「土俵をまちがえた人」(太田良博・沖縄タイムス)を電子テキスト化する(5)

これは以下の日記の続きです。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060926/oota204
 
これは、沖縄タイムス5月1日〜6日(5日は休載)に掲載されました「「沖縄戦」から未来へ向って」(曽野綾子)という、渡嘉敷島・赤松隊をめぐるテキストに、太田良博氏が応えたものです。
愛・蔵太の少し調べて書く日記:「沖縄戦に“神話”はない」
愛・蔵太の少し調べて書く日記:「「沖縄戦」から未来へ向って」
オリジナルは1985年5月11〜17日(12日は休載)、沖縄タイムスに掲載されました。
連載第5回です。

現在の世情を憂う
 
面倒だから簡略に答える。
エチオピアその他の悲劇は、世界平和体制の中の局地的な悲劇である。悲劇が世界的に拡がったのが第二次大戦である。その最後の本格的地上戦闘があった沖縄で、物を考えるということは、大戦を二度とあらしめないための営みであるという意味で、今日的であり、未来的でもある。沖縄からも開発青年隊の若者たちがアフリカ各地で二年、三年と活し、彼と彼女たちは帰ってくると沖縄で静かに活している。一週間そこらのエチオピア体験で、いきなり、地球的視野から、沖縄戦が四十年過去のものとしてかすんだり、責任をもつべき自著をめぐる論議がとるに足らないものになったり、戦争賛成平和反対に反対する運動が無意味に見えたりするとは、どういうことか。現在のことなら、心配すべきは、二本の世情である。まるで末世の状態ではないか。何日か前に、京都だったか、アパートの一室で、若い母親と幼児がミイラ化したのが発見され、餓死とわかった。「ある神話の背景」の冒頭に「慶良間は見えるがマツゲは見えない」(遠くは見えても目の前は見えない)という沖縄の諺の引用があるが、その諺を思い出してほしい。
「鉄の暴風」の中で、「赤松氏が沖縄戦の極悪人、それもその罪科が明白な血も涙もない神話的な極悪人として描かれていた」と曽野さんは言うが、どこにそんなことが書かれているか。また、曽野さんが引用した私の文章のどこが、どういう理由で「講談」なのか意味がわからない。
 
赤松の言葉に矛盾
 
▼私が会ったのは元村長古波蔵氏だけではない。そのことを前の反論に書いてある。あわてないで人の文章をよく読んで欲しい。元村長と言う重要証言者の名を、曽野さんと会ったときに私が憶い出さなかったのはおかしい、と曽野さんは言う。終戦直後の沖縄は、なにもかも転倒し、混乱していた。集った十数名の証言者の中止、特に「元村長」をくっきり記憶していなければならない特別の理由はなかった。私達取材者は、どの証言者も、その証言も、平等に重視していた。曽野さんと会ったのは、一時間そこら、その短かい時間に、二十数年経過した事柄について、いきなり聞かれたのである。これだけは、はっきり記憶しているべきはずだと言われても、それはムリな話。それに、私は物をよく忘れるくせがありましてな。取材を専業とする新聞記者の立場からみれば、曽野さんの言い分は、泣きベソのようにおもわれる。新聞記者は、取材でたえず失敗する。と言って、取材の相手を責めるわけにはいかない。取材の手落ちを反省するだけである。
▼私が「赤松の言葉を信用しない」と言ったのは「住民玉砕」(集団自決)や「住民処刑」についての彼の言葉が信用できないとの限定した意味で使ったのであって、ほかのことで、赤松が、一市井人として正直なことを言おうが、それは私とは関係のないことである。「住民玉砕」や「住民処刑」についての赤松の言葉にはいろいろ矛盾がある。
 
