悪書追放運動について
1955年5月8日読売新聞夕刊
母の日
好天の日曜
多彩な催し
悪書五万冊ズタズタ
悪書追放
“悪書追放”にたち上がった東京母の会連合会のお母さんたちは「きょうの私たちの日を意義ある仕事で…」と朝から都内一斉にリヤカーや荷車をひいて各家庭にしまいこんであるエロ本、あくどいマンガや少年少女雑誌類を集めて歩いた。
五十支部余り約三十五万人もの会員をもつだけに“供出”された本の数もおびただしく神田母の会、三河島母の会、小松川母の会などうす暗い午前六時ごろからタスキ、エプロン姿でとび回り正午ごろまでには各支部長宅側に約五万冊の“悪書の山”が築かれた。そのままクズ屋や古本屋に売ったのではまた売りさばかれるとお母さんたちは本が運ばれるそばから切断機で刻みコマ切れにしてからクズ屋に渡すという慎重さ。宮川母の会連合会会長も「これは母の日に子供たちに贈るお母さんたちの最大のプレゼント」とほほえんでいた。
1954年2月21日
読書
子供をむしばむ読物マンガ
今子供にもっとも読まれている本は何か? 幼稚園に行きはじめた幼児が覚えたてのひら仮名で読みふけるもの、また小学校に通う子どもたちが、回覧して読む本は何であろう。以下は「人生の出発点の読書」の解剖である。
怪魔との闘い
滑川道夫
台風のように子どもの読書界に荒れ狂って熟読されているものは冒険・活劇・怪奇探てい・時代小説・講談の娯楽読物(連続絵物語かマンガ形式)である。
赤ずきん(頭巾)の女が短銃をのぞかせ「あたしにはこういうちょうほうなとび道具があるんだりょ」「ニヤリと笑って怪剣士、刀のつかに手をかけたと思うと電光一せん…」(痛快ブック3月号付録・謎の怪剣士)
「ヒャーアッ! うめき声とともにジェーンの腕をはなしたインディアンは砂楼のくずれるように倒れふした。次の一しゅんモーガンのけん(拳)銃がジムの背後にむけて火をはいた」(小松崎茂・大平原児・集英社刊)
まずこういった殺人乱闘場面の連続した絵物語と思えばまちがいない。「砂漠の魔王」福島鉄次著(秋田書店)「紫頭巾」細島喜美(同)冒険王連載「少年ケニヤ」山川そうじ著(産業経済新聞社)などは雑誌や紙上で連載されたものを続々と単行本にしている。人気を集めている「ケニヤ」はおきまりのしゅう長、美少女、戦闘のほかに吸血毒グモ、巨象、キョウリュウ、ヒリュウ、サンカクリュウなどの前世紀的怪物が活躍して子どもの魂をさらっている。「暗黒谷の狼」「怪魔の海」「拳銃涙あり」「南蛮地雷火組」「ジャングル大王」「黒面将軍」(痛快ブック)「白虎仮面」「大平原のひみつ」「鉄の蛇」「ゴードンの冒険」(冒険王)「大空の魔人」「まぼろしてんぐ」「コンドルのきょうだい」「ゆうれい城」「森の英雄」(漫画王)といったものが大半のページを占めている。
魔王・魔人・怪人・ずきん・仮面がみだれ飛ぶ中で超人的英雄が出現して殺伐、グロな場面を展開させる。西部熱血活劇の多くは凶悪に描かれる土人の犠牲において秘宝が手に入ったりする。でたらめの多すぎる空想科学小説は仮想敵国があって超殺人兵器が使用される。マンガ本も目立って「新選組」「地雷也」「川中島合戦」の類が多くなり、雑誌の付録も「剣豪近藤勇」(冒険王)「後藤又兵衛」(漫画王)のように熱血時代絵物語が進出してきている。少年講談と共に、安易な仁きょう精神をヒューマニズムと置き替えるチャンバラ思想の復活を思わせるに十分である。
マンガも内容は同質のスリルとグロと殺伐を盛り合わせ、描法とコトバに笑いをもって「アジャー、ギョッ、ゾオーッ、ひゃーっ、バカヤロウ」とふざけたり、くすぐったりしているちがいしかない。これらの俗悪書が子どもの行動を誘わずにはおかないからオモチャ屋でピストルや十手が売れる。
菓子屋ともつながりを濃くしてきた。カバヤのキャラメルの中にカードがあって五十点集めるか「カバヤ文庫」の五枚集めると百二十円の本がもらえる仕組。いま大流行して、足りないカードを集めるために高価な良書と交換している例がある。「文」の一字が東京地区には不足しているらしい。地区によって不足にしておくのが商法かも知れない。カバヤ児童文化研究所編とあるが筆者不詳の関西もの。著名な教授や博士や児童文学者協会会員が「はしがき」でほめているのもあるからあきれるほかない。
ここにあげたマンガ絵物語よりも一そう悪質なのは、書店に現われないゾッキ本で夜店やダ菓子屋に並んでいる。それにくらべたらキャラメル本は少しはましである。
悪いことには、ゾォーッとさせ、ハラハラさせ、イライラさせる刺激性がますます強まる傾向にある。そして子どもたちにとって一種のヒロポン的な役割を果しつつある。心情をむしばみ、正常な空想性をゆがませ、思慮深さを失わせマヒさせる要素がある。怪人魔人の間に人間が書かれていても、けっして人間性が描かれてないこれらのハンランする読物に対して、平和論文を書く文化人も父兄も案外無関心なのには驚くほかない。再軍備反対の二教祖の諸氏が対政府の戦いをしている間に、肝心の子どもたちがいつのまにか再軍備の素地を固めていたというのでは、これこそ正に風刺のよくきいたマンガと言わなければならないだろう。(成蹊学園主事・教育評論家)