2008年に読んだ本のベスト10

 回顧して、選べるほど読んでいたか不明だったんですが、とりあえず選んでみます。2008年じゃなくてそれ以前に出た本も含まれます。
1・

翼のはえた指―評伝安川加壽子 (白水uブックス)

翼のはえた指―評伝安川加壽子 (白水uブックス)

★『翼のはえた指 評伝安川加壽子』(青柳いづみこ/著/白水社/1,470円)【→amazon

大戦前夜にフランスから帰国し、圧倒的なテクニックと知的で優雅な演奏スタイルで、衝撃的デビューをとげた天才少女ピアニストは、日本の音楽界に何をもたらしたのか。戦後日本のピアノ界をリードし続けた安川加壽子の実像に迫る。

 フランス流テクニックで観客を魅了したピアニスト・安川加壽子の評伝を、名文で私的に愛している青柳いづみこが手がける。少女時代から戦中・戦後の混乱時代、成長と円熟の時代とそれに重なるような家庭婦人の時代。いつどこでどのような演奏をして、それはどのような評価を受けたか、また、いつどこで誰と会ってどうこうした、というような記録が、とても信じられないくらい丁寧に追われている(書かれている)伝記。一度も安川加壽子の演奏を聴いたことがないような人でも、絶対これ読んだら聴いてみたくなる。晩年の、最後のコンサート以来、リウマチをおしての審査員時代の10年というのが読んでてつらくてつらくて。これは前に出た本の廉価版ということではありますが、2008年の新刊ということで。
2・

モーツァルトの息子   史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫)

モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち (知恵の森文庫)

★『モーツァルトの息子 史実に埋もれた愛すべき人たち』(池内紀/著/光文社/720円)【→amazon

モーツァルトには6人に子供がいた。父に劣らず音楽的な才能に恵まれていた四男は14歳でデビューを果たす。モーツァルト2世はその後…。18世紀のウィーン、しがない小役人の名前をオーストリア帝国で知らない者はいなかった。彼が国中の建物などに自分の名前を「落書き」したからである。実在しながらも歴史の中に消えていった30人の数奇な運命を描く。

 ヨーロッパを舞台に生きた、奇妙な人生の30人を描いた評伝というか、ボルヘス的迷宮な伝記録。こんなヘンな本、というか、キャラクターが出てくる本なんて読んだことがなかったよ。とにかくどの登場人物も、歴史に埋もれてしまいすぎている割には超個性的すぎて驚く。こういう人を拾ってくる(見つけてくる)池内紀の特殊能力にも感心する。とはいえこれも以前に出た本の文庫化本であります。
3・

アニキの時代―Vシネマに見るアニキ考 (角川SSC新書)

アニキの時代―Vシネマに見るアニキ考 (角川SSC新書)

★『アニキの時代 Vシネマに見るアニキ考』(谷岡雅樹/著/角川マガジンズ/777円)【→amazon

巷で聞かれる新しいリーダー像、それは「オヤジ」ではなく「アニキ」である。プロ野球界にも芸能界にも、いろいろな業界にアニキはいる。が、特筆すべきなのはVシネマ業界だ。哀川翔竹内力、小沢仁志…。彼らがアニキという称号を得るまでに何をし、何をしなかったのか。アニキになるためにはどんな条件が必要なのか。その創生期からVシネマを見てきた著者が、アニキ俳優たちの本質に切り込む。そこから、現代社会の若者たちに求められるリーダー像が見えてくる。

 Vシネマという映画の特殊ジャンル周辺で、自己表現や創作活動をおこなった人たちの、ライトな紹介と映画に関する言及。新書判で読むのがもったいないほどの中身の濃さを感じてしまいましたのだ。まだまだ見ておかなければならない映画が多いということに唖然とするやら恍惚とするやら。
4・

★『世界一の映画館と日本一のフランス料理店を山形県酒田につくった男はなぜ忘れ去られたのか』(岡田芳郎/著/講談社/1,785円)【→amazon

映画館の名は「グリーン・ハウス」。レストランの名は「ル・ポットフー」。日本海の港町で、伝説の男・佐藤久一は命の炎を燃やした―。夢追い人の物語。

 今は寂れまくっているあちこちの地方都市。その一つである酒田市に「映画館」と「フランス料理」を提供してその名を東京の文豪・食通にも知られた佐藤久一。地方都市のことを考えると、1970〜80年代というのが、いかに今と違っているのか、なぜ違ってしまったのかについて考えさせられます。今でも地方で「文化」を維持しようと頑張っている人がいることはいるとは思うのですが、大変だろうなぁ。
5・

小松左京自伝―実存を求めて

小松左京自伝―実存を求めて

★『小松左京自伝 実存を求めて』(小松左京/著/日本経済新聞出版社/2,625円)【→amazon

1973年に発表した『日本沈没』が大ベストセラーとなり、2006年にはリメイク映画も公開され話題を呼んだ、日本SF界の巨匠・小松左京。その原点とも言える、戦後の焼け跡から始まった青春時代、文学との出会い、SF作家の道を歩むに至った契機とは、どのようなものだったのか?また、今なお輝き続ける膨大な作品群を生み出した執筆の舞台裏では、どのような着想や人々との出会いがあったのか?文学の枠を超え、宇宙とは、生命とは、そして人間とは何かを問い続ける作家の波瀾万丈の人生と創作秘話。

 もうすっかりヨボヨボなイメージになってしまっている日本SFの巨人が、日本経済新聞に連載した自伝と、「小松左京マガジン」で語った自作品に関する膨大な注釈を、1冊の本にまとめたもの。読み応えありますし、リアルタイムで小松左京の元気なころの活動(1980年代はじめぐらいまで?)を知っている人には多分なつかしい本だと思う。ハードSF、というか、小説なのに人類・文明・未来というスケールの大きなテーマを書いている人が、少なくとも日本には一人いた、というその人の思考のすごさが垣間見れる1冊。これ読んでSF作家になる人が出てくるととてもうれしい。
 
 あとは、過去に言及したもので5冊を埋めておきます。
『1976年のアントニオ猪木』----ジャイアント馬場と闘えなかった男の闘魂
『先生とわたし』(四方田犬彦)----深酒と孤独には気をつけようと思った
『生物と無生物のあいだ』----文章の安定したうまさに感心
『武士道シックスティーン』----とりあえず伊藤静と川澄綾子の声で読む
『北朝鮮へのエクソダス』----歴史として考える
 
 とりあえず、id:hmmmさんにidコールしてみますが…お元気ですか。