『渋谷百軒店ブラック・ホーク伝説』『カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化』『ミステリと東京』

本日の読みたい本・おすすめ版(2007年10月あたり)。

★『渋谷百軒店ブラック・ホーク伝説』(/音楽出版社/2,000円)【→amazon
ブラック・ホークとは…●1960年代の末になって、東京の街にはぽつりぽつりとロック喫茶ができはじめた。新宿の「ソウル・イート」、吉祥寺の「ビバップ」「赤毛とソバカス」など、数は少なかったが、大卒の初任給が3万円ほどで、レコード(アルバム)が2500円前後だった当時、英米のロックの最新盤が聴ける店は貴重な存在だった。高円寺の「ムーヴィン」も、当初はフリー・ジャズの店だったが、69年頃にロック喫茶に衣替えした。●同じようにして、ジャズからロックへという転身を歩んだのが、渋谷・百軒店にあった「ブラック・ホーク」である。ブラック・ホークがロック主体になったのもやはり69年頃だが、ムーヴィンの主だった和田博巳は「ブラック・ホークをお手本にした」と言っているから、脱ジャズは少し早かったのだろう。●ブラック・ホークは、もともとは「DIG渋谷店」だった。DIGはカメラマンでもある中平穂積が新宿二幸裏で始めた本格派のジャズ喫茶で、その2店舗目、渋谷支店がDIG渋谷店だった。古時計などのアンティーク類が多数飾られた木質のインテリアとかつての名曲喫茶を受け継いだ「私語禁止」がDIGの特徴だったが、それだけでなく時代の先端を行く前衛派のジャズの紹介などについても積極的で、硬派のファンを集めた。●そのDIG渋谷店で事件が起こったのは、1968年の冬だった。ある夜、ジャズ喫茶の心臓部ともいうべきレコード・コレクションがごっそり盗難にあったのである。オーナーの中平は激怒した。それだけでなく、渋谷という街に愛想をつかした。彼は店を売ることを決意した。それを買ったのが水上義憲で、「ブラック・ホーク」はそれによって誕生した。●ブラック・ホークは、インテリアやオーディオ装置など、店の什器一切をDIG渋谷店から引き継いだが、それだけではなかった。1965年からDIG渋谷店でレコード係をつとめていた松平維秋(のちロック評論家)も、そのまま新店に移籍した。彼はレコード・コレクションの方向づけなど、いわば企画マンとして店をきりもりしていくことになる。●百軒店は、60年代初頭から複数のジャズ喫茶が軒を並べた、個性的な一角だった。老舗の「オスカー」をはじめ、「ありんこ」「スイング」「ブルーノート」「SAV」そして「DIG渋谷店」。ここは関東大震災のあとに銀座などの店の臨時営業場所として急造された人工の町だったが、映画館も複数あり、60年代には「映画とジャズを楽しむ町」といった趣が濃かった。70年代に入ると、ライヴ・スペースを持つロック喫茶「BYG」も加わった。●その中にあって、ブラック・ホークは、きわめてユニークな存在だった。のちになって、店長格だった松平維秋自身が書いている。「だが六九年からの一〇年ほど、このスペースには特別な空気が満ちていた。世間的な分類では、ブラック・ホークはロック喫茶である。ところがその空気は、ロック喫茶らしさからは外れていて、プレイされる音楽が、席を埋める客たちの体に染み込んでいく光景は、いつも静謐といってよかった。そしてその音楽を他所で、たとえばラジオから聴く、ということはまずないのだった。 なぜかというと、ブラック・ホークの音楽は、世間の流行に同調することがなかったからだ。ロック=音量主義の七〇年代初頭には、個人レベルのコミュニケイションを重視してアコウスティック路線をとった。西海岸の音楽が一般化するころには、ゴスペル色の濃い南部のロックに力を入れ、シンガー&ソングライターにブームが兆せばイギリスの古謡をうたう人達に光をあてた。ヘソまがりではなく、わずか五〇人で満席のスペースは、つねに専門店的な使命を帯びるべき、という考えからだった。そこでは何年後かに、“幻の名盤”となるレコードが、幻ではなくリアル・タイムで流れつづけた。」(渋谷道玄坂百軒店界隈、85)●「専門店的な使命」という観点で特筆されるべきことは、この小さなスペースがおそらくは日本ではじめての「ブリティッシュ・トラッド」の紹介を積極的に行ったことだった。70年代の半ばのことである。もともと、ブラック・ホークは鈴木慶一南佳孝などミュージシャンが多く集まる店だったが、「どんな音楽を提供するか」という面でも、数ある音楽喫茶で群を抜いてユニークな存在だった。「トラッド愛好会」などのグループもここから生まれ、トラッドはここから静かに広まっていった。●本書は、そんなブラック・ホークが歩んだ足どりをまとめ、本というメディアに定着されたメモリアルとなるものにしたい。
カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化 (NHKブックス)

カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化 (NHKブックス)

★『カメのきた道 甲羅に秘められた2億年の生命進化』(平山廉/著/日本放送出版協会/966円)【→amazon
中生代の地球で、恐竜は巨大化の道を選び地球上を制覇したかに見えた。一方、哺乳類は一日食物をとらないと生死にかかわるという高代謝を選択し、餌獲得のために知能を発達させ、次の主役となった。しかしカメは第三の道である低代謝を選択し、餌がなければ1ヶ月以上でも待つことができる体を獲得した。その結果、ガラパゴスゾウガメは200歳を超える寿命の固体も確認されている。あわただしく攻撃的に生きる40年(自然状態でのサルの寿命)とゆっくり打たれ強く生きる200年のどちらに価値があるかはだれにも決められない。地球生命を相対化する視点から語る、意欲的なカメの進化学入門。
ミステリと東京

ミステリと東京

★『ミステリと東京』(川本三郎/著/平凡社/2,520円)【→amazon
久生十蘭中井英夫松本清張から、島田荘司宮部みゆき恩田陸まで、東京を舞台とした多彩な人気ミステリ小説を糸口に、巨大な犯罪都市・「東京」を鮮やかに読み解く―。