デイヴィッド・ゴードン『二流小説家』で垣間見るアメリカの小説業界事情

　ネタ的に面白すぎて困った。

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ハリーは冴えない中年作家。シリーズ物のミステリ、ＳＦ、ヴァンパイア小説の執筆で何とか食いつないできたが、ガールフレンドには愛想を尽かされ、家庭教師をしている女子高生からも小馬鹿にされる始末。だがそんなハリーに大逆転のチャンスが。かつてニューヨークを震撼させた連続殺人鬼より告白本の執筆を依頼されたのだ。ベストセラー作家になり周囲を見返すために、殺人鬼が服役中の刑務所に面会に向かうのだが……。ポケミスの新時代を担う技巧派作家の登場！ アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補作

『二流小説家』はフィクションであり、現実の話ではありません。
　以下、引用。16-20ページ。

　これだけは誤解しないでほしい。ぼくがこれまでひとつも小説を書いたことがないというわけではない。手がけた作品はたしか、二十三にものぼる。そこに至るまでの経緯を説明すると、まず、あらゆる雑誌の例に漏れず、インターネットが《ラウンチー》誌（引用者注：架空のポルノ雑誌）を廃刊へ追いやった。かつて、テレビや映画が書物を絶滅へ追いやったのとまったく同じように。さらに時代を遡って、ぼくの思いだせないなんらかのものが詩を絶滅へ追いやったように。いや、詩の場合にかぎっては、みずから命を絶ったと言うべきなのかもしれない。いずれにせよ、ついには世の変態どもまでが《ラウンチー》誌の購読をやめてしまい、ポルノ業界におけるぼくのキャリアはそこで潰えた。そんなおり、《ラウンチー》の編集者のひとりがＳＦ物の出版社へ転職することになった。ぼくもそこから仕事をもらい、さまざまなペンネームで小説を書くようになった（つまりは、ポルノ関係で使っていたのとは違う名前で。《ラウンチー》時代も多くのペンネームを使ってきたが、おおかたはトム・フランクス、女物の雅号が必要なときにはジリアン・ジェッソという名を使っていた）。その出版社で最初に手がけたのが、ゾーグ・シリーズだ。だがこれは、ぼくにとってはちょっとした方向転換にすぎなかった。ゾーグと呼ばれる惑星を舞台にしたこの作品は、言うなればソフトコアのポルノ小説みたいなもので、戦闘シーンのあいだに差し挟まれる性奴の濡れ場や、ライトボンデージや、エロティックな拷問シーンを呼び物としていたからだ。ぼくの頭のなかから生まれたゾーグという惑星は、太古の趣を残した未来の世界に存在した。古城と宇宙船が混在し、レーザー光線と剣とを用いた戦闘が繰りひろげられる世界。腰のくびれた巨乳の女たちと、鬚を生やしたマッチョな男たちがドラゴンに乗り、ロケットを飛ばし、角でつくった杯から蜂蜜酒を飲む世界。ぼくはそのシリーズをＴ・Ｒ・Ｌ・バングストロームというペンネームで世に出した。いちばん売れたのは『惑星ゾーグ----淫売どもの主』だったが、いちばん楽しんで書いたのは『惑星ゾーグ----セクサロイドの反乱』だった。そのなかに、虐げられていた女たちがほんのいっとき、形勢を逆転させる場面があったからだ。その本の冒頭には、”Ｊに捧ぐ”（引用者注：作中人物の昔の恋人、ジェインの頭文字）と記しさえもした。

『二流小説家』はフィクションであり、現実の話ではありません。

　その後、スラム街で生きる黒人を主人公としたシリーズを手がけるようになった。これは一般に”都会小説”と呼ばれるジャンルにあたる。主人公は、特殊部隊の元中尉。アフガニスタンとイラクで任務につき、傷を負ったことから、麻薬に溺れてしまう。古巣のハーレム地区へ戻ると、男はきっぱり麻薬と手を切り、まっとうな警官として再出発する。ところが、やがてその過去があきらかとなったとき、男は組織から追放される。そうしてライセンスを持たない私立探偵となった男は、日給二百ドルプラス経費の報酬と引きかえに、街に巣食う悪を正し、正義の鉄槌をくだしていく。ぼくはその主人公を、エチオピアとネイティブ・アメリカンの血をひく混血のユダヤ系黒人として描きだした。その名はモルデカイ・ジョーンズ----スラム街の陰の保安官。ぼくのペンネームはＪ・デューク・ジョンソン。《ゲーム》誌の依頼で行なった自作自演のインタビュー記事を読んだ読者なら、”Ｊ”が”ジョン”の略であることは知っているはずなのだが、なぜかデュークと呼ばれるのがつねだった。

