放射線と奇形の関係は1960年代の知識で止まっている人が多い

(2011年4月4日追記)
もう少し何かくわしく知りたいかたは、「放射線 催奇形性」で検索してみてもいいかもです。
 
これは以下の話の続きです。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050702#p1
 
相変わらずこのような人および人たちがいるわけなのですが。
Bra-net:サマワで被爆した自衛隊員たち、から

きっこのブログ」さんからの、イラクに派兵された自衛隊隊員から、奇形児が生まれたとの記事です。
(中略)
おい、小泉、ネットうよ。

もし、これが本当で、多くの帰還自衛隊員が被爆していたり、子供にその影響が出たとしたら、お前ら、責任取るんだろうな?

(太字は引用者=俺)
ちょっとこの「ネットうよ」という呼びかけが、どのような人(?)を指しているのか不明ですが、それはまぁ置いておいて。
劣化ウランどころか通常の放射線でも、奇形が生じる可能性はほとんどないわけですが。
わかりやすいところとして、以下のサイトのテキストなど。
放射線による健康影響Ⅰ
放射線健康影響Ⅱ
はっきり言って、あちらのテキストを読んでもらえれば今日の俺のテキストなどは無用ですが、興味深く読めたところなどを引用して、コメントをつけてみます。
放射線による健康影響Ⅰ

C先生:意外だと思われるかもしれないが、胎児の奇形への影響を含めて、0.1グレイ未満の放射線ならば、確定的影響は完全にゼロ。すなわち心配する必要がないことになる。これが、しきい値が存在するという意味だ。
B君:しかし、その割りには、妊娠中のX線を過度に心配して中絶をしたりする例が多い。
C先生:チェルノブイリの事故の際、ヨーロッパでは、10万件の中絶が行われたという風評があり、どうも日本だけの誤解という訳ではなさそうだ。
E秘書:お茶です。チェルノブイリですが、1986年のことですね。中絶も、なんとなく理解できるという感じがしますね。やはり万一ということがあるからです。いくらしきい値がある言われても、信じられない。そんな気分が有りますね。
A君:確かにそうかもしれないですね。それには、いろいろと歴史的な経過がある訳です。まず、やっと20世紀になったころ、ラジウム放射線をラットの睾丸に照射するという実験を実施した人がいて、細胞分裂の盛んなものほど、また形態および機能の未分化なものほど、放射線の影響が大きいという結論を出しました。
C先生:精子もしくはその元となるセルトリ細胞は、胎児とは全く違うのだけれど、この実験を拡張解釈すると当然のことながら、妊娠初期の胎児に対する放射線の影響が心配になる。広島・長崎でも原爆小頭症が観察され、胎児への放射線の影響があることが常識となった。
B君:そこで、国際機関であるICRP(国際放射線防御機構)は、1962年に、「10日規則」というものを作った。「生殖可能な年齢の女性の下腹部や骨盤を含む放射線検査は、月経開始後10日間に限って行う」、というものだった。A君:そして、これが常識になって、現在でも大部分の人は、これを信じているのです。1962年が現在の常識のレベルということです。

確かに、昔のSFとかホラー映画見ていると、「放射能の影響でクビが二つある人間が」みたいなのが多かったけど、そういうの1960年代に見ていた子供が、今は40〜60代の反核運動世代には多そうな気がします。10代〜20代でも、特撮映画の影響は受けていたりするわけで(作っているのが世代的に「反核運動世代」だから)。

A君:医者の立場で責任をどう取るか、ということになると、なかなか難しい問題があります。奇形や先天異常は自然にかなり発生している訳で、その率は大体4%ぐらいのようです。だから、妊娠中に行ったX線検査による奇形発生の確率が完全にゼロだと確信していても、実際には妊婦が奇形に遭遇してしまう確率が4%もあるとなると、相談を受けた医師としては、なんと答えるべきか大問題、ということになります。

イラクに行った自衛隊員の数はよく知らないんですが、数百人ぐらいでしょうか。結婚している人の数も不明なんですけど、ケースとして「イラクに行った自衛隊員に奇形の子供が」というケースが生じるのは、25家族に1人なわけで、それを過剰に「劣化ウランのせい」とかあおるようなことがなければ、別に普通の数値、ということになります。

C先生:JCOの事故のとき、周辺住民は奇形や遺伝的影響を心配し、専門家は発がんを心配した。このように住民と専門家では理解が違う。そのような話だ。

ということで、次にこのテキスト。
放射線健康影響Ⅱ

A君:遺伝的影響が心配されたのは、いくつかの状況があるのですが、その最大の要因が医療用放射線ではなく、原子爆弾の実験を多数行った結果、地表に落ちてきた放射性の塵=フォールアウトによって、人類に将来遺伝的影響がでてしまうのではないか、ということでした。
B君:最初は、原子起源の放射線の影響を調べていた委員会が、その後、宇宙線などの影響を含めて、電離放射線の影響を考察するようになった。
C先生:その前に記述しておくべきことがある。それは、遺伝的影響というものが、1920年代にマラーという研究者によって発見されたということだ。具体的には、X線を照射したショウジョウバエが突然変異を起こすことを発見したのだ。1928年には植物でも同じことが起きることが発見され、さらに1930年に紫外線でも突然変異が起きることが分かった。

