中国の「軍事的脅威」に関して、政治家は何と言っているかということと、例によっての朝日新聞の社説における発言引用の我田引水ぶりについて

最近どうも、以前「天声人語」を担当していた小池民男氏がしばしば社説を書くようになったのか、ネタとしては面白いテキストが朝日新聞の社説によく出るようになりました。
小池民男(タミー)氏の、天声人語時代のネタは、俺の日記の以下のテキストにあるわけですが、
子供にこんなサッカーボールを与えていいものか(おすすめ)
日本の政府開発援助(ODA)実績はまっとうか(超おすすめ)
「天声人語」の人が語る海外の情報は正確か
朝日新聞「天声人語」の人は、人が悪いのか悪い人なのか
朝日の「天声人語」とシェイクスピア(おすすめ)
今日も朝日の「天声人語」引用批判(R・ローズ『原子爆弾の誕生』紀伊国屋書店)
今日の「天声人語」(朝日新聞)(ブレヒト『ガリレイの生涯』)
今日の「天声人語」(朝日新聞)(桃太郎の歌)(長くておすすめ)
今日の「天声人語」(朝日新聞)(森鴎外『最後の一句』)
朝日新聞「天声人語」の引用批判(茨木のり子氏の詩)
まぁ暇なときにでも読んだことがない人は読んでみてください。
本日のネタは、この社説です。
前原発言 外交センスを疑う朝日新聞今日の朝刊-社説・2005年12月11日

前原代表は、民主党をどこへ導こうとしているのか。耳を疑う発言が米国発で届いた。
いわく、原油や物資を運ぶシーレーン海上交通路)防衛のうち日本から千カイリ以遠については「米国に頼っているが、日本も責任を負うべきだ」。このため「憲法改正自衛隊の活動・能力の拡大が必要になるかもしれない」。
さらにミサイル防衛や、周辺事態になるような状況で「集団的自衛権を行使できるよう憲法改正を認める方向で検討すべきだ」と踏み込んだ。
これまでの自民党政権も踏み出さなかった、米軍などとの共同軍事行動の拡大論である。「対米一辺倒」と批判する小泉政権をも飛び越えて、いっそう米国に寄り添う政策を示したことになる。
代表になって初の訪米で、ワシントンのシンクタンクで講演した際の発言だ。前原氏は、自民党国防族議員から「われわれよりタカ派」と言われることもある。日米同盟を重視する姿勢をアピールしたいと勇み立ったのかもしれない。
民主党の目指す国家像と外交ビジョン」と題した講演である。聴衆はこれが民主党の路線と受け止めたに違いない。
だが実際には、前原氏の発言は党内の議論をなんら経ていない。あまりに唐突で突出した内容に、党内には戸惑いや反発が広がっている。ほくそ笑んでいるのは、憲法改正をにらんで「大連立」をもくろむ小泉政権の側だろう。
前原氏は最近、「代表でいることが目的ではない。安保・憲法の議論はあとさき考えずにやる」と語ったことがある。党内の亀裂を恐れず、明快な主張でリードしていくという決意のように見える。
それにしても、まずは党内で説明し、論議する努力は必要だ。代表になって間もなく3カ月がたつのに、前原氏が党内論議を試みた形跡はない。これでは独断専行と言われても仕方ない。
もうひとつ、気になる発言が講演にあった。中国の軍事力は「現実的脅威」であり、「毅然(きぜん)とした対応で中国の膨張を抑止する」などと語ったことだ。
小泉政権でさえ、無用の摩擦を避けようと、首相が「中国脅威論はとらない」と言い、麻生外相が「中国の台頭を歓迎したい」と語るのとは大違いだ。
中国に対して弱腰と取られたくないのだろう。だが、肝心なのは威勢の良さではない。首相の靖国神社参拝でずたずたになってしまったアジア外交を、民主党ならこうしてみせるという、外交政策の対立軸を示すことである。
韓国に関しても、竹島や教科書問題についての盧武鉉大統領の態度を手厳しく批判したこともある。その結果、希望した訪韓さえできない始末だ。
日米同盟は何より大事。中国には毅然と対する。だから民主党が政権をとっても自民党と変わりませんよ、心配はいりません。そう米国に言いたかったのだろうか。ならば、自民党政権のままでいいではないか。

