.470276287

0.50%

1.063204787

21

ルクセンブルグ

18333.33333

176

0.073376442

0.30%

4.088505682

22

ニュージーランド

53913.04348

517.5652174

0.215778944

0.20%

0.926874496
この「正しいシェア」「実際のシェア」に関しては、実は拠出額がGNIの何パーセントになろうと、各国のGNIに変化がない限りは変わりません。トータル金額が増えるだけです。この試算では現在の拠出額の約4倍になります。
ご覧になればお分かりの通り、実は「GNIを元にした拠出額」は、全体の拠出額の中における割合(シェア)としては、日本がもっともまっとうな数字で、評価として考えるのなら、アメリカが不当に少なく、少ないことを「不可」の基準にするなら、ダントツの不可(F-)でしょう。ただ、こういうものを評価するなら、国力以上に拠出している国も本当は「不可」とするべきなんじゃないかな、と俺は思います(出していること自体は、本来は悪いことではないんですが…)。実際の拠出額はともかく、本来出さなければならない額の半分しか出していない国と、その4倍以上の額を出している国とを比べた場合は、むしろ後者のほうが異常(評価としては低く評価する)、という判断も可能だと思います。
しかしこの件について調べていたら、さらに驚くべきことが!

Focusing on the poorest countries(最貧国への援助の優先度)とは何か

朝日新聞天声人語2003年11月28日づけ
http://www.asahi.com/paper/column20031128.html
このテキストでは、「中国・西安のはるか北西の小さな村に住む13歳の少女」の教育環境問題を例に挙げて、日本(小泉総理)の「教育のためのグローバルキャンペーン(GCE)」における援助の低評価を問題にしています(ように少なくとも俺には思えるし、天声人語を読まれたかたも思われたと思います)。
↓その評価が載っているレポート(pdfファイルの17ページ目)に、日本の評価(採点)が掲載されています
http://www.campaignforeducation.org/_html/2003-news/11-rc-rept/musttryharder_en.pdf


Meeting the internationally recognised aid target E17th
Providing a fair share of the funding required to achieve education for all F 18th
Focusing on the poorest countries E 15th
Putting poor people before narrow self-interest by untying aid B 9th
Demonstrating commitment to a global solution for funding basic education for all D 8th
これの「Meeting the internationally recognised aid target」における評価は不当である、というのは前項で述べました(俺評価では「A+」です)が、もう一つ気になるのは、「Focusing on the poorest countries」という項目です。これに関する評価基準は、レポートの33-34ページに書いてあります。

If Education For All is to be funded effectively, it is crucial that the bulk of basic education aid should be given to the poorest countries ‐ as they are most dependent on financial support and face the most difficulties in meeting the international education targets.It is still important that aid is provided to ‘non poor’countries ‐ e.g. to education programmes in poor areas of Brazil, despite the country’s classification as an Upper Middle Income Country. However, too many rich countries are determining which countries should receive aid for reasons other than poverty reduction ‐ such as cultural, economic, political or military links. This is hampering progress towards Education For All. We are disappointed that only six out of 22 rich countries really do focus theiraid on the poorest.
で、34ページの表をご覧になると「% of aid to total education Grade Position Country to LDCs/LICs」と書かれていると思います。要するに「LDCs/LICs」に対する援助割合が多いほど、その評価(採点)は上になる、ということです。
「LDCs」というのは「Least Developed Countries(低開発国)」、「LICs」は「Low Income Countries(低収入国)」の略で、それについては同レポートの40ページに、以下のように書かれています。

LICs (Low Income Countries) are those with a GNI per capita of $745 or less in 2001. There are 64 of which 49 are LDCs (Least Developed Countries), suffering from additional severe problems of low living standards and economic insecurity.
↓さて、中国の1人当たり所得(GNI/人)ですが、それについては以下のサイトでは、以下のような記述があります。
http://homepage1.nifty.com/ptolemy/nations/asia/china.htm

1人当たり所得(GNI/人)   890米ドル(2001)
また、UNCTADによりLDCsだと認知されている49の国は、たとえば以下のサイトで分かります。
↓LEAST DEVELOPED COUNTRIES AT A GLANCE
http://www.unctad.org/Templates/webflyer.asp?docid=2929&intItemID=1634&lang=1
要するに、中国は「教育のためのグローバルキャンペーン(GCE)」基準では「the poorest countries」ではありません。
要するに、「中国・西安のはるか北西の小さな村に住む13歳の少女」のような人への援助を増やしても、「最貧国への援助の優先度」に対するGCEの評価(採点)は上昇しません。
要するに、天声人語の2003年11月28日の記述における前半の「中国の少女」の話と、後半の「GCEの日本の援助評価」とは何の関係もありません(俺は、少女の教育における問題は、中国の国内問題、あるいは彼女の家庭の問題だと思います)。
びっくりしましたか? 少なくとも俺はびっくりしました。
1・中国に、貧しい少女がいる
2・日本の「途上国の基礎教育援助」は充分ではない
という2つの情報があって、それを一つのコラムの中で提供していることから読者に類推して欲しい結論は、
3・もっと中国に援助をしなければならない
だということは、天声人語の中の人(小池民男氏)的には自明でしょうが、まず、そもそも「2」が曖昧であること、さらに「2」が事実だとしても、それを改善するには「3」は無関係だということです。
これほどとんでもない「読み手に間違った、あるいは不十分な情報提供をおこない、読者を誤誘導させる」という記事に出会ったのは、さすがの天声人語でもひさびさなので、少し長くなってしまいました。
なお、GCEのレポートをまとめたかたのお名前は、レポートの44ページに「Anne Jellema」と表記されており、その名前で検索すると、たとえば以下のようなテキストが見つかります。
↓Need of the day: Education for all
http://www.learningchannel.org/article/view/60007/1/

Koki, whose story will be highlighted by Global Campaign for Education (GCE) activists around the world this week, is an ordinary African girl. In fact, more than fifty years after education was recognised as a fundamental human right, it is an outrage just exactly how ordinary her story is. Like children everywhere, Koki has dreams for her future; dreams of becoming a doctor, a teacher, or a shop-owner. But education is not free in Koki's country. Parents have to pay registration and annual tuition fee, buy books and uniforms and also pay for the repair and upkeep of the school building. They must contribute to the water and electricity funds, and the Parent-Teachers Association fund. Often, parents even have to buy desks for their children.

Koki's mother is poor and cannot afford such costs. Despite the fact that the world's governments have repeatedly promised to provide "education for all", Koki is one of 125 million children around the world who do not go to school. Instead, she begs on the street. Most likely, she will grow up to be one of nearly 900 million illiterate adults.

ここで語られている「Koki」というアフリカの少女に起こったことが本当かどうかは不明ですが、GCEのレポートとその作成者の意志を尊重するなら、中国の少女の話よりもむしろこちらについて天声人語の人は語ったりするべきなのではないかな、と思いました。

追記:
本日のテキストは、2ちゃんねる・マスコミ板の以下のスレッドに掲載されているテキストをだいぶ参考にしました。「文責・名無しさん」の多数のかたに感謝します。
↓☆朝夕の娯楽★天声人語素粒子アタック25★☆
http://society.2ch.net/test/read.cgi/mass/1068806494/