旧ユーゴにある「住民の3分の1が悪性腫瘍だという町」とはいったいどこなのか
ということで、以下のテレビを見たわけですが、
→テレメンタリー
「埋もれた警鐘」〜旧ユーゴ劣化ウラン弾被災地をゆく〜(2005年8月8日放送)
湾岸戦争から使われている劣化ウラン弾。核の廃棄物を利用した放射性物質でありながら「通常兵器」として使われている。
1995年、1999年に劣化ウラン弾が使用された旧ユーゴスラビアを取材した。劣化ウラン弾が埋まったままになった場所、撤去しても行き場のない汚染物質、住民の3分の1が悪性腫瘍だという町・・・
被災地取材を通して見えてくる劣化ウラン弾の見えない恐怖。
今回はさらにWHOに研究の発表を隠蔽されたと告発した元WHO研究者も取材。劣化ウラン弾の危険に迫った。
(制作:広島ホームテレビ)
思ったよりも「劣化ウラン弾のせいでこんなひどいことが」的視点は少なく(まぁ、時節がら「核」とのからみで語られる部分は多かったですが、「元WHO研究者」の証言以外にも、ちゃんとWHO側の証言も放映して両論併記的にしたり、効果音(音楽)もそんなに恐ろしげなのによる印象操作もなくて(少しはありました)、別に普通でした。製作者側の意図がこの程度入ってくるのは、仕方ないかな、という感じです。広島のテレビ局だし。
で、俺が確認したかったのは、「住民の3分の1が悪性腫瘍だという町」とはいったいどこなのか、ということなのですが、結局よくわかりませんでした。
多分元ネタは以前NHKで放映されたという『イラク 劣化ウラン弾被害調査−ドイツ人医師13年の足跡−』(原題「医師と放射能に汚染されたイラクの子どもたち」)だと思うんですが、
→NHK BS世界のドキュメンタリー 2005/01/04「イラク 劣化ウラン弾被害調査−ドイツ人医師13年の足跡−」について
番組はイラクだけでなく、アメリカとイギリスが1995年に劣化ウラン弾を使用したボスニア・ヘルツェゴビナ紛争も取り上げます。サラエボの西、セルビア軍の工場があったハジッチは、NATO軍の爆撃にさらされました。今でもこの村では、放射線が検出されます。スラヴコ・ズドラーレ医師は「私たちは紛争後、この地域の白血病の発症率を調べました。すると、紛争の前よりも遙かに発症率が上昇していることが分かったのです。特定の血液疾患で見ると、紛争の前と比べて5倍から6倍にも上げっているものもありました」と言います。ハジチが空爆された後、3500人の住民が、ボスニアのセルビア人地区、ブラトナスに移住しました。しかしこの時すでに、多くの住民が、健康を損なっていたと言われています。その後、5年間で、ハジチから移住した3500人の内、ほぼ3分の1に当たる1112人が、悪性の腫瘍が原因で死亡しました。
この番組そのものを見ていないので、俺には判断ができないです。
ただし、諸外国のこの番組に関する紹介文は、太字の部分は以下のようになっている様子。
→The Doctor , The Depleted Uranium and the Dying Children
This video offers a brief chronology of Dr. G?nther's life, from his early involvement in East Germany with Hitler's Youth Brigades and his participation in the resistance toward the end of WWII, to his many awards for humanitarian service. G?nther speculated that German industrial research from 1973-1996 by MBB, a corporation in Bavaria, on the development of uranium weapons may be one reason that his findings are not always well-received in Germany. G?nther was the victim of a hit and run accident while walking on a country road. German authorities fined him 3,000 DM for carrying a uranium bullet fragment from Iraq into Germany, even though the German government later claimed that use of these weapons in the Balkans posed no health threat to residents living in contaminated areas. Of 3500 resettled from a contaminated area there, 1112 have developed cancer.
