『Wの悲劇』

薬師丸ひろ子の(映画化時点での)表紙、エラリー・クイーンのパクリのようなタイトル(パクリというか、中身を見ればわかるんですが、オマージュですな)、ブックオフの100均台でも滅多に見ないような1980年代本、著者は夏樹静子というミステリーではカルトでも何でもない作家、という、読む気がどこをどう取っても起こりそうにないミステリーですが(ちなみにアマゾンではマーケットプレイス価格1円です)、メチャクチャ面白いミステリーでした。俺が今までに読んだミステリーは、○千冊ぐらいはあるんですが、その中でもまぁこれ、ベスト10に入れてもおかしくない、というか俺自身としてなんら恥じることはない。
富士山の裾野にある別荘で、富豪の実業家(爺さん)が殺される。その老人を大伯父とする女子大生が犯行を自供し、一族とその場に居合わせた関係者(女子大生の家庭教師を含む)は、彼女をかばうために外部の者の犯行である、という状況を偽装する。ところが、その状況証拠をひっくり返す手がかりを、何者かが警察側にもらし続ける。果たしてその目的は。また、老人殺害の真犯人・真相は存在するのか。
…という粗筋とか、面白いところのポイントとかは、あとがきで権田萬治氏とエラリー・クイーン氏のお二人が丁寧に解説してるんで(角川文庫の場合)、あまりつけくわえることもないのですが、ラストにいたるまでの真相の二転三転ぶりは、残念なことにこの本の残りのページ数で「もうひとひねりあるな」とか想像できるのを除くと、微妙に読者の想像の斜め上をいく見事ぶりで、ちょっと文句のつけようがないです。
ラストシーンは、崖の上で真犯人が探偵役の人間にすべての真相を話したり、アクション・シーンが展開したり、と、これはもう二時間サスペンスのパターンの常道なわけですが(実際これ読むのに俺の場合は2時間もかかりませんでした)、遺産相続をめぐる法律上のトリックとか、誰が犯人であってもおかしくない一族の個々の犯行の動機づけとか(一見無関係なように見える、殺された老人の主治医である若い医師も、それにからんできます)、もうあらゆるところにミステリー的な、ギミックやハッタリではない(=密室とか連続殺人とかダイイングメッセージではない)納得できる仕掛けが張られていて、本格ファンでない人でも十分楽しめます。
作品そのものはエラリー・クイーンに捧げられてるんですが、そういう意味ではバーナビー・ロス名義の4作品ではなく、後期クイーン、特に「フォックス家」や「十日間」に通じるような、トリックよりも「動機」と「犯人」に力を入れた作品群に近いものを感じました。
物語の黄金時代、というか、今パクってもかなり成功するような物語の基本パターンは、日本の場合は1980年代で終わっているかな、とも思っている俺としては、これはもうネタに不自由しているクリエイターの多くの人たちに読んで欲しい一冊です。今の物語に飽きている俺としても、1970〜80年代というのは、今となってはあまり読まれない、すごい小説が山のように埋まってそうなので、掘り起こし時、という気がしてきました。
(新刊の在庫はどうもどの出版社にもなさそうなので、アマゾンその他のネット書店へのリンクは特に設けません、すみません。読みたくなった人は、古書店か図書館を利用してみてください)