本や映画の批評は知識のない「自分語り」レベルじゃ単なる「感想」だよ

アカデミズムの人たちが本や映画について語っているテキストはなぜかたいてい退屈で、それは高校生ぐらいまでのときはぼくの頭が悪いせいなんだろうと思っていたんですが、小林信彦とか石川喬司とか双葉十三郎とか和田誠といった人たちの作品レビュー本を読んで、「アカデミズムな人は、数少ない読んだ本で自分語りをしたいだけなんだ」ということがわかりました*1。狭い穴(深いことは深いけれども)と少ない素材(素材的には美しかったり新しかったりするけれども)で、自分たちの知識の乏しさを隠している。ぼくは人の話を心のこもらないやりかたで聞くのは嫌いではないのですが、十分な知識と斬新な見方で何かを言ってくれる人のほうが興味深いわけです。
ええと、あんまりいい例が思い浮かばないんだけど、SFマガジンという、今では日本でひとつしかないSF*2雑誌がありまして、1960年代は福島正実という人が編集長でした。小松左京筒井康隆星新一といった「日本SF黄金時代」の黄金作品を書かせていた雑誌が「SFマガジン」(正確にはS・Fマガジンなんですけどね)です。まぁ、星・筒井を最初に発見・後援したのは江戸川乱歩だという話もありますが、それは置いておいて、その雑誌の中に「石原藤夫」というエンジニア系の作家(早稲田大学理工学部卒業の工学博士です)がいたわけです。デビュー作は、「ハイウェイ惑星」という、惑星全体に巨大ハイウェイが張り巡らされた星で、という説明は、昔のSFファンには不要だとは思いますが、この人がSFマガジンに書いて投稿すると、なぜか2か月経つと編集長の福島さんから「そろそろ何か新しい作品なんかはできましたか」と聞かれる。で、それにあわせて石原藤夫さんも「惑星」シリーズをどんどん書く(たまには違うものも書く)、ということで、初期の傑作短編群が生まれたわけですが*3、これは別に福島さんが石原さんに期待していたとか、SFマガジンの未来を賭けていた、ということはまったくなくて、単に「掲載してみたら読者アンケートがよかったので、俺(福島)にはわからない傾向の作品だが、とりあえず次も載せてみようか」と思っただけのことでしょうね。
いやもちろん、確証・確信はありませんよ。当時の福島さんがイチ押しだったのが小松左京さんだった、というのは明らかにわかりますし、そういうタイプの作家が出て来るのをサポートしたかったんじゃないか、というのも感じます。光瀬龍眉村卓平井和正などなど、当時刊行された「日本SFシリーズ」という新書判の中で本を出した人たちが、福島正実さんのお気に入りだったのでした。その傾向と石原藤夫さんを比べると、何かが違うんですよ
これは、文系の教養しか今まで育んで来なかった人間の限界で(ぼくもそういうタイプなのでわかります)、「エンジニア(工学者)的発想」を根に持つ創作物については、そのようなものを面白がれる人間が本当にある程度以上の数存在しているのか、という発想がありません。
だから、福島さんは石原藤夫さんのアンケートのよさに首をかしげるしかなかったわけですが*4、「まぁ、人気があるなら他の作品を頼まないとなぁ」と、プロの編集者として行動したんでしょうね。
日本のエンジニア(工学)・理学系SF作家というのは、本当に恵まれていません。何しろ、理科系出身の編集者が、小説畑にほとんどいないわけで。アメリカの場合は、アスタウンディグ誌という一番売れていた雑誌がMIT出身の編集者、ジョン・W・キャンベルだったりしたんですが、日本は科学系の書籍・雑誌を作る人間を除くと、本当に理工系出身者はいないです。
ということで、ある作家のある作品を語ろうと思うと、それをサポートした人物(編集者)、および時代背景という、必要最低限の「知識」が必要になるわけです。
あと、アンケートの結果が雑誌に反映されるには、月刊誌の場合(SFマガジンは月刊誌です)、早くても2〜3か月かかる(=雑誌や連載作品の内容を検討するには、読者が思っているより時間がかかる)ということも考慮が必要です。 

*1:追記。小林信彦とか石川喬司とか双葉十三郎とか和田誠といった人たちは、「非アカデミズムな人で、たくさん本を読んだり映画を見ていて、その「知識語り」が「自分語り」より多めな人たちとして、高校生ぐらいのときに出てきました。文章・文脈的に、それらの人たち=アカデミズムな人たち、に読めなくもないので、補足・追記しておきます。

*2:「SF小説」などと言う言いかたをするのは、活字の本を月に3冊ぐらいしか読まない、本以外のものに興味を持っているオタク野郎ということになっています。

*3:ちなみに後期の『宇宙船オロモルフ号の冒険』なんて、理系エンジニアは狂喜する話みたいなんですが、文系には何がなにやらというある種ものすごい作品です。

*4:当時はなんと、「人気カウンター」という名前で、読者アンケートの結果を読者に公開していたのです。これはアメリカのSF雑誌を模倣したものでした