『メディア・バイアス』と「科学報道を見破る十カ条」

 ↓この本がめちゃくちゃ面白かったのでご紹介。

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)

★『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』(松永 和紀 著/光文社/777円【→amazon

世界に氾濫するトンデモ科学報道。納豆ダイエット捏造騒動を機に健康情報番組の問題点は知られるようになってきたが、テレビを批判する新聞や週刊誌にも、あやしい健康情報が山ほどある。そこには、センセーショナルな話題に引っ張られるメディアの構造、記者・取材者の不勉強や勘違い、思い込み、そして、それを利用する企業や市民団体など、さまざまな要素が絡んでいる。本書では、さまざまな具体例をもとにメディア・バイアスの構造を解き明かし、科学情報の真贋の見極め方、リスク評価の視点を解説する。

 メディア・バイアスとは、以下のようなものです。p5-6

「○○は効果がある」という健康情報だけではなく、「△△は危ない」とか「××は環境に悪い」などと警鐘をならす情報も誤りだらけ。全国紙にも時々、驚くような記述が見られます。まして週刊誌や夕刊紙になると、目を覆わんばかりです。
 共通しているのは、わかりやすい話であること。良いか悪いか一刀両断、白か黒かの二分法です。そして、どの報道にも医師や科学者などが登場し、数字を駆使し、科学の衣をまとっています。
 しかし、科学はそれほど単純ではありません。さまざまな条件や量の大小などによって良くも悪くもなります。白か黒かではなく、グレーゾーンが大部分なのです。
 マスメディアは、このグレーゾーンをうまく伝えることができません。多種多様な情報の中から自分たちにとって都合の良いもの、白か黒か簡単に決めつけられるようなものだけを選び出し、報道します。メディアによる情報の取捨選択のこうしたゆがみは、米国では「メディア・バイアス」と呼ばれています

 本当に米国では「メディア・バイアス」と呼ばれているか、という疑問がぼくの中では当然あるのですが、それはともかく。(追記:Wikipediaの記述によると、liberalなバイアス=偏向報道、的なニュアンスを感じました。コメント欄参照)
 とりあえず、この本に挙げられていて、名前を出していない人(なんで名前を出すのを、著者は意図的に回避したか不明)を、ちょっと探してみます。
 まず、レタスをたくさん食べるとよく眠れる、というニセ情報と「ラクッコピコリン」という謎の物質を語った大学教授について。
 これは「ラクチュコピクリン」が正式な名前だそうで(ピコリン酸とピクリン酸とは明白に別物)、その成分が多いのは普通のレタスとは別種のワイルドレタス。
ラクッコピコリン - Wikipedia

ラクッコピコリンは、想像上の物質。

ラクッコピコリン - Google 検索
質問日記2

 ところで、健康関連番組で述べていたラクチュコピクリンの睡眠効果について、元になる文献を調べておりますがみつかりません。もし、本当にないのなら、科学的実証よりも先にマスコミの発したデマがインターネットで増幅されてあたかも真理のように流布していることになり、ゆゆしき事態であると思われます。これが偽健康食品に結びつき、被害でも出なければよいのですが。
 ラクチュコピクリンがラクッコピコリンに、ラクッコピコリンがラコックピコリンにと伝言ゲームのような結末でした。ちなみにラクチュコピクリンはレタス属の学名「ラクチュカ」とラテン語の「苦い」(ピクリン)から命名されたのではないかと推測します。語源を知っておれば、こんな伝言ミスもなかったかもしれません。

レタスと睡眠(pdf)

そして、実際の番組を見て驚いたのは、実験室と実験をやっているのは紛れもなく私の研究室と、私の助手そのものであったが、コメントをしたのは私でないある教授であった。その教授は眠っているように見える実際には眠っていないネズミの画面が放映された直後に「ラクッコピコリンという有効成分が含まれていて即効性があります」と自信ある権威者のコメントのように話された。番組は見事に成立した。そして、この教授はいろいろな食材の問題ではテレビ出演の多いかたであるが、そのレパートリーにレタスと睡眠についてもコメントのできる教授となられた。
今でも NHK を含め食に関係した番組では時々出演しておられる。余談ではあるが、私がこの事実を学会の席上や市民講座などで話したことがお耳に入ったのか、それとも何か感ずることがあって自粛されたのか、ご自分のホームページにご自分が出演されたたくさんの報道番組の一覧を掲載されていたが、今はホームページも閉じておられる。

気が向いたものを寄せ集めBlog:【あるある大事典】「レタスで快眠」も捏造?長村洋一教授「あそこまでいい加減な番組と知っていたら、取材を受けなかった」

番組では実験中、かごの隅でおとなしくなったマウスを「眠ってしまった!」との字幕を入れて紹介。実験にかかわっていない田島眞・実践女子大教授(食品学)の「レタスは催眠効果がある」としたコメントとともに放送したという。番組は当時も制作会社「日本テレワーク」(東京)が請け負っていた。

田島眞 レタス - Google 検索
田島眞 ラクッコピコリン - Google 検索
 とりあえず、普通に食べているレタスを多少多めに食べても睡眠効果は期待できないようです。
 次に、「ニセ科学」の典型的な例としての「マイナスイオン」「水からの伝言」について。
『メディア・バイアス』p192

