『ボルヘス伝』(ジェイムズ・ウッダル、白水社)(→bk1)(→amazon)(→書籍データ)

ボルヘスはまた、生涯の大半にわたって貧乏でもあった」(p31)で、いきなりガツンとくらわすような評伝で、20世紀文学の巨人・ボルヘスの人となりを赤裸々に描いていて、その文学的知性の源泉はともかく、女性関係とか彼が書いたものが世界に広がって有名になる過程とか、有名になった後の彼というような、人間に対する興味は、醜聞部分も含めて満たされるような一冊。
彼がとりあえずまず、1951年にフランスで、ロジェ・カイヨワの後援により『伝奇集』を出したこと、1960年に「フォルメントール賞」というヨーロッパのマイナーな、しかしそれによってヨーロッパの各国語に翻訳される契機となった賞を受賞したことは記憶にとどめておきたいところでしょうか。
日本でのボルヘスの最初の紹介は、フランス文学ほかに詳しい篠田一士が積極的に編集にたずさわった、1960年代後半刊行の集英社版世界文学全集(一応「旧版」という奴。今見てもそのセレクションの過激ぶりはすごいです)と、白水社から刊行された『不死の人』ですか。伊藤典夫が当時のSFマガジンにおけるコラム(SFスキャナー)で、「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」を絶賛していたのも覚えている人はいるかな。
評伝の中の人物で俺的に興味深いキャラは、1960〜70年代のボルヘスの創作エンジンになったと思われる(少なくとも『ブロディーの報告書』という形で短編集が世に出るきっかけになったと思われる)アメリカ人のボルヘスキチガイで出版業界にもくわしいらしい翻訳者、ノーマン・トマス・ディ=ジョヴァンニでしょうか。イタリア系らしい脳天気さも感じられてキャラが立ってます。
ただ、この本の全体的な印象は、ボルヘスを巡る女性関係みたいな部分が、俺の好みとしては多すぎて少し辟易です。