原文の卒業証書が見たい恐るべき工学系国家・中国

 今日は『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』という本を読んだので、そこから拾ったネタをこれからいくつか書きます。
『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』松浦晋也日経BP社)
 著者のサイトはこちら→松浦晋也のL/D
 あ、新著が出てる。2冊も。読まなくてはのメモ。
『日本列島は沈没するか?』早川書房
『エルピーダは蘇った 異色の経営者坂本幸雄の挑戦』日経BP社)
 
 で、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』はもう出てから2年以上前の本なので(2004年2月)、変わったところとそうでないところが多分あると思いますが、最後のほうで驚いたのは、中国(中華人民共和国)の指導者層が、ものすごい工学系*1だ、ってことです。
 工学系の発想、というかセンスについては、松浦晋也がこの本の中でこのように言っています。1998年10月末の時点で、「情報収集衛星」開発の話が起きたときのこと。p150-152。太字は引用者=ぼくによるものです。

 衛星はマンションではないので、必要なのは建築の知識ではない。衛星開発を理解するために必要なのは工学系の素養である。
 1998年9月から10月にかけて情報収集衛星導入を議論した政治家達には、理系の教養同様に工系の教養も欠けていた。このために、無理のある導入スケジュールにゴーサインを出してしまったのだ。
 理工系とひとくくりにされがちだが、理と工の差は、通常想像されるよりもはるかに大きい。理学は自然を理解することを目的とする学問で、その基本には「妥協なき真理の追究」という態度がある。それに対して工学は、理解した自然の力を応用する学問であり、基本にあるのは「いかに高いレベルで妥協するか」という精神だ。
 自動車の設計を考えてみよう。自動車の基本は「走る、曲がる、止まる」だと言われる。この基本ですら、「走る」と「止まる」はお互いに矛盾している。このように工学では一つの機械に対する矛盾した要求を、高いレベルで妥協させることが必須だ。
 情報収集衛星の導入にあたって、「できます」というプレゼンテーションを行うメーカーに「本当にできるのか」という質問が飛んだであろうことは想像に難くない。しかし工学の基本が理解できていたならば、質問は「開発にあたって矛盾する要求はなにか」になっていたはずだ。
 続けて「その矛盾は、想定される開発期間内に目標を達成できるレベルで妥協できるのか」と質問したならば、衛星開発における問題点をメーカーから聞くことができたはずである。しかし、情報衛星プロジェクトチームの提言の中には、そのように議員自らが頭を使って、質問をしたと思われる記述は見あたらない。ここでも「プロが言うのだから」と説明を鵜呑みにしたのであろう。

 実は、戦後の日本の首相(内閣総理大臣)で、「理工系(それも工学系)」の学歴を持つ人は一人もいません(正確には一人だけいるんですが、後述)。
 以下のところからリストアップして、wikipediaその他で学歴を調べてみました。
新・月下独酌 : 学歴社会
歴代内閣総理大臣辞典
内閣制度と歴代内閣

第43代 東久邇宮稔彦王 陸軍大学校
第44代 幣原喜重郎   東京帝国大学法学部
第45代 吉田茂     東京帝国大学法科大学政治学
第46代 片山哲     東京帝国大学法学部独法科
第47代 芦田均     東京帝国大学法学部仏法科
第48代 吉田茂     略
第49代 吉田茂     略
第50代 吉田茂     略
第51代 吉田茂     略
第52代 鳩山一郎    東京帝国大学法学部英法科
第53代 鳩山一郎    略
第54代 鳩山一郎    略
第55代 石橋湛山    早稲田大学文学科(部)哲学科
第56代 岸信介     東京帝国大学法学部法律学科(ドイツ法学)
第57代 岸信介     略
第58代 池田勇人    京都帝国大学法学部
第59代 池田勇人    略
第60代 池田勇人    略
第61代 佐藤榮作    東京帝国大学法学部法律学科(ドイツ法学)
第62代 佐藤榮作    略
第63代 佐藤榮作    略
第64代 田中角榮    二田高等小学校(あるいは中央公学校土木課)
第65代 田中角榮    略
第66代 三木武夫    明治大学法学部
第67代 福田赳夫    東京帝国大学法学部
第68代 大平正芳    東京商科大学(現・一橋大学
第69代 大平正芳    略
第70代 鈴木善幸    農林省水産講習所(現・東京海洋大学
第71代 中曽根康弘   東京帝国大学法学部
第72代 中曽根康弘   略
第73代 中曽根康弘   略
第74代 竹下登     早稲田大学第一商学部
第75代 宇野宗佑    神戸商大中退(学徒動員のため)
第76代 海部俊樹    早稲田大学法学部
第77代 海部俊樹    略
第78代 宮澤喜一    東京帝国大学法学部政治学
第79代 細川護煕    上智大学法学部
第80代 羽田孜     成城大学経済学部
第81代 村山富市    明治大学政治経済学部
第82代 橋本龍太郎   慶應義塾大学法学部政治学
第83代 橋本龍太郎   略
第84代 小渕恵三    早稲田大学第一文学部英文科
第85代 森喜朗     早稲田大学商学部
第86代 森喜朗     略
第87代 小泉純一郎   慶應義塾大学経済学部

