「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か・その2

これは以下の日記の続きです。
愛・蔵太の少し調べて書く日記 - 「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か
 
コメント欄というのは開放しとくといいことがあるもので、整理してこちらに載せてみます。
愛・蔵太の少し調べて書く日記 - 「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か(コメント欄)

# じーぐ 『
Wikipedia虫プロの項には、当時のアニメータはとんでもなく高給取りだったと真逆の事が書いてありますね。
これが本当ならすごい話です。どこでどう情報が曲がったのかあるいは見方が違うのか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%AB%E3%83%97%E3%83%AD

なお現在と異なり、当時のアニメーターの給与はとんでもなく高く(航空会社パイロット並)、高卒で5年働けば家が建つ唯一の職場と呼ばれていた。(某商業高校では、60年代にそのようなキャッチコピーの求人案内が貼られていた。)


# lovelovedog 『当時のことを知っている、いろいろな人たちの話を聞きたいですね。虫プロ東映動画とでは違ってたりするだろうし』
# あずま 『東映動画側から挙がっている具体的な言及なら、「大塚康生インタビュー」(実業之日本社)の第7章にあります。

僕らの給料じゃ社員食堂でしか食えなかった、というのが正確です(笑)。
学歴や経歴で初任給を決めるわけですよ。で、僕は中学卒だから、月給6000円くらい。同じころ入った東京芸大出の同年輩の人が1万円で、僕はその半分強。
で、虫プロができて、ダダダーッとみんな東映から抜けていくと、会社は不安のあまり「契約になってほしい」と言ってきたわけです。
入社して10年たっていたから、6000円の月給が3万2000円くらいにはなっていたんですが、契約になると、いっぺんに6万円ぐらいはいく。そのかわりボーナスは出ない。それでも他の人とのバランスを取るために、ボーナス時期には、また何やかやいっては出してくれましたけどね。』

# lovelovedog 『ちょっと当時の金銭感覚がわからないんですが、中規模の町工場の工員ぐらいの感じなのかな』
# あずま 『

僕は中学卒だから、月給6000円くらい。/東京芸大出の同年輩の人が1万円
大塚康生東映動画に入社した昭和31年頃の国家公務員の初任給は9000円程度。
入社して10年たっていたから、6000円の月給が3万2000円くらいにはなっていた
契約になると、いっぺんに6万円ぐらい

虫プロが創設された昭和36年頃の国家公務員の初任給が1万4000円程度。
想像してたより高給ですね…。薄給の証明のつもりで引用したんですが(苦笑)』
# あずま 『同じく大塚康生の著作「作画汗まみれ」(徳間書店)の第5章によれば

アニメーターの部門は、宮崎駿さんたちの1963(昭38)年4月採用組を最後に社員採用は中止され、以後はすべて動画を何枚描いていくらという契約採用に切りかえられ、並行して「ユニットプロ・システム」といって、外注プロの育成にも力が注がれるようになっていきました。

…という事で、雇用形態の変化に注目すべきなんでしょうか。上で挙げた「契約になると、いっぺんに6万円」はトップアニメーター大塚康生ならではの特殊例という事で。』
# lovelovedog 『いまだと40〜50万円ぐらいの感覚でしょうかね、「3万2000円の給料」というと。契約になると、一気に100万円。これは充分に食える以上のことができそうです。今でもトップアニメーターならそのくらい(あるいはそれ以上)という人はいないのかな』
# 55 『あれ?鉄人28号作ったTCJ、今のエイケンダンピング競争しかけて、相場を大暴落させたってのは、都市伝説?』
# とおりすがり 『つまりウン十年間の間、賃金よりも物価上昇の方がずっと上だったので、今や薄利もいいとこになったということでは。もしそうならば、「営業努力」で無理矢理コストダウンさせられるシステム開発の現場と状況は同じですね。
ちなみにタミヤ模型でも面白い話があって、
1、最初金型屋は「プラモデル」などという怪しげな製品を真面目に扱う気がなかった。タミヤ模型としては金型屋の言い値で受ける他なかった。
2、次第にプラモデルの市場が育ってきても、最初の時(戦艦武蔵だったかな?)の価格が基準となり、そのまま高止まりした。金型屋にとってプラモデルは美味しい商売になった。
3、納期が守られないことも少なくなかった。クリスマスシーズン用の製品がクリスマスに間に合わないと、損失もバカにならない。この状況を打破するため、金型のコストダウンと品質向上のために、タミヤ模型は金型の内製を始めようとした。
4、待遇が余り良くなかった現場の金型職人をヘッドハンティング。いきなり内製は無理なので、金型のメンテを始めた。その後も投資を続け、最新の機械を導入するなど技術革新に努めた。
というような話があったそうです。(「田宮模型の仕事」参照。)』
# 通りすがりN 『私が聞いたのはアニメの制作費が安いのは手塚治虫が日本で初めて
リミッテッド・アニメーションを取り入れたからだという説です。
作業効率を考えてか記事にある理由か、
導入した理由はわかりませんが、結果的に
フルアニメ=1秒24枚
リミテッド=1秒12枚(程度)
この枚数の差がアニメをよく知らない日本のスポンサーに
『アニメってそんなに予算なくても作れるでしょ』
『これくらいの枚数(予算)で出来るように工夫して描いてよ』
みたいな考えが広まったとか広まらなかったとか…。』
# あずま 『宮崎駿「出発点」(徳間書店)の『手塚治虫に「神の手」をみた時、ぼくは彼と訣別した』(初出:「Comic Box」1989年5月号)の中では