 一見無関係のマイナスイオンと「水からの伝言」を調べていくと、一人の人物でつながりましたマイナスイオンの効果をテレビや雑誌などで盛んに解説し、たくさんの著書も出した女性は一九九五年、江本氏(引用者注:江本勝氏)と共著で『波動の食品学』(高輪出版社)を出していました。「保健学博士」であるこの女性は、本人のウェブサイトによれば、現在は日本食の健康優位性や食文化の意義を科学的に解明しようとしているとのこと。今でも、雑誌などに登場しています。

 これはちょっと検索すると「菅原明子」氏のことだとわかります。
Sugahara Institute Website // 菅原食生態学研究所

日本健康医学会評議委員、日本アーユルヴェーダー医学会顧問、農林水産省環境保全型農業推進委員会委員、女性科学者健康会議(WSF)代表で、 毎年薬師寺で女性イベント主催。食育・健康教育の分野、そしてマイナスイオン科学の第一人者として研究、執筆、講演活動などに精力的な活動を繰り広げている。 主な著書に「マイナスイオンの秘密(PHP研究所)」「食品成分表(池田書店)」「ウィルスの時代がやってくる(第二海援隊)」 「白米が体をダメにする!(現代書林)」「黒い食べ物に秘密パワーがあった(青春出版社)」「快適!マイナスイオン生活のすすめ(PHP研究所)」など多数。 2002年12月 NHK経営委員就任

NHK経営委員会|経営委員紹介|菅原明子

印象のいい番組
印象に残っている番組は、「NHKスペシャル」のうち科学のスペシャル全部です。わが家では全部DVDを買って繰り返し見ています。NHKスペシャル「地球大進化」も良かったです。科学が発展すればするほど、デジタル映像で理解するのが一番早いし、感動的です。科学が好きになれます。

 なるほど。
マイナスイオンはインチキか 市民のための環境学ガイド

先日、ある読者の方からメールをいただいた。「インターネットの検索エンジンで、マイナスイオンと入れて検索しても、その非科学性が批判されている記事が皆無に近い。オゾンが発生している可能性もある。ある特定(後出)の人物が偉そうな肩書きを使って(東京大学+××博士)、いろいろと述べているので、一般市民には批判の余地がない状況だ。この状況を改善するために、なんとかしろ」。うーん、なるほど。

 さらに、なるほど。
 現在はだいぶ状況は改善されているかも。
マイナスイオン - Google 検索
 この他にも、ロシアの謎の科学者・イリーナ・エルマコヴァ博士による「遺伝子組み換え大豆の実験」の、ちょっと呆れるぐらい「バカの仕掛け罠」みたいな話とか載ってて(なんでそんなのに騙されるか、という構造も含めて語られていて)、読み出したら一気読みなのです。
 ネットで読めるテキストとしては、こんなのとか。
幻影随想: 毎日新聞がまたやってくれちゃっている件について

以前から何度もネタにしているが、「市民派毎日新聞遺伝子組み換え作物GMO)問題においても「市民運動」と密接に連携して動いている。
しかし、やはりというか何というか、やっぱりこの「市民運動」もあんまりまともじゃないのだ。
前から与太記事書いているとは思っていたが、まさか一番トンデモ度の高い所と組んでいたとはなぁ。

 しかしまだ検索ではそんなに批判テキストが上位に来ていないのを嘆くのは、「劣化ウラン弾 博士」で検索した場合と同じような気分です。
 ということで、だいぶ長くなりましたが、最後に『メディア・バイアス』の著者・松永和紀氏が「科学報道を見破る十カ条」というものを作ってますので、テキスト引用しておきます。p255-256

1・懐疑主義を貫き、多様な情報を収集して自分自身で判断する
2・「○○を食べれば……」というような単純な情報は排除する
3・「危険」「効く」など極端な情報は、まず警戒する
4・その情報が誰を利するか、考える
5・体験談、感情的な訴えには冷静に対処する
6・発表された「場」に注目する。学術論文ならば、信頼性は比較的高い
7・問題にされている「量」に注目する
8・問題にされている事象が発生する条件、とくに人に当てはまるのかを考える
9・他のものと比較する目を持つ
10・新しい情報に応じて柔軟に考えを変えてゆく

(太字は引用者=ぼく)
 以下のテキストも参考にどうぞ。
対洗脳・情報操作に対する十箇条
報道に対する十箇条
報道に対する十か条(簡易版)

1.情報を流して得する人を考えてみましょう。
2.可能な限り情報の出所(リソース)を確認しましょう。
3.コメントはその人の意見であって事実ではありません。
4.片寄った意見はなんらかの裏があるはずです。情報だけを見るようにしましょう。
5.2つの意見があるとき、マスコミの誘導に載らない決断力を持ちましょう。
6.雑誌や番組のタイトルや見出しに惑わされず、中身を見るようにしましょう。
7.意見の偏りや専門を見極めるために、情報提供者(や出所)の名前を覚えるようにしましょう。
8.メディアの人間がアクシデントに対しどんな対応をするか見極めましょう。
9.メディアは知っていることすべてを報道するわけではないことを覚えておきましょう。
10.大勢が判明するまでなにかを語ることは避けましょう。

 『メディア・バイアス』の著者のサイトも紹介しておきます。
松永和紀のページ