「科学の世界の公用語はへたな英語(poor English)」の起源について

 数日前のツイート。
http://twitter.com/wishigame/status/26983293524

昨日からスイスの学者がへたな英語どうこう、というRTをよく目にするのだけどこれ出展どこでしょね。少し前内田樹ブログで「福岡伸一先生がこんなエピソードを紹介していた」として似た話を書いている http://bit.ly/9pqZrP けど、これだと「ドイツ人の学会長」となってる。

http://twitter.com/wishigame/status/26983667263

まあこれは比較的元ネタを辿るのが楽そうだし、愛蔵太さんがさっくり片をつけるであろう

 えーまた俺調べるの? もーいーよー、誰が言った言葉でも(エーリカ・ハルトマン風に)。
 オリジナル・ツイートはこれかな? 2010年10月11日。
http://twitter.com/cico_y/status/26956209463

世界中の科学者が集う学会の開催宣言にて スイスのある重鎮学者「科学の世界の公用語は皆さん、英語であるとお考えだと思いますが違います。科学の公用語は”へたな英語”です。どうかこの会期中、あらゆる人が進んで議論に参加されることを望みます。」 かっけえw

 内田樹氏の言及テキストは、こんな感じ。2010年05月12日。
リンガ・フランカのすすめ

福岡伸一先生がこんなエピソードを紹介していた。
アメリカで分子生物学の学会があった。
福岡先生がその開会セレモニーに参加したとき、学会長の挨拶があった。
学会長はドイツ人の学者であった。
彼はこう言ったそうである。
「この学会の公用語はEnglish ではありません」
会場はどよめいた。ではいったい何語で学会は行われるのであろうか・・・
学会長はこう続けた。
この学会の公用語はPoor Englishです」
私はこの構えを支持するものである。

福岡伸一先生の本にこんな逸話があった」ではじまる、内田樹氏の1年前の「Poor English」に関する話。 2009年07月18日
英語で合気道

福岡伸一先生の本にこんな逸話があった。
分子生物学のある国際会議がアメリカであった。
学会の会長であるドイツ人が壇上に立って、開会の挨拶をするときにこう言ったそうである。
「この学会の公用語は英語ではありません」
福岡先生が「はて、何語であろう」と訝しく思ったら、会長はこう続けた。
「この学会の公用語はPoor Englishです」
たいした見識だと思う。

「スイスのある重鎮学者」「学会の会長であるドイツ人」、「世界中の科学者が集う学会(場所は不明)」「アメリカで分子生物学の学会」と、情報がいろいろ違う。
 「2005-10-20」の「雑誌」からのテキスト。これはスイス人。
英語 on 2005-10-20

ところで今日読んでいた雑誌に以下のようなことが書いてありました。
「ある科学の学会で、キーノートスピーチをやるスイスの重鎮学者が『科学の世界の公用語は皆さん英語だと思っていると思いますが違います』と基調講演を始めたのだそうな。いったい何を言い出すのかと会場が静まり返った。(注:世界の学会の公用語はたいてい英語です。)果たして彼はこういった。『科学の世界の公用語はへたな英語(poor English)です。』会場は大きな笑いと拍手。その後の会議は英語が母国語でない人もいつもより活発に発言していたように思う。」
うん、いい話だ。

 福岡伸一のテキストらしきもの見つかる。出所は『できそこないの男たち』(光文社新書)。
黒夜行: できそこないの男たち(福岡伸一)

時間がないのでそろそろ感想を終えますが、最後に一つだけ。プロローグに書かれた、福岡伸一が出席したある国際学会での出来事についてだ。
開会に先立って行われる基調講演で、スイスの重鎮学者が開口一番こう言ったようです。
「科学の世界の公用語は、皆さん、英語であると当然のようにお考えになっていると思いますが、実は違います」
会場にいた多くの科学者は驚いてその重鎮学者を注視したという。それもそうだろう。科学の世界の公用語は明らかに英語だし、それは当然のことなのだ。
しかしその重鎮学者はこう続けた。
「科学の世界の公用語は、へたな英語(プア・イングリッシュ)です。どうかこの会期中、あらゆる人が進んで議論に参加されることを望みます」
僕は、自分でもおかしいと思うけど、この部分を読んで泣きそうになりました。今もこれを書きながら泣きそうになっています。

 あとは簡単
 国際会議の名前と行われた日とかが分かれば、「基調講演」(キーノートスピーチ?)のオリジナル・テキストも探してみたい勢いだ。
 それなりの会議の基調講演なら、ネットテキストにはなっていなくても、英文テキストがきっとこの世に存在すると思う。文脈が読みたいので、「Poor English」という語が出ているテキスト全文が知りたい。文脈大事。
http://twitter.com/wishigame/status/27018825938

@kuratan 調べてみたらこのページ http://bit.ly/ackhoh でおなじようなエピソード(科学の世界の共通語)が英語で紹介されてました。流布してる日本語テキストと細かいところがちがうんで、共通の元ネタが別にある感じですね。

