町山智浩氏と唐沢俊一氏は何がきっかけで仲が悪くなったのか考えてみたよ

(見出しのタグとかつけ間違えた)
 以下のテキストと、その前のテキストを読んで、
漫棚通信ブログ版: これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇
 これに関してはぼくは「当事者の一方の意見・証言」しかネットでは見ることができないので発言は難しい(盗作・パクリ問題は問題として)のですが、関連テキストとしてこんなのを読みまして、
伊藤剛のトカトントニズム - 唐沢俊一による文章”盗用”疑惑事件、最悪の展開に。
ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記 - 泥棒が被害者を「俺が盗んだことをバラしたら訴えるぞ」と脅す

物書きが食っていくのはたしかに大変だけど、そこまでして本を出したいかねえ。
唐沢は何かを創造したり、自分の思想があるわけではなく、
レアなネタを集めることだけがセールスポイントだ。
それは別に悪くはない。
でも、他人がせっかく集めたネタを、他人の切り口と文章で紹介するなら、もう何もないじゃないか。
とにかく金が欲しいだけだと思われてもしかたがないよなあ。

 伊藤剛さんは過去の因縁があるので分かるんですが、町山智浩さんはなんで唐沢俊一さんに関して言及してみたか調べてみたくなりました。
 とりあえず、見つかったテキストとしてはこんなのとか。
唐沢俊一ホームページ :: 日記 :: 2003年 :: 02月 :: 27日(木曜日)

 もうひとつ、今週号の『TVブロス』で、映画ライターの持永昌也が前号でポランスキーの『戦場のピアニスト』のユダヤ人の描き方を、
この時絶滅させておけばよかった。戦場では生き残った者だけが勝者となる。死んだら負け。そんなユダヤ思想が良く分かるアンチ・ヒューマニズムな究極の恩知らず映画。胸に迫るのは、むしろドイツ将校の無念さだよ。かくして奴らは、ハリウッドはもちろんのこと、現在の世界経済までをも掌握したのであった。ナチよりもユダヤ人の方が極悪とオレは信じる」
 と書いたことに対し、同じ雑誌にコラムを連載している町山智浩氏が、烈火の如く怒って、その論のトンデモ性と、ユダヤをそのように貶しながらユダヤ系が多くをしめるハリウッド映画の批評で商売をしている二律背反性をあばき、それでも飽き足らなかったか、
ついでに君の立派な意見を広めるために英語に訳して各映画会社と外国人記者クラブサイモン・ウィーゼンタール・センターに送って、インターネットにもUPしといてやったぜ。感謝しろよ
 と書いている、ということがメールにあった。この件については、私も昨晩、待ち合わせの前に入った書店でブロスを立ち読みし、驚いていたところ。自分が書いている雑誌を消滅させる危険を冒してまでこういう行動を起こす、というあたりに、町山氏の怒りの度合いが見てとれるだろう。
 私は今回の町山氏の怒りはまったく正当なものと思う。それは、持永昌也(この人物は別に差別論者であるわけではなく、暴論と辛口の区別がつかず、映画をケナしさえすればうるさ型と思ってもらえるとカン違いしているだけだと思うのだが)の愚かさの上にまさに落ちてしかるべき鉄槌であろう。だが、この最後の脅し行為に関してだけは、いただけないと思うものである。持永一人にその行為の報いがふりかかるのは自業自得として、これが本当に問題となり、世間も騒ぎたて、この原稿を掲載した編集責任が問われるということになり(なにしろ今、イスラエルは非常にピリピリしている状態なのである)、かの『マルコ・ポーロ』と同じく雑誌自体の消滅とでもいうことになったとすれば、持永の今回の原稿にはまったく関わり合いをもたぬ、ブロス関係者(デザイナー、編プロ、契約編集者、ライター、イラストレーター、出なくなった号にインタビュー等が掲載されるはずだった新人タレントたち等々)に、自分たちには何の責任もないのに大きな損害を与えることになる。自分も連載している雑誌なのだから、リスクは対等……という言い訳は通るまい。
 週刊(隔週)誌仕事というのは、若いライターたちにとっては喉から手が出るほど欲しいものである。ブロスほどの大きな媒体で書く、ということでやっと、この業界での足がかりを得た者もいるだろう。編プロなどが関わっているとするならば、そこの社員たちにはかなり大きなウェイトをしめる仕事だろう。テレビ各局にとっても、春の新番組シーズンを控え、雑誌に大きく特集してもらうことで、視聴率への期待が高まっているところがあるだろう。それらが、一人のバカの所行をある人物が正義感から天下に知らしめた、という一事で全てパーとなったら。セ・ラ・ヴィ(それが世の中さ)で諦められるほど全ての人に余裕があるわけではない。この出版不況の中、次の仕事先を探すのがいかに難しいことか。いやしくも一誌の編集長まで務めたことがある町山氏に、それがわからないわけはないだろう。
 われわれフリーのモノカキは、自分の知識と人格と文章の才能を世に問うて勝負している商売である。おのれの愚かさ、おのれの品格の低さ、おのれの才能のなさが原因でどう責められようと、それは甘受しなければならない。そういう覚悟を持たない奴は最初からモノカキなどになってはいけない。しかし、他人のそばづえで、突如自分の仕事がなくなるのは、若い人にとり、あまりに過酷すぎる。私も、十五年前、文章書きとして一人立ちし、結婚もして、やっと生活も安定したと思った矢先に、収入のほとんどを占めていた週刊誌連載が雑誌ごと消滅したときには、一瞬目の前が暗くなったのを覚えている。あの頃、あの雑誌(ちなみに『パンチザウルス』というやつだ)で一緒に仕事をしていたマンガ家やライターで、あれ以来、とんと名前を見なくなった人が大勢いる。私もあのとき前途を悲観して職業換えをしていたら、今、ここでこんな日記も書いていられないだろう。今回の件で、ブロスほどの受け皿が消滅すれば、二度とこの業界に帰って来られない人が大勢出ると思う。町山氏のあの最後の脅しは、単なる彼一流のジョークであってほしい。そう、切実に願う。彼の行動の根本が正義であればなおのことである。悪意は滅多に人を破滅させない。人を破滅させるのは正義である。ブッシュもビンラディンも、共に自らの正義のために、無辜の民 を無数に殺した(殺そうとしている)のである。

