2007年ミステリ・シーンとアンケートに関する感想

 ということで、以下の冊子データを集計してみたわけですが、

このミステリーがすごい! 2008年版

このミステリーがすごい! 2008年版

ミステリが読みたい! 2008年版 (2008)

ミステリが読みたい! 2008年版 (2008)

2008本格ミステリ・ベスト10

2008本格ミステリ・ベスト10

 
 集計結果は以下のところにあります。
いったい2007年のミステリーでは何が一番すごかったのか(日本編)
いったい2007年のミステリーでは何が一番すごかったのか(翻訳編)

 とりあえず、日本ものは以下の10冊を読もうと思った。
女王国の城有栖川有栖
首無の如き祟るもの三津田信三
密室キングダム』柄刀 一
インシテミル米澤穂信
赤朽葉家の伝説桜庭一樹
離れた家山沢晴雄
サクリファイス近藤史恵
密室殺人ゲーム王手飛車取り歌野晶午
警官の血 上佐々木譲
警官の血 下佐々木譲
夕陽はかえる霞流一
 作家的に興味を持ったのは今野敏石持浅海のお二人。特に『Rのつく月には気をつけよう』は、辻真先というちょっと得がたい人がほめているので。高城高は春から東京創元社により全集が出るとのことなのでまとめて読みたい。
 翻訳ものは普通に選ぶと以下の10冊ですか。
狂人の部屋ポール・アルテ
悪魔はすぐそこに』D.M.ディヴァイン
切り裂かれたミンクコート事件』ジェームズ・アンダースン
ジョン・ディクスン・カーを読んだ男ウィリアム・ブリテン
死の相続』セオドア・ロスコー
大鴉の啼く冬』アン・クリーヴス
リヴァイアサン号殺人事件』ボリス・アクーニン
ウォッチメイカージェフリー・ディーヴァー
復讐はお好き?』C.ハイアセン
病める狐 上ミネット・ウォルターズ
病める狐 下ミネット・ウォルターズ
 でも、その中の何冊かはたぶん読まない。『物しか書けなかった物書き』(ロバート・トゥーイ)、『路上の事件』(ジョー・ゴアズ)、『TOKYO YEAR ZERO』(デイヴィッド・ピース)、『デス・コレクターズ』(ジャック・カーリイ)あたりをたぶん拾う。特に『デス・コレクターズ』は、福井健太法月綸太郎が「このミス」「本格ミス」の両方で推している(法月綸太郎はさらに「ミス読み」のほうでも推している)という異常な作品なので、チェックしておきたい。あとは『終決者たち』(マイクル・コナリー)ぐらいか。
 ということで、「ベスト・ミステリ」本を集計して思ったことなどを。
 まず、『本格ミステリ・ベスト10』の影響がありすぎ。というか、そこで投票している人が、同じような作品にしか投票してなさすぎ。具体的には『女王国の城』『首無の如き祟るもの』『密室キングダム』『狂人の部屋』『悪魔はすぐそこに』『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』ばっかり入れている。3冊子を統合した結果とした事実として、それらが上位に入ったことは記録として残しておきますが、そういう結果で、ミステリーの将来的展望あるいは「小説における位置」を考えることがいいのかどうか。
 ぼく自身は初期の『このミス』(ワセミス?)的に「面白いもの(エンタテインメント作品)はとりあえずミステリのジャンルでくくってもいいんじゃないか」という姿勢がけっこう好きだったので、「本格」の保守的回帰現象は少し痛いな、というのが基本姿勢なのです。特に大学のミステリ研究会という若い世代が、新しい作家・ジャンルに興味を持っているようにはあまり見えないところが寂しい。別に○○大学ミステリ研究会の人が『女王国の城』をベストに入れなくてもいいですから。入れなくても十分面白い、ということはわかってますから。だからたとえば成城大学ミステリークラブの選考が参考になったり、あまり知名度が高くないミス研の、1票だけしか票が入っていないところが、いい意味で興味をもったのでした。
