日本読書新聞1955年11月28日「悪書追放運動を顧みる」(総括)

 日本読書新聞の、悪書追放に関する記事はこれが最後だと思います。あまり調べてないので、以後もあるかもしれないけど、1955年ではないと思う。
 この新聞、というか読書・書評紙がどの程度の影響力があったのか不明ですが、まあ部数的には朝日新聞とか読売新聞よりははるかに少なかったことは間違いないです。

悪書追放運動を顧みる
 
“悪書追放運動”は、一九五五年の動きとして、見逃すことのできない大きなものだった。それは文字通り“全国的”に広がった運動であったといえる。この大運動は、どのように拡がり、どんな成果をもたらしただろうか。もう一度、はじめから、この運動をふりかえってみよう。
 
大きな二つの流れ
 
“悪書追放運動”には、大きくいって二つの流れがある。
 一つは、内閣の中央青少年問題協議会、厚生省児童福祉審議会による「青少年保護育成運動」を中心とするもの、これに呼応した各警察の防犯課を中心とする母の会などの、いわゆる“悪書追放”“三ない(見ない・読ませない・買わない)運動”の動きであり、これは今までのところ、主に発行所不明のエロ・グロ本が対象であった。
 もう一つは、「日本子どもを守る会」を中心とする現場教師、母親などによる、悪書から子どもを守り、悪い内容を何とか良くして行こうという動きで、この方は低俗化した児童雑誌を主な対象にして展開された。
 
エロ・グロ本を対象に
青少協など中心の動き
 
 まず第一の動きをたどってみよう。
 中央青少年問題審議会(会長=内閣官房長官、副会長=関係各省次官)が、本格的に不良文化財問題をとりあげたのは、廿九年七月のことで、「青少年に有害な出版物、映画等対策専門委員会」が設けられ、専門委員として民間代表六名(委員長=伊藤昇氏)と政府委員三名が選ばれ、次の四項目について検討、答申することが依頼された。
1・国民的運動の展開及び啓蒙宣伝の方途について 2・優良な出版物、映画等の推奨の方途について 3・関係業者等の自粛方の方策について 4・特別の立法措置等について
 同専門委員会は、今年一月に入って、昨年中に審議した結果をとりまとめ、関係業界の自粛と世論の喚起を基調とした中間報告を行ったが、同じ一月の十八、十九の同日、東京で開かれた第四回青少年問題全国協議会(各都道府県代表からなる)では、青少年に有害な文化財の問題について、根本的な対策を政府の立法措置に求める傾向が強く(九州六県の地方代表に強かったという)、結局、全体の決議として「新聞、放送、テレビ、出版、レコードに対し自己規制をうながし、さらにある程度の法的措置を政府に要請する」の一項が入ることになった。
 こうして立法取締り要請の声が強まるにつれて、その賛否をめぐって、ようやく世論も高まっていった。専門委員会も審議に審議を重ね、五月になってようやく、関係各界の自粛運動と、良いものを育成する運動をおこすことに力を注ぎ、取締り立法化は今後の研究課題とする旨、答申した。
 中央青少年問題協議会は、この専門委員会の答申にもとづいて、五月九日、「青少年に有害な出版物、映画等対策について」を発表した。それによれば“特別の立法措置はさしあたり必要ないものと認めるが、今後の成行については慎重に注視し、必要な事項について引続き調査研究を行う”こととなった。
 
児童福祉大会
 
 また、五月十八日から二十日まで伊勢市で開かれた第九回全国児童福祉大会でも、立法措置の可否をめぐって活発に論議された末、“国民の良識の力で子どもを守る”という中央青少年問題協議会の決定した線にそって、今後の動きを注目することに落ちついた。
 
「母の会」など
 
 青少年保護育成月間(五月)には各地で、これに呼応した種々の運動が展開されたが、中でもハデだったのは、東京の各警察単位につくられている「母の会連合会」(会長=宮川まき氏、都内約五〇支部、会員三〇万)の動きだった。同会では、出版元不明の印刷の悪いエロ・グロ本が、本屋の裏口や駄菓子屋から、相当数子どもの手に流れていることを心配し、昨年来、その追放に力を注いできたが、五月はじめ東京防犯協会連合会と共同で「悪書追放大会」を開き、関係当局に陳情を行ったのに続き、大会の申し合せに従って、タスキがけ、エプロン姿で各支部毎に家庭にあるエロ本、あくどい児童豆本など約六万冊を回収、裁断機で切り刻んで屑屋に渡す、などの処分を行い、“三ない運動”を展開した。なお同会では、その後、回収本を売った代金で、子どものための文庫を設け、良書に接する機会をつくっている。
 また上野では、上野少年補導婦人会のお母さんたちと中学生が「不良出版物・玩具追放」のプラカードを掲げ、警視庁音楽隊を先頭に、上野の盛り場を行進、解散後、附近の本屋、オモチャ屋を一軒ごとに、不良物は売らないように頼んで歩いた。
 