まず、前原代表の言ったことは、新聞の報道では、たとえば以下の通りですが、
中国軍増強は「脅威」 民主前原代表、ワシントンで講演

2005年12月09日12時12分

民主党の前原代表は8日(日本時間9日朝)、ワシントンの米戦略国際問題研究所(CSIS)で講演した。中国の軍事力増強を「現実的脅威」と指摘。また、シーレーン海上交通路)防衛のために、集団的自衛権を行使できるよう憲法改正を検討すべきだとの考えを示した。
前原氏は、中国について「経済発展を背景に、軍事力の増強、近代化を進めている。これは現実的脅威だ」と指摘。対中外交については「対話と関与、そして抑止の両面で対処すべきだ」と語った。
東シナ海のガス田問題や原子力潜水艦領海侵犯事件などをあげ、「中国による領土、海洋権益の侵犯の動きが見られる。毅然(きぜん)とした対応を取ることが重要」と語った。「(ガス田問題で)中国側が既成事実の積み上げを続けるなら、日本としては係争地域での試掘を開始せざるを得ない」と述べた。l
また、日本の主権・権益を守るための防衛力や法整備の必要性を強調。「1千カイリ以遠のシーレーン防衛を米国に頼っているが、日本も責任を負うべきだ。憲法改正自衛隊の活動、及び能力の拡大が必要になるかもしれない。集団的自衛権の行使と認定され、憲法上行えないとしている活動について、憲法改正を認める方向で検討すべきだ」と述べた。シーレーン防衛については講演後の質疑で「多国間の協力できる仕組みをつくり、日本は役割を果たす」と説明した。
また、講演では対米関係について、「アジア太平洋の長期的な平和と安定のために、民主党は日米同盟の進化を推進する」とした。在日米軍再編でキャンプ座間(神奈川県)に米陸軍第1軍団司令部を改編した統合作戦司令部を移す案について、「日米安保条約の地理的範囲の解釈と齟齬(そご)をきたさないか。安保再定義の必要性を含めて、日米間で十分議論することが肝要だ」として、「極東条項」見直しなどが必要との認識を示した。
自衛隊イラク派遣などの国際貢献活動については「国民の理解の得られない国際貢献については、米国の協力要請を断る場合は十分ありうる」とするなど、日本の主体性を強調した。
14日にマレーシアで初めて開かれる東アジアサミットについては「東アジア共同体を進化させるべきだが、米国は排除されるべきではない。米国抜きでアジア経済の発展はあり得ない。日本が積極的な懸け橋になるべきだ」とした。

まぁ、この新聞報道にもとづいて社説の人も書いたんでしょうが、今の時代には読もうと思うとちゃんと前原代表が言ったことがそのまま読めるようになっています。
「民主党の目指す国家像と外交ビジョン」(pdf)
ここから、中国関係に言及している部分だけ引用してみます。