(最後のところだけ試訳)
汚染された地域から再定住した3500人のうち、1112人に癌が発生した。
1・「ハジチ」から「ブラトナス」に定住した住民、とは一言も言っていない
2・「悪性の腫瘍が原因で死亡」とは一言も言っていない
3・「ブラトナス」は「住民の3分の1が悪性腫瘍だという町」ではない
と、いろいろ謎が多いテキストですが、『イラク 劣化ウラン弾被害調査−ドイツ人医師13年の足跡−』という番組の中では、日本語で紹介してあるような内容のことがあるかもしれないので、見ていない俺にはこれ以上の言及は難しいです。
もちろん、「1112人に癌が発生」というのも、数字としてはすごいものなので、かなり興味を持ちました。
ちなみに、「Hadzici(ハジチ、ハジチ、ハジッチ)」から「Bratunac(ブラトナツ、ブラトナス、ブラトゥナッツ)」に移住した難民の人については、ほぼ同時期に3人の日本人が現地の医師から状況を聞いたりしています。そのテキストを紹介しながら、疑問に思うところをチェックしてみます。
一人目は、ユーゴで取材コーディネーターをしている大塚真彦さんです。
→(旧)ユーゴだより・貧しきウラノスの子
ボスニア東部、セルビア人共和国に属する町ブラトゥナッツは和平後にハジッチに住んでいたセルビア人が大量に流入しました。同市診療所のヨヴァノヴィッチ前所長は、97年年間の延べ診療数が92000回で、人口22000の町としては多すぎることに気が付きました。「一人当たり年4回の診察を受けるというのは異常な数字です。そこで統計を取り始め、同時に教会などの記録から死亡者の数を調べました」。96年にはハジッチ難民の推定数4500、死亡36。97年3500、死亡41。98年上半期3000、死亡26。97年の死亡率は元々のブラトゥナッツ市民が6・1‰、ハジッチ以外の出身の難民が8・9‰なのに対し、ハジッチ難民の死亡率は11・71‰と突出していることが分かりました。
97年のハジッチ難民の死亡率は41÷3500×100=1.17%ですが。単なる計算ミスでしょうか。(追記:「%(パーセント)」と「‰(パーミル)」勘違いしてました。1.17%=11.7‰なので、計算ミスではなかったです)
ちなみに日本の場合。
→死亡率・致死率(致命率)・死亡割合について・・・横浜市衛生研究所
平成13(2001)年の日本における死亡率は、7.707(人口1000対)となります。
パーセンテージでいうと、0.77パーセント。「ブラトゥナッツ市民」「ハジッチ以外の出身の難民」の死亡率は、やはりひとケタ計算間違えているとすると、0.61%と0.89%になりますか。
しかしこの「死亡率」というのは、もともと高めの乳幼児や老人がどのくらいの率でいるか、によって微妙に違うし、難民の人たちの生活環境を考えると、そんなに高すぎるという気も、俺にはしないのですが。
あと、「一人当たり年4回の診察を受けるというのは異常な数字」ということですが、
→病院の外来患者延数,病院の種類×年次別(エクセルデータ)
年次 総数 精神病院 結核療養所 一般病院
15(2003) 606,399,536 17,247,975 1,430 589,150,131
日本の場合「一般病院」の「外来患者延数」で5億9千万件、一人当たり年5回ぐらいは診察を受けている、ということになりますが…これは「異常な数字」なんでしょうか。
大塚真彦さんのテキストの引用を続けます。
→(旧)ユーゴだより・貧しきウラノスの子
やはりハジッチ難民で昨年父親をガンで失ったラジオ・ブラトゥナッツのゼレノヴィッチ記者の報告は大変ショッキングでした。彼も統計を簡単に集められる立場にはないので、自分の見聞きした情報だけが頼りだとしていますが、ブラトゥナッツ在のハジッチ難民でガン・白血病で死亡した数は彼の知る限り98年に14人、99年8人、2000年に11人とのことです。
