NHK番組改変問題5―当時の取材 松尾武元放送総局長

NHK番組改変問題5―当時の取材 松尾武元放送総局長朝日新聞2005年07月25日06時01分)

今年1月の記事掲載前、NHKの松尾武・元放送総局長、中川昭一安倍晋三衆院議員は本紙の取材に応じました。記者は「放送前日に中川、安倍両氏が松尾氏らを呼び、放送中止を求めた」とする、NHKへの内部告発を説明しながら経緯を聞きました。主なやりとりを報告します。
松尾氏は1月9日、自宅で記者2人の取材に約2時間にわたって応じた。
――ETV特集2回目のことだが
「今、NHKにいる。もう少し歴史が動かないとだめです」
――「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」、中川さん、安倍さんがなぜ、野島さんや松尾さんを呼びつけるのか
「1、2月のことで、予算について理解を得ておかないといけない。そこにたまたま政治状況が加わったという程度のことだ」
――01年1月29日に何があったのか。中川さん、安倍さん。実をいうとそこに同席した自民党議員の話を聞いている(注1)
「安倍さんは29日、自民党本部。5分くらいで言いたいこと言われて、私も言いたいこと言って。『私に任せてください。総局長ですよ』ということを言った」
――安倍さんと中川さんが言った内容は違うか、同じか
「『一方的な報道はするな』ということを言われた。『それができないならやめてしまえ』というような言い方はあったとは思うが、ただ、『放送やめろ』という話は夕方の時点では出ていない。北海道のおじさんはすごかった」
――具体的にここをはずせとか
「そういうことは向こうは知らない。うわさで知っているだけ。先生はなかなか頭がいいからストレートには言わない。『勘ぐれ、お前』みたいな。安倍さんをかばうつもりはないが」
――北海道のおじさんとは中川昭一氏か
「そうそう」
――放送はやめてしまえと言ったのか
「言葉のひとつひとつは記憶にない。全体の雰囲気として、人から聞いたことを真に受けて『注意しろ』『見てるぞ』と、いってみれば力によるサゼスチョンだ」
――ただの脅し?
「脅しとは思ったが、より公平性、中立性というものをきちっと責任持って作らねばならないという気持ちは持った。相手につけいるすきを与えてはいけないという緊張感が出てきたのは事実。私と吉岡、伊東、野島(の各氏)が入り、詰めの作業が行われた。現場にも意見を聞いたが、どれが正論というのはなく、みんなが不安になった。だれも責任を取れない状態で放送するのはよくない。これを切ろう、あれを切ろうというのは結果論だ」
――安倍さんと会ったのは党本部だったか
「党本部の、ちょっと広い、幹事長室。中川さんは議員会館」(注2)
――安倍さんの後に中川さんに行ったのか
「中川さんが先で安倍さんではないか。もうひとり、途中でどなたかに会っている。車で移動したという感じがする」
――放送日、さらに3分削るよう言ったのか
「私は削る前の状況でもういいと思った。しかし、内部で不安だという意見が出た。それでもう1回議論したらどうかと提言した」
――松尾さんが国会議員に呼ばれたのは29日の夕方だけか
「そのとき。1回きり」
――放送日、番組スタッフが抗議した際、「議論するつもりはない」と言ったのか
「私は言わない。技術的に切れるかどうかを議論しただけ。『放送は出そう』と決めた以上、引き下がるようなことをするのはやめよう、圧力はあるが回避していこう、最後まで調整しようということだった」
――番組について国会議員に呼ばれることは?
「選挙の時はしょっちゅう。大体作った後」
――放送前は異例か
「大河(ドラマ)とか紅白とかはいろいろある。ETV(教育テレビ)の特集的要素で事前にというのはなかった」
――今回は後には?
「だから、前にはあったが、後にはない」
――呼ばれて行かなかったら
「呼ばれて行かないとどうなるか。ものすごい圧力だ。3、4倍の圧力がかかって放送が中止になったかもしれない。本当に予算を通さないという話になる。政治、国会担当は番組を知らないから先生方に言われた通りに走り始めて必要以上に圧力を感じる」
――今回呼ばれたことも圧力とは感じたわけか
「圧力とは感じる。しかし、それは一つの意見と聞く耳は持とうということ。それは視聴者、右翼でもある」
――中川さんは議員会館で会ったのか
議員会館。広かったら安倍さんのように覚えている」

    ◇

注1 別の自民党議員を取材した際、29日のこととして「中川、安倍両氏と同席した」と話したため質問しましたが、松尾氏とのやりとりで、この議員の記憶違いだったことが分かりました。
注2 安倍議員との面会場所は実際には首相官邸で、松尾氏の記憶違いと思われますが、そのまま掲載しました。