要するに突然変異、ミューテーションという、SF業界には非常になじみの深い現象なわけですが。「核戦争とか放射線によって、超能力を持つ子供が」というのは、誰が最初に考えたアイデアかは不明ですが、フィクションとしてはその「原因」のフィクション性のすごさにおいて、なかなかいいセンスだと思います。

A君:そうでしたね。それが重要な歴史でした。歴史の中でもう一つ重要なことが、X線量と突然変異の発生率との間には、しきい値が存在しないで、正比例の関係にあることが分かったことです。
B君:そこで、先ほどの原爆実験によるフォールアウトからの放射線の問題がでてきて、当然のことながら、遺伝的影響があるかどうかが最大の関心になった。
A君:1952年には、国際放射線防護委員会は、この問題を議論すべく、ストックホルムで会合をもちました。そこでは、遺伝的影響を考えるために、生殖腺に対して最大いくらまでなら許容できるかを議論しました。当然のことながら議論百出し、提案された値も様々だったのですが、一応10レントゲン(古い単位)という値になったのです。
B君:このときから、「直線しきい値なし仮説=LNT仮説(Linear Non−Theashold)」が用いられることになった。
C先生:このあたりまでの議論が、実は、一般的な常識になっているように思えるのだ。これ以後の議論が、一般市民レベルでは余り認識されていない。

さてここからが重要なポイントなわけです。

A君:その後、実験対象がハエがマウスになり、また、広島・長崎の結果が解析されて、「遺伝的影響は見つからない」という結論になったことが、一般社会には知られていない
B君:ハエよりは人間にずっと近いマウスでの実験が行われた。なんとメガマウス計画と呼ばれ100万匹を使うことになっていたが、最終的には700万匹になったという。
C先生:そこで新たに分かったことは、放射線曝露には線量率依存性があるということ。すなわち弱い放射線を使って長時間曝露した場合と、強い放射線を用いて短時間曝露とを比較すると、同一量の曝露であっても、弱い放射線の場合には突然変異率が下がった

ここでちょっと別のテキストもはさんでみます。
第8章 放射線と遺伝(pdf)

親が放射線を受けると遺伝的障害をもつ子どもが生まれる、そう思っている方が多いかもしれません。これは本当なのでしょうか。
ショウジョウバエを用いた動物実験で、受けた放射線の量が大きくなるとそれに比例して突然変異が起きることを最初に発見したのは、米国の学者マラーでした。その後に行われたマウスなどを用いた実験でも、放射線の量が大きくなると突然変異が増えるという関係がみられています。しかし、人については広島・長崎の原爆で大量の放射線を受けた場合でも、放射線の遺伝への影響は認められていません。ショウジョウバエのような昆虫と人では受精から出産までの淘汰の仕組みが大きく異なり、人では遺伝的障害をもった子どもはできにくくなっています
人では多少の放射線を受けたからといって、子どもに遺伝的影響が出るというような心配はあまりありません。

そろそろ納得がいったでしょうか。

親の世代が受けた放射線が原因で、その人の子どもに遺伝的障害が起きるのでしょうか。これについては、広島・長崎の原爆被ばく者の子ども、いわゆる被ばく二世の人たちについて行われた大規模な調査があります。
原爆被ばく者から生まれた子どもについて、流産、死産、奇形、がん、染色体異常、小児死亡、血清タンパクの異常などの有無、あるとすればどのくらいの率で起きるかを調べたのです。
結論からいうと、調べられた限りでは被ばく二世に放射線の影響と思われるものはみられなかったのです

まだまだほかにもいろいろ書いてありますので読んでみてください。
しかし…ネットで根も葉もない噂を流すことと、その影響力については、もう少しブロガーがしっかり自覚を持ってもらいたいものです(再三言うことではありますが)。「自衛隊員にカニの手の子供が」とか、「劣化ウランのせいで奇形の子供が(すごい画像つき)」とか、こういうネタがもう、ネットの一部の人たち(噂に対して抵抗力や感受性の弱い・低い人たち)の間で、ものすごい勢いで蔓延しているわけです。
もし仮に万が一たとえばにしろ、劣化ウラン放射線の影響がイラク国民あるいは自衛隊員にあるとしても、それは「奇形の子供」では絶対にありません
 
これは以下の話に続きます。
http://d.hatena.ne.jp/lovelovedog/20050712#p1