気楽に書けたらどんなにいいことかと無責任に思う
以下のブックマークコメントを読んで、
→はてなブックマーク - 愛・蔵太の少し調べて書く日記 - ネットで事件報道について何か素人が言いたいなら「後出し」ぐらいでちょうどいい
2007年09月08日 Mr_Rancelot メディアリテラシー, マスコミ, 社会 ストイック過ぎる様に思う(この基準であれば言及できないことが多すぎ、それも意見の多様性の観点からは別の問題があるように思う)
「気楽に書」いて「言いっぱなしでなければいい」(あとで訂正すればいい、ということかな)というスタイルでは、いつの間にかできなくなってしまった自分縛りの鬱陶しさを思ったり。
なんで気楽に書かなくなったかというと、多分ネットを「曖昧な情報(あるいはデマ)の拡大装置」に使っているように、ぼくには思えた人(あるいは場所)が、ぼくがこの日記のささやかな影響力を意識しはじめていた時点では目立っていたことがありました。「個人の日記」レベルで気楽に書いている人たちに対する違和感はあることはあっても、それにムカつくとか憤慨するという公憤はあまり出てこないんですが、ある程度アクセス数のあるところが、ていうかぼくより数十倍も影響力のあるところが、曖昧な情報をネタにすることには、はっきりぼくの「敵」とするところである、と明言したほうがいいのかも、と思いました。
具体的に言えば、それは今現在では「痛いニュース(ノ∀`)」です。
いやそれは具体的に言いすぎかな。もう少し広く言うと「曖昧な情報を「ネタ」として楽しんでいる(読者を楽しませている)、2ちゃんねる的掲示板を含むいろいろなサイト」でしょうか。
ぼく個人のレベルでは「痛いニュース(ノ∀`)」その他2ちゃんねる系サイトからネタを拾い読みしているケースはけっこう多くて(「はてブニュース」経由ではありますが)、重宝しているんですが、それをそのまま信じて「これはひどい」とか「すばらしい」というような形で、自分のところのエントリーにしたりすることは滅多にありません*1。
つまり、情報に接する順番としては、
1・はてブニュース
2・痛いニュース(ノ∀`)その他2ちゃんねる系サイト
3・新聞その他の報道
4・報道として伝えられた側の元テキスト(公式発表・議事録その他)
という感じでぼくはやるんですが、感覚としてではなく、「はてなブックマーク」のつけられ具合からの数字を見ると、「3」どころか「2」で情報収集をやめてしまっている人が多いような気がします*2
ぼく基準では、「痛いニュース(ノ∀`)」にブックマークして、それにコメントをつける、という行為は、あとで別の情報が出てきたとしても恥を書かないように慎重な姿勢で、というのを多くの人に心がけてもらえるとありがたいところです。若干懐疑的に「続報が待たれる」的なコメントをつけるとか「また「痛いニュース(ノ∀`)」か」とか、ですね。
考えてみたらぼくの「敵」は、「痛いニュース(ノ∀`)」(のようなところ)ではなく、「痛いニュース(ノ∀`)」(のようなところ)をソースにして何か言って(日記でもブクマコメントでも)「あとで訂正」しない個々の人たちだったり、そのようなネットの使いかたがされていながら、一部マスコミの無責任ぶりに対しては厳しい「ネットの雰囲気」だったり、なのかもしれません。