TVドラマやアニメの「カメラ」はあまり動かない

これは以下の日記の続きです。
反戦戦国映画『笛吹川』(木下恵介)をダラダラと見る(コメント欄も読んでおいてくれるとありがたいのです)
 
昔の日本映画やハリウッド映画を見ていて時々カメラワークに感じるのは、「カメラがモノを撮るときに、よく動いているな」ということでした。
ちょっと具体的に何かをいうのは難しいんですが、たとえば「遠方から車がやってきて、あるビルの前に止まる。ドアが開いて車の中から主人公が出てくる」というシーンを考えてみます。
1・車が前方へ走ってくるカット
2・それを背後からとらえたカット
3・車の側面から、主人公が出てくるカット
と、単純なカット割を考えるとこれが普通で、「それぞれのアングルや構成といった演出をどう考えるか」が、普通のカメラワークにおける考えどころです。漫画などでは『ゴルゴ13』などにありそうな「絵」を想像してみてください。あるいは、その「絵」をそのまま、絵柄的には今風にしたアニメなどを。
ところが、これをカット割りをしないで、全部ワンカットで撮る一族(演出仲間)がいたりするわけです。
その場合は、
1・まずクレーンで支えたカメラで、町の遠景を撮り、
2・遠くから車が来るのを、カメラの視点を下げながら延々と撮り、
3・車の側面の、車に座っている主人公の目線と同じ位置にまで下がった視点から主人公が降りるところを撮る
という手法ですね。
さらにすごい監督になると、そのあと、
4・主人公が降りてきて、「やぁ、○○じゃないか、久しぶりだな」というところを、やや下から見上げるような視点で撮り、
5・続けてカメラが主人公の背中と車の背後を撮ると、主人公と向かいあっている人物が写る
ぐらいのところまでワンカットだったりするんですが、さすがにそれはやりすぎです。
今どきこのようなカメラワーク(文法)を使って映画を撮る人はとても少ないんですが、ごく普通のハリウッド映画でこういうのに出会うと「やってるやってる」とか、ぼくは思ったりします。みなさんはいかがでしょうか。
で、アニメやTVドラマを見ていて感じるのは、そういった「映画(=動いている映像)でしか作ることのできない画面」、つまり「動いているカメラの視点でモノを撮る」ということを滅多してくれない、という不満です。
予算とか時間の問題が一番の原因でしょうが、会話のシーンだと相互に話している人物のアップやバストアップをカットでつなげる、といった作りの単調さが気になるわけですね。だいたいそのようなシーンは、漫画でもコマ割りを工夫したり、小説の場合だったら「と、○○は、いった」が続かないように、(西村京太郎大先生以外は)気をつけたりしているわけで。
TVドラマやアニメの中の人物は、あんまり道を歩きながら会話をしないし*1、「正面を向いている人物」と「その人物の背中」とはワンカットでは(カメラを回すように動かしては)撮りません
実際、「カメラを動かす」ようにシーンを撮ることについては、それによって物語が面白いものになったり(逆に、そう撮らないことによって物語が劣化したり)することは滅多にないので、劇場の大きなスクリーンで見世物のように映画を見ていた名残なのかも、とも思います。照明やピントの合わせ具合など、実写の場合は想像を絶するような手間があるのかもしれません*2
ただ、アニメの場合だったらもう少し簡単にできると思うし、ゲームの3D手法の応用とかも可能かと思うんですが*3、やはりこれもコストの問題でしょうか。コストかけないで「なんとなくすごそうなアニメ」に見せる手法は、カット割を異常に細かくしたり変にしたりする、というサブリミナル映法かな。オプティカル効果と同じく、アニメならではの「映画の文法」だと思います。
まぁとにかく、「動く絵・画像」でしか見ることのできない絵・画像を見たいと、昔の映画を見るとさらに思うのでした。
イムリーにこんな話がこんなところで出ていたので驚いた。押井守さんの話も↓には出てきます。
伊藤計劃:第弐位相 - ワンカットの子供たち

さて、この話に対置させたいのは、勘のいい人はわかると思うけれど、もちろん黒沢清で、このひとは実にさまざまなカットをワンカットで映し出してきた。いちばん分かりやすいのは「回路」の飛び降り自殺ワンカットかな。あと、この人は撃つ側と撃たれる側を大体割らずに同一フレームに収める(まあ、このへん「シンドラーのリスト」の影響が濃厚ですが)。「黒沢清の映画術」では、映画監督の仕事とはカットの頭とお尻を決めることでしかなく、ここはワンカットでいく、どんなに困難であろうとそうと決めたらそれをワンカットで断固としてやりとおす、そのカットを決めるのが映画監督の存在意義だとまで言っている。

↑のエントリーの場合は、リアルにするためのワンカット撮り、という話です。
さらに余談ですが、『押井守の映像日記 TVをつけたらやっていた』(徳間書店。とても面白い本ですよ)で大絶賛されていた「ガンコン」出品映画の公式サイトも、ついでなのでリンクしておきます。
原爆組最新作「さぬき馬鹿伝説『がいな奴』」公式ホームページ
 
(追記)
「動いているカメラワーク」の例。
「Death Note」のオープニングYouTube
「エウレカセブン」のエンディングYouTube
何度も見るようなら、一度は音声なしで、画像だけで見ることをおすすめします。
 
これは以下の日記に、ほんの少し続きます。
映画『トゥモロー・ワールド』は、あなたが押井守さんなら必見のすごい映画でした
 

*1:話すときは立ち止まって話します。そのような気がする。

*2:少なくとも、カメラをクレーンなりレールつきの台車なりで固定し、撮りブレなしで動かす、という工夫が必要です。

*3:そう言えば劇場版『ドラえもん』では、タケコプターで空を飛んでるドラえもんと仲間たちを、カメラがぐるぐる回る視点で撮っていたような記憶もありました。何だったかな。