次に中国に移りたいと思います。
最近京都で、京都で行なわれた日米首脳会談で、小泉首相は日米関係の結びつきが強ければ強いほど、中国やアジアとの関係はうまくいくと発言しました。良好な日米関係はアジアの安全を促進すると考えますが、日中関係が直接の関係をもつ代替にはなりません。また、日中関係が良好であることは、日米関係をより強固なものにし、アジアの繁栄を一層高めることになると考えます。
否定し難い事実として、中国が経済的にも軍事的にも一層力をつけてきている状況が出現しています。中国は経済発展を背景にして、20年近くも軍事費は毎年10%以上の伸び率を確保し、軍事力の増強、近代化を進めています。実際には中国政府が公表している2倍から3倍の軍事費が使われているのではないかとの指摘もあります。これは現実的脅威です。
この中、小泉首相の約5年間、中国や韓国との首脳交流がほとんど出来ないという異常事態が続いています。これは、小泉首相が毎年行なっている靖国神社参拝が大きく影響しています。私は、A級戦犯が祀られている靖国神社には、少なくとも総理、外相、官房長官はお参りすべきではないと主張してきました。他国に言われて参拝を止めることは、内政干渉に屈したことになり、望ましくありませんが、日本が戦前、他国を侵略し、或いは植民地支配を行なったことは歴史的事実であり、為政者の誰かが責任を取らねばなりません。政治家は結果責任を負うべきだと考えます。
私は、中国に対しては、対話と関与、そして抑止の両面で対応すべきだと考えます。まずは、対話と関与について述べたいと思います。日本と中国との間には、お互いの利益になる協力分野が多く横たわっています。包括的なテーマを「相互互恵」「共存共栄」の観点から戦略的に議論することが重要です。それらは、エネルギー確保、エネルギー効率の向上、環境汚染防止、交通網整備、エネルギー効率を考えた都市整備、HIV鳥インフルエンザなどの感染症対策、北朝鮮問題、軍拡競争を抑止するための軍事交流、エネルギーや物流で重なるシーレーンの安全確保など、同じような観点から、インドとの包括的対話も必要だと考えます。
巨大な人口を抱える国の経済が急成長することによって、エネルギー確保や環境問題などで他国との摩擦を生じさせる可能性も否定できません。中国の経済発展は基本的に歓迎しながらも、各地で暴動は頻発しており、安定的に発展していくかどうかも含めて、注視し続けなければなりません。資源の確保は、日本にとって更なる重要な問題を突きつけています。中国による領土及び海洋権益の侵犯の動きが見られます。他国の主権・海洋権益を無視し、東シナ海におけるガス田の開発など既成事実を積み重ねて既得権益化する動きが見受けられるのです。原子力潜水艦の領海侵犯事案という事態さえ発生しています。このような行動には、手をこまねかずに毅然とした対応をとることが重要です
民主党は、東シナ海で日本の民間企業が資源探査・開発をする際、海上保安庁自衛隊によって安全が確保される根拠法を先の国会に提出しました。しかし、このような毅然とした対応により中国の膨張を抑止するだけではなく、東シナ海の海洋権益については中間線の両側での日中両国の共同開発を行なうべきだと考えます。中国側が既成事実の積み上げを続けるならば、日本としては、同係争地域での試掘を開始せざるを得ないと考えます。日本は他国との領土問題や海洋権益に関わる係争を抱えています。話し合いによる平和的な解決を基本としながらも、日本の主権・権益を守るための防衛力や法律の整備は毅然と行なわなければなりません。さらに、日本は四方を海に囲まれる海洋国家ですが、天然資源に乏しく、そして貿易活動が日本経済を根本的に支えていることを考えると、シーレーン防衛は死活的に重要な観点として考慮されなければなりません。1000海里以遠をアメリカに頼っていますが、日本も責任を負うべきだと考えます。

で、もう一度朝日の社説の引用をしますと、

もうひとつ、気になる発言が講演にあった。中国の軍事力は「現実的脅威」であり、「毅然(きぜん)とした対応で中国の膨張を抑止する」などと語ったことだ。

元テキストを読めば、
1・前原代表が「現実的脅威」と言ったのは「中国の軍事力」の「増強、近代化」で、具体的に「20年近くも軍事費は毎年10%以上の伸び率」という数字を挙げていること。
2・「毅然とした対応により中国の膨張を抑止する」という民主党の方針の中に、「東シナ海で日本の民間企業が資源探査・開発をする際、海上保安庁自衛隊によって安全が確保される根拠法を先の国会に提出し」たという事実があること。
3・それに加えて「東シナ海の海洋権益については中間線の両側での日中両国の共同開発を行なうべきだと考え」も持っていること。
などが省略されていることが一目瞭然だと思います。
俺の判断では、中国の軍事力、特にその「伸び率」に関して、前原代表が言及していたことに社説で言及しない理由が不明すぎます。
さらに、

小泉政権でさえ、無用の摩擦を避けようと、首相が「中国脅威論はとらない」と言い、麻生外相が「中国の台頭を歓迎したい」と語るのとは大違いだ。

というのは、小泉・麻生の両氏が「中国の軍事力」を「脅威と思っていない」、はなはだしくは「歓迎したい」と言っているように読み手に思わせるようなミス・リードを感じます。いったいどこの国が、隣国の「軍事力」の「増強」を脅威と思わないか、まったく謎ですが、「経済力」に関しては、警戒をしながらも歓迎する、という意向はあってもおかしくないと思います。
まず、小泉氏はブッシュ大統領との2005年秋の京都の会談では、以下のように述べています。
外務省: 日米首脳会談(概要)

