NHK――政治家への抵抗力を持て(朝日新聞)(2005年1月13日)

NHK――政治家への抵抗力を持て(朝日新聞社説)(2005年1月13日)(←アサヒ・コムより転載)

■NHK――政治家への抵抗力を持て

 自民党の有力政治家がNHKの幹部に放送前の番組について「偏った内容だ」などと指摘し変更を求めていた。4年前、旧日本軍の慰安婦問題を取り上げた番組に対してのことだ。

 ひとりは安倍晋三幹事長代理。当時は森内閣内閣官房副長官だった。政権中枢にいたが、「国会議員として言うべき意見を言った」と振り返る。もう一人はいま経済産業相をしている中川昭一氏である。

 この事実を内部告発したのは当時、番組制作にあたった現場責任者だ。内容を変えるよう指示があったのは両議員の意向を受けてのことだとして「放送内容への政治介入だ」と訴えている。

 国会はNHKの予算や決算を承認する。しかも政権を担う政治家だ。自らの影響力を知っているからこそ、放送前に注文をつけたのだろう。このような行為は憲法が禁止する検閲に通じかねない。

 もし、このような行動が許されるなら、NHKの番組すべてが政治家の意向をくんだ内容に変えられる心配がある。報道の自由や、民主主義そのものが危うくなってしまう。

 自民党は報道番組検証委員会や報道モニター制度などを設けて、選挙報道やニュース番組などをことあるごとにチェックしてきた。事実誤認や不適切だと考える表現には抗議、訂正を要求してきた。が、それは放送後の番組に対してだ。

 番組の内容がどうであれ、放送前に行動を起こせば事情はまったく違ってしまう。2人は自民党の次代のリーダーと見られている。自分たちの言動の意味をきびしく問い直してもらいたい。

 政治家がテレビや新聞の報道に影響力を及ぼそうとするのは、他の国々でもあることだ。英国のブレア首相はイラク戦争の報道をめぐってBBCと激しくぶつかった。米国のホワイトハウス高官や有力政治家がテレビ局に電話で圧力をかけたことも珍しいことではない。しかし、報道機関は抵抗している。

 NHKと同じ公共放送であるBBCは80年の歴史のなかで、何度も政府と対立してきた。そのたびに独立性を保つ戦いを政府に挑み、国民の信頼を得てきた。

 番組や記事が視聴者や読者、つまり国民のためになるか、中立公正であるか、それを判断するのはあくまで報道機関自身でなければならない。

 NHKは「自主的な判断で編集した」と繰り返している。だが、2人の政治家は発言を認めている。NHKは事実関係を徹底的に検証しなくてはならない。それが再生にもつながる。

 政治家の圧力をはねのける知恵もいる。産業再生機構は、政治家の要請をすべて最高決定機関に報告する仕組みを作り、そのことを政治家にも伝えている。

 NHKの最高決定機関は経営委員会だ。そのトップも代わり、改革を急いでいる。まずは今回の出来事をきちんと解明して二度と起きないようにする。視聴者代表としての委員会の責任は重い。