『重力から逃れて』----信じられないくらいさりげなくすごい本

 今日はこれを(やっと)読みました。

重力から逃れて

重力から逃れて

もとアポロ宇宙飛行士ベデカーは妻にも去られ、息子もインドへ旅立ち閉塞状態にあった。そんな彼が飛行機事故で亡くなった仲間のデイヴの遺志をつぎ、南極探検家と宇宙探検家の苦闘を綴った本を完成させようと決意した…。

 ダン・シモンズを読んだのは何年ぶりかぐらいですが、デビュー2作目でこんな枯れた作品を書いていたとは知らなかった。スペース・シャトル時代を生きるアポロの宇宙飛行士(中年、というよりもう初老)が、人生をいかに生きているか、という夢も希望もセンス・オブ・ワンダーもない普通の小説。子供はインドに行ったり、仲間の一人は伝道師になり、一人は飛行機事故で死ぬ(その死因、というか脱出できなかった理由が泣かせる)。主人公は市立探偵のようにあちこちに行っていろいろな人の話を聞く。変な宗教団体から息子を助け出すところは、これまた普通のアクション小説っぽい。ダン・シモンズが書いている話の題材はものすごく狭い(教師とゾンビと生命保険の調査員の話がほとんど)んだけれど、小説としてまとめる技術は並たいていのものじゃない。彼が書く通りに、読むものはその世界が見える。あと、ひょっとしたらJ.G.バラードなんか好きなのかな、と思った(ニューウェーヴ世代にせっせとSFを読んでいたタイプ?)。文章は平易で、これぐらいなら誰でも書けそうに思えるし、人物のキャラ造形も突飛なところは皆無。SFやホラーのように異常な設定でないだけに、この話は玄人(職人)の腕の冴えが見える。でも多分売れなかっただろうな。こういう話をちゃんと書く(書きたいという気持ちになる)のは、作家的にある程度成熟してからが普通だと思っていたので、ダン・シモンズ修行時代の長さもまた感じさせられてしまいましたのさ。処女長編『カーリーの歌』書くまでに20冊分ぐらい、さらにこの本を書くまでに5冊分ぐらい原稿書いちゃった人かもしれない。とりあえず、今読める本はなるべく読んでおこう。入手難なのもそんなにないみたいだし。