ペトカウ効果で低放射線量の内部被曝を怖がってる奴らは絶対元の論文読んでない
見出しは演出です。ていうか、「はてな」で何か書くとgoogle検索でけっこう上位に行くので、「放射能関連健康食品販売グループ」に関する牽制のために見出しをつけてみました。ちなみにぼくも元の論文読んでません(すみません)。
一番よく知られている都市伝説テキストとして、こんなテキストがあるわけですが。引用元は『内部被曝の脅威』(肥田舜太郎・鎌仲ひとみ/ちくま新書)? 元の本確認します。多分p90〜91
放射線の人体に対する影響の医学的な解明を阻んでいた壁の一つは、放射線に対する細胞膜の強大な障壁だった。アブラム・ペトカウは1972年、マニトバにあるカナダ原子力委員会のホワイトシェル研究所で全くの偶然から、ノーベル賞に匹敵する次のような大発見をした。即ち、「液体の中に置かれた細胞は、高線量放射線による頻回の反復放射によりも、低線量放射線を長時間、放射することによって容易に細胞膜を破壊することができる」ことを実験で確かめたのである。
ペトカウは牛の脳から抽出したリン脂質で作った細胞膜のモデルに放射線を照射して、どのくらいの線量で膜を破壊できるのかの実験をしていた。エックス線の大装置から16.6シーベルト/分(許容線量は1ミリシーベルト/年)の放射線を58時間、全量35シーベルトを照射してようやく細胞膜を破壊することができた。
ところが実験を繰り返すうち、誤って試験材料を少量の放射性ナトリウム22が混じった水の中に落としてしまった。リン脂質の膜は0.00001シーベルト/分の放射線をうけ、全量0.007シーベルトを12分間被曝して破壊されてしまった。彼は何度も同じ実験を繰り返してその都度、同じ結果を得た。そして、放射時間を長く延ばせば延ばすほど、細胞膜破壊に必要な放射線量が少なくて済むことを確かめた。こうして、「長時間、低線量放射線を照射する方が、高線量放射線を瞬間放射するよりたやすく細胞膜を破壊する」ことが、確かな証拠を持って証明されたのである。これが、これまでの考えを180度転換させた「ペトカウ効果」と呼ばれる学説である。
で、元論文はこちら。要約のみですが。
→Effect of 22Na+ on a Phospholipid Membrane : Health Physics
Abstract
Radioactive 22Na+ has been used to irradiate model phospholipid membranes. It was found that the membranes rupture after irradiation periods varying from 20 to 600 min, depending on the dose rate. It was further found that both the membrane duration and the absorbed dose at which the membrane ruptured could be correlated with the dose rate by both power and exponential functions. The phenomenon is discussed on the basis of radiation-initiated oxidation and polymerization reactions.
今日は、ちゃんと読んだと思われる人のテキスト紹介するだけにします。
→ぷろどおむ えあらいん 「ペトカウ効果」は低線量被曝が健康に大きな影響を与える根拠となるのか?
(前略)
残念ながら,「偶然加えた」などという逸話は論文中には全く書かれておらず,それどころか「放射線の照射量と膜破砕の関係を詳細に定量的に観察できるようにこういう実験系を考えた」みたいなことが書かれています。また調べてみると,以前から22Naを使って膜浸透性の評価などをしたりしている(Petkau, A., & CHELACK, W. S. (1970). Biochim biophys acta, 203(1), 34--46.)ので,なんとなくその逸話の存在自体が一瞬怪しく思えてしまいましたが,偶然の結果でも最初から考えていたように記述したり,講演などで面白おかしく話をしたりするのは研究者の常でもありますので(ぉ その辺は軽くスルーするのが紳士的な態度というものでしょう。
肝心なのはこれですな。
さて気になる実験の結果ですが,非放射性の塩化ナトリウムだけを共存させた場合には数日間破れることのない脂質二重膜ですが,22Naを加えることにより20~600分で膜が破れてしまいました。このことから,微量の放射線の存在は確かに脂質二重膜を破壊する効果を持つようです。
ただ,ここからが非常に問題なのですが,たとえばこちらのブログによると,(おそらく)この実験結果について「内部被爆の脅威」という書籍では「放射時間を長く延ばせば延ばすほど、細胞膜破壊に必要な放射線量が少なくて済むことを確かめた。」と紹介されているようなのですが,元の論文には「線量を増大させることにより膜の持続時間は短くなるが,照射線量と膜の持続時間の間には対数軸で比例関係がある。」という事しか書かれていません。