>昭和三十八年に彼は、一本五十万円という安価で日本初のテレビアニメ「鉄腕アトム」を始めました。その前例のおかげで、以来アニメの製作費が常に低いという弊害が生まれました。

…という言及がありますね。東映動画側の大塚康生宮崎駿だけでなく虫プロ側の人間による言及も参照しないとフェアじゃないんでしょうが、とりあえず。
虫プロ側の人間の著作となると、山本暎一虫プロ興亡記」(新潮社)などに、その辺りへの言及がありそうですが、残念ながら僕は未読です。』
# あずま 『あ…愛・蔵太さんが引用した岡田斗司夫の文章の中に宮崎駿発言は含まれていたんですね。失礼しました。』
# あずま 『虫プロが行なったのは「製作費のダンピング」と「引き抜きのためにアニメーターを厚遇」という事になるんでしょうかね。アニメの制作費が安いのは「手塚治虫のせいだけど、アニメーターの給料が安いのは「手塚治虫がきっかけ」といった感じになるんでしょうか。虫プロによる安価でのTVアニメ制作の影響を受けて、東映動画は固定給から出来高制に移行したようですから、無関係とは言い辛いかなぁ、と。
その辺りの流れは此処(↓)に詳しいです。
http://nekosuki.exblog.jp/1029694/
# lovelovedog 『いろいろ参考になるコメント、どうもありがとうございます。都市伝説を都市伝説の形で流すのは、それはそれでいいんですが、できたら「あずま」さんみたいにurlを示すとか、参考図書を示すとかしていただけるとさらにありがたいのでした』
# 松虫 『手塚治虫がアシスタントに背景しか描かせなかったというのはおそらく何かの勘違いでしょう。井上智なんかはかなり任されてるはずです。
たとえば『マグマ大使』も後半はほとんどアシスタントが描いていたため、手塚治虫名義では単行本になっていません。この話は講談社手塚治虫全集『マグマ大使』のあとがきに手塚治虫自身が書いています。』
# krpyn 『モンキー・パンチの2000年秋のインタビューが参考になるのではないでしょうか? まったくの新人というのこともあるのでしょうが、虫プロが就職をためらうほどの薄給であったことは確かなようです。
http://web.archive.org/web/20010424091422/http://www.canon.co.jp/cdcc/interview/monpun/02.html』 (
# あずま 『モンキー・パンチは曖昧な記憶による発言や、その場その場での発言が多い人なのでちょっと注意が必要かも…?』
# なごやんhttp://japino.blog45.fc2.com/blog-entry-36.html
手塚氏の制作費のダンピングに関しては、こんな話もありますね。
うろ覚えなんですが、この連載中で元虫プロのアニメーターか誰かが「給料は言い値で払われた」みたいな記述もあったので、必ずしも制作費が安かったから薄給だったという事ではないようです。』
# ttm 『 例えば、日本で始めてCD-ROMを使用し、本格的に声優を使ったゲームを作ったハドソン(天外魔境)では、ゲームにおける声優の相場がまったくなかったので、一番高いギャラを払わされ、ハドソン側も知識が無く「声優とはこのぐらいかかるもの」と認識され、以後声優業界では「ゲームの声優起用は金になる」となったそうで(今は声優起用が当たり前になり相場も安くなりましたがそれでも同じ収録時間で考えるとアニメよりかなり割高です)
 手塚はクリエイターとしては天才ですが、会社を2度潰すなど経営者としては失格の方ですから。海千山千のテレビ業界の人間にはよい餌だったのだと思います。もっとも放映権を全てテレビ局に握られている現在では、どんなに良いアニメを作ろうとスポンサー料のほとんどが局に流れてしまう現状は変わらないでしょうね。スタジオIGやジブリのように自社で版権を持つ会社は数少ないですし。』

(太字は引用者=ぼく)
一応、urlが貼られている関連テキストを掲載しておきます。
虫プロダクション(これは前にも引用したけど、もう一度引用)

なお現在と異なり、当時のアニメーターの給与はとんでもなく高く(航空会社パイロット並)、高卒で5年働けば家が建つ唯一の職場と呼ばれていた。(某商業高校では、60年代にそのようなキャッチコピーの求人案内が貼られていた。)

