『一六世紀文化革命』----とても知的刺激を受けてしまった

 十六世紀の印刷技術と大航海が、ヨーロッパの文明をどのように変えていったのか、職人が「学者」とは別の、実利的・実践的なメソッドで世界を分析し、理解し、それを世界(ヨーロッパ世界)に伝えたすごい時代を、膨大な資料とわかりやすい紹介で語りつくしているとんでもない本。「2」の「あとがき」から引用するとこんな感じ。p726

 実際、このボルケナウの書(引用者注:『封建的世界像から市民的世界像へ』みすず書房)には、私が今回の書物で扱った、一六世紀の芸術家や技術者や数理技能者がまったく触れられていない。すなわち工房で教育されたレオナルド・ダ・ヴィンチはもとより、画家で数学者のピエロ・デッラ・フランチェスカ、「大工の幾何学」を書いたドイツの画家アルブレヒト・デューラー、商業数学に出自をもち複式簿記を広めたルカ・パチョリ、ガラス職人あがりの陶工で地質学や古生物学を研究したベルナール・パリシー、弾道学から静力学までを研究してガリレオを先導した独学の算数教師タルターリア、水利技術者でありながら仕事のかたわらで代数学を定礎しヴィエトやデカルトへの道を拓いたボンベッリ、地上の自然現象の定量的測定を始めてギルバートの登場を準備した船乗りあがりの職人ロバート・ノーマンや叩き上げの船乗りウィリアム・ボロウ、精密な分析化学の基礎を作った冶金と試金の技術者イタリアのビリングッチョボヘミアラザルス・エルカー、正確な天体観測をはじめて長期間継続した商人ベルナルド・ウォルター、そして天体観測から測量術や地図学にまで精通して、天上のものであった機器による定量的観測を地上にもちこんだ南ドイツやネーデルラントの数理技能者たち、さらには応用数理科学の重要性をいちはやく語ったイングランドジョン・ディーディッゲス父子、といった人たちはどこにも登場しない。

 さて、↑の中であなたが知っている名前は何人いるでしょうか。
 こんな人たちがどんな本(印刷物)を世に出して、世界に影響を与えたか、について書いてあるわけです。びっくりしますよ本当にもう。高校レベルの世界史なんかには出て来ませんからね。ラテン語とそれが支えていた疑似科学(哲学)が滅び、職人たちが自分たちの言葉(俗語)で本を出し、情報を交換しあって世界を広げた、という、メディア革命に等しいものが十六世紀にあった、ということが、がしがしわかります。聖書のギリシア語から母国(自国)語への翻訳で、教会関係者が嘘言ってた(そんなに昔は教会って権威あるものじゃなかった)ことがわかったり、人体の解剖で昔の医学書が単なる哲学書だとわかったり、植物の図鑑は模倣が繰り返されることによる劣化で、実物とは異なるものになっていたり(これにも「印刷術」が意味を持ってきます。つまり、正確な複製というものは、印刷が可能になってはじめて生じるようになったわけで)。
 いや、面白い。
 いや、驚いた。
 熟読すると多分、さらに得られるものは多いとは思うのですが、最初の1回はものすごい勢いで読み通せます。ていうか、読みはじめたら他の本が読めなくなってしまうぐらい引き付けられる。ものごとに興味を持たせる(知的興味を抱かせる)に過不足ない文章力もあって、一気読み。これはなかなか楽しい読書体験ではありました。

一六世紀文化革命 1

一六世紀文化革命 1

一六世紀文化革命 2

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