98〜2000年の平均だと、11人ですか。
前の引用テキストから。
→死亡率・致死率(致命率)・死亡割合について・・・横浜市衛生研究所
平成13(2001)年の日本におけるガンの死亡率は、238.8(人口10万対)となります。
人口1000人につき2.388人、ハジッチ難民の数である3000〜4000人計算だと7〜10人、ということになりますが…この数字は大変ショッキングでしょうか。
数字的に見ると、ハジッチ難民の人の死亡率は日本人より高めですが、人口構成比が不明のため正確なところはわからず(難民なため若干平均年齢は高めだとは思います)、ガン・白血病で死亡した人の割合は、日本人より少し多い程度(これも正確な数字がわからないので何とも言えない部分は多いですが)、ということで、特に「異常」とか「ショッキング」という形容詞をつけて語るほどのことはなさそうな気がします。ケタが違う、とか、数倍の差、とかだったら確かに「異常」と言えるかもしれませんが。
この大塚真彦さん、日本や世界の「死亡率」や「外来患者延数」についてはどの程度の知識があったり、調べたりしたのでしょうか。いささか印象操作が過ぎるように、俺には感じられました。
大塚真彦さんのテキスト引用はこれぐらいにして、もう一人の人、鎌仲ひとみさんのテキストを紹介します。
→確かにそこにある脅威
ハンブルクのウラン兵器会議が終わって同じく会議に出ていた森住卓さんとロンドンを経由してまずセルビアのベオグラードに入りました。本当はコソボに行くつもりでしたが、日程が非常に限られているので、急遽ボスニアを調査してみることにしました。道先案内をしてくれたのは現地に住んではや15年という大塚真彦氏。大塚氏は旧ユーゴ通信という名前でHPにこの地域のニュースを執筆しています。その中で彼は「悲しきウラヌスの子」というタイトルでボスニアの劣化ウラン弾について報告しています。そして彼のパートナーとして働くバーネ氏は非常に有能なネゴシエーターでした。この最強のコンビと一緒に最初に尋ねたのはボスニアとセルビアの国境に近いブラトナツという村です。ここの診療所の医師がある調査をしているというのです。
大塚真彦さんと並んで名前が出てきました森住卓さんのテキストも、あとで引用します。
引用を続けます。
→確かにそこにある脅威
スラヴイア・ヨバノビッチ医師は精力的な感じの女性ですが、尋ねた当日の朝、友人を事故で亡くしたということで、心持蒼ざめた顔でインタビューに応じてくれました。
このブラトナツ村には戦後、15000人近くの難民が移送されてきました。スラヴィア医師はその中で特に健康被害が多いグループがサラエボ近郊からやってきた難民だと気がついたのです。そしてただ鉛筆と紙だけで4500人のハジチ村出身者を対象に統計を取り始めました。するとサラエボ近郊のハジチ村出身者だけの死亡率がブラトナツの住民と比べて4倍も高くなっているという結果が出たのです。しかも、悪性腫瘍による疾患が多発していることもわかってきました。特に中年の男性に肺がんと消化器系のがんが多いのが特徴です。スラヴイア医師は原因がわからなければ質の高い治療をすることは無理だ、原因の究明が必要だが、そんな予算人手もないと言います。
大塚真彦さんのテキストでは、「6.1‰」と「11.7‰」なので、ハジチ(ハジッチ)難民の人の死亡率のほうが5分の1の低さなんですが…。まぁブラドナツ(ブラトゥナッツ)住民の人の死亡率も計算ミスとするなら、0.61%と1.17%なので、2倍の高さではあります(ここらへんも勘違い・誤読があったので訂正)。しかし、「15000人近くの難民」ということだと、もとのブラドナツ(ブラトゥナッツ)住民は7000人しかいなかったんでしょうか。住民の倍以上の難民が住むようになると、居住環境の悪化その他の理由で、死亡率はそれなりに増えても不思議ではないですが(特に難民側)。しかし大塚真彦さんのテキストの「2倍」を「4倍」とするような、何か具体的な根拠が鎌仲ひとみさんのほうにはあるのでしょうか。
