芥川龍之介「桃太郎」と天声人語の引用について

↓過去の記述は以下のところ。多分これが最後です
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20030724#p2
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20030730#p1
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20030731#p1
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20030817#p4
今日は、天声人語2003年7月24日づけで引用されました、「日露戦争後」に作られた「桃太郎」の歌を全文紹介します。


一 ここは名高い鬼が島 鬼がたくさんいるところ その鬼どもを攻め伏せて 今は王様桃太郎
二 お城は高い小山から 万里もあらう大海の 綺麗なお浜にうちつづく 見る眼眉映ゆき大御殿
三 犬と雉とが大将で また兵隊で番をする ご飯も炊けばお使いに 何でもしないことはない
四 お城の門は鋼鉄で 高さも高し大きくて どんな地雷も大砲も 微塵も恐るることはない
五 其の恐ろしい頑丈な 御門の上には朝日さす 金銀珊瑚の額があり 大きい旗が立っている
六 また石垣は千丈の 空にもとどく高さにて 遠く遠くにめぐってる 世界に見ない砲台で
七 さても天主は紫の 雲のお幕で包まれて 形も見えぬその中に 虹の柱のようである
八 此の美しい奥殿に 錦の幕を垂れこめて 物をば思う桃太郎 何思ったか「あつまれ!」
九 山も崩るる号令に 犬と雉とはしっかりと 御門を閉めてとんできて お前にちゃんと跪づく
十 此時はるかに聞ゆるは 雷さまか大風か さても戦争(いくさ)がおそろしい 鬼でも攻めに来たのだろう
十一 「あれ聞け鬼の号令を 攻め伏せられた口惜しさに 謀叛をおこして来たのだぞ ただひとうちに伐ちやぶれ」
十二 犬と雉とが耳たてて 聞けばなるほど鬼どもが お城を攻めに来る軍 だんだん近くなる喇叭
十三 かしこまりたる犬と雉 桃太郎様を中央(まんなか)に 襷十字にひきかけて 銃剣持った勇ましさ
十四 どどんと響く砲(つつ)の音 ばらばら鳴るは小銃か さあお城までやって来た 雲のようなる鬼の勢
十五 まだ年行かぬ桃太郎 からから笑って門の上 「あばよ鬼どもよく来たな 此の銃丸を受けて見よ」
十六 どどんどどんと撃ちいだす 速射の砲の勇ましさ きらめく剣鳴る喇叭 鬼もなかなか負けはせぬ
十七 「あちらこちらに梯かけ 上ってくるぞ生意気な 地雷をかけよ犬と雉」 さあ爆裂だ全滅だ
十八 「突貫! 進め! 斬り伏せよ 青鬼赤鬼白い鬼 大将どもをしばりとれ」 えいやえいやと門の前
十九 日は暮れてきた鬼どもは みえなくなった其時に サーチライトで照らしつつ あちらこちらでひっくくる
二十 喇叭は鳴るよ勇ましく 鬼は全滅! 万々歳! 桃太郎様の大勝利 日本男子万々歳!
さて、この歌に対して天声人語の人は以下のように言っています。

 皇国日本に逆らう奴(やつ)だから征伐する。明治中期に出たこの理由づけが明快で、底流をなす。日露戦争後には、こんな勇ましい戦闘場面も描かれた。「突貫! 進め! 斬(き)り伏せよ/青鬼赤鬼白い鬼」。もはや自明の「聖戦」か。
注意したいのは、「征伐」「聖戦」というイメージ操作ですね。それにからめてこの歌のこの部分を引用すると、このシーンは当然「桃太郎が鬼の城を攻めている(侵略している)シーン」のように思えるでしょう。
全然違います。(またかよ…http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20030801#p1参照)
全部の詩を読めばお分かりのとおり、実は「平和に暮らしている桃太郎」の城(まぁ実は鬼からぶんどったものではありますが)を鬼が奪還しに攻めてきて、それに対する桃太郎の「防衛戦」をシーンとして描いたものです。
だから、たとえば祖国防衛の必要を語る際に、同じ歌詞から

どどんと響く砲(つつ)の音 ばらばら鳴るは小銃か さあお城までやって来た 雲のようなる鬼の勢
という歌詞を引用して、「桃太郎はそれら鬼どもに対し、仲間と知恵と武器によって、自分の城を守ることができた。その重要性をあれこれ感じさせられる」なんているコメントをつけることも可能なわけですね。
要するに、「恣意的な引用」と「イメージ操作」があれば、どんな元テキストでもコラム筆者の意図通りになってしまう、という、これもまた一例でしょうか。