『天才監督木下惠介』と『二十四の瞳』のあのシーン
こんな本を手にしてみる。
- 作者: 長部日出雄
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2005/10/28
- メディア: 単行本
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クロサワ、ミゾグチ、オヅのあと、世界が発見するのはキノシタだ! 「二十四の瞳」「カルメン故郷に帰る」「楢山節考」などを撮った天才監督の謎多き素顔と、全49作品に迫る評伝。『小説新潮』連載に加筆し単行本化。
とりあえず、『二十四の瞳』のあのシーンだけ拾い読み。p323
家庭の事情で小学校も卒業できず、高松の大衆食堂で働いていた「川本松江」と、修学旅行のつきそいの「大石先生」が再会して、別れたあとのシーン。
そのあとに、惠介の伝家の宝刀が抜かれて、移動撮影の至芸を示すシーンがある。
最初は、海岸の道に立ち、大石先生と級友たちを乗せた船を見送ろうとしている松江の後ろ姿の全身を、キャメラはフィックスで写す。(松江が静止しているから、観客の視線は、自然に画面の左側から出てきて右へ進む船の動きに向けられる)
ほんの少しの間をおいて、松江は右に歩きだし、それにつれてキャメラも移動をはじめ、松江が泣きながら歩く目の前の姿と、遠くの海に浮かぶ船の動きが、しばしの間ぴたりとシンクロして進む。
松江が立ち止まると、キャメラも移動をやめ、ふたたびフィックスになるので、観客は画面の右へ消えて行く船影と、崩れ落ちんばかりに嗚咽する松江を、相互に見ることになる。
ここで松江と一緒に泣かずにいられる観客は、ほほど強靭な神経の持主といわなければならないであろう。
タイミングを取るのが、さぞ難しかったに違いないこのシーンの撮影は、楠田浩之の話によれば、本番一発OKで済んだという。
むろん簡単にはやり直しがきかない撮影でもあるわけだが、船の時刻表に合わせて時間が設定され、波止場にも助監督がいて、現場の助監督と電話で連絡を取り合い、出帆が確認されたところで、本番が開始され、一発でOKになったのだそうだ。
このシーン、ワンカットでトータル50秒ぐらいですが、映像関係を手がける志のある人とか、手がけている人は見ることをお勧めします。あと、映画を見て泣きたい人にもね! 日本映画、というか、ぼくの知るすべての映画の中でも屈指と言ってもいいぐらいのすごいシーンです。
それから、引用には出てないんですが、松江が画面の左から右へ歩くところに、突然大八車が二台続けてその手前を、右から左へと流れる構成の、絶妙な作りはもう呆れてしまいます。今の映画だと、ここまでわざとらしく何かを出す、なんてことはおそらくしないんですよね。
絶対、真似したシーンを作ってみたくなります。
ていうか、ぼくの知っている限りでは木下惠介の様式というかカメラワークというのは、多分どれを見ても真似したくなるようなものばかりです。
凡庸なカット割り・シーン作りしかできないアニメ演出家なんかは、どんどん参考にするがいいのです。