 『このミス』に関しては、アンケート回答者が経年劣化、という言いかたは失礼なんですが、年齢的に他の2つと比べると高いのではないか、という印象。選ばれた作品が警察小説と本格(新本格)の2つに分かれた、という結果も、キャリア長い回答者と大学のミス研による投票との、入れる作品の違いだけのように感じられました。もちろん、ベテラン回答者・投票者でも新しい作家に積極的に興味を持って、ちゃんと拾っている人もたくさんいるので、あくまでも「印象」レベルではありますが。ミステリ周辺小説で面白いのを選ぼうとすると警察ものになっちゃうのか、という今の出版状況もありますかね。何となく、今はミステリとはとても、どんなに無理をしても言えないような作品(小説)がけっこう面白そうなんですよ。純文学よりの青春小説とか。具体的には『八日目の蝉』(角田光代)とか『武士道シックスティーン』(誉田哲也)とか『烏金』(西條奈加)とか。特に『烏金』なんてアマゾンのレビューでは「坂木司氏、近藤史恵氏絶賛」とかあったんですが、『このミス』では出てこない。やはりベテラン回答者・投票者の入れ替え…は難しいかもしれないんですが、影響力を低下させるような何らかの工夫が必要かも。
 私的に入力して楽しかったのは、早川書房の『ミス読み』で、「3冊」という冊数の縛りが、回答者・投票者の個性をいい感じで立たせてるように思えました。どうせこの作品は、俺が入れなくても誰か別の人間が入れるだろうから外して、俺でなければ選ばないような作品を選んでやるぜ、という感じがしたのですね。選者的にも『このミス』『本格ミス』は重複が目立っているのに対し、独自の幅広さが感じられました。海外編はそれでもそれなりの結果にはなったみたいですが、個別に見ていくと面白いのは日本編で、読書量があまり多くない、と言っている人が選んだ本にちょっと興味が持てるものがあったりしたのです。『ギリシア文学散歩』(斎藤忍随)とかいろいろ。来年は何となく、もう少し普通のアンケート結果になりそうな気もするので良し悪しですが。
 で、これらを見ていて、改めてミステリー(ベストミステリー)はどこへ行くのか、について考えてみた。
 翻訳ミステリーに関しては、市場的にどんどん狭くなっている一方で、ミステリーというジャンル内でのテーマ設定や、ジャンルを越えた総合エンターテインメント作品が続出している感じで、もっと売れて欲しいなぁ、というのが実感。ただ、普通の本の売り上げが全体的に落ちている中で、特定(固定)読者を対象に、たとえば3000部は確実に売れるような本格系の「ジャンルミステリ」系ミステリの占める割合は、今後どんどん高くなっていくかも知れず、その閉塞感はちょっと堪忍して欲しいなぁ、というところです。別に本格が嫌いというわけではないのですが、その手の小説がぼくに与える影響は、知的刺激という部分も含めて、どうもあまり大きくない、というのが引っかかりどころです。どうしても「もっと他に読みたい本」がある場合は後回しになってしまう。
 日本のミステリーは、「何でもかんでもミステリーと言う人」への(多分)アンチとして生まれた「本格至上主義の人」の声が少し大きくなりすぎているのと、「何でもかんでもミステリーと言う人」の高齢化(新奇・珍奇なものへの興味を持ちにくくなっている化、という意味での)が進んでいる気がするので、小冊子のアンケートとして浮かび上がる「これが日本のミステリーだ」というシーンに、どうも信用が置けなくなってしまっているのですね。若手の作家が「ミステリーという手法」よりも純文学的手法に興味を持っているというのもあるのか。『インシテミル』(米澤穂信)と『赤朽葉家の伝説』(桜庭一樹)の2作家・2作品だけではないと思うのですが。もう少しアンケート下位の人のをチェックしてみたくなるような異常作が欲しいと思いました。面白い、広い意味でのミステリーを拾って欲しいと思うし、そういうのを積極的に拾っている回答者・投票者がもっといるような環境になると、ぼくの読書環境的にはありがたいところです。日本のミステリーは、パッケージ化されてテレビドラマと共に大量消費される娯楽の占める割合はかなり低下していると思うんですが、また映画とタイアップ的に作られるホラー系も同様だと思うんですが、代わりに何か新しいものができてきている(アンケート回答者・投票者に拾われている)かどうか、ちょっと考えてみたいところでありました。