「誰がつくるの日本のアニメ」イベントレポ

*手塚治虫が初のテレビアニメを制作で参入。1話の制作費は本人も安いと認める、55万円。
*アトムのヒットで、テレビアニメ増加。しかし安い制作費と不安定な受注競争で、倒産する会社も。
*東映動画はこの危機を乗り切るため、契約者制度を導入。希望退職やロックアウト、組合員の首切り、下請け合理化政策を行う。つまり、作画・美術・仕上・撮影・音響など、職種ごとに下請けを作る。その結果、フリーの労働者が増え、賃金も安くなる。

どうも「50〜55万円」という制作費は、高いか安いか、で意見もあったりするみたいです。
(モンキー・パンチのインタビュー

それで面接があって、その何日か後にね、通知が来たんですよ。ただね、給料がものすごく安かったですね。いくらぐらいだったのかな? とにかく、その時出版社でアルバイトやってましたけど、それのだいたい半分ぐらいの給料だったんで、「これじゃちょっと生活できないな」っていうことで、行かなかったんですよ。

間夫妻応援日記 中日新聞『アニメ大国の肖像』

手塚さんが「アトム」の制作を安く引き受けたさせられたと
思われていますが、これも違う。手塚さんは
「(一本につき)五十万で売って。それ以上高くしないでください。
 それなら他でつくれないでしょ」
と言ったのです。
テレビアニメを独占するつもりだったのかどうか。
萬年社は「安すぎる」と、手塚さんに内緒で百五十万円を虫プロに払っていました。
(中略)
実際は制作費がいくらなんて、どうでもよかった。
ロイヤルティーが日銭で何百万円と入ってきたんですから。

これは「秘話」に属するようなネタですね。
こんなのもありました。
アニメの歴史 - Wikipedia

この『鉄腕アトム』に対して、フジテレビから放映権料の名目で虫プロダクションに提供されたのは、資料によりまちまちであるが、50万円から75万円だったとされている。そして実際に制作にかかった経費は150万円から260万円だったとの説がある。尚、低い制作費というのはアニメ作品として低いという意味であって、テレビ番組の予算としては決して低くはなかった。当時の30分番組の製作費の相場は1分1万円であり、当初はフジテレビも30万円を提示したという。

なんかいろいろまとめにくいんですが、
1・手塚治虫が「鉄腕アトム」を毎週50万円で作っていた、というのはどうだろう(萬年社からプラス100万円もらっていたっぽい)。
2・その「毎週50万円」でも、当時のテレビの一般的な制作費としては安いほうではなかった。とはいえそれをさらにダンピングする会社も出てきたりした。
3・キャラクターの商品化権で関係者が莫大な利益を得ることができ、逆にそれによって「アニメの制作費(を高くすること)」に対する考慮があまり進まなかった。
4・アニメーターの給料は歩合制・出来高制という能力給になった。
あと、
5・当時の関係者とか現場の人というのは、いろいろな条件が違っていたり、記憶違いなどもあるみたいなので、その発言を全面的に信用しすぎるのは危険
というのが、1960年代半ばから1970年代はじめぐらいの、混沌とした日本アニメ黎明期の状況じゃないかと思いました。
「アニメは確かに、アニメとして制作する額としては高いものではなかったが、他の番組はもっと安い制作費だった」とか、「商品化権を含むキャラクター・ビジネスがけっこう儲かった」というのが面白いことでありました。
今どき、「○○パン」とか「○○ソーセージ」「○○チョコ」と言った、子供を対象にした食品関係でのキャラ・セールスをやっているのは、ドラえもんポケモン、あと、ケロロとかコナンぐらいかな。まぁ、1年以上安定して放映して、キャラの知名度がそれなりにあるようなものでないと難しいようです(アンゴル・モアのモアモア・ティーは、アキバ限定で売ってもいいかと思った)。「カリカリモフモフなメロンパン!」ってセールスしても、アキバ系以外の人には何がなにやら。
要するに、ビジネスモデルとしての「キャラ・グッズ」「商品化権セールス」は、ほとんど成功していないわけで、それを限定フィギュアとかDVDが補完してる、というのがアニメ・セールスの現状でしょうか。
ちょっと今日はここまでにしておきます。
 

(追記)
いろいろ意見が出たし、下のコメント欄も面白いものが多いのですが(どうもありがとうございます)、とりあえずこの話は一段落させておきます。また個人的にあれこれ調べてみたくなったら調べたい、ということで。
googleのこれにリンクしておけば、あとはもういいだろう。
アニメ 制作費 手塚 - Google 検索
 
これは以下の日記に続きます。
「アニメの制作費が安いのは手塚治虫のせい」というのは本当か・その3(補足)