「ミシシッピの退役軍人に生まれた新生児の67%が劣化ウランのせいで奇形」というのは本当か

これは以下の日記の続きです。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20040127#p1
 
今日は調べるのが少し大変だったうえ、今後の「反・劣化ウラン弾」な人に影響を与えそうな気がするので、なるべく多くの人に読まれることを希望します。
まず、このテキストなど。
特集1 劣化ウラン兵器は国際法違反/米科学者ローレン・モレさんにきく

米政府がミシシッピー州で行なった湾岸戦争従軍兵251人の調査では、戦争後に生まれた赤ん坊のうち67%が、無脳症や、目や足や手や内臓がないなど深刻な奇形がありました。そして、精液の中に劣化ウランが入っているために、彼らの妻も内部被曝して、病気になりました。ひどい話です。

まぁ「精液で内部被曝」のネタは、ツッコみたい気分はとてもありますが、いちおう置いといて。
「衝撃と畏怖」:ペンタゴンの灼熱地獄戦争(ルーレン・モレ)

劣化ウランは胎児をだめにし、出生時欠損を引き起こしている。湾岸戦争後に生まれた赤ん坊にはおそろしい出生時欠損が出ており、目、脳、臓器、腕、足がない。ミシシッピ−の湾岸戦争退役軍人251家族を対象とした退役軍人局による研究において、戦争後に妊娠し生まれた子どもの67%が深刻だと評価される病気や障害を持っていた。出生時欠損をもって生まれたイラクの子ども達は、湾岸戦争帰還兵の子ども達と同じく、「砂嵐作戦の小さな犠牲者」なのだ。

いくらなんでも「67%」という数値は異常だし、劣化ウランによってこういう結果が出ているようなら、サリドマイドのように動物実験をやってもかなりの因果関係がはっきりしそうなものですが、どうやらこれが「自衛隊員にカニの手の子どもが」(→
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050621#p1)と同じような感じで、ネット内で噂の一人歩き状態になっている様子。
まず、その原点(噂の源)がどこにあるか、を調べます。
→「「衝撃と畏怖」:ペンタゴンの灼熱地獄戦争」←の中では引用元は以下の通りになってます。
1. Depleted Uranium: Metal of Dishonor International Action Center
また、以下のテキストでは、
IPSHU研究報告シリーズ(和文)一覧

ミシシッピー州で251の湾岸戦争帰還兵家族に対して行われた調査によれば、戦争後に妊娠して生まれた子どもうち、67%が重度の疾患にかかったり、目・耳がなかったり、血液感染症や呼吸障害、あるいは指が融合しているような状態であった(Dietz, p. 146-148)。

と、「Dietz, Leonard A. (1999), “DU Spread and Contamination of Gulf War Veterans and Others” in Catalinotto and Flounders (1999).」というテキストがネタ元のように記述してあります。
要約はこんなところなど。
DU Spread and Contamination of Gulf War Veterans and Others (excerpt)
で、それの元をたどると、このテキストにたどりつきます。
Gulf War Syndrome: Mal de Guerre LAURA FLANDERS / The Nation 7mar94

And now the effects of Gulf Syndrome ate carrying over to a new generation, Last December, Susie Spear, a health writer for the Clarion-Ledger in Jackson, Mississippi, reported that among her local unit of the National Guard severe birth defects had affected thirteen of fifteen babies conceived by veterans or their spouses since the end of the war. Since then, a Veterans Administration survey of 251 parents statewide has revealed that 67 percent of their children conceived since the war are afflicted with illnesses rated severe or have birth defects including missing eyes and ears, blood infections, respiratory problems and fused fingers.
(試訳)
そしていまや湾岸戦争症候群の影響は新しい世代にまで及んでいる。去年(1993年)の12月、ミシシッピ州ジャクソンの「Clarion-Ledger」紙で健康系の担当記者をしているスージー・スピアは以下のように述べている。彼女の地区にある陸軍病院では、湾岸戦争後、退役軍人あるいはその家族で、15人の子どものうち13人がひどい障害を持って生まれた。そこから、州内の251家族を復員軍人援護局が調査したところ、子どもの67%が重度の疾患にかかったり、目・耳がなかったり、血液感染症や呼吸障害、あるいは指が融合しているような状態であった。

