イラクの医者とEBM(エビデンス・ベースド・メディシン)

id:junhighさんの2004年2月14日の日記(http://d.hatena.ne.jp/junhigh/20040214)に触発されて、「イラクの医者は本当に、劣化ウラン弾放射能のせいで子供のガン患者が増えていると思っているのか」みたいなことを考えたいと思います。
さてまず、医者というのは、文系・理系で言うと明らかに理系で、さらに言えば「科学者」でしょうが、多分科学者の中では最も神を信じていない種類の人たちなんじゃないかと思います(逆に、数学者・天文学者なんてのは最も神を信じている人たちでしょうね)。たとえば、病院では患者が善人か悪人か、や、若いか年寄りか、にかかわらず、どんなことをやっても(治療をしても)、死ぬ人は死にます。
天体は計算で出てくる軌道の通り動き、そこに天文学者は「人間」を超越した神の美しさを見ることは可能です。しかし医者は、生後数年で何も悪いことをしているわけではない子供が、白血病や交通事故で死ぬとか、もうそういう例を病院の現場では山のように見てたりするわけですよね。そんな理不尽な環境で、神の存在を信じることができる医者というのはあまり多くないと思います。
漫画家の手塚治虫は、医師としての訓練を受けた人ですが、その漫画の中に描かれる「ヒューマニズムのふりをしたアンチ・ヒューマニズム」は、氏の作品を読んだかたならみんな感じるんじゃないでしょうか。もう彼の漫画の中では、登場人物が容赦なく、善人・悪人に関係なく死んでいくことといったら。
さて、少し話を簡単にするために、「放射能放射線)」を「悪魔」という名前にして、世の中に「反・悪魔教」という宗教団体があるとします。この団体は、世の中に起きる悪いことの多くは「悪魔」のしわざだと考え、それの廃絶(という言いかたもおかしいな。まぁ抹殺するみたいな感じ)を目的としています。
イラクのある病院で、子供のガン患者が明らかに増えていて、反・悪魔教の人は病院の医師に「その原因は悪魔のしわざですよね」というような誘導尋問をしたとしましょう。それに対して、医者はどう答えるでしょうか。
科学者としての医者は、「それに関してはもう少し調査が進まないと何とも言えないが、【悪魔である可能性は否定できない】」と言いそうな気がします。事実、注意深くイラク人医師の発言を見てみると、そのようなニュアンスが強いように、俺には感じられました。「悪魔」が非科学的なものであったとしても、「そんなものは絶対に存在しない」と科学的に否定する根拠に乏しいからですね。
そしてさらに、反・悪魔教の人たちは、日本という世界でも有数の金持ち国から来ており、かつて「悪魔」(というか、それに等しいもの)に苦しめられたため、その廃絶のためには金を出す、という人間がかなりの数存在しています。
そのような人たちが、こう答えたら子供たちのガン治療のための金や設備のための援助をする、とにおわせて、さらにしつこく質問したら…もし俺がイラク人の医師なら、「ああ、そうなんです、この子供たちは悪魔に呪われているのです」って絶対言ってしまうと思います。HBM (ヒューマン・ベースド・メディシン)な(=EBMエビデンス・ベースド・メディシン)でない)医者にとって重要なのは、「真実を解明する」ことよりも「眼前の患者を治療する」ことにあるわけですからね(ガンの治療法には、何が原因でガンになったか、というのはあまり関係がないみたいです)。
「治療のための金を手に入れる方便(手段)」はあるが、「真実を追究するための金」は、それを手に入れるためのうまい方便が見当たらないうえ、治療よりも遙かに多く必要なのも問題でしょうか。
イラクの医師たちが、フセイン政権下でもそうでなくなっても、「何が原因であるかははっきりしない」以上の、「この患者は劣化ウラン弾放射能によってこうなっている」みたいなことを言うのは、やはり神を信じない職業であることと、そのような方便によって治療の金が得やすいからなんだろうなぁ、という気がします。
それに対してアメリカの、元軍人を中心にしたかたたちが「劣化ウラン弾の悲劇」を語るのは、単純かつ邪悪に「対国家訴訟」のためなのかなぁ、とも思ってしまいます。軍人の給料が世間相場から言ってあまり高くないことと、訴訟に勝って得られる金が必要以上に多いことからの想像ですが。
また、日本での反・劣化ウラン弾の運動をしている人たちは、どうも「左寄りの人たちの反米&反核プロパガンダ」という、イデオロギー的なもの先行、という感じがします。
要するに、イラクの医師のかたがたのヒューマニズム(と、一部日本の、森住卓さんのような反・劣化ウラン教伝道者によるヒューマニズム)は、俺はそれなりに評価しますが、評価に値しない、という以前に俺に興味のないレベルのかたがたがあまりにも多く、またその「評価」も、劣化ウラン弾に関する科学的アプローチの面によって、ではないところが残念なところです。
 追記:
他の日記の参考テキスト→EBMと劣化ウラン問題 その2(リンク)