MSECCの活動の記録

● 科学の世界の共通語
 ある大きな分子生物学の国際学会での出来事、重鎮科学者による基調講演が“科学の世界の共通語は英語ではない”から始められ、会場が静まりかえったところで、その重鎮は“私のように下手な英語でいいのです”と出席者を安心させ活発な議論を導いた。(by K. Naito
   (ご参考のため下記に原稿を添付します)
Official Language for Scientific Congress
 At a big international congress of molecular biology, the first day was started with the keynote address by a world famous authority leading the field before the audience who were listening to him obediently. As a matter-of -course, the official language to be used at such an international conference was thought to be English.
 The authority composedly started, "The common language in the scientific world is not English." The conference hall suddenly became deadly quiet. The audience were afraid that the authority might insist that German should be the official language for science, because he is known as a Swiss of German origin. The audience focused on what he would mention next.
 He after a breath mentioned, "The common language in the scientific world should be poor English, just as I am speaking now.” Dear lady and gentleman scientists having gathered here from throughout the world! Please do not hesitate to discuss and exchange opinions actively and frankly in any English you can speak." The conference hall was full of loud cheers on the splendid opening address given by the authority.
                                                         (09_3_2 GSECC/KN)

「K. Naito」さんという謎の人の言葉。
 とりあえず、『できそこないの男たち』(福岡伸一光文社新書)からテキスト引用します。p20-21

 こんな話がある。ただし、アメリカ生活のずっと後のことだ。

「こんな話がある」って、いきなり伝聞コバナシ情報? 体験談なのかよくわからないので引用を続けます。

 ファセブ・ミーティング(引用者注:アメリカ実験生物学会連合(FASEB)が主催する研究会の通称)よりも大きな規模の国際学会が開かれた。たくさんの分科会が開催され、世界中から多数の研究者が集まる。非英語圏からの参加も当然多数ある。初日だけは皆が一同に会し、学会の開催宣言が行われる。そこでは、この分野の大御所が、基調講演(キーノート・アドレス)を行うのが通例である。今回、その役は、スイスの重鎮学者によって行われることになっていた。彼は、威厳に満ちた重々しい足取りでゆっくりと壇上に上がり、演台の前に立った。そして開口一番、彼はこう言ったのである。
「科学の世界の公用語は、皆さん、英語であると当然のようにお考えになっていると思いますが、実は違います」
 一体、何を言い出すのか。会場に集まった人々は驚いて彼の顔を注視した。彼自身は、ドイツ系スイス人であり、その英語はかなり強いドイツなまり、お世辞にも流暢な英語とは言えないものだった。皆は、彼が次になんと言うか息を呑んで待った。まさか、彼の母語であるドイツ語だ、などと言うのではないだろうな。かつてドイツはすべての科学分野で世界をリードしていた黄金の一時期があったことは確かだが、いまさらそれは。
 果たして、彼はこう言った。
科学の世界の公用語は、へたな英語(プア・イングリッシュ)です。どうかこの会期中、あらゆる人が進んで議論に参加されることを望みます」
 会場からは大きな笑いとそして拍手が沸き起こった。このキーノート・アドレスに勇気付けられたおかげだろうか、この学会では、どのセッションでも、アジアから参加した非英語民の活発な発信が目立った。

 引用終わりです。
 国際学会、どこでやったか不明ですね。
 福岡伸一氏の体験談なのかも不明。
 ただし広めたのは間違いなく福岡伸一氏。
「キーノートスピーチ」じゃなくて「キーノート・アドレス」? ただしこれは、雑誌連載時のものに手を加えた可能性もあるから…。

初出:「本が好き!」(光文社刊、2007年10月号〜2008年10月号。プロローグ、エピローグの一部は、それぞれ「エロコト」(木楽舎、2006年11月1日発行)、「文学界」(文藝春秋、2008年1月号)に発表された文章に変更を加えたものである)

 なんか、「英語 on 2005-10-20」で紹介されているテキストは、福岡伸一氏より古いことになりますが、ブログテキストの日付などはいくらでも変更可能なので、そこのところはどうなんだろうな。
 しかしそもそも「ドイツ系スイス人 生物学者」「molecular biology swiss german」で検索しても、該当する人間がうまく見つからないのだった。
 …福岡伸一さんに直接お伺いしてみる? しかしこんな、見ず知らずのハンドルだけの人間が、メール送ったとしても読んだり返事したりしてくれる可能性あるのかな? 一応「青山学院大学理工学部 化学・生命科学科 教授 福岡伸一」氏の連絡先(メールアドレス)は、少し調べるとわかるんだけど…。
 とりあえず、
http://twitter.com/cico_y/status/26956209463

世界中の科学者が集う学会の開催宣言にて スイスのある重鎮学者「科学の世界の公用語は皆さん、英語であるとお考えだと思いますが違います。科学の公用語は”へたな英語”です。どうかこの会期中、あらゆる人が進んで議論に参加されることを望みます。」 かっけえw

 というツイートは、引用元の明示に欠ける、という致命的な欠点を除けば、まぁ許せる程度の引用。
 内田樹氏による引用は…俺基準では孫引用すると危険なレベルの誤引用。「学会長」「ドイツ人」ってのはひどい。