勝手にテキストをパラフレーズ解釈して勝利宣言の例(江口圭一氏)

 ということで、今このテキストを読み比べてるわけなんですが、
→時野谷滋『家永教科書裁判と南京事件 文部省担当者は証言する』日本教文社
→江口圭一『十五年戦争研究史論』校倉書房
 江口氏による、あまりにもひどい、パフォーマンスとしての「勝利宣言」があって、気になったのでメモ。p352-353

 直木『日本史』についていえば、改訂版以降、日本軍による県民殺害の記述を導入した。最新の『日本史B新訂版』では、本文としてつぎのように記述している。

六月まで続いた戦闘で、鉄血勤皇隊ひめゆり隊などに編成された少年・少女を含む一般住民多数が戦闘にまきこまれ、マラリア・気がによる死者も少なくなく、約15万人の県民が犠牲となった。また日本軍により、県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件が多発した。

 1997年1月18日夜、那覇沖縄タイムス社から電話取材を受けた。同日の大学入試センター試験日本史Bの出題に、沖縄戦で「一般市民の中には、スパイの嫌疑で日本軍兵士に殺害される人もいて、悲惨な事態が起きた」ことの正誤を問うものがあるが、高嶋伸欣琉球大学教授の教示により、私に取材したという。この日、私は愛知大学のセンター入試実施本部長補佐の業務についており、出題はみていなかった。『沖縄タイムス』(1月19日)はつぎのように報じた。

住民殺害の事実を教科書に盛り込んだ私立愛知大学の江口圭一教授は、センター試験で出題されたことを、「沖縄県民や多くの人の努力が実った結果。感無量だ。客観的な視点に立った歴史の見直しができるようになった」と評価している。

 19814年条件支持の際、時野谷調査官から「日本人同士でこんなことがあるとは考えられない」とあしらわれた事実が、17年の歳月をへて大学入試センターに出題され正答となる。屈折や反撃や悪あがきはあろうけれども、結局は歴史の事実は曲げられないのだという思いを新たにした。

 困ったなぁ。
 事実の確認が難しい(ほんとうに大学入試センター試験の問題にそのようなものが出たのか。まぁこれは簡単か)なんですけれど、一応引用テキストを信用してみると、沖縄であったと試験の問題で出たのは「スパイの嫌疑で日本軍兵士に殺害される人
 それに対して、江口圭一さんは「県民が戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられたり、幼児を殺されたり、スパイ容疑などの理由で殺害されたりする事件」があると主張している人なので、「戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられた」「幼児を殺された」ことまでは、試験の問題として正答となっているわけではないのでは。
 それから、時野谷調査官から「日本人同士でこんなことがあるとは考えられない」の「こんなこと」に関してもごまかした(明確に何が「こんなこと」かを示していない)テキストにしていますね。
 まず、江口圭一氏が最初に教科書のテキストとして作ったのは以下の通り。(p345)

六月まで続いた戦闘で、戦闘員約10万人、民間人約20万人が死んだ。鉄血勤皇隊ひめゆり部隊などに編成された少年少女も犠牲になった。また、戦闘の邪魔になるなどの理由で、約800人の沖縄県民が日本軍の手で殺害された。

 それに対して、時野谷調査官は「戦闘の邪魔になるなどの理由で、約800人の沖縄県民が日本軍の手で殺害された」というようなことがあるとは考えられない、という主張。
 だから、大学入試センター試験の問題に「スパイの嫌疑で日本軍兵士に殺害される人」がいた、ということを、時野谷調査官は「考えられない」と言ったわけではありません。
 言ってもいないことを言ったことにされて、それは間違っている、ということが証明されて感無量、というのはいやはや何とも。
 で、沖縄戦にくわしい人にお伺いしますが、
1・戦闘の妨げになるなどで集団自決に追いやられた例
2・幼児を殺された例
 というのは存在するんでしょうか。具体的にどの軍(人物)が、どこで住民を集団自決に追いやったり、幼児を殺したりしたのか、というのが特定できる情報が知りたいです。
 伝聞情報をいくら集めても、それは何かの証拠になるというよりは伝承にしかならないわけで、そういう意味で「沖縄民衆の戦争体験」を集めている人は、学者とは言っても「歴史学者」ではなくて「民話・伝説」の研究者みたいに思えてくるところがぼくにはどうもです。沖縄の人は沖縄戦を「戦史」として残したいというより、民話・伝説として語り継ぎたいだけなのか。後者の場合なら、歴史として教える必要は何もないので、毒おむすびだろうが何だろうが「これはノンフィクションのスタイルをとったフィクションである」という前提つきで語りつくせばいいだけのことで。
 戦史研究的な意味だと、どの部隊がどこに、どのように展開し、どのようなことが起こった、という、ある程度史料・資料を背景にした事件描写が欲しいと思ったり。なかなかそのようなものは、沖縄戦に関しては難しいものがあるので、仕方なくそれを補填する意味で「伝承」を集めている、というのは、まぁわかりますが、それだけではあくまでも「真実に近いもの」以上にはなりにくいのでは。
 あと、司令部が崩壊し命令系統が存在しなくなった日本軍の悪行は、全体組織としての悪行ではなく、部隊単位の指導者、あるいは軍人個人の悪行じゃないか、と思うところもあります。で、それのほうが圧倒的に多いわけで。