『きみのためのバラ』----10年に1度の傑作

 これはとても面白かった。

きみのためのバラ

きみのためのバラ

『きみのためのバラ』(池澤 夏樹 著/新潮社/1365円)amazon
 12年ぶりという驚異の短編集。全部で8つしか入っていない。どれも世界各地で起きた、ちょっといい話、というか印象に残る話で、文体的な統一は感じられるのですが、テーマはすごくバラバラ。とりあえず、「20マイル四方で唯一のコーヒー豆」という孤独な話を読んで「レシタションのはじまり」に驚愕するといいかもです。後者は『日本年刊SF傑作選』なんてのが刊行されている時代だったら、ちょっと落とすのは許されないぐらいの、奇妙な味の癒し系小説。そういうのを拾う人も、拾って本にする出版社もない時代なので、つくづく惜しい。池澤夏樹に関しては福永武彦の息子だということは知っていたんですが、小説読んだのははじめて(ヴォネガットの翻訳は読んだことはある)。信じられないかもしれないけど、というか、まず信じられなかったのはぼくなんですが、どの短編もヴォネガットの最良の短編に匹敵する完成度です。ぼくには現代日本文学に関する知識はほとんどないので、これが現代日本文学の基本水準だとするなら、ずいぶん損な読書生活を今までしてきたな、と思った。しかしこういう、ジャンルとしては多分「文学」以外のくくりは難しいだろうし、セールスもそうせざるを得ない、にもかかわらず「普通の小説(癒し系)」というのは、どの程度まで需要があるのだろうか。この人の他の、過去の作品を読むことはある程度はできても、これからもちゃんと書かせてもらえるのだろうか、というのが、出版不況の昨今としては心配です。
 この本は「2008年のはじめに読みたい本(私家版・その1)」のリストから選んで読んでみたんだけれど、読む前は毎日新聞の書評担当者3名が推している、いかにも「内輪推薦」っぽかったのが気になっていたのですね。しかしこれは、ニコ動的に言うと「もっと評価されるべき」短編集でしょう。構成として、割と普通の出来の話から入れているのはどうだろうなぁ。ちゃんと表題作をトップに持って来たほうが注目度は高いと思う。