日本のロケット開発の失敗・成功例と現状から、日本のアニメについて考える。

 2006年7月27日の新聞にこのような記事がありました。
「M5」ロケット運用終了、新たに低コスト型開発へ : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 宇宙航空研究開発機構は26日、科学研究用の人工衛星の打ち上げに使ってきた3段式固体燃料ロケット「M5」の運用を、9月23日に打ち上げ予定の7号機で終了し、新たに低コストの小型ロケットの開発に着手することを決めた。
 同日開かれた文部科学省の宇宙開発委員会(井口雅一委員長)に報告し、了承された。
 旧宇宙科学研究所が開発したM5ロケットは、1997年以来、小惑星探査機「はやぶさ」や火星探査機「のぞみ」などを計6回打ち上げた。気象観測などの実用衛星を打ち上げる大型のH2Aロケットに対し、科学研究用の主力ロケットと位置づけられてきた。
 しかし、打ち上げコストが1機約80億円と高いうえ、最近の小型科学研究衛星に対しては、その能力を持て余しぎみだった。
 新しい小型ロケットは、M5とH2Aのそれぞれ一部を継ぎ合わせた固体燃料使用の2段式とし、1機25億円程度での打ち上げを目指す。打ち上げ能力は半分程度に下げる。まず、来年度予算の概算要求に1億円程度を盛り込み、2010年度の初号機打ち上げを目指す。

(2006年7月26日20時6分 読売新聞)

 ちょっとさびしいニュースではありますが、あまり悲観的になりすぎるのもどうか、という感じではあります。
 引き続き、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』から考えることの話をします。
『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』松浦晋也日経BP社)
 今日は日本の、あまり成功したとは言えない大型地球観測衛星「みどり」「みどり2」の失敗の原因について、です。
 失敗の原因については、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』の著者である松浦晋也さんがこのようなテキストを公開していますが、
「みどり2」機能喪失の背景に存在する硬直した体質とアメリカの圧力(- nikkeibp.jp - 過去記事)

(前略)
「みどり」および「みどり2」の開発過程を追うと、重大事故につながる可能性を持つ2つの要素が浮上する。一度始めたことを路線変更できなかった旧宇宙開発事業団(NASDA)の体質、そして1989年の日米通商交渉、通称「スーパー301」の日米合意に起因する、技術優先ではなく政治的配慮によるメーカー選定である。
(後略)

 ロケット開発にアメリカ様の圧力を受けなくてもすむ中国様がうらやましい、とかそういう話もあるんですが、もう今日はただでも引用多くなりそうなので話をはしょると、「日経BPの過去記事」にあまり書かれてなくて『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』に書いてあることに、「2年単位で異動することを前提とした霞ヶ関的人事ローテーション」のNASDAという組織への組み込み、それと「一つのプロジェクトが肥大化・長期化することによって、現場技術者が育ちにくくなってしまった」という問題点の指摘があります。p71(太字は引用者=ぼくによるものです)

 さらには、「みどり」や「みどり2」のように肥大化した衛星計画が技術者の育成をさらに圧迫するという現象も発生した。NASDA初期の衛星は開発に5年をかけていた。衛星開発に5年間一貫して携われば、衛星の開発から打ち上げ、運用までを経験することができたのである。しかし、巨大化した「みどり」は開発開始から打ち上げまで7年かかった。開発途中にH・IIロケット8号機の事故があり、打ち上げが遅れた「みどり2」では開発開始から打ち上げまで9年かかっている。開発に入る前には数年をかけて衛星コンセプトの検討を行っているので、両衛星の実現にはそれぞれ10年以上の時間がかかっているのだ。
 一人の技術者が現役で活動できる期間を30年としよう。5年単位でプロジェクトが回っているならば、最初の5年で実施訓練を受けて、現役をリタイアするまでに5サイクルの開発に参加することができる。これが10年単位になってしまうと、最初の10年が訓練機会となってしまい、第一線で活躍できるのは2サイクルの開発だけということになってしまう。
 人間は繰り返しによって学習し、達人となることができる。衛星計画の巨大化は、参加する技術者がベテランへと成熟する可能性をも狭めてしまったのだ。

