オリンピック「勝つことより参加することに意義がある」の起源と謎について

 オリンピック精神(の一つ)として伝えられているこの言葉ですが、起源はクーベルタン男爵でない、というのが定説。
オリンピックは参加することに意義がある:オリンピックの精神:心理学総合案内こころの散歩道

第4回ロンドンオリンピック(1908)の陸上競技では、アメリカとイギリスとの対立が絶え間なく起こり、両国民の感情のもつれは収拾できないほどに悪化していました。
 
 その時に行われた教会のミサで、
「このオリンピックで重要なことは、勝利することより、むしろ参加することであろう」というメッセージが語られました。
 
このメッセージを、当時のIOC会長のクーベルタンがとりあげ、次のように述べました。
 
「勝つことではなく、参加することに意義があるとは、至言である。人生において重要なことは、成功することではなく、努力することである。根本的なことは、征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。」
 「近代オリンピック100年の歩み」(ベースボールマガジン社)より

 要するに、教会のミサでのセリフをうまくクーベルタン氏が引用して膨らませた、という話。
ロンドンオリンピック (1908年) - Wikipedia

本大会では、ホスト国で世界に君臨していたイギリスと急速に国力を伸ばしていたアメリカがお互いをライバル視し、険悪な関係になった。特に陸上400m決勝ではアメリカ選手のファウルの判定に対し、それを不服としたアメリカが他の決勝進出選手も出場をボイコット、イギリスのウィンダム・ハルスウェル一人で走るという前代未聞のレースとなった。こうした状況を危惧したペンシルベニア大司教アメリカ選手団に随行していた)のエチュルバート・タルボットは、「オリンピックにおいて重要なのは勝利することよりむしろ参加したことであろう」と説教で語り、これを知ったクーベルタンはオリンピック精神の表現としてこの言葉を引用するようになった。

 誰が言ったかは分かりました。
参加するべきか否か? | 透明人間たちの気まぐれ日記

 第4回ロンドン大会(1908年4月27日〜10月31日)でのことです。
 実は、この大会は、いろいろな意味で近代オリンピックの基礎がつくられた大会でした。
 それまでは、個人やチームごとに申し込めば参加することが可能だったものが、各国のオリンピック委員会(NOC )を通じての参加となった最初の大会だったのです。
 それだけ、参加基準のハードルが上がったというだけではなく、正式に国を代表する選手であるという特別の意味合いも生まれました。
 つまり、国どうしの争いが激化する キッカケ となった大会でもあるのです。
 そこで、ある有名な事件が起きたのでした。
 当時、陸上競技の種目だった綱引きでのトラブルです。
 シューズ履きのアメリカチームに対し、警察官で編成したイギリスチームがスパイクを履いて圧勝するという大騒動が勃発したのです。
 米・英、両国はルールや判定をめぐって、もつれにもつれ、国民感情むき出しのケンカ状態を続けていました。
 そんな最中にセントポール寺院に各国選手団を招待して行なわれた日曜日のミサで、ペンシルベニアから来ていたエチュルバート・タルボット司教が、「この五輪で重要なことは、勝利することより、むしろ、参加することにある」と説教したのです。

 ↑こちらの記述では、司教の演説のきっかけは「陸上400m」ではなく「綱引き」ということになっています。
Ethelbert Talbot - Wikipedia, the free encyclopedia

He was invited to preach at St Paul's Cathedral on July 19, a service to which athletes and officials of the games were specially invited. In his sermon, he said,

“We have just been contemplating the great Olympic Games. What does it mean? It means that young men of robust physical life have come from all parts of the world. It does mean, I think, as someone has said, that this era of internationalism as seen in the Stadium has an element of danger. Of course, it is very true, as he says, that each athlete strives not only for the sake of sport, but for the sake of his country. Thus a new rivalry is invented. If England be beaten on the river, or America outdistanced on the racing path, or that American has lost the strength which she once possessed. Well, what of it? The only safety after all lies in the lesson of the real Olympia - that the Games themselves are better than the race and the prize. St. Paul tells us how insignificant is the prize, Our prize is not corruptible, but incorruptible, and though only one may wear the laurel wreath, all may share the equal joy of the contest. All encouragement, therefore, be given to the exhilarating - I might also say soul-saving - interest that comes in active and fair and clean athletic sports.” (emphasis added)

Pierre Coubertin, the father of the modern Olympic movement, paraphrased Talbot in a speech the following Friday, "The importance of these Olympiads is not so much to win as to take part." The sentence has been paraphrased and modified over time, but remains an important part of the Olympic ideals.