『二流小説家』はフィクションであり、現実の話ではありません。

　最近になって、”ヴァンパイア市場”にも参入するようになった。そこにこそ、金の生る木が転がっているような気がしたからだ。とういうわけか、ヴァンパイアを信奉する連中には、書店の棚に並んだ書物をくまなくさらっていく傾向がある。ためしに<バーンズ・アンド・ノーブル>へ行ってみるといい。何ヤードにもおよぶ棚を埋めつくす、数々のヴァンパイア小説が目にとまるはずだ。それはいったいなぜなのか、ぼくにもさっぱりわからない。おそらくは、ヌーボー・ゴシック、ホラー、インダストリアル系クラブ・カルチャーなどと何かしら関係しているのだろう。とはいえ、全身に開けたピアス穴や黒ずくめの衣装や網タイツは、アバズレ調教師としてぼくが培ってきた知識とぴったり符合するものだった。文壇からどれだけ冷たい目で見られようとも、ぼくには、オタクや世を拗ねた連中の気にいるような、真に迫った通俗小説をひねりだすことができた。書物がフェティシズムの対象となり果てたいま、なおも小説を読みつづけるのは、呪物崇拝者ぐらいのものなのだろう。
　ファンタズム社でぼくを担当してくれている齢二十六の編集者によると、ひとつ障害があるとすれば、世のヴァンパイア小説がすべて若い女の一人称で語られていることだという。だが、執筆に際してはなんの問題もなかった。《スウィート・ヤング・マガジン》に掲載するためジリアン・ジェッソの名で手がけてきた多くの作品は、たいていこんなふうに始まった。”あれは十八歳の誕生日のこと。あたしはチアリーディング・チームのキャプテンとして……”ところが、ヴァンパイア小説用のペンネームと著者近影写真を用意する段になると、ぼくは思わぬ障害にぶちあたった。

『二流小説家』はフィクションであり、現実の話ではありません。

　それまで使ってきたペンネームに関しては、さしたる問題もなかった。Ｔ・Ｒ・Ｌ・バングストロームの写真は、ぼくが自分で付け鬚をつけ、分厚い黒縁眼鏡をかけ、シャツの下に枕仕込んだ姿を撮影した。バングストロームは（というより、ゾーグ・シリーズの読者は）、ずんぐりとした体形のオタクどもにちがいないと考えたからだ。そのうえで、沈着冷静な印象、強い志を抱いている印象を少しでも加味できるよう心がけた。Ｊ・デューク・ジョンソンの場合は、近所で花屋を経営している友人のモーリスに協力を仰いだ。モーリスは完全なるゲイでありながら、完全なる巨体を誇り、漆黒の肌、豊かな長髪のドレッドヘア、王者にふさわしい威風堂々たる面立ちをしていた。デューク・ジョンソンなら、きっとこんな風貌をしているにちがいない。屈強にして思慮深く、いかなる辱めもけっして許しはしない男の風貌。ただし、撮影の際、モーリスをにやりと微笑ませることだけは差し控えた。モーリスが笑うとえくぼができるし、前歯の抜けた穴が覗くと、なんとも言えない愛嬌を醸しだしてしまうから。ぼくたちはモーリスにスーツを着せ、帽子をかぶせ、借り物の指輪をはめさせた。モーリスの恋人で、華奢な身体つきをしたヴェトナム人、ゲイリーも呼びだし、ふたりにディナーとワインをごちそうした。酒に酔い、眠気に襲われ、こんな茶番にいいかげん飽き飽きしてきたころ、モーリスはついにそれを成し遂げた。世のなかにすっかり嫌気がさした目つき、”おれを虚仮にするな”と言わんばかりの凄みを利かせた、王者の目つきをしてみせたのだ。ぼくはその瞬間を使い捨てカメラで撮影した。いずれにしても、小さなピンぼけの白黒写真が一枚あればそれで充分だった。広告用の写真を求められるたび、ぼくはその写真を送った。そもそも、広告用の写真を求められること自体、じつにまれなことだった。

『二流小説家』はフィクションであり、現実の話ではありません。

　だが、ヴァンパイア小説のファンをその程度で納得させることは不可能だった。彼らはより鮮明な写真を、著者とより多く交流する機会を求めていた。加えて、その著者は女でなくてはならなかった。なぜかはわからないが、ヴァンパイア小説の読者（主に女性読者）は、同胞の女性の手によるヴァンパイア小説、ヒロインが一人称で語るヴァンパイア小説のみを愛好し、心から信じこむきらいがある。その著者は、魅力的ではあるが若すぎもせず、痩せすぎでもない女であれば、いっそう望ましい。そんなわけで、いまは亡き母に一枚噛んでもらうしだいとなったのだった。

　最後がひどい。
　コロンビア大学で学位２つ取ってる作中人物でこの有様。
　ヴァンパイアを含むその手の小説には「パラノーマル・ロマンス」というジャンルがちゃんとあるようです。異形官能小説（エロ必須）。
　物語には作中人物の書いた小説もあったり、ニューヨークのいかにもそれっぽい文学サークルが出て来たり、かなり弾けてますが、後半はちゃんとしたミステリーで、ちょっと猟奇なのに弱い人はだめかもしれない。
　あと、キャラとして読書家で内気な変態女子とか巨乳のアクション担当女子とかお嬢様だけどお転婆な女子高生とか出てくるハーレム話なので、ラノベ好きにもお勧め。キャラの口調は翻訳的にはもっと訳し分けて欲しかった。

二流小説家 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)