 「M5」ロケットに代わる、NASDAの新しい小型ロケットは、「2010年度の初号機打ち上げを目指す」ということなので、目標4年ですか。技術者の育成に役立ちそうです。
 さらに、こんなテキストも。p85-89

ロケットノート4 「みどり2」は止まった、「マイクロラブサット」は今も宇宙を飛ぶ
 
 2002年12月の「みどり2」打ち上げでは、同時に巨大衛星へのアンチテーゼというべき衛星も打ち上げられていた。重量54㎏の「マイクロラブサット」だ。
 この衛星はメーカーとの契約で製造されたのではなく、筑波宇宙センターのNASDA技術者が中心になって設計し、製造した。衛星の目的は3つ、まず短期間の設計、製造、試験、打ち上げによる人材の育成だ。次に、従来あまり考慮されなかった小型の衛星に必要な技術を開発すること。最後に、安価な民生用電子部品を利用した低コストな衛星開発へのチャレンジだ。
 1990年代初頭から、世界的に肥大する一方の衛星計画に対抗する動きが目立つようになっていた。イギリスのサレー大学が小回りのきく小型衛星開発で躍進し、アメリカでもオービタル・サイエンス社が小型衛星を低コストで打ち上げられる航空機発射型のロケット「ペガサス」の運用を開始するなど、小型衛星への期待が高まっていたのである。NASDA内部でも一部の技術者らが、肥大化する衛星計画に対してこのままでは次世代を担う人材が育たなくなるという危機感を持ち、「小型の衛星を自前で開発しよう」と主張し始めたのだった。
 最後の目的の、「安価な民生用電子部品を利用した低コストな衛星開発」は、少々説明が必要だろう。高額でひとたび宇宙に出ると修理が困難な宇宙機には極めて高い信頼性が要求される。このため宇宙用部品は民生品と同じ性能であっても「宇宙でも使える」と試験を行って保証してあるだけで価格が民生用同等品の100倍以上に跳ね上がる。この価格差は、「様々な試験で信頼性が保証されている」ということが理由で、電気的な性能は同一だ。
 信頼性の確認には膨大な試験が必要で、時間がかかる。このため試験を行っているうちに進歩の早い半導体部品などはすっかり時代遅れになってしまう。ところが信頼性第一なので、新しい技術の入った部品を使うよりも、たとえ単価が高くとも確認ができている古い部品を使うということが当たり前になる。
 「みどり」「みどり2」のような大型衛星には巨額の予算が投入される。このため「万が一にも失敗があってはならない」と信頼性を確認した高価な宇宙用部品を使用する。ところが性能で考えると、秋葉原で安く買える部品よりも遥かに劣るものを使うということでもある。
 ならば、安く小さく、野心的な設計の衛星を作って打ち上げ、実地で試験をすればいいではないかという考えが生まれてくるわけだ。
 とはいえ、「小型の衛星を素早く作ろう」という主張がNASDA内部で浸透するには、かなりの時間がかかった。マイクロラブサットのコンセプトがNASDA社内で提案されたのは1995年だった。マイクロラブサットの開発が始まったのは1998年なので、アイデアが合意を得られるまでに3年もかかっている。
 しかしその後の進展はNASDAにしては早かった。2002年打ち上げなので、開発には5年が掛かっているが、間でH・II8号機の事故があり、また開発メンバーが一時H・IIA1号機に搭載した性能確認ペイロードの開発にかり出されたりしたので、実質は3年ほどで衛星を仕上げている。衛星開発費は4億円。うち、2億円をかけて筑波宇宙センター内に小型衛星の製造と試験のための設備を設置し、残る2億円で衛星を製造した。
 マイクロラブサットは完全に成功した。民生部品で組んだ搭載コンピュータは、放射線が飛び交う宇宙環境に耐えて正常な結果を出力し続けたし、同じく民生用の受光素子を使ったデジタルカメラは、非常に鮮明な画像を送信してきた。搭載実験装置はすべて正常に動作して結果を出した。
 寿命3年で設計された「みどり2」が打ち上げ後10か月で機能喪失してしまったのに対して、寿命3か月で設計されたマイクロラブサットは、2003年10月の大規模な太陽フレアにも耐えて生き延びた。2003年12月14日には打ち上げ後1周年を迎え、なお正常に動作し続けている。

