朝日新聞1955年2月11日の滑川道夫「青少年読物を健やかに 出版界への警告と民間勢力結集の提案」

 悪書追放運動当時の新聞テキストから。誤字とか読み間違いはお許しください。

青少年読物を健やかに 出版界への警告と民間勢力結集の提案 滑川道夫
 
 青少年を対象とする読物が一面において質的に向上を示しながらも、半面の俗悪娯楽書のハンランはひどすぎる。
 例を影響力のはげしい娯楽雑誌にとってみよう。マンガ絵物語が平均四二%も占めている。その上に別冊付録としてマンガや絵物語の単行本を添えることが流行している。この内容も大部分が怪奇冒険探偵小説・活劇物語・空想科学小説・講談の類である。怪人・魔人・仮面・怪獣が出没し・原子銃がうなり、火星人が攻めて来る。土人が白人に殺される。がまんできないのは、教育基本法児童福祉法・児童憲章の精神をふみにじり民主主義の方向と逆になっていることである。人権の無視はおろか人命軽視、暴力と勇気をすりかえ、偶然の幸福を期待させ、もっとも非科学的な科学小説が正常な空想力をゆがませ、せまい前近代的な任きょう(侠)の精神を正義感としてたたえているのが大部分を占めている。
 
黙視出来ない現状
 
 青少年たちが、おちついた判断をとれずに粗雑サツバツな行動をとり、思慮深さをうしないつつある要因のひとつは、この俗悪娯楽読物にある。教師や親たちをはじめ子どもの幸福をねがう人びとが黙視できない頂点が近づいているように思われる。現状は、まさに昭和十三年内務省が俗悪マンガ絵本の浄化運動にのりだして忌まわしい出版統制へのきっかけを作ったころと類似した現象を呈してきていることはきわめて教訓的である。
 子どもを守る会・主婦連合会・児童文学者協会その他の団体がはやくからこの傾向に対して警告を発してきたが、効果がなかった。さきごろ首相官邸で行われた官製の第四回青少年問題全国会議が、ヒロポン・不健全娯楽・刺激的出版物を中心に討議したと報ぜられている。この会議が不良文化財を中央で取締るように要望したというのは、法律的な措置への接近を物語るものである。このような官僚統制・出版統制への危機がはらまれる現象がかもしだされている。また一時立消えになった文部省の優良図書群推進の動向も一連の官制的統制を予感させるものであった。
 官僚的な統制や禁止による安易で危険な方法は避けなければならない。困難ではあるが、青少年に自主的な判断力を育成する教育と民間の民主的な世論によって是正していくしかない。そこでわたしはつぎのことを提案したい。
 
読書指導への提案
 
 第一、学校は読書指導をいっそう強化して、俗悪読物を徹底的にとりあげて批判力を育てること。読書指導の強化は、主として学校図書館の充実にかかってくる。学校図書館法が通過しても、内容