的はずれの解釈
 
▼赤松を「悪人とは思えない」と言ったおぼえはないと曽野さんは反論する。では、どう思って「ある神話の背景」を書いたのか。引用はさけるが、文芸春秋発行の同書の二十八ページ末尾から二十九ページの文章は、どういう意味か。--私が赤松を完ぺきな悪人に仕立てているというが的はずれの解釈である。私が問題にしているのは、当時二十五歳の青年だった赤松君(私より二歳若い)のことではない。陸軍大尉の官職をもち、国家権力を背景に、彼が無力な住民に対してとった行動そのものである。また、なにか木に生ったものを食べたといって老婆をリンチにかけたという、その部下たちの行為である。
▼戦後二十何年もたって、曽野さんが取材した証言を、私が無視している、失礼ではないかという話だが、私はその証言を無視したおぼえはない。どの証言であれ信用すべきかどうかを判断するのは私の自由である。ただ、戦後四年、「鉄の暴風」に収録した、戦争の生々しい証言に信をおいているだけである。また、これからでも、私が取材したらどんな証言がとび出すかわからない。曽野さんは、ご自身の取材した証言に私が同意しないからと、それを失礼と言っているが、私に「分裂症」という言葉を投げたことは、失礼とは思っていないらしい。
渡嘉敷島の村や遺族会が出した二つの記録は、いずれも、「鉄の暴風」のなかの私の文章の引き写しで、著作権侵害になる、盗作だと、曽野さんは言うが、私は、それを否定する。私の文章には、創作性がみとめられるほどのものはほとんどない。また、被害者で原告であるはずの当の私が、そういうのだから問題にならない。ご主人が長官である文化庁著作権課あたりにきいたらよい。しかし、「ある神話の背景」はうかつに引用できまい。創作性ありとみとめられる部分が各ページのいたるところにあるからである。

こういう「何も経験していない人間が、戦争や沖縄のことを話すな」と言われると、何も話せなくなるのは確かですね。「その経験はどこまで本当なのか」ぐらいしか言うことはありません。
ここで言われている「開発青年隊」は「沖縄開発青年隊」のことだと思いますが、
沖縄開発青年隊
「アフリカ各地」でどのようなことをしたのか、また実際に沖縄から行った人がいるのか、は確認できませんでした。あるいは他の団体かも知れませんが…。
曽野さんが「講談」として引用した、『鉄の暴風』の箇所は以下の通りです。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060919/sono02

太田氏は次のような書き方もしたのだ。
「住民は喜んで軍の指示にしたがい、その日の夕刻までに、大半は避難を終え軍陣地付近に集結した。ところが赤松大尉は、軍の壕入り口に立ちはだかって『住民はこの壕に入るべからず』と厳しく身を構え、住民たちをにらみつけていた」
こういう書き方は歴史ではない。神話でないというなら、講談である。

「講談」の定義が難しいのですが、
講談 - Wikipedia

講談は題材に注釈を付けて語る話芸である。

この定義だと曽野綾子さんの言う「講談」とは少し外れるかな。まぁ「歴史」の定義がこうなので、
歴史 - Wikipedia

歴史(れきし)とは、人間社会の出来事を、時間・空間的な分析を行い、因果関係を持って記述した史料。より広い意味では、出来事そのものを指す。

「史料」的要素の少ない(事実関係がうまく確認できない)、フィクション的要素の強いテキスト、という言いかたをぼくならするかもしれません。
「それに、私は物をよく忘れるくせがありましてな。」というのは困った告白ですが、人間なのでしょうがないことです。そういう自覚があるようなら、曽野さんが書いたテキストを「記憶とチェックして追記することがあるかもしれないので、校正段階で見せたりいろいろして欲しい」と言っておくとよかったのでは、と思いますが、それについては、したのかしないのかは未確認なのでした。
『ある神話の背景』の「文芸春秋発行の同書の二十八ページ末尾から二十九ページの文章」は、原本が手元にないため、具体的にどの箇所なのか確認できませんでした。改題の『「集団自決」の真実』のほうなら持ってるので、ちょっと調べなければならない課題なのです。
「なにか木に生ったものを食べたといって老婆をリンチにかけた」という記述は、『「集団自決」の真実』のほうでは確認できなかったので、『鉄の暴風』にある記録なのかな。これも調べなければならない課題なのです。
曽野綾子さんが太田良博さんを「失礼」と言ったのは、以下のテキストです。

http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060921/sono04

彼らは集団自決のことに関しても、実に正確に、理性的に、あるがままを私に語った。はっきりしないことははっきりしないこととして、その間を見てきたような話でつなげたりはしなかった。しかしそのような人々の発言を、太田氏は全く無視する。それはあまりに失礼な態度ではないのだろうか。

 
「土俵をまちがえた人」(太田良博・沖縄タイムス)リンク
1:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060923/oota201
2:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060924/oota202
3:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060925/oota203
4:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060926/oota204
5:http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060927/oota205
 
なお、曽野綾子『ある神話の背景』は現在、『「集団自決」の真実』という題名で復刊され、新刊書店・ネット書店で手に入れることができます。
『「集団自決」の真実』曽野綾子・ワック)(アマゾンのアフィリエイトつき)
『「集団自決」の真実』曽野綾子・ワック)(アマゾンのアフィリエイトなし)
 
これは以下の日記に続きます。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20060928/oota206