著作権の非親告罪化問題で「知的創造サイクル専門調査会」の「中山信弘委員」を応援してみようかと思った。

 以下のエントリーから。
たけくまメモ : 【著作権】とんでもない法案が審議されている

今の動きをかいつまんで書くなら、「著作権法非親告罪化」に向けた準備が政府機関によって進行しているいうことです。これまでも現在も、著作権侵害というものは「侵害されたと思う側」が民事裁判に提訴するなり、あるいは刑事告訴をしない限り逮捕することも裁判を起こすこともできない「親告罪」とされているわけです。

 正式な見出しは「とんでもない法案が検討されている」らしいんですが(http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_81b3.html)、ぼく的にはなんとなく「共謀罪」に関する騒動と似ている印象を受けました。
「愛・蔵太の少し調べて書く日記」の記事一覧から「共謀罪」を検索
 これに関して言及をネットでしたい人がしなければならないことはいくつかありますので、現時点で竹熊さんのテキストに便乗して「これはひどい」的なことを言っているブログ以外のブログがあったら教えてください。
 コメント欄はわりとまともに賛否両論、というか、「心配のしすぎではないか」的意見も目立ちます。
 ぼく自身は、ブログ持っている人は以下のことぐらいをやってから、この件について言及すると、情報提供的エントリーとしての価値は出てくると思います。
1・そもそもまず、その「法案(法案審議の初期段階のもの)」に目を通しているのか
 これは大多数がクリアしていると思いますが。
2・誰がそもそも、そのようなことを言いはじめたのか。
 「知的創造サイクル専門調査会(第8回)議事録」を見てみたんですが、よくわからなかった。「海賊版」を刑事事件的に、テキパキ処理したいから、という理由からだろうと思うので、「知的創造サイクル専門調査会 委員名簿」によると「吉野 浩行 本田技研工業株式会社取締役相談役」あたりっぽいですが(後述)。特許とか絡みが中心で、あまり著作権周辺の知識を持っている人は、弁護士を除くと乏しいかも。いればいたで、「著作権の強化(既得権益の主張)」になるかも知れませんが。
3・海外の例はどのようなものがあるか。
 一応、「知的創造サイクルに関する今後の課題(pdf)」では、米国・ドイツ・EUの例が挙げられていますが、それ以外の国は不明。というかその元テキストが見たい。最近ちょっとそこらへんを調べる根性がないんで、誰か見つけたらコメント欄で何か言ってください。追記します。(「外国著作権法」というサイトがあるそうです→http://www.cric.or.jp/gaikoku/gaikoku.html
 ↓しかし、これはひどい。「たけくまメモ : 【著作権】とんでもない法案が審議されている」のコメント欄から。

リンク先読んでませんが本当にこんな法案が提出されるならとんでもない話ですね。寒気がする
投稿 欣 | 2007/05/21 11:49:50

 いや、リンク先ぐらいちゃんと読みましょうよ。あまり笑えないジョークです。
知的創造サイクルに関する今後の課題(pdf)、p15以降。なぜ「親告罪」の見直しという考えが出てきたのかもわかります。

悪質化・巧妙化する海賊行為を積極的に取り締まるため著作権法における親告罪の取り扱いを見直すべきではないか。
(中略)
‐ 海賊行為が巧妙であったり、権利者が複数存在していることで権利関係が複雑になっている場合には、告訴権者による侵害の立証、関係者の調整等が困難であり負担が大きくなる。
‐ 告訴権者が中小企業、ベンチャー企業等、資力や人員の制約が大きい場合には、負担を考慮するあまり、告訴を躊躇する恐れがある。
親告罪は、刑事訴訟法により、「犯人を知った日から6ヶ月を経過したとき」は告訴が不可能になる。そのため、侵害事実の立証に時間が掛かる場合や、何らかの事情で告訴を躊躇した場合には、出訴期間が経過してしまう事態が発生し得る。出訴期間が経過すれば、起訴及び没収を含む科罰が不可能になる。

