在日コリアンに関するメモ(つづき)
これは以下の日記の続きです(コメント含む)。
→在日コリアンについて
メモなので、うまく調べられるかどうかわからない。
エントリーのコメント欄から。
# ぱるぷなし 『
収奪ですか...まあ、朝鮮人の主張が分かって面白いサイトだと思います。
でも、どうして在日『コリアン』とここだけ英語が入るんですかね。』
# TheInelegance 『主張が派手に分裂している辺りに、苦悩が見えますね。まあ、そりゃそうだろうなと同情的に思う訳ですけど。』
# riruhi 『朝鮮だと、北朝鮮が連想されて都合が悪いとか?
アメリカでは、コリアンが差別語に編入されそうな勢いだけどw』 (2007/03/02 09:46)
日本でも別に嫌韓がメインの気はしないんですが。ネットでは目立っている、というだけのことで。ぼく自身はまずハングルが読めない、という時点で韓国を嫌うことも擁護することもうまくできそうにありません。「アメリカでは、コリアンが差別語に編入されそうな勢い」というのは、もう少しくわしく情報を提供してください。
# かぼす 『NHKが「ハングル講座」という番組を持っていますが、韓国語講座にすると総連からクレームが来て、朝鮮語にすると民潭からクレームが来たのでやむなくそうした。という2ch上の噂があります。コリアン表記も似たような経緯なんでしょうかね。』
# tennteke 『私の行っていた大学では「コリア語」と言っていました。』
# 山下 『このエントリの意味がよくわかりません。そりゃあどこにもバランスのとれた思考の人はある程度いるでしょうが、そのことだけが判っても何もどうにもならないはずです。
話は違いますが、個人的には「在米リーベンレン」だの「平仮名講座」だのの類はバランスに欠けて見えます。やめてほしいなあ。』
# mastacos 『普通の在日コリアンの人の意識を知る。
と言う上で非常に参考になるサイトだと思いますね、確かに。
いろいろな事項については異論を持つ日本人も多いでしょうが、
「そう教えられていること」がよく判って為になると思います。
もうひとつ在日の方のサイトを紹介します。
これはその方の「強制連行という免罪符」というエントリです。
http://koreanthe3rd.jp/archives/32#trackbacks
こう言う在日の方々が増えてくれればいいですね。』
個人的にはちょっとしたメモ的に使ったりしているので、メモとでも思っていただければ。ということで、タグを「ネタ」から「メモ」に変えてみました。もっと「ネタ」以外のタグを使うことにしよう
# ハヌキ 『おお、懐かしのハンボード
明秀先生はお元気なのでしょうか
私は当時、ケグリさんのファンでした。http://www.han.org/hanboard/c-board.cgi?cmd=tre;id=
HANBoardについて考える でググるとオチスレの過去ログが見つかります
残念ながらハンボードは拉致発覚以前ですら電波扱いされてました(-人-) lovelovedogさんの体調が良くなりますように』
お気遣いどうもありがとうございます。少し体調がよくなったら、オチスレの過去ログも読んでみたいと思います。
あと、トラックバックから。
→ふにふに亭 - 在日コリアンについて
あと、依然(いや今でも?)よく、「在日に関する問題を取り上げると、出版社や放送局に矢のような抗議電話がかかってきて仕事にならなくなる」から取り上げにくい、とか「放送団体と在日団体には密約があって、出来るだけ問題は取り上げない話し合いがついている」とかいうネタが流布してますけど、その辺のソースってないんですかね?
抗議する団体があって、○○が中止になった、とか、訂正記事が載った、とかならありそうな気はするんですが。団体として抗議してくる何かがあると、それは個人の抗議より慎重に扱わざるを得ないのは、別に在日コリアンに限ったことでもないのでは。
上の引用と一緒ですけど、結局私達が聞きたいのは、『んで実際に残った53万人のうち徴用(強制連行)で連れてこられた人は何人なんよ』ってことなんですけどね。
戦前は日本人だったんだから、そのまま残った人についてとやかく言う気はないんですよ(いやまあ、当時わざわざ朝鮮籍を選択しておいて在日だから差別云々は勘弁してほしいけど)、問題はその後に朝鮮戦争のゴタゴタで難民として避難してきた人とかそれ以外の密航者やニューカマーまで、自分達は植民地支配の被害者だって騒ぐのがどうなんですかと。
これ、ものすごく調べたい。狭義の、ではなくて広義の「徴用(強制連行)」は何人か、という奴。
新聞の記事のような、二次情報はネットでもすぐ見られるんですが、たとえばこんなのとか。
→戦時徴用は245人 - Google 検索
もうひとつ。
→progressive link:在日への偏見
私が読んだ本では、本土で十分な米を生産していたときも朝鮮総督府が増収のために、本国の支持を退け、独自の判断で半島産の米を押しつけてきたために、米の価格が暴落したとあったのだが。
それはともかく、慢性的な食糧不足が日清戦争(1894)からずっと続いていたのかよとか、日露戦争(1904)でも第一次(1914)でもないのかという中学生レベルの突っ込みが最初に思いつきました。ちなみに日韓併合条約は1910年ですね。
ちなみに資本輸出と植民地支配によると、産米増殖計画は第一次世界大戦時の戦争特需を見越した米問屋による買い占めや売りしぶりが原因の米騒動(1914)が原因です。流入具合をみると、合併後かなり半島から人がいなくなった様子がうかがえますが、1917当たりから急増しています。何があったのでしょうか。
誰のどの本に書いてあったのか、少し興味を持ちました。
とりあえず、「在日コリアンについてのFAQ」の人には、こんなメールを出してみました。
「在日コリアンについてのFAQ]ですが
どうもはじめまして。
以下のテキストにつきまして、
私の日記で以下のように言及しましたところ、
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20070301/zainichi
私の日記に以下のようなトラックバックがありました。
http://d.hatena.ne.jp/nabeso/20070302#1172811402
私のほうでももう少し調べてみたいとは思いますが、こちら方面の知識はさっぱりなので、
日清戦争で慢性的な米不足におちいっていた日本は,「産米増殖計画」(1920〜34年)といって植民地である朝鮮半島から大量の米を収奪しました。日中戦争がはじまると,米だけでなく水や地下資源,労働力など,さらに収奪は激しくなっていきました。それによって朝鮮の民衆は貧しくなり,職をうしなう人が続出したわけです。はじめに,そういう人たちが大量に職を求めて日本にやってきました。
という、「産米増殖計画」についてくわしく分かるような資料をご教示いただけると幸いです。
私個人は在日コリアンのかたについてあまりくわしく知らないので、好き・嫌いとかいった感情はありませんです。
以下のものもとりあえずメモしとこう。
→産米増殖計画 - Google 検索