集団自決という共同幻想
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今日の新聞記事から。
→5・15平和行進:戦の現実子どもに 日教組の若手教諭ら戦跡で平和学習 - 毎日jp(毎日新聞)
5・15平和行進:戦の現実子どもに 日教組の若手教諭ら戦跡で平和学習
5・15平和行進へ参加するため全国から集まった日本教職員組合の会員約200人は18日、沖縄戦についての理解を深め、今後の平和学習に役立てようと南城市のアブチラガマなどを巡る南部コースと読谷村のチビチリガマなどを巡る中部コースの二手に分かれ、野外現地調査を行った。
中部コースには大阪府教職員組合の20代、30代の教師を中心に約120人が参加。案内をした沖教組の山本隆司教文部長は読谷村のガマを案内し、平和学習の模擬授業を行った。
山本さんはチビチリガマでの「集団自決」について「捕虜になることの恐怖や『日本人らしく死ぬ』ことを強制する当時の教育が背景にあった」と説明した。対照的に米兵の呼び掛けに応じてガマを出たため、避難していた約1000人が助かった同村のシムクガマ、1人の死者も出さずガマの中で2人の子どもが誕生したうるま市のヌチシヌジガマも訪れた。
和泉市立南松尾小学校の金谷一基教諭(38)は「沖縄で何度も戦跡巡りをしているが、南部戦跡が中心で悲惨な話ばかりだった。ヌチシヌジガマのような全員の命を守り赤ちゃんまで生まれたガマがあることを初めて知った」と感慨深そうに述べた。
山本さんは「戦争体験をしていないわたしたちは事実関係を淡々と伝え、生徒たちにどう思うか問い掛ける授業をするべきだ」と指摘し、「子どもたちは63年前の戦争の話を聞くことで今をどう生きるか考えることができる」と強調した。
初めて沖縄での平和学習に参加した大阪市立三津屋小学校の岡崎淳子教諭(27)は「自分があまりにも沖縄戦について知らなかったことを知りショック。また訪れて勉強したい」と述べ、大阪市立長吉六反小学校の佐伯直美教諭は「自分が感じたことを生徒に伝えたい。機会があったら生徒にもぜひ沖縄での平和学習に参加してもらいたい」と話した。
(琉球新報)2008年5月19日
一応検索。
→ヌチシヌジガマ - Google 検索
→読谷村史 「戦時記録」上巻 第二章 読谷山村民の戦争体験 第三節 それぞれの体験
※※さんは戦後、チビチリガマの「自決」のことが明るみに出てから、いろいろ思われたようですが、私は彼女が悪いんじゃない、すべて日本の教育が間違っていたんだと思います。彼女は日本の教育をまともに受けただけなんです。日本の教育が、彼女を「大和魂の女性」にしたんだと思います。また従軍看護婦時代に、「支那事変」帰りの兵隊にいろいろ聞いたことも、後の行動に大きな影響を与えたのだと思います。
→ガマ 集団自決 - Google 検索
どういうガマが一般的だったのか、いろいろな主義者の人はご意見をお聞かせください。