 これに関しては、映画ライターの持永昌也氏のテキストと、映画『戦場のピアニスト』を見て(実は未見だったのでした、すみません)、町山智浩氏のTVブロス掲載のテキストを読んでみないと何とも言えないのですが、2ちゃんねる系の情報だとこんな感じ。
【ユダヤ】ウェイン町山vs持永昌也【論争】

10 名前: ウェー、ハッハッハッハ 1 投稿日: 03/02/26 21:22 ID:6Hp/NyPU

持永昌也氏「戦場のピアニスト」の映画評に異議アリ!
 TVブロスに連載された持永昌也氏なる人物の「戦場のピアニス
ト」の評に驚いた。
「この時絶滅させておけばよかった。戦場では生き残った者だけが
勝者となる。死んだら負け。そんなユダヤ思想が良く分かるアンチ
ヒューマニズムな究極の恩知らず映画。胸に迫るのは、むしろド
イツ将校の無念さだよ。かくして奴らは、ハリウッドはもちろんの
こと、現在の世界経済までをも掌握したのであった。ナチよりもユ
ダヤ人の方が極悪とオレは信じる」。
 この文章の問題は三点。まず映画ライターとして致命的なことに
映画の内容がわかっていない。これはユダヤ人虐殺という過酷な状
況が人間性を阻害する悲劇を描いている。「生き残るためには何で
もしろ」という主張ではない。
 次に一般常識がない。ユダヤがハリウッド経済と現在の世界経済
「掌握」している? ゾッキ本仕入れたユダヤ陰謀説の受け売り
だろうが、たしかにハリウッドはユダヤ系によって創立されたが、
'70年代にすべての映画会社は大資本の手に落ち、ユダヤ系はプロデ
ュースなどに従事するようになった。たとえば現在、ユニヴァーサ
ルはフランス、フォックスはイギリス、それにコロムビアは日本が
所有している。さらにハリウッドのユダヤ系は反イスラエルであり
アメリカ最大のイスラエル支援勢力はキリスト教原理主義者だ)、
国際的ユダヤの協調などあろうはずもない。

11 名前: ウェー、ハッハッハッハ 2 投稿日: 03/02/26 21:35 id:G4ldiNlJ

またアメリカですら巨大資本はいまだにWASP支配下にあり、ユ
ダヤ系のCEOは圧倒的少数なのだから、世界資本をユダヤが「掌握」
など笑止千万。それにナチになるのを決めるのは本人だか、ユダヤ
に生まれるのは本人の責任ではない。ユダヤ人に限らず○○人という
だけで人を「善か悪か規定できない。」
 三つ目に人間としての卑劣さユダヤ人=「極悪」「絶滅すべし」
という持永がユダヤ系によって発展した映画でメシを食つているのは
どういうわけか? ユダヤ系のワーナーやミラマックスやドリームワ
ークスの映画をタダで観せてもらっていいのか? ユダヤは絶滅すれ
ばよかったというなら、フリッツ・ラングキューブリック、スピル
バーグ、ドン・シーゲルサミュエル・フラーフランケンハイマー
ポール・ニューマンも存在しなければよかったというのか? 「絶滅」
とは女子供も赤ん坊も殺すということ。それを是認する人間が他人を
「極悪」呼ばわりできるのか?