 ということで、演説があったのは1912年7月19日クーベルタン氏の発言があったのはその週の金曜日、ということのようです。
 ところがなんと。
ウィンダム・ハルスウェル」が一人で走ったのは7月25日。
 アメリカ人を含んだ4人の決勝が「7月23日」に行われています。
 要するに、いずれにしてもエチュルバート・タルボット司教が「勝利することより、むしろ、参加することにある」と言ったのは、オリンピックの400メートル徒競走に関して、ではなさそうです。
ウィンダム・ハルスウェル - Wikipedia

翌年の1908年、ハルスウェルは地元ロンドンでのオリンピックの400mに出場する。7月21日に行われた準決勝を48.4秒のオリンピック新記録で決勝に勝ち上がった。2日後の7月23日に決勝は、彼と3人はアメリカ人による4人で行われることとなった。

さて、決勝のレースは、ウィリアム・ロビンスが先頭、2位にジョン・カーペンター、3番目にハルスウェルという順番で最後のホームストレートに入ってきた。ここで、カーペンターとハルスウェルがロビンスを抜きにかかると、ここで審判から反則の声が上がった。レースは、カーペンターが1位、ロビンスが2位、ハルスウェルが3位でフィニッシュした。しかし、カーペンターがハルスウェルの走路を侵害したとのことでレースは無効の判定が下された。写真判定では、確かにカーペンターはハルスウェルの走路をブロックしていた。しかし、このようなブロックはアメリカのルールでは認められているものであった。しかし、この大会は、イギリスのルールを適用し運営されていたため、カーペンターは失格。カーペンターを除いた3人により、2日後の7月25日に再レースを行うこととなった。しかし、残り2人のアメリカ選手は再レースを拒否。再レースはハルスウェル1人によって行われ、歩いても優勝という中、50.0秒で金メダルを獲得。銀メダル、銅メダルは該当なしという珍事となった。

 ここで重要なのは、エチュルバート・タルボット司教が誰に対して叱ったのか、ということです。
 時系列的に考えて、「陸上400mの決勝をボイコットしたアメリカ人選手」ということはあり得ません。「綱引き」の行われた日時が不明なので断定できないのですが、綱引きに卑劣な手段で勝った「イギリス人選手」に対する非難であるんじゃないかと思います。
 それに対して、クーベルタン氏の発言は、「陸上400m決勝」の行われた日の夜? それだとすると、英米の両選手を叱っていることになります。
 要するに「勝利することより、むしろ、参加することにある」の裏にも、ある種政治的な意味合いが、発言の日によって読み取れそうな気がする、ということですな。
 
(2010年6月2日追記)
 トラックバック先に、もっと細かなことが書いてあります。1908年ロンドン・オリンピックの「綱引き」をやった日、普通に英語版ウィキペディアに書いてありました。
1908年ロンドンオリンピックの話 - 蟹亭奇譚

・7月17日(金)・18日(土) - 綱引き試合開催
・7月19日(日) - タルボット司教、St Paul's Cathedral の礼拝説教で 「この五輪で重要なことは、勝利することより、むしろ、・参加することにある」 と語る
・7月23日(木) - 陸上400m 決勝。アメリカ選手カーペンター失格になる
・7月24日(金) - クーベルタン氏、タルボット司教の言葉を引用する
・7月25日(土) - 陸上400m決勝再試合。アメリカ選手2名がボイコットしたため、イギリス選手ウィンダム・ハルスウェルが一人で走る