 ということで、なんと工学系は田中角栄だけ。広義に考えても鈴木善幸を入れて二人だけなんですね。残りは法学部・経済学部がほとんどです。(追記:「陸軍大学校」も理系なのでは、というコメント欄の指摘がありましたので、東久邇宮稔彦王も含めると三人かも)
 中国の場合は、現役の人たちに限りますが、こんな具合です。
中国総合ガイド>政治・政府>指導者プロフィール<中国情報局>

胡錦涛国家主席清華大学水利工程学部
呉邦国(副総理) 清華大学無線電電子学系電真空器件(真空トランジスタ)学部、エンジニア
温家宝 北京地質学院大学院(地質構造専攻)、エンジニア
賈慶林 河北工学院電力学部、エンジニア
曽慶紅 北京工業学院自動控制学部
黄菊  清華大学電機工程学部、エンジニア
呉官正 清華大学動力学部、同大学院、エンジニア
李長春 哈爾濱工業大学電機学部、エンジニア
羅幹  フライブルク冶金学院(旧東ドイツ)、エンジニア

 …すげぇ。
 トヨタとか日立といった、製造業(メーカー)の役員ですら、ここまでエンジニアに偏りはしていないと思います*2。。
 こんなに文科系がいないと工学系閥ということになっちゃいそうですが(ていうか清華大学閥? 毛沢東以降の政治闘争の影響もあるんでしょうか)、少なくとも中国の政治的指導者は、基礎教養として「工学系の発想・センス」が身についている人たちだ、ということはわかると思います。
 中国が共産党による、中央集権・独裁政治的国家であることを指摘している人はネット内外にもけっこういるんですが、国家の指導者のほとんどが工学系の大学を卒業したり、その他そちら方面の知識を持っている、という点において「恐るべし」と言っている人は、ぼくの知っている限りではほとんどいません。つまり、東大法学部を中心にした文系官僚的ピラミッドが、政界も(一部?)支配しているような国家である日本とは、イデオロギーとは別の部分で、ものの考えかたが違う、ということです。
 「科学大国」だとか「技術立国」だとか言われているみたいな現在の日本なんですが、この調子だと科学・技術で中国に追い抜かれる、という危機感は、経済・産業面での危機感以上に持ったほうがいいんじゃないかと思いました。
 だいたい、科学技術を進歩させることについて、アメリカのような国からあれこれ言われない・制限を受けない、という点においても中国の優位性はあるわけで。
 ちょっと面倒なんですが、現在の小泉内閣についても調べてみました。
小泉内閣(第3次小泉改造内閣−平成17年10月31日成立)

内閣総理大臣 小泉純一郎慶應義塾大学経済学部)
総務大臣 郵政民営化担当 竹中平蔵一橋大学経済学部)
法務大臣 杉浦正健東京大学経済学部)
外務大臣 麻生太郎学習院大学政経学部政治学科)
財務大臣 谷垣禎一東京大学法学部)
文部科学大臣 国民スポーツ担当 小坂憲次慶応義塾大学法学部法律学科)
厚生労働大臣 川崎二郎慶應義塾大学商学部
農林水産大臣 中川昭一東京大学法学部政治学科)
経済産業大臣 国際博覧会担当 二階俊博中央大学法学部)
国土交通大臣 首都機能移転担当 観光立国担当 北側一雄創価大学法学部)
環境大臣 内閣府特命担当大臣 〔沖縄及び北方対策〕 地球環境問題担当 小池百合子カイロ大学文学部社会学科)
内閣官房長官 安倍晋三成蹊大学法学部政治学科)
国家公安委員会委員長 内閣府特命担当大臣 〔防災〕 有事法制担当 沓掛哲男東京大学工学部(土木))
防衛庁長官 額賀福志郎早稲田大学政治経済学部
内閣府特命担当大臣 〔金融 経済財政政策〕 与謝野馨東京大学法学部)
内閣府特命担当大臣 〔規制改革〕 行政改革担当 構造改革特区・地域再生担当 中馬弘毅東京大学経済学部)
内閣府特命担当大臣 〔科学技術政策 食品安全〕 情報通信技術(IT)担当 松田岩夫(東京大学法学部)
内閣府特命担当大臣 〔少子化男女共同参画〕 猪口邦子上智大学国語学部)
内閣官房副長官 長勢甚遠東京大学法学部)
内閣官房副長官 鈴木政二(日本大学法学部)
内閣官房副長官 二橋正弘(東京大学法学部)
内閣法制局長官 阪田雅裕(東京大学法学部)

 ご覧のとおり、理系(工学系)と言えるのは、東京大学工学部卒業の沓掛哲男さんだけなのです。法務・外務、あるいは財務大臣といった文系大臣はともかく、文部科学・国土交通、さらには防衛庁長官という、明らかに理系(工学系)なものの考えが必要な省庁もこのような感じでは、現場の工学系な人たちはさぞ頭が痛いことだろうと思います。
 まぁ、そういうセンスの、決定権のある人たちを相手に、ちゃんと説明する能力を、エンジニアな人たちが持つ、というのも、国家的なバランスとしては悪くないのかも知れませんが、政府・閣僚のバランスとしては東工大派閥、とまではいかないにしても、閣僚の半分ぐらいは工学系でも全然問題はなさそうな気がします。
 

*1:理系とはまた少し違います

*2:誰か調べてみてください