チェルノブイリの小娘バイカーの嘘ページ(?)について
また例によって読んだ本の話をするわけですが、
- 作者: メアリーマイシオ,Mary Mycio,中尾ゆかり
- 出版社/メーカー: NHK出版
- 発売日: 2007/02/25
- メディア: 単行本
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放射能に汚染されて巨大化したゴキブリやネズミが、荒廃した土地をはいずり回る―それはSFの中だけの話だ。チェルノブイリ原子力発電所事故から20年、人体には危険すぎる周辺地域は、動物が棲息する森に変わっていた。しかしその土地は、いまなお汚染されているのだ。ウクライナ系アメリカ人ジャーナリストが、汚染におびえつつも立ち入り制限区域に入り取材を重ねた、決死のルポルタージュ。
↑この本に、↓こんな記述があったので、興味を持った。p291〜p292
「名字がスミルノフだらけの墓地があるっていう記事を読んだことがあるの」。ケイト(引用者注:メリーランド大学ボルティモア校の助教授。『チェルノブイリの森』の著者と同じ見学ツアーのメンバー)は道中の車の中で言った。
その話なら、私も聞いたような気がする。「それってチェルノブイリの小娘バイカーのホームページで読んだんじゃないかしら」。二〇〇四年の春、カワサキのバイクで単身でゾーンを乗りまわしたというキエフの女性がホームページを立ち上げ、ホームページはインターネットチャット族のあいだで大きな話題になった。
「そう、それよ」。ケイトが言うと、リマ(引用者注:ガイドの女性)がものすごい剣幕で口をはさんだ。
「あんなの嘘よ! ここでバイクになんか乗らなかったわ。私たちの車でゾーンに入って、それに旦那もついてきたのよ。バイクのヘルメットだけ持ち歩いて、写真だって全部、旦那が撮ったんだから」
ほお。
引用を続けます。
そんなことで嘘をつくというのも妙な話だった。けれども、二〇〇四年の春と夏には、少なからぬ販売業者とエンターテインメント業者がチェルノブイリ特有のおどろおどろしい雰囲気を食い物にしようとした。たとえば、映画『バタリアン4』の冒頭の場面はチェルノブイリで撮影された----ゾーンの管理局は映画が呼び起こす連想をきらい、もともと反対していた。私が話をした人たちは、映画会社がキエフの当局にたんまり賄賂をつかませたとにらんでいる。
『バタリアン4』を見た人はいますか。
それはともかく、この「小娘バイカーのホームページ」は、日本語訳のサイトがあったりするのだった。
→エレナのチェルノブイリへのバイク旅
→バイクに乗る。
私はこれまでずっとバイクに乗ってきて、その間いくつかの機種を乗り換えた。完璧なバイクを見つけたのは、カワサキの大きな「ニンジャ」に出会ったときだった。147馬力ですごい音を立てて銃弾のように早いから、長旅には快適なのだ。
問題のテキストはこちら。
→ベラルーシ
これはベラルーシの共同墓地だ。多くの村で、木の十字架の走り書きだけがここで豊かな生命があったことをしめす年代記になっている。ここの祈りをささげた、愛された人たちもここにいるのだろう。
私はこの村を地図に見つけられなかった。だが、共同墓地は1800年代から1986年まで、この村井に住んでいた人たちは皆「スミノフ」姓だとある。
この村は、兄弟が姉妹と結婚し、皆同じ姓を持っていた秘密の村だったのだろう。
私は村を地図に書くと、スミロノフカと名前をつけた。有名なウォッカと同じだ。ここに住んでいた人たちと、スミノフウォッカを造った人たちとのつながりはなんだろう?
想像するしかできない。答えられる人は誰一人いないのだから。
ぼくの勘では、この人のテキスト(複数)と画像(複数)との因果関係は微妙です。ヤコペッティ度95ぐらい。
→写真は非公式なもの。
汚染された村の農家は、4本の角がある子牛や、スイカくらい大きな目の子豚が生まれたと報告する。この情報がどの程度正しいのは分からない。だけどもしそんな村を通ることがあれば、カメラはフル充電にしておこうと思う。
うわー。
まぁでも、他では見られない画像などもあったりするので、劣化ウラン弾とかの「他では見られない画像」などにいろいろな興味を持っている人におすすめしておきます。
21年経ったチェルノブイリは、南北朝鮮国境地帯と同じように、人間が作り出した野生動物・植物の楽園になっているようです。ちなみに、奇形の動物も特に発見されてはいないようです。放射能が猛烈に残っているところでは、猛烈に変形した松などは見られるらしいですが。
本日の画像は、以下のところから。
→チェルノブイリ調査関連写真集
→プリピャチ市の観覧車(2000年3月)
1986年の5月1日に開園予定の遊園地に設置されて、一度も使用されることのなかった観覧車です。
事故が起きたのは1986年4月26日。