 以下のところでは、ちゃんとこんな問題点も指摘されています。

・ 他方、親告罪の扱いについて、次の点が指摘されている。
著作権等についての意識が十分でないことから、日常的な活動の中で著作権侵害が生じてしまうことも少なくないため、非親告罪化した場合に三者による告発の濫発の恐れがある。
(2002年11月 文化審議会 著作権分科会 司法救済制度小委員会における指摘)
‐ 他人の著作物をコピーするような行為は、「他人の土地に入り込んでいる」という場合と同様に、客観的には「了解を得ているかどうか」が不明であるし、仮に了解を得ていないとしても、権利者が「まあいいや」と思っている場合には問題ない。
(※ 親告罪を採用している理由:「著作権テキスト(平成18年度)」文化庁

 この「2002年11月 文化審議会 著作権分科会 司法救済制度小委員会における指摘」の元テキストはこちら。
文化審議会著作権分科会司法救済制度小委員会(第7回)議事要旨
出席者は以下のとおり。

3 出席者 (委 員)
久保田、後藤、高杉、道垣内、橋元、細川、前田、松田、山口、山本の各委員

 フルネームは「文化審議会著作権分科会「司法救済制度小委員会」の検討状況について」によると「久保田裕 (社)コンピュータソフトウェア著作権協会専務理事・事務局長」「後藤健郎 (社)日本映像ソフト協会業務部長代理(法務担当)」「高杉健二 (社)日本レコード協会法務部部長」「道垣内正人 東京大学教授」「橋元淳 (社)日本芸能実演家団体協議会 実演家著作隣接権センター事務局長代行」「細川英幸 (社)日本音楽著作権協会常務理事」「前田哲男 弁護士」「松田政行 弁護士・弁理士」「山口三惠子 日本弁護士連合会知的所有権委員会委員、弁護士」「山本隆司 弁護士」のようです。けっこうこちらは著作権問題にくわしい人が多い様子。
 こちらの議事録は原則匿名なのですが、

(3) 侵害罪の非親告罪化について
事務局から「侵害罪の非親告罪化」について説明が行われた。その後、以下のような意見交換が行われた。
(以下委員○、事務局△)
 