3. 中国
ブッシュ大統領より、今後のこの地域における大きなプレーヤーとして中国の存在があるが、小泉総理はどのように中国を見ているかとの質問がなされ、これに対し、小泉総理より以下のとおり述べた。
(1)確かに日中関係にはいくつか問題はあるが、自分が総理に就任して以来、日中関係は様々な分野で強化されてきている。一時期、日本において中国脅威論もあり、特に経済的に、例えば、中国の安い農産品が日本に流入するとか、日本の生産工場が中国の安い労働力を求めて移転し空洞化が生じるとの議論もなされた。
(2)しかし、中国の経済は脅威ではなく、むしろチャンスである。例えば、農産物について、中国から日本に安価な農産物が入ってきていたが、最近では、(イチゴ、リンゴ、ナシ、蘭といった具体例を挙げつつ)むしろ良質な日本の農産物の中国への輸出が増えている。
(3)中国の経済発展は日本にとってプラスであり、中国に移転した工場の中でも高い技術を必要とする製品の生産については、日本に生産拠点が戻ってきており、日本は自信を取り戻してきている。
(4)政治・安全保障分野では、中国がこの地域や世界で建設的パートナーとなるよう促していくことが重要である。

要するに、「中国の経済は脅威ではない」「中国の政治・安全保障分野では懸念がある(用心している)」という感じでしょうか。
別のところでは、このようなことも述べています。
小泉総理ラジオで語る(第22回)(2004年12月)

3年前ぐらいは、中国から安い輸入品がどんどん増えて、それで日本の工場も中国に移転してしまう、それで「中国脅威論」ということがよく言われましたね。でも、私は、「中国の目覚ましい経済発展を脅威ととらえない方がいい。むしろ日本にもチャンスを与えるんだ。日本にとっても刺激になる。チャンスととらえるべきだ。」と言ってきたんです。そのとおりになってきましたね。

経済発展以外に「中国脅威論」について小泉氏が言及しているテキストは、うまく見当たりませんでした。
さらにはなはだしいのは、麻生外務大臣の発言で、「中国の台頭を歓迎したい」と言っている元ソースは以下のテキストなわけですが、
外務省: わたくしのアジア戦略 日本はアジアの実践的先駆者、Thought Leaderたるべし 外務大臣 麻生太郎
その中の「中国の台頭を歓迎したい」という項では、このように述べています。

中国とは、古今の歴史を通じ日本が最も大切にしてきた国の一つです。その中国がいま台頭してきた、それこそは、わが日本が待ち望んでいた事態にほかなりません。アジアに近代が幕を開けてこの方、経済の建設、そして政治体制近代化の両面において、日本の独走の続く状態があまりに長く続き過ぎたとは思われませんか。いま中国経済の力強い発展によって、アジアはむしろ万古不易の姿に戻りつつあるのだと言えましょう。
競争とは経済社会において、ほぼ常に良いものです。強い相手を見てこそ、自らを高めていくことができる。わたくしはそれゆえ、中国の台頭を祝福し、これを心から歓迎したいと考えているものです。経済面で両国は既に、活発な競争をしようとしている。大いに慶賀すべきことで、それによってこそ互いに伸びていくことができるでしょう。
望むらくは、今後、より広く、政治・社会の面に競争を及ぼしたいものです。この面で、日中がともに切磋琢磨し、高めあう王道を歩むことができるなら、それはアジア全体にとっての利益につながります。そのためには自分の考えを一方に押しつけるのでなく、互いに真摯に、誠意を持って相手の理解を求めるよう努力しなくてはなりません。
個別の問題で全体を損なわないこと、和解と協調の精神で過去を克服し、過ぎ去った事実を未来への障害としないことが重要です。
そして単に経済面にとどまらず、軍事予算や軍事行動のあり方、さらには広く社会や政治制度のあり方に おいても、わたくしは中国に日本にあるのと同じような透明性を求めたいと思います。とりわけ軍事面での 透明性に欠けるからこそ、中国は世界に向かって、自らの台頭は「平和的」なものだと言い続けなければ なりません。これは本来、言わずもがなのことであるはずです。「平和的」の反対語は、「好戦的」、あるいは 「覇権的」なのでありますから。

最後の部分は、とても婉曲した言いかたですが、俺の解釈としては、中国の軍事予算・軍事行動その他の「不透明性」は、「好戦的」、あるいは 「覇権的」なものを意味している、という感じになりますが、違いますか。