『ゲド戦記』原作者の言葉から『のだめカンタービレ』TVドラマ化騒動のことその他を少し思い出した

これは以下の日記の続きです。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060817/gensaku
 
アニメの『ゲド戦記』を見たル=グィン氏(原作者)のエピソード。
「ゲド戦記」監督日誌 - 番外編5 ル=グウィンさんの言葉

彼女(引用者注:ル=グィン氏)は短く答えてくれました。
「It is not my book.
It is your film.
It is a good film.」
と。

これだけでは、少しほめられているのかけなされているのかはよく分かりませんね。
 
で、割と最近読んだテキストを思い出した。
のだめカンタービレ』のTVドラマ化企画が最初に流れたときの話。
識是伽諦メモ 「のだめ」、フジの月9で上野樹里主演でドラマ化。

2005年11月付
(中略)
白紙撤回されたそのマンガとは、人気作品『のだめカンタービレ』(講談社)。監督には、『メゾン・ド・ヒミコ』『タッチ』などの話題作で注目の映画監督・犬童一心が決定しており、さらに来春以降には、同キャストで映画化されることも決まっていたという。
「ところが、クランクイン直前にTBS側がドタキャン、TBSから出演予定だった各タレントの所属事務所へお詫び状が届き、さらにTBSの局長が、各事務所へ直々に謝罪に訪れたとか」(スポーツ紙記者)
脚本までできあがり、あとは撮影に入るだけというところでの白紙撤回とは、尋常ではない。いったい、どんなトラブルがあったというのか。
(中略)
ある番組制作会社のADは、こう語る。
最大の原因は、『のだめ〜』のプロデューサーだった石丸彰彦那須田淳の両氏が、関係各所からの要求に対し、いい顔だけ見せていたことなんです。 プロデューサーの仕事というのは結局、関係者の要求を聞いてそれぞれに話を通し、落としどころを見つけておくこと。ところが今回、石丸、那須田の両氏は、ジャニーズ側の要求にいい返事ばかりし、『のだめ〜』を発行する講談社や原作者の二ノ宮氏にきっちり話を通してなかったようなんです」

(太字は引用者=ぼく)
のだめカンタービレ』の最初の企画がポシャった理由は不明ですが(「ある番組制作会社のAD」が語った、という伝聞情報が真実である、とは限りません)、『ゲド戦記』に限らず、プロデューサーによる「原作者」と「映像化担当者(監督)」との調整・調整力というのは、裏の目に見えない部分として重要なんじゃないか、と思いました。
 
少しマイナーなネタとしては、こんなのも。
PCゲーム『処女(おとめ)はお姉さま(ボク)に恋してる』、いわゆる『おとボク』アニメ化に関する話。
皇帝φ機構-Emperor System Zero-:誰がためのアニメ〜アニメとギャルゲとエロゲーと
皇帝φ機構-Emperor System Zero-:誰もが振り上げた拳のおろす場所を探している〜おとボクアニメ化騒動まとめ
他にも、以下のところからいろいろ見てみてください。
おとボク アニメ - Google 検索
 
で、映像化に関して原作者が言うことについてぼくが好きなのは、鈴木輝一郎、という作家のこんなテキスト。
もう10年も前の奴なんだけど、未だに覚えてるというのはよほど印象的だったんですね、我ながら。
小説家と映像化(稿料格安締切厳守)(『月刊ぎふ』より転載)(96年10月号)

(前略)
普通は映画やテレビの制作会社か、フリーのプロデューサーが連絡をしてきます。企画を立ててから通るまで相当の困難を伴うらしく『せんみつ』(千の企画で三しか通らない、の意味)が常識だそうな。
だいたいの問い合わせの内容としては、まず他社から引き合いがあるかどうか、それから映像化の許諾をもらえるかどうか、許諾にあたって条件はあるか、といったところですか。問い合わせの方法はほぼ完全に電話。
「映像化にあたって、条件が二つあります。まず第一に、絶対にタイトルを変更しないこと
と伝えると、余程気むずかしい奴だと思うのか、受話器の向こうが緊張します。
「はい」
「第二。タイトルさえ変えなければ、いくら内容をいじっても構いません
そう続けると、大抵電話の向こうでウケます。小説と映像は別のものなので、映像としての面白さを最優先させろ、という意味なんですけどね。ここいらあたりは小説技法的な話になって来るので、別の機会に。
(後略)

(太字は引用者=ぼく)
 
(追記)
こんなのも。
フエタロさんの日記です。 - 原作バスターは宮崎家のお家芸?

結論。
勝てば官軍(笑)。

やれやれ。
 
(2006年8月16日記述)