(侵害罪の非親告罪化)
○ :著作権侵害親告罪である理由の一つが私益であるということだが、刑法上の窃盗・横領・背任などは全部私益であるが、これらは親告罪にはなっていない。一般的には、強姦罪のような法廷に事件を出すとかえって被害者に苦痛を与える場合や、器物損壊のように被害法益が軽微な場合などに、親告罪となる。著作権侵害は、懲役が3年以下とされていることから、法益が軽微なものではないと考えられるため、親告罪にする必要はないのではないか。このような重大な犯罪行為が行われているのに、告訴期間を過ぎてしまい、引き続きどうどうと侵害行為が行われているというような状況は、著作権侵害に対する規範意識を失わせる原因となっているのではないか。6ヶ月という告訴期間はあまりにも非現実的である。刑事告訴をする場合も発見してから告訴するまでの間に、弁護士の依頼や料金の算段、被害事実についての資料の作成などをしなくてはならず、6ヶ月は短すぎる。
○ :同感である。特許権や商標権に比べて公益性が薄いわけでもなく、今、著作権教育を国民的規模で行おうとしていること、特許権よりも侵害の発見について一般の人の協力がより必要になるということからも、非親告罪にするべきである。さらに、著作権の利用は、非営利であることが多いとの事であるが、非営利であるから良いというわけではない。また、事後的に権利者が許諾をすることもあるとのことであるが、特許権も同じである。
○ :管理実務の観点から言うと、継続して侵害行為を行っている店舗に対して、侵害証拠の収集をしている間に、告訴期間の6ヶ月が過ぎてしまうと、また調査をやり直さなければならない不自由さがある。特に、録音物の中に外国作品が含まれていた時は、オリジナル出版社と下請け出版社との間の契約によって、訴権はオリジナル出版社に留保されている場合が多く、外国音楽については、訴えられないという不便さがある。親告罪から非親告罪になってくれれば、そのあたりの不便さも解消されるのではないか。
△ :権利者にとっては、非親告罪の方が良いと思われるが、著作権侵害は、著作権についての意識が十分でないことから日常的な活動の中で生じることも少なくないため、非親告罪化した場合に第三者による告発の濫発の恐れがあることも踏まえて検討する必要があると思われる。
○ :日常的な活動の中で生じる著作権侵害については、可罰的違法性がない場合も多いのではないか。
○ :音楽著作物の場合、ファンの間から、著作権侵害が訴えられるというように、著作権の場合には第三者が問題にするということがある。権利者は良くても、ファンが侵害を訴えているような場合、非親告罪になると、検察は対処に困るということもあり得る。先程の話のように、権利者が権利を行使しないことで、遡及的に合法となるものでないとしたら、権利者が権利を行使しないことを明示した後で、第三者が告訴した場合どうなるのかという問題もある。
○ :権利者が良いといえば、黙示のライセンスということになり、違法性がなくなるのではないか。その問題は、非親告罪であれば、どんなケースであっても、あり得る話である。検察も全て起訴するわけではなく、実際の運営上は問題ないのではないか。
○ :告訴する時には、客観的な資料をつけなければ受け付けてもらえないし、警察が検挙する場合には、権利者に、許諾の有無について、確認を取るので、心配するような事態はほとんど起きないのではないか。
△ :告訴期間の6ヶ月は、いつから始まるのか。この期間は短すぎるのか。
○ :コンピュータプログラムの事例については、デッドコピー以外は中味をきちんと見ないと侵害の認定ができない。やはり、6ヶ月は短い。外資系とのやりとりなどになると、日本の法人と本社の間のやりとりにも時間がかかる。しかし、非親告罪になると、新しい分野での侵害や、難しい事例に、警察が対応してくれるのかという心配はある。また、ビデオレンタル店などに大量に出回っている侵害品などを、権利者が一つ一つ検証して、立件していくのは、非常に効率が悪い。親告罪であれば、権利者が確実に立証できるものを選んで、訴えているので、手続き上簡易にできる面がある。
○ :警察は、告訴状があってもなくても、実際に検挙するかどうかについては選別するので、捜査効率が下がるということもないのではないか。
○ :少しでも、マイナス面の可能性があるのであれば、考慮すべきだと思う。特に文化に関わるところであるので、文化的論争の武器に使われることはあるということまで考えれば、気をつけなければならないということはあるかもしれない。
○ :非親告罪になれば、期間についての問題は解決される。しかし、告訴の乱発という事態になれば、一般の人からの照会、警察からの照会が増えることへの懸念はある。また、非親告罪となり、権利者が行動を起こさなくとも警察が取締ってくれることで、逆に権利者の権利意識が低下することになってはならない。

 委員を類推すると、「音楽著作物の場合」について言っている人は「細川英幸」さんでしょうか。他はちょっとわからない。
で、こうなる、と。
知的創造サイクルに関する今後の課題(pdf)

(2)具体的方策
著作権等侵害のうち、一定の場合について、非親告罪化する。
「一定の場合」として、例えば、海賊行為の典型的パターンである営利目的又は商業的規模の著作権等侵害行為が考えられる。
営利目的の侵害行為は、その様態から侵害の認定が比較的容易であるとともに、他人に損害を与えてまで金銭を獲得するという動機は悪質である。また、営利目的ではなくても、例えば愉快犯が商業的規模で侵害を行った場合には、権利者の収益機会を奪い、文化的創造活動のインセンティブを削ぐなど、経済的・社会的な悪影響が大きい。

 海外の例。

 米国は職権起訴が可能であり、またドイツは親告罪を採用しているものの、特な公益上の必要性を認めた場合には、職権起訴が可能。EUでは、商業的規模(commercial scale)であるもの等一定の知的財産権侵害かかる刑事手続に関し、被害者による通報又は告訴を待つことなく、捜査又は起を可能とするよう要求するEU指令を提案している(2006年4月改正提案)。

 議論の一部。

 「6ヶ月という告訴期間はあまりにも非現実的である。刑事告訴をする場合も発見してから告訴するまでの間に、弁護士の依頼や料金の算段、被害事実についての資料の作成などをしなくてはならず、6ヶ月は短かすぎる。」

 確かに「営利目的又は商業的規模の著作権等侵害行為」ということだと、基本的には「海賊版」の取り締まり、ということですが、同人誌パロディも視野に入ってくるのかも(「パロディ」が「著作権侵害行為」とされた判例に関してもう少しくわしく知りたい。ちょっとメモ)。
 ということで、いよいよ「調査会」の議事録。
知的創造サイクル専門調査会(第8回)議事録

