徳富蘆花『不如帰』を読む

尾崎紅葉金色夜叉』と並ぶ新聞連載だったベストセラー小説ですね。悲しい恋愛小説で、万人が読んで感動します。
↓今だと「青空文庫」で読めます
http://www.aozora.gr.jp/cards/000280/card1706.html
山科の駅のすれ違いのシーン、パクりたくて仕方ない。病のために離縁させられた、傷心の浪子が、父と京都旅行に行ってて、軍務のために上方に向かう元の夫・武男と、上り・下りの電車で出会うわけですが、こんな感じ。


 山科(やましな)に着きて、東行の列車に乗りぬ。上等室は他に人もなく、浪子は開ける窓のそばに、父はかなたに坐(ざ)して新聞を広げつ。
 おりから煙を噴(は)き地をとどろかして、神戸(こうべ)行きの列車は東より来たり、まさに出(い)でんとするこなたの列車と相ならびたり。客車の戸を開閉(あけたて)する音、プラットフォームの砂利(じゃり)踏みにじりて駅夫の「山科、山科」と叫び過ぐる声かなたに聞こゆるとともに、汽笛鳴りてこなたの列車はおもむろに動き初めぬ。開ける窓の下(もと)に坐して、浪子はそぞろに移り行くあなたの列車をながめつ。あたかもかの中等室の前に来し時、窓に頬杖(ほおづえ)つきたる洋装の男と顔見合わしたり。
 「まッあなた!」
 「おッ浪さん!」
 こは武男なりき。
 車は過ぎんとす。狂せるごとく、浪子は窓の外にのび上がりて、手に持てるすみれ色のハンケチを投げつけつ。
 「おあぶのうございますよ、お嬢様」
 幾は驚きてしかと浪子の袂を握りぬ。
 新聞手に持ちたるまま中将も立ち上がりて窓の外を望みたり。
 列車は五間(けん)過(す)ぎ――十間過ぎぬ。落つばかりのび上がりて、ふりかえりたる浪子は、武男が狂えるごとくかのハンケチを振りて、何か呼べるを見つ。
 たちまちレールは山角(さんかく)をめぐりぬ。両窓のほか青葉の山あるのみ。後ろに聞こゆる帛(きぬ)を裂くごとき一声は、今しもかの列車が西に走れるならん。
 浪子は顔打ちおおいて、父の膝(ひざ)にうつむきたり。
日本文学屈指の名シーンだと思いますが、いかがでしょうか。なんか、法月綸太郎の鉄道ミステリーで、こんなのなかったっけ。ていうか、トラベル・ミステリーかよこの小説(のこの部分)は。