最後に、森住卓さんのテキストです。
→バルカンシンドローム--NATOが使った劣化ウラン
ブラトナツは現在人口2万2千人のセルビア人の町。この町の診療所長ヨバノビッチさんは「年間延べ9万2千人の受診者があるなんておかしい」と最初に異常に気づいた一人だ。独自調査に乗り出したエルリッチさんは死亡率に注目した。「地元住民が6%。ハジッチ村からの移住者が11.7%と異様に高かった」という。
村のはずれの丘の上には墓地がある。内戦で亡くなった軍人の墓が並ぶ。その裏側にハジッチ出身者の墓がかたまってある。みな新しい墓ばかりだった。死因はわからないが、今年亡くなった人はすでに10人、まだ一ヶ月しか経っていないのに。
ユーゴスラビア軍事医学アカデミーのスタンコビッチ法医学部長は「空爆後5−6年の間にハジッチからの移住者の10%にあたる人が肺、膀胱、肝臓ガンなどで死亡した」と言っている。
このテキストは、大塚真彦さんのものと共通する部分が多いです。(追記:俺と同じく「%」と「‰」を間違えているような気が…)
ニュースのテキストとしてはこのようなものも。
→アメリカとイスラエルのための狂騒組曲「新世界秩序」第11楽章
劣化ウラン弾多数死亡か ボスニア・ヘルツェゴビナのハジチ
【ウィーン9日共同】1995年に北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆にさらされたボスニア・ヘルツェゴビナのハジチ村から脱出した村民約5000人のうち約400人がこれまでに、主にがんで死亡していたことが9日、明らかになった。専門家は空爆で使われた劣化ウラン弾が関係しているとみている。
ユーゴスラビアの独立系ベタ通信によると、ボスニア東部ブラトナツのヨバノビッチ保健センター長は9日、首都サラエボ近郊のハジチからブラトナツに逃れた難民のがん死亡率が異常に高く、劣化ウラン弾による放射能被ばくが原因だった可能性があると述べた。
大半がセルビア人住民だったハジチには旧ユーゴ軍の兵器工場があり、これを破壊するため劣化ウラン弾が大量に使用されたとみられる。(共同通信 2001/01/10)
「約5000人のうち約400人」というのは、5年間(1995〜2000年末)と考えると1.6%で、通常の倍ぐらいの感じですが、これは確かに多いです。ただ、その原因を単純に「劣化ウラン弾による放射能被ばく」のせいだ、とするには、難民の人たちのストレスを含む生活環境の影響がどの程度あるか、その他いろいろな統計が不明なので、「可能性がある」以上のことは言いにくいはずなのですが。
心身ストレスとしては、こんなのとか。
→新潟中越地震 避難生活ストレス蓄積 : 健康ライフ : 医療と介護 : YOMIURI ON-LINE (読売新聞)
阪神大震災では、6433人の犠牲者のうち、地震が引き金となって体調を崩し、亡くなった「震災関連死」は900人を超える。関連死の死因の約7割は、循環器疾患(心筋こうそく、脳こうそくなど)と呼吸器疾患(肺炎、ぜんそくの悪化など)とみられ、長引く避難所生活では、これらの疾患を未然に防ぐ対策が何より重要となる。
震災当時、淡路島の診療所にいた自治医科大学病院循環器センター(栃木県南河内町)医師の苅尾七臣(かりおかずおみ)さんの調査では、震源となった淡路島北部地域での60歳以上の脳卒中死亡者数は、地震発生から3か月間で前年同期の1・9倍、心筋こうそくなど心疾患の死亡者数は1・3倍にのぼった。
しかし、「汚染された地域から再定住した3500人のうち、1112人に癌が発生した」という事例については、もう少しくわしく知りたいと思いました。