 2つ目は15ページでございまして、「著作権法における「親告罪」の見直し」でございます。親告罪というのはこの四角の次のところに書いてございますけれども、被害者が告訴しなければ公訴を提起することはできない罪ということでございまして、例えば過失侵害ですとか、名誉棄損ですとか、あるいはストーカー被害ですとか、そうした犯罪については親告罪になっております。それで、現在著作権の侵害についても著作権法上、親告罪とされているわけでございます。
 ただ、同じ15ページの下の方をちょっとごらんいただきますと、例えば海賊行為が非常に巧妙になっていたり、あるいは権利者の関係が複雑になっていて、告訴権者による侵害の立証、関係者の調整が困難、あるいは負担が大きな場合が出てきている。あるいは、中小企業やベンチャー企業にとってはなかなか告訴をする人的、資金的な余力がないという場合もあること。あるいは、親告罪というのは刑事訴訟法によりまして犯人を知った日から6か月を経過してしまいますと告訴が不可能になるということで、いろいろ立証の準備をしているうちに6か月を経過してしまうような事態も起こり得るということから、この際、親告罪ではなく非親告罪とするということを検討してはどうかということであります。 ちなみに、ほかの国の立法令を見てみますと、アメリカなどは17ページのところに書いてございますが、職権起訴が可能である。あるいは、ドイツは原則親告罪なのですけれども、特別な公益上の必要を認めた場合には職権起訴が可能であるというようなことで、EUの指令も同じような提案が今なされておりますので、国際的な調和の観点からもおかしなことではないと考えられるのではないかということでございます。

 とりあえず、アメリカ・ドイツの法律を見てみなければいけないわけです。
 「知的創造サイクル専門調査会(第8回)議事録」からの引用を続けます。

 親告罪なんですけれども、これはちょっと考え直す必要があるのではないかと思います。ただ、結論的に言いますとどちらに転んでも社会はそれほど大きく変わらないだろうと思います。特許権は先年、これを非親告罪にしたわけですけれども、非親告罪にしたから何か変わったかというと全く変わっていないんです。というのは、強盗や殺人ですと警察がすぐ動いてくれますけれども、知的財産権侵害というのは基本的には民事の話ですから、うっかり警察が動くともう民事はすっ飛んでしまいますから民事不介入が大原則で簡単には動いてくれません。親告罪にしようが、非親告罪にしようが、ちゃんとした証拠を持っていて、こうこうこうですということを言わなければなかなか動いてくれないので、実際はほとんど影響ないのかなという気はいたします。
 ただ、著作権は特許と比べますと侵害の範囲が広いというか、あいまいな面が多いわけです。翻案などがありますから、どれが侵害かわからない。窃盗などの場合は窃盗犯は自分は窃盗をやっているということがわかっているわけですからいいんですけれども、侵害かどうかわからないというときに、しかも第三者が告訴をして、仮に警察が動いてしまった場合にどうなるのか。権利者の方は、これは黙認しようとか、まあいいやと思っていても、実は第三者が告訴をするという場合もあり得るわけです。特に著作権は近年では全国民的に関係を持っている法律になってきましたので、こちらの方は特許とはまたちょっと違って場合によっては弊害が生ずる可能性もあるのかなという気がいたします。
 確かに親告罪だと6か月という制限はあるわけですけれども、別に告訴をしておいて後から証拠を出してもいいわけですし、知的財産の場合はそれほど大きな問題はないのではないかと思います。それよりもむしろ何かマイナスの効果の方が大きいのではないかという気がいたします。以上です。

 ↑上の発言をしたのは「中山委員(「知的創造サイクル専門調査会 委員名簿」によると「中山 信弘 東京大学大学院法学政治学研究科教授、知的財産戦略本部員 」という人)です。
 現在の著作権親告罪状況に対して別の意見を唱えている人は、こんな感じ。