全国各地でも
 
 大阪でも、市警がワイセツ文書図画の取締りを行い、古本屋、貸本屋の調査をしたほか、五月十三日、市青少年問題協議会、同社会福祉協議会が「青少年の読書対策懇談会」を開いて、市警、各婦人団体、市民生局児童課、出版小売業者の話し合いを行い、青少年問題協議会すいせんの本屋をこしらえ標示する、学校附近の本屋から悪書を追放することなどを業者に要望した。
 その他、新潟県での県民生部主催になる、映画館支配人、書籍小売店主、玩具小売店、紙芝居業者などの懇談会、和歌山県の青少協、青年婦人団体によるエロ本展示、各地警察のエロ本取締りなどがあげられる。
 
条例制定の諸県
 
 政府の手で法律をつくって取締ろうという動きは、反対の世論と関係各界の自粛運動によって見送りとなったが、各都道府県毎に条例を出すことができるため、今年に入ってから、神奈川県、北海道が、これに関する条例を制定している。現在、条例の制定されている県名、条例名は左の通り(カッコ内は制定年月)
▼岡山(昭25年)「図書による青少年の保護育成に関する条例」▼和歌山(26年)「少年保護条例」▼香川(27年)「青少年保護条例」▼神奈川(30年1月)「青少年保護育成条例」▼北海道(30年4月)「青少年保護育成条例」▼なお福岡、長崎、山口の各県も目下考慮中。
 
児童読物を対象に
子どもを守る会などの動き
 
 もう一つの大きな動きは、教師や母親を中心にした純然たる民間からの盛りあがりである。
「日本子どもを守る会」(会長=長田新氏)では、昨年五月、すでに児童雑誌の付録について、出版関係者、図書館、有識者などと話し合いを行うなどに力を注いできたが、今年の三月には調査研究グループが設けられ、四月には東京で三回にわたり、児童雑誌の内容をめぐって編集者、作家、出版社と、母親、教師などとの話し合いの機会をつくり、現在の児童雑誌には残虐性や人命軽視の傾向があまりに強いこと、戦争肯定思想や暴力礼讃の傾向があること等々、良いと思われるものが、少ししかないことを指摘、どうすれば良くなるっかを問題にし続けた。
 この運動は「子どもを守る会」の組織を通じて全国的に強くおしすすめられたが、さらにこの動きを中心に、教室の現場からも、その実態を示すような実例が多く現われた。
 
地域婦人団体
 
 東京都地域婦人団体連盟(代表=山高しげり氏)では、青少年部委員会(部長=志賀八千代氏)を開き、各区青少年部委員の活発な討議を行い、PTAと連絡をとること、社会環境を良くすること、子どもに比べてズレのある母親の時代意識を改めることなどを話し合った。そして各地区書店に、悪いものは店頭に並べないよう、なるべく扱わないよう申し入れた。
 
言論・報道界
 
 二月から四月にかけて、四回にわたって本紙に連載の「児童雑誌の実態」特集および「紅孔雀」「少年ケニヤ」の分析記事は、それが具体的な指摘を基調としたために、この運動の有力な裏付けとなったが、これに応じてラジオ放送、朝日、読売、毎日、東京、日本経済、産業経済などの中央紙をはじめ全国各地の地方紙、週刊誌や、雑誌「学校図書館」「カリキュラム」「教育」「作文と教育」「教育技術」「母と子」などが、何らかの形でこの運動をささえ、おしすすめる記事をとりあげたため、児童雑誌の問題を中心にしたこの動きは、今年の春から夏にかけて全国的な根強い社会運動となった。
 これが、青少年問題協議会によって推進された悪書追放運動とは全く別の、民間から盛り上った動きである。
 