16 名前: ウェー、ハッハッハッハ 3 投稿日: 03/02/26 21:42 id:LLPbTNaS

 まあ「オレは信じる」と書いてるくらいだから、今後はハリソン・
フォード(ユダヤ系だが知ってたか?)等に会うときは隠さずに
ユダヤは極悪だから絶滅すべしの持永です」
と言うように。ついでに君の立派な意見を広めるために英語に訳して
各映画会社と外国人記者クラブ、サイモン・ウィーゼンタール・セン
ターに送って、インターネットにもUPしといてやったぜ、感謝しろ
よ。

まちやま・ともひろ●読者の皆さんはどう思いますか? TVブロス
編集部「持永のユダヤ絶滅」係までご意見おきかせください。

 まぁ実際に人間関係がこじれるのは、目に見えるとは限らない様々な理由があるので、これがきっかけなのかは不明なんですが、なかなか興味深いテキストが見つかったのは、ぼくにとっては得がたいものだったのでした。
 
(追記)
 以下の語で検索したら、
持永昌也 戦場のピアニスト - Google 検索
 こんなのがあったので追記。
酉の市の売れ残り:持永昌也vs町山智浩、終了

今回この件が多少話題になってしまったことの大元は山本弘が自分の掲示板で「休刊?」と冗談で書いたことでしょう。それを唐沢俊一が受けて「ブロスが休刊するとして一番迷惑なのは……」と書き始め、それを読んだ人が冗談や仮定の話から可能性の話にし始めたというか。俺ニュースBeltorchiccaがさしたるソースも出さないで休刊について書いていたあたり、結構愛されている雑誌なのだなあということだけがわかりました。町山智浩がSWCにメールを出していない、という大森望の証言がみつかった時点で休刊云々の可能性は早々に無くなっていたのですけれども。

狂乱西葛西日記2002年3月日〜3月日

夜は馬場の例会。ウェイン町山最新ニュースを聞く。なんだ、結局メールは出してないのか。あの男ならやりかねないと思わせる罠(笑)。

 ここらへんがまとめっぽい。
酉の市の売れ残り:持永vs町山
 
(追記その2)
今回の件に関する村瀬百郎氏の姿勢。
村崎百郎 ―大本営発狂 電波妄想戦記―(2007年7月12日)

すったもんだの第三者による検閲のあげく、遅れに送れた上に諸般の事情とやらで一部不掲載になった社会派対談の今月号が、ようやく明日あたり更新予定らしいが、そういう配慮のし過ぎとしか思えない、くだらねえ外圧に関して、個人的にだんだん腹が立ってきたので、ここに対談で削除されたオレの基本的な立場と態度を、社会正義とは全く無縁な「鬼畜言論人」として明確に表明しておく。サンプリング元を表示しないサンプリングは、どんな言い訳を言ってもパクリと判断されてしようがないし、今回の「某件」とやらは、誰が見ても120%全面的に唐沢俊一側に非があると思うし、全面的に謝罪するのが筋だろう。対談でもそのことをくどいくらいに明確に発言し、他の事件を語る時と同じように容赦なくクソミソに唐沢氏を非難した。なぜなら、オレはこれまで社会派対談で、自分たちの不祥事を隠して一切報道しないマスコミのズルさをさんざんバカにして批判してきたので、今回の件においても、そういう薄汚いクソどもと同じことをするくらいなら死んだほうがマシだと思っているからだ。それは唐沢氏も同じ気持ちだろう。オレは自分が事件や不祥事を起こしたら、遠慮なく唐沢氏にボロクソに言ってもらいたいし、唐沢氏なら遠慮なくボロクソに言ってくれるものと心の底から信じている。そういう訳で、オレは社会派対談では今後も「身内かばい」的な唐沢氏擁護など一切しないし、する気もないし、何より当の唐沢氏本人がそんなことは絶対に望まないだろう。そういう発言が○○社の○○○のお気にめさなかったのかどうかは、赤の他人事だし、オレの知ったこっちゃないが、オレは今後も、今まで以上に「ふざけきった現実的無立場」で自分の言いたいことを勝手に言い続けるつもりだから覚えとけ!もちろん、この件の発言で社会派対談が打ち切りになってもオレは一向にかまわねえよ。

 ふーむ…。