○久保利委員 それに関連して親告罪の問題ですけれども、むしろ私は見直しをしていただくことは、それ自体はマイナスではないのではないかと思います。
 ただ、中山先生もおっしゃったとおり、今どういうふうになっているかというと、親告罪ですから告訴権者が必死になって証拠をそろえて訴えに行くわけです。そうしますと、基本的にはリジェクトされるわけです。やりたくないんです。それから、やる能力も余りないんです。したがって、捜査当局はなるべくならばこの著作権問題には触れたくないというふうに思っていますから、なかなか受けてくれないのですが、あれやこれや証拠書類をそろえてどうだ、これでもかと言って持って行ってもし警察がやらないのならば、それこそマスメディアに発表して警察はこういう犯人を甘やかそうとしていると言いますよというくらい脅かさないと、なかなか引き受けてくれない。その代わり、引き受けてくれたら警察のメンツにかけてもやってくれるわけです。
 ということは、それだけ本気になった侵害された人がいれば警察は結局は渋々ながらでも動いてくれるというのは、実は親告罪だからそうなっているわけで、親告罪でないということになると告発はしましたよ、親告罪ではないけれども一応御通知しましたよ、捜査の端緒を与えましたと言っても、さあ動くのか。動くときに親告罪で告訴を受理してしまうと、あとはその事件をどうしたかということを報告し、内部できっちり検査をしなければいけなくなりますから、やることはやってくれますが、何もないとなるとやってくれるのかなというところがあるわけです。その意味では、私も親告罪にするということが直ちに捜査当局が非常にやりやすくなるということにはならないだろうとは思います。
 ただ、もう一つ逆の手立てを立てて、例えば交通事故撲滅月間とか、交通安全週間などと同じように、とにかく著作権事件摘発強化月間みたいなものをつくって、この間できるだけそういう事件に特化して各警察は頑張りなさいというふうなことになって、今までは親告罪だったので告訴がこないと動けなかったけれども、今度は動けるようになったんですから、積極的に国民に対する啓発も含めて、捜査当局よ頑張りましょうという話がセットで出てくるならば、これは逆に効果的になるかもしれないという意味で、実は捜査当局の能力とやる気をいかに担保するかというところにかかっている。
 それを何もしなければ、私は中山先生と同じ考えにならざるを得ないわけですし、そこがすごく強化されるということであればそれはプラスになる。したがって、親告罪の見直しというのは、何か別の強化策とセットにならないと真の効果は上がらないような気がいたします。以上です。

 引用長いですが、↑の発言者は「久保利英明 弁護士(日比谷パーク法律事務所代表)、知的財産戦略本部員」ですか。中山信弘委員とあわせて、法律の専門家的な意見を読むことができます。要するに、「非親告罪化すると、警察の調べが甘くなるかもしれないので、そうならないような強化策が必要」という意見かな。
 こんなのもあります。

○阿部会長 ありがとうございます。吉野委員は数年前からこれに御尽力をいただいていますが。
○吉野委員 被害はともかく、さっきおっしゃいましたけれども、オリジナリティを大事にするというところにかなりのウェートを置いたさまざまな活動が必要ではないかと思うんです。そういう面では、先ほど話題になりましたメディアの方々の力もやはり相当動員といいますか、力を出していただいて、日本はとにかく子どものときから皆と同じようにやりなさいとか、オリジナリティをつぶしてしまう風土がずっと伝統的にあると思うんです。そういうものを変えていくぐらいの全体的な活動を組まないとだめではないかと思います。

 ↑の発言者は「吉野 浩行 本田技研工業株式会社取締役相談役 」という人。また教育問題ですか。なんかあれこれ見ていると、「現代日本の教育批判」論を展開している人が、今回の件に限らず目立つような気がしてきます。

