ブックマーク・RSSから(2006/09/27)

あとでぼくのブックマークに入れたり入れなかったりするものの候補です。
ミラーサイトとのアクセスバランスがあまりよくないので、元ネタリンクしていただけるようなら以下のところにお願いします。
愛・蔵太の少し調べて書くblog(今のところ、あちらのほうをこちらより少し早く更新するようにしています)


女子リベ  安原宏美--編集者のブログ:注目判決の日の小さな事件


父 「おもろいのがな、昔は通学路は車にひかれたらいかんからって、住宅街やら田んぼのなかの車が通られへん細い道を通るように言われてたんやで。それが、今は公団とか市営住宅とかが廃墟化してたりするやんか、車の通らへん商店街とかな。シャッター商店街やから、まあうらさびしいわけや。そしたら、車びゅんびゅん通る幹線道路にせーやゆうねんな。車は減ってへんやろって、変やと思うんねんけど。どこ通れいうねんなー」
↑安原宏美さんの、スクールガードやっているというお父さんの話。安全ガード服着ている画像があります。

550 miles to the Future:■ポケットに名作を■


熱狂的『エヴァ』ファンだったメグロくんが「新作映画が決定したのに、意外にみんな大騒ぎしないんだね」と怪訝な顔をしていたけど、そういうお前も、やけに冷静じゃん、と。つまり、歴史的・記念碑的アニメをみんな求めなくなったのかも知れない。
↑紹介のためにフィギュアやアニメを消化する。雑食・生理だから量は多いほうがいい。でも名作は生まれない。

時代伝奇夢中道 主水血笑録:「剣法奥儀」 宝石箱のような名品集


世に剣豪小説家は数あれど、こと短編小説の切れ味については、五味康祐先生が、没後四半世紀を過ぎてなお、最高峰に位置するのではないかと時々思います。達人同士が己の命と矜恃をかけてぶつかり合う一瞬に向け、潮が満ちていくように静かに彼ら剣士の半生・境遇を描き、緊張が頂点に達したとき一気呵成にクライマックスを描ききる、その品格すら漂う業前には、読む度毎に唸らされます。本書も、そんな剣豪小説を集めた宝石箱のような短編集。
↑文春文庫で出ている五味康祐の剣豪小説短編集の紹介。

嘘くさいぞ、私は:大庭みな子「抱いて頂戴」


夕刊の文化欄を読んでいたら、大庭みな子とかいう人が小島信夫にどうしても抱かれたかったって『群像』の何十周年か忘れたけど記念号に書いてあるよって加藤テンヨウが書いていて、大庭みな子の写真も載っていた。
↑大庭みな子の恋愛小説。安部公房平野啓一郎も蒼ざめる美青年だったって言っても誰も信用しないだろうな。

HODGE’S PARROT:モサド、勧誘工作の手口


ビクター・オストロフスキー&クレア・ホイ著『モサド情報員の告白』(By way of deception、TBSブリタニカ)。イスラエルの情報機関モサド*1の元オフィサーが書いたノンフィクションで、1991年の発売当時、イスラエル当局がこの本の出版差止請求を起こし、それがいったん認められた後、出版社側の逆提訴によってニューヨーク州最高裁判所が先の判決が憲法違反に当たるとして逆転判決を下した経緯を持つ。その騒ぎもあって、その騒ぎゆえに、この本は(当然)ベストセラーになった。
TBSブリタニカモサド情報員の告白』の紹介。情報員の実態について、かなり知識が得られるようです。

楽観的に絶望する:たいこどんどん


舞台版の初演は1975年.小説の発表が1972年なので小説執筆当初から舞台バージョンの構想はあったのかもしれない.話の大枠は原作と変わらないが,主筋から外れたエピソードを省略することで展開にスピードを与える一方で,原作にないディテイルを付け加えて話を膨らませたり,原作にないエピソードを付け加えた部分もある.ミュージカル仕立てになっていて,原作では狂言回しの役柄の太鼓持ち桃八が舞台ではフィーチャーされていて,道楽息子の清之助はむしろ脇.桃八役は舞台に出ずっぱりで膨大な科白をしゃべり通しであるだけでなく,歌ったり踊ったり,様々な幇間芸を舞台上で披露しなくてはならない.
井上ひさしの中編『江戸の夕立ち』を舞台化した『たいこどんどん』を見た感想。

北村癇癪の脛:はじまりの物語


私がそうなったのは、ある一人の小説家のおかげである。確か小学校5年のころ、父の本棚にあった「陸奥爆沈」を手に取ったのがその作家との出会いであった。昭和18年に瀬戸内海で爆発沈没事故を起こした戦艦「陸奥」の事件を追っていくうち、筆者は日本海軍の歴史に潜む数々の軍艦の爆発事故と、そこに埋もれた人間模様を描き出していくのである。抑制され、飾り気のない重厚な文体。人間の生と死を見つめる冷静な視点。事実に迫るための途方もない労力。そのすべてが私をひきつけた。
吉村昭氏(「陸奥爆沈」)が最初の小説・小説家だったという追悼文。

北村癇癪の脛:NHKスペシャル「チャウシェスク政権の崩壊〜市民が撮った革命の7日間〜」


この番組は平成2年に放送されたものの再放送である。ブカレストでの政変を現場で撮影し続けた2人のカメラマンのテープを、ほぼそのまんま編集してつなげたものである。「あるがままに」というのが編集の方針だと言っていた。その割には、ナレーションで途中からチャウシェスク派のことを堂々と「テロリスト」と呼んでいたりして、ちょっとどうかと思ったが、民主化を求める人々の表情は印象的だった。並んで行進しながら自由と民主化を謳い、カメラにピースサインを向ける民衆や兵士たちの顔は誇りに満ち溢れている。
ゴルバチョフが世界にもたらした新しい革命に関するドキュメントの感想。

POP2*0(ポップにーてんぜろ) :クレーマーの行動パターンに関する悲喜こもごも。


これは余談だが、私がSNSがあまり好きではないのにも同じ理由がある。以前、友人からSNSに入らないかと招待された時に、こういうエピソードを披瀝してくれた。それまでその友人は、ある相手(著名な音楽評論家)のことを発言内容や仕事ぶりから嫌っていたのだが、たまたま同じSNSにその人物が参加しており、ミクシィのマイ・ミクに誘われたことがきっかけで、「実はいい人でさ」とコロっと評価が変わってしまったのだ。論理的に対立していたはずの相手と、直接の関係が生まれると繋がってしまうという安直さって何? これもすべて「自分を褒めてくれたら許す」っていう、自己愛から来るものなのか。そういう付和雷同ぶりが、日本人のウンザリする特質だと日頃から思っている私は、SNSがその増幅器になっているようなキモチワルサを感じてしまった。そこには、先のクレーマーの「誠実に対応してくれたから問題は帳消しにする」という行動と同質な、ただあるのは「自己愛のみ」という様が見て取れる。
↑DVDの欠陥とクレーマーに関する一般論。

rentoの日記:新内閣誕生


安部晋三自民党総裁が首相に指名されて組閣が行われた。新内閣の誕生のたびに、私は亡き母のことを思い出す。
↑自分で政治のことを考え、選挙に行った母の思い出について。