 長々と引用しましたが、何が言いたいのかというと、「スタジオジブリはテレビアニメをローコストで引き受けて、原画作成レベル以上のことができる若手をもっと真剣に鍛えたらどうか」みたいなことです。スポンサーもハウス食品や読売新聞とかじゃなくて、バンダイとエイベックス、あるいはサミーみたいなので、魔法少女か巨大ロボットアニメでひとつ。まぁ宮崎駿さんはやりたがらないだろうなぁ。アニメ制作会社の「オトナの事情」にもくわしくないので、そこらへんの事実誤認があったらすみません。
 しかし、細田守監督の『時をかける少女』は、実はA〜Dパート各20〜30分という基本「TVアニメ枠」×4本の長さで作られているわけで、また映画全盛期の時代に助監督・監督への道が比較的今と比べて容易だったのは、ローコストで短めの映画をプログラム・ピクチャー的に、有名監督の大作の合間に製作・発表する場があったからでしょう。今でも映画の現場では、たとえば金子修介初期にTVアニメ『うる星やつら』のシナリオを書いたり、一年で3本もローコスト映画を作ったりしていた、とか、ローコスト映画製作の経験のある監督がほとんどなんじゃないでしょうか。アメリカで有名なのは「よくあの映画をたった240億円で作れた」と評判の『タイタニック』の監督、ジェームズ・キャメロンですか。
 「失敗してもたいしたことはない」環境で、フォーミュラ・パターンなものの作りかたを勉強する場がある、ということは、人材育成の裾野を広げる意味があるので、実際には「人材育成」なんてことは言うほどには簡単ではないんでしょうが、「才能(センス)のある人間に、商業的価値のある作品を作るコツを教える」という点では、ものすごく意味があるわけですね。特に「ローコスト」というのも重要かもしれません。
 話が少し逸れますが、今までは、クリエイターがローコストでものを作ることができたのは、小説とマンガだけだったんですね。それがPCの進歩で動画(アニメ)も可能になってきています。面白いものを見つけるのは以前より難しくなっているかもしれませんが、面白いものを作りたいと思っている人にはなかなかいい環境になっているんじゃないでしょうか。ただ、「映像」というのは、小説以上に「模倣と引用」(いい意味でのパクリ)技術が必要なので、三十代後半からが勝負ということになりますか。ロケット技術者(エンジニア)もそんなイメージがあります。
なぜ宮崎駿は若手を育成できないのか|STORY−BUSINESS 2.0
 
(追記)
M-Vロケットに関しては、松浦さんはどちらかというと「かなり根本部分で問題がある」ということで悲観的・否定的、だったのでした(どうもすみません)。くわしくは以下のテキストをご覧ください。
低コスト化で岐路に立つM-Vロケット(1)表面化する日本のロケット開発力の衰退
低コスト化で岐路に立つM-Vロケット(2)失敗が生かされない設計の裏に旧組織からの確執
低コスト化で岐路に立つM-Vロケット(3)問題の根本は情報収集衛星による予算不足
低コスト化で岐路に立つM-Vロケット(4)顧客である衛星のために欠点補う改良を
こういう感じなのです。
松浦晋也のL/D: 「時をかける少女」を観る(コメント欄)

新ロケットに対する私の評価は、非常に厳しいです。「技術者育成にしか役立たない」と考えています。

「悲観的」というよりもっと厳しい言葉を使ったほうがいいのかな。