○前田委員 娘が高校生なんですけれども、彼女たちの憧れのエビちゃんとか、押切もえちゃんとか、若いモデルが芸能界にどんどん出ていて、若い子が読むファッション雑誌の『ノンノ』、『JJ』、『CanCam』で20万、30万のバッグを持っていて、それらが流行しているわけです。それはやはり本物を持とうとしたらいわゆる「パパ」を見つけるのというような状況もまずいと思いますし、でも私たちが止められるものでもないですし、高校生で今のいじめにも関係するんですけれども、みんなと同じものを持ったり、かわいいと言われているファッションリーダーの子と同じものを持ったり、同じ行動をすることが格好いいという風潮があるんです。
 それに全く興味を示さないで男の子みたいな格好をしている子が、逆にあの子は変わっているねというのでどちらかといったらいじめを受ける側にいるので、ここでそういう話をすべきではないのかもしれないですし、ちょっと場が違うのでしょうけれども、高校生、中学生のうちにオリジナリティのあることの大事さみたいな教育が日本にないことも原因だと思います。
○吉野委員 小学生ですよ。
○前田委員 そうですね。小学生ですね。そういう風土がないので、幾ら言ってもなくならない。研究者のオリジナリティを重んじないということもそうでしょうし、人と変わったことをするということが認められないとか、皆と同じバッグが持ちたいというところにどうしてもいってしまうのだなということがあって、やはり子どもの教育に戻ってしまうのかなという感じがします。

 ↑の発言者は「前田 裕子 東京医科歯科大学知的財産本部技術移転センター特任助教授」という女性のかた。ぼくは、日本の教育には、というか子供の教育にはオリジナリティは必要ない(模倣と引用のテクニックからまずはじめるべきだろう)という考えなので、これについて話をすると長くなるんですが、まぁそれは置いておいて、確かに「模倣のバッグ」よりは「オリジナルな(オリジナリティの強い)バッグ」を欲しがったり、そういうものを持っている子供がいじめられない教育は必要かも、とは思います。変な子は放っておいて欲しい、とか。
 ということで、ざっと見てみたんですが、「同人誌(パロディ同人誌)」そのものに関する言及は見当たりませんでした。
 しかし前田裕子さんの「学ぶ」ということに関しての発言の立ち位置は、理系の研究者っぽくて面白いです。
 ぼく自身の考えは、他の人のエントリーのリンクになってしまうんですが、以下のものに近いです。
稚拙な印象操作を駆使する記事には、「一次情報」に当たることが重要 [絵文録ことのは]2007/02/20

 まず、完全な意味でのオリジナリティはどこにあるか、ということだが、それは、たとえば言葉にしろ絵の描き方にしろ、誰かに教わったものである以上、学んだものである。学ぶということは「まねぶ」すなわち模倣から入る。したがって、オリジナリティ至上主義は逆に芸術・技術・文化を殺す。オリジナリティ至上主義が行きすぎると、「個性的であることだけに価値がある」と勘違いする人が出てくる。たとえば、トラックバックの仕組みと使い方について、まず実際の状況を学ぼうともせず、ただ自分の独りよがりな思いつきで見当外れの定義をしていた人がいた。そして、自分で考えることが重要なのだとうそぶいていた。そうではない。まずは土台を学んで、そこから新発想を生み出すべきなのである。

 ただ、理系の研究者の場合は、研究の独自性というものも問われそうなので(多分文系の研究者でも、研究者だったらそうなんですが、独自性のレベルが違っていそうです)、前田裕子さんの考えもわからなくはありませんが、小学生にオリジナリティを求めても無駄です。集団で群れているうちは無理。年に一回、会うか会わないか、みたいな人に出す年賀状(あるいは年賀メール)の数が増えてこないと「社会」の中における「個人」「個性」の意味がわからないと思う。
 今日もまた引用部分が多いテキストになってしまいました。
 まとめると、
1・「著作権非親告罪化」の件について「心配のしすぎではないか」と言いたいぐらい心配している人は、調査会のメンバー外にたくさん(目立つ程度に)いる。
2・「著作権非親告罪化」の件は、海賊版に対する対応から出てきたものらしい。
3・知的創造サイクル専門調査会には、弁護士を除くと著作権の専門家はいない(公安関係者もいない)。企業の人と研究者の人はいる。(追記:中山信弘さんは「著作権の専門家」と言えるのでは、というコメント欄での指摘あり)
4・パロディ同人誌を「著作権侵害してます」と第三者が言っても、親告罪である現在以上に警察は動かないかもしれない、という意見も、調査会のメンバーの中にはある。
5・「オリジナリティのあることの大事さみたいな教育」が必要だ、と言っている人が調査会のメンバーにいる。
 こんな感じでしょうか。