具体的に話をしましょう。この論文中で膜の持続時間(min)をy軸,照射量比(rad/min)をx軸した時の相関関係を表す式として「y=55.3x^-0.36」という式が提唱されています。この式にx=0.001を代入すると,664.8分という値が得られます。x=0.01だと290.2分。x=0.1だと126.7分x=1だと当然55.3分となりますので,確かに線量を1000倍にしたのに持続時間は1/10にしかなっていないので,低線量の方が影響が大きい!と思えてしまうのも確かです。しかし,この結果をヒトの健康影響,特に低線量被曝の健康影響と結びつけるには,避けて通ってはなら無いポイントがあります。
まず第一のポイントは,今回の実験で与えられた線量の範囲です。
今回の実験では,22Naの放射壊変から生じるγ線とβ線について詳細な考察を行い,0.001 rad/min〜1 rad/minの範囲で放射線が膜に照射されたと計算されています。rad(ラド)とは古い放射線の吸収線量を示す単位ですので,現在のSIであるGyで表現してみましょう。すると1 rad = 0.01 Gyですので,今回の実験範囲は0.01 mGy/min〜10 mGy/minとなります。最近ではすっかりおなじみになったSv/hに,γ線として換算しますと0.6 mSv/h〜600 mSv/hとなり(β線の割合が高いとすると,さらに高い値になります)ます。
おわかりでしょうか。つまり,このペトカウ効果が検証されているのは,低線量とは言いつつも,現在首都圏で測定されている空間放射線量の1000倍以上高い領域での話なのです。
太字指定はほぼ引用元の通り(引用元は太字・赤字を併用しています)。
だいたい、そもそも最初の低放射線量、「0.00001シーベルト/分」って、「0.6mSv/h」、「0.007シーベルトを12分間」って、「1時間に35ミリシーベルト」ですよ! 福島原発事故でそんな放射線量あったら、それは低放射線量とは言いません。
0.6mSv/hというのは、600μSv/h。普通にみんな「あわわ」となるレベルの低放射線量は、人にもよるだろうけど、1μSv/hぐらいですかね…。国の暫定基準値は3.8μSv/hです(2011年5月、学校校庭での数値)。
引用を続けます。
そして,第二のポイントは,これがいわゆる「試験管内(in vitro)で行われた実験であることです。
著者であるペトカウ氏はこの論文中でこのような現象が起きる原因として,放射照射により発生することが知られているスーパーオキシドアニオン(・O2-)の影響が大きいのではないかと考察し,後にこのスーパーオキシドアニオン(・O2-)を過酸化水素に変換する酵素 Superoxide dismutase(SOD)(もちろんヒトもSODを持っています)を共存させることにより,膜に対する放射線の影響を低く抑えることができること(Petkau, A., & CHELACK, W. (1976). BBA - Biomembranes, 433(3), 445--456.)や,SODを投与することでラットの骨髄から抽出されたマクロファージ前駆細胞がより高い線量のX線に耐えられること(Petkau, A., & CHELACK, W. S. (1984). Biochem biophys res commun, 119(3), 1089--1095.)などを報告(与えている線量は,最初の実験と同レベルかそれ以上)しています。
つまりどういうことかというと,確かに放射線の影響によりりん脂質二重膜は傷つけられる可能性があるが,それは放射線により直接破壊されているのではなく,放射線により発生したスーパーオキシドアニオン(・O2-)がりん脂質中の不飽和脂肪鎖を切断していること,そしてそのスーパーオキシドアニオン(・O2-)を除去し,放射線の影響を最小限に抑えるためのシステムが生体には備わっていることがすでに確かめられていると言うことになります。
ちなみに,氏がこの後どういう研究をしていたかも調べてみたのですが,ペトカウ氏はこの後,放射線医療による副作用をSODで抑えるための研究などを中心に進めていたようです。というわけで,実はこのペトカウ氏は,低線量放射線が人体に多大な影響を与えるなんてことは何一つ言っていないんですね。
「スーパーオキシドアニオン(超酸化物)」というのは、活性酸素の一種で、それは「超酸化物代謝酵素(スーパーオキシドディスムターゼ、SOD)」で常に生体においては抑制されているようであります。
SOD不足を補うには、医師の見立てによる注射しかないみたいなんですが、「SOD様健康食品」という、効果不明の健康食品はあります。まあ基本的に600μSv/h以下の放射線量のところに住んでる人だったら必要ないんじゃないですかね。
放射能関連商品の今のトレンドは活性酸素抑制商品。放射線で切れた染色体は健康食品では繋げないけど、放射能によって生じる活性酸素のための健康食品はいろいろ種類があるみたいです。健康にいいものが被曝に悪いということはあまり考えられないので、米のとぎ汁乳酸菌みたいに、明らかに益よりも害のほうが多そうなもの(民間雑医療)以外は自己責任でいろいろやってみてもいいんじゃないですかね。ホメオパシーのレメディーは信仰対象物なんで健康食品じゃないです。