民間三十六団体の子供を守る文化会議
 
 日本子どもを守る会、日本文芸家協会、日本文学協会、児童文学者協会、日本童話会、七日会、教育紙芝居研究会など三十六団体の共催で、十一月十九、廿日の両日、東京神田教育会館で行われた第三回「子どもを守る文化会議」には、全国から七百名に上る母親・教師らが参加し熱心な討議を重ねた。
 とくに1・不良文化財がはびこる現在の社会環境から子どもを守るにはどうしたらよいか 2・子どものための地域的文化活動をどう発展させるか 3・これらの児童文化財をどう発展させるか 4・文化統制の問題をどうするか----などについて母親や教師から持ちよられた切実な悩みを基にして話し合った結果、父母・教師・大学生たちが力をあわせて不良文化財の改善向上に努め、子どもたちが、正しく健康な成長をするために、あらゆる機関機会をとらえて、ますます活発な運動を展開することになった。
 
学校図書館協議会
 
 全国学図書館協議会(会長=阪本一郎氏)でも、本来の仕事としての学校図書館普及に力を入れることが悪書から子どもを守る方法であるという方針のもとに、学校図書館予算の増額を関係各方面に要請したが、その他にも、六月東京で評論家、編集者、警視庁防犯課員などの参加を求めて、協議会「不良出版物から子どもをどうして守るか」を開催したり、悪書の展示会なども開いた。
 さらに十一月十四、五、六の三日間、徳島市で開かれた第六回「国学校図書館研究大会」には約二千五百名の教員が集ったが、ここでも読書指導部会を中心に、熱心な討議が行われ、大会終了後、徳島市民会館で児童雑誌編集者、図書館関係者などの出席を求めて「児童雑誌をよくするにはどうしたらよいか」というテーマについてパネル・ディスカッションを行った。
 
出版界の反省自粛
出団連、立法取締り反対も
 
 このように行政機関を通しての自粛要望と、民間一般からの非難にとりかこまれた出版業界では、取締り立法化反対の態度をとり続け、日本出版協会では、すでに昨年暮、悪書追放、良書普及を主眼とした対業界、対社会、対政府運動の三項目の対策措置を決定していたが、さらに今年の三月「出版物浄化運動展開声明」を発表した。
 さらに前進して五月、出版団体連合会の「出版物倫理化運動実行委員会」による声明書発表、取次・小売商業界の浄化協力の決議文発表などがあり、この運動についての指導者、父兄などの会合には出版社側もすすんで出席し、話し合いに参加、自粛によって取締立法を防ぐよう努力した。
 
作家・画家の反省
 
 また児童雑誌の執筆者側では、山川惣治氏を中心とする絵物語作家の集り「七日会」や、「東京児童漫画会」(会長=島田啓三氏)などが、どうしたら、もっと良い、子どもの喜ぶものがかけるかについて、研究会や、編集者との話し合いを行っている。
 
児童雑誌編集者会
 
 なかでも特異な動き方をしているのは、民間運動の具体的攻撃をまともにうけた児童雑誌界で、今年の四月に発足した「日本児童雑誌編集者会」(理事長=小学館浅野次郎氏)は、機関紙「鋭角」を九月に創刊、すでに第二号を出したが、現在のところ、この会は、児童雑誌攻撃の世論に対抗する完全な自衛組織である。
 しかし、こういう機関紙の存在が、編集者と読者、識者に発言の場を与えて、討論の余地を残しているのは喜ばしいことといえよう。
 
休・廃刊雑誌
 
 エロ本の追放や、児童雑誌の内容が問題になりはじめると、一時それらの売れ行きが落ちたことは事実で、発行所不明の赤本は別として、六月号あたりから休刊・廃刊するものがいくつか出た。
☆廃刊 よい子幼稚園(集英社)30年6月号限り▽幼年(博英社)30・6▽私の幼稚園(同)30・6▽二年ブック(学習研究社)30・6▽三年ブック(同)30・6▽太陽少年(太陽少年社)30・6▽少女の友(実業之日本社)30・6▽夫婦生活(家庭社)30・6▽デカメロン(全日本出版社)30・7▽あまとりああまとりあ社)30・8▽りべらる(白羊書房)30・9
☆休刊 おんな読本(家庭社)30・4▽読物娯楽版(双葉社)30・4▽奇譚クラブ(曙書房)30・5▽風俗科学(第三文庫)30・5▽少女サロン(偕成社)30・8▽幼稚園えほん(秋田書店)30・8▽漫画少年(学童社)30・10
 
