樋口一葉の「手紙の書きかた」本


 『通俗書簡文』は博文館が「日用百科全書」シリーズの第12編として出版した定期刊行全書であるが、この本がなぜ重要かというと、樋口一葉が生前に出した唯一の単行本であったからだ。
 一葉24歳の明治29年5月25日に出版されたが、このときすでに病状はあらわれていて、まともに机の前に座ることさえできなかった。
 その3ヶ月後の8月23日に息を引き取っていることから、この書簡文の執筆が命を縮めたとさえいわれている。命を削って書き上げたのが小説ではなく、手紙文の書き方のノウハウ本であったが、生活費のためにと大橋乙羽が企画を立ててくれた好意に報いるため病床で書き上げた。しかも、一葉の名は前書きの一番最後にあるのみで、編輯者は大橋又太郎となっていた。
 したがって、 『通俗書簡文』には著者名が表紙にないため、事情を知らないと一葉の書いた本とはわからない。わからなければ手紙文の書き方の本か、ということで、タダ同様の値段で市場に出ることがある。
 今回の『通俗書簡文』1,000円もその手か。古本屋に申し込みをしたとき、念のため、何人ぐらいの申し込みがあったのか聞いたところ7人、という答えが返ってきた。
 抽選締め切りは8日正午となっているが、カゲロウ子は籤に弱いので、たぶん、当たらないだろう。
 なお、森まゆみの『かしこ一葉』(筑摩)のサブタイトルは「通俗書簡文」を読む、とあり、この一葉の書簡文を解説している。
この本については、森まゆみ樋口一葉の手紙教室 『通俗書簡文』を読む』(ちくま文庫)という本が出ているわけですが(→bk1)(→amazon)(→書籍データ)、なんと! 明治時代に刊行されたスタイル(字組み)のものを、古書店から買ったりとか、国立国会図書館レベルの図書館に行ってコピーとかしなくても、インターネットでタダで読むことができます。
国立国会図書館の「近代デジタルライブラリー
http://kindai.ndl.go.jp/index.html
↓「簡易検索」に「通俗書簡文」と入れればオーケー
http://kindai.ndl.go.jp/cgi-bin/img/BISmplSrchWindow.cgi
目次をご覧になればお分かりの通り、「金を借りる手紙」とか「原稿を出版社に送る手紙」とかはなくて、四季折々の風情のある文章で、ひょっとしたら樋口一葉の文章の中でも屈指かもしれません。
まぁ中には現代の感覚として少し変なのもありますが。「猫の子をもらひにやる文(ふみ)」でもテキスト化してみます。

今日学校にて伺ひしに御手飼の三毛あまた子を産み候よし 勝れて容貌(かたち)よき赤猫は御相譲(あととり)と仰せられたれば夫れは願ひも申上まじ 悉(ことごと)く白うて尾と頭(かしら)とに少し黒き處ある男猫の候とや 私寵愛の玉をば隣の犬に噛まれしより以来(このかた)あれに似かよひたる白きのもあらばと望み居りしに候 まま御話し承りしより其猫のこと忘れがたう 赤の他は他處へも御遣はし相成るべきやう仰せられしを嬉しく おしつけながら其猫が頂戴ねがひに出し候 かならずかならず大事がり夜るも蒲団の上に寝かし申べく 旨き物たべさせて光沢(つや)よき毛色を御目にかくるよう致すべく候 前に申した犬は早くに行がた分からず成りて此頃は心安きに御座候 まま何とぞ御ゆるし下され度 御結納のしるし計粗末の鰹節一袋親猫たべ料にと進じ参らせ候御願ひまで かしこ

…なんかやはり物語にしているみたいな気がします。自分が前に飼ってた猫が犬に噛まれたとか、それが白い猫だったとか。手紙文のフリした創作ですか。
とりあえず、国会図書館近代デジタルライブラリー樋口一葉はすごい、ということで。