ここまではついて来てこれてますよね? 要するに、
スージー・スピア→「Gulf War Syndrome: Mal de Guerre LAURA FLANDERS」→「Depleted Uranium: Metal of Dishonor」(翻訳名は『劣化ウラン弾湾岸戦争で何が行われたか』監修:新倉修、出版:日本評論社)→ローレン(ルーレン)・モレ→日本各地の市民団体
という感じでしょうか。
ところが、この「スージー・スピア」さんが、どこでそのようなことを述べたのか、復員軍人援護局の調査結果はどこを見ればいいのかわからない、というのが、実は前の日記で書いたことだったり。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20040127#p1
しかし求めれば情報は得られるもので(とは言っても以下の情報が正しいとは限りませんが)その俺の日記から1年半経って、実は元ネタだったローラ・フランダース(LAURA FLANDERS)さんが真相を明かしている、というテキストが見つかりました。
Weapons with Depleted Uranium: Public Risks and Perceptions
ここでは、フランダースさんの記述に疑問を持った人(Michael C. Sullivan)が、直接彼女に手紙を出して、その返事をもらっているようです。時期は2003年の4月。フランダースさんの返事は、こんな感じ。

The '94 article refers to a survey which was part of a study not completed and published by the VA until 1996.
My source is the Jackson Ledger reporter, somebody Spear, whom I quote in the piece; she'd been writing about the surveys starting a few months before and appeared on FAIR's radio show to talk about it (a detail that got cut in editing.)Statistics being what they are, the '96 report produced a quite different result from the early research. I haven't read it in its entireity (by this time I was not so closely on the case) but it's title is something like VA Finds NO LINK....to birth defects. [Private e-mail, 4/14/2003]
(試訳)
1994年の記事は1996年に退役軍人局から出版された調査の一部に言及したものです。私のソースはジャクスン・レジャーのレポーター、スピアか誰かの言ったことの断片的な引用です。彼女は調査が数か月前にはじまっていることと、FAIRのラジオ・ショーでそのことに触れられたということを書いていました(細部は編集で削られていました)。統計値は、1996年のレポートでは初期の調査とはまったく違った結果になりました。私はその全部を読んでいませんが(ちょっとその事件とは疎遠になっていたので)そのタイトルは「退役軍人局は出生時障害に…関係性を見出せない」みたいなものだったでしょうか。

I went to my campus library and in 30 minutes, with some help from a kind person at the Government Documents Desk, found a 1997 article in Gulf War Review [GWR] entitled Birth Defects Risk Not Increased. I asked Flanders if this was the study. She wrote back: That's the one! [Private e-mail, 4/15/2003] The study itself was published in the New England Journal of Medicine [NEJM]: In conclusion, this report provided substantial evidence that the children of Gulf War veterans do not have an increased risk of birth defects.
What can we conclude? Hearsay is valid news. This is why we should not try people in the press. It is also why we should not do science in the media either, and yet there is no science court to defer to. One just has to dig. I do not fault Flanders so much for reporting what she was hearing. But that so many others would repeat this story without checking up on the source is shear laziness.
(試訳)
大学図書館に行って30分ぐらいで私(注:Michael C. Sullivan)は、政府関係担当の人に助けてもらって、「Birth Defects Risk Not Increased」という記事のあるGulf War Reviewの1997年の記事を見つけました。私はこれがその研究か、とフランダースに尋ねました。返事はこうでした「それです!(2003年4月15日の個人メール)」。研究そのものはthe New England Journal of Medicineから出版されています。結論として、この調査は湾岸戦争の退役軍人の子どもたちには出産異常の増加が見られるということはない、という十分な証拠になりました。
要するに。噂がニュースとして通用するということ。これが新聞によって世間を見るべきではない理由です。そしてまたメディアで科学を知るべきでないこと、メディアは従うべき科学法廷でもないという理由でもあります。誰かが掘らなければならないのです私はフランダースが聞いたことについて、彼女に語らせるのにそれほど失敗しませんでした。しかしソースを確認することなしに、この物語を繰り返すだろうとてもたくさんの他の人は、少し怠け者でしょうか。私はフランダースが聞き込んだことを記事にしたのを咎めるつもりはありません。しかしこんなにも多くの人たちが情報源を確かめずにこの記事を復唱し続けたことは、これはもう怠慢というしかないでしょう。