新児童雑誌も生る
 
 一方、日本児童文芸家協会(会長=浜田広介氏)編集の「朝の笛」(創刊十一月号)、河出書房の「小学生中級版」「小学生上級版」(共に創刊新年号・十二月中旬発売予定)、講学館の「にっぽんのこども一二年」「日本の子ども三四年」「同五六年」(創刊十一月号)、日本少年児童文化協会の「中学生のなかま」(創刊九月号)など、良心的な雑誌が前後して発刊されだしたのも注目される。
 
混同や誤解もある
真の成果は今後の活動に
 
“悪書追放運動”をふりかえっていえることは、警察、防犯協会、母の会などによって拡められた“三ない運動”と、児童雑誌その他の児童読物の質をめぐる向上運動が、期を一にして強力に展開されたため、この二つの異る動きが混同され、一つの“悪書追放運動”として一般に受けとられたことで、このため二つの動きのどちらもが、すべてのマンガ、冒険、空想物語を子どもからとりあげ、焼いたり破棄したりする、中年女性のヒステリー的運動と誤解した者が、識者の中にもあった。
 そしてこの誤解の上にたった論議がジャーナリズムの一部にあったため、内容の悪さを問われた作家、編集者、出版者に「子どもからたのしみを奪うとは暴論である、子どもは現在出ているものを喜んでいる、子どもはわれわれを支持している」という自己弁護をさせて、肝心な問題がそれる傾向となった。
 また、例えば東京の某三業地の防犯協会、PTA、母の会では、児童読物の筆者に対して「劣悪な作品を書かないで下さい」との申し入れの声明を出し、このニュースを携えて各新聞社を訪れた際、具体的に悪書の名を問われて、石川達三『悪の愉しさ』をあげ、子どもに推せんしたい良書とはと問われて「義理人情を重んずる講談本」と答えたという話があるように、極端なエロ・グロ本から子どもを遠ざけさえすればよいというように考えている者も多かった。
 児童雑誌の内容についても、その残虐性と暴力肯定の傾向、色彩のひどさ、こどばのひどさなどは問題として認めても、戦争肯定見識や、典型的な少女ものの持つ非現実性や、健全な努力を育てる要素がまるでなく、主人公はみな、偶然によって幸福になったり金持ちになったりする話ばかりのこと、ボスや上下の身分関係が児童読物の中で巾をきかせていることなどには無関心な者も多かった。
 
手を結べ母親たち
 
 しかし、この運動を通じて、一番考えさせられるのは、前述の二つの動きが、一般には誤って一つのものとして見られたとはいえ、実際には全然、手を結んでいないことである。
「日本子どもを守る会」では、この運動の推進にあたって、すべての母親が目ざめることこそ、児童読物をよくする道だとして、共に運動をおしすすめるよう地域婦人団体や、母の会連合会への呼びかけを続けてきたが、まだ肩を組んで進むには程遠い状態である。
 これについて、東京都地域婦人団体連盟では「まだ意識の低い会員が多く、子どもを守る会のお母さん方の活発な発言にあうとびっくりするのが実情で、そういうギャップを先ず埋めるよう会員の啓蒙に努めることからやりたい」と言っている。
 また母の会連合会では「理由はいえないが、母の会は、ただ子を思う母の立場からだけ動いているので子どもを守る会の呼びかけには、今後も応えない」という態度をとっている。
 
消えぬ立法化の動き
 
 一方、立法措置によらない有害出版物、映画等の対策を五月に発表した中央児童福祉審議会では、厚生省、文部省、警察などに要請した対策の成果については、これから結果をまとめる段階だということだし、また“三ない運動”はあまり実績があがらず、表紙をかえ中味をとじ直した性雑誌・俗悪本が、ふたたび店頭に現われているという。
 業界自粛の効がないとなれば、目下調査研究中という立法取締りの動きが、いつまた表面化するとも限らない。
 
根気よい努力を
 
 子どもの健全な成長を望む親の心に違いはないと思うが、子どもを守る会、地域婦人団体、母の会、PTAなどが、話し合いによって強力な母の立場をうち出して、今後も現場教師と共に、子どもの環境を守って行く根気のよい努力によって成果をあげてゆくことが、この運動の今後の課題ではあるまいか。

 ということで、ここらへんが1955年の悪書追放運動の総括ということになりそうです。
「三ない運動」と児童雑誌の質の向上運動が別個の運動だった、というのはあまり知られてないかもですね。
 この文の中にある「日本児童雑誌編集者会」の機関紙「鋭角」というのが、どうしても見ることができない国会図書館にも、東京国際マンガ図書館にも多分ない)。小学館の資料室とかに行けばあるのかな?
 

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