うーむ…これって「百匹めの猿」みたいな話ですか(→http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20040421#p1)。この手紙とかやりとりが本当にあったことなのかどうかはともかく、公式にはこんなのが確かに発表されています。
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Penman, A.D et al. No Evidence of Increase in Birth Defects and Health Problems Among Children to Persian Gulf War Veterans in Mississippi. Military Medicine 1996; 161: 1-6. This is a study of children born to veterans from two Mississippi National Guard units which had deployed to the Gulf War. In 1993 a Jackson newspaper reported an apparent cluster of birth defects and other health problems among children of unit members. The state and the CDC launched this study in response to the media reports. 254 of the 282 veterans were contacted. 55 children had been conceived and born to 52 veterans after the deployment. Three different major birth defects and two different minor birth defects were found. Using U.S. rates for birth defects, one would expect to see one to four major birth defects and three to six minor birth defects among this group of children. The types of defects seen are not known to have any common links to genetic, chromosomal, or teratogenic causes. Four cases of low birth weight would be expected and five occurred. The average number of medical visits for respiratory infections and otitis media did not appear to be excessive. Limitations of the study are its small size, the lack of information about 28 unit members, and the uncertainties of applying U.S. rates to this group of veterans.
(試訳)
ペンマン博士他。ミシシッピ州湾岸戦争退役軍人の子どもたちに、出生時障害と健康問題の増加の証拠がないことについて。「陸軍医学」1996; 161: 1-6。
これは湾岸戦争に配属された2つの州兵部隊の退役軍人から生まれた子どもたちに関する研究である。1993年にジャクソンの新聞は、部隊員の子どもの中には、出生異常や健康の問題を持つ明らかな一群があると記述した。州と疾病対策予防センターは、メディアが書いたことに対抗する目的でこの研究を公開する。282人の退役軍人のうち254人と我々はコンタクトを取った。彼らの55人の子どもたちのうち52人は配属後にもうけられた。一般的な出生異常が3例と、特殊な出生異常が2例見られた。アメリカ国内の平均では、このくらいの集団では1〜4例の一般的な、3〜6例の特殊な出生異常が予測される。異常の型には、遺伝子、染色体異常、催奇性などとの一般的な関係は見られなかった。未熟児出生は4例が予測値で、5例が実際に生じた。28人に関する情報の欠落は少ないほうで、この退役軍人の集団に対する不明瞭部分はアメリカの平均値の想定範囲内である。

これはもう、本当に要約の要約ではありますが、とにかくちゃんと探せば、アメリカ政府の公式な調査データがどこかにあり、それは「ミシシッピで戦争後に生まれた退役軍人の赤ん坊のうち67%が障害を持った子ども」というようなデータではないようです。
もちろん、この政府の調査を否定したり、調査そのものから「この数値は異常としか言いようがない」と判断したり、「政府は何かを隠している」というような陰謀論を語ったりするのは、これは反・劣化ウラン弾の人の姿勢としてはアリなので、俺のほうでは「そんなのバカらしいからやめておけ」という気はありませんが(言ってもどうせ聞かないでしょうし)、2003年の春以降も、ローラ・フランダースの記述を根拠に「ミシシッピ州ではこんな恐ろしいことが」みたいなことを書いたり言ったりしている人や団体は、俺視点では「掘りかたが少し足りない人」という気がしてしまうのです。
ということで、もし俺の日記を読んでいる反・劣化ウラン弾の団体の人がもしいましたら、「ローラ・フランダースの記述をもとにしたこのテキストは、米軍の調査によって否定されている」と、ぜひ一言「事実」を書き添えておいてくれるとありがたいです。そのあとに「とはいえ、米軍の調査をそのまま信用することはできない」みたいな、「主観の提示」はいくらつけてもかまわないですから。
もう一つの俺的結論。
劣化ウラン弾核兵器」と言っているらしい(→http://www.bund.org/opinion/20040615-2.htm)ローレン・モレさんは信用できない、というもう一つの例がこれ、ということになりました。発言の信用レベル的には、ジャミーラ・高橋さんレベル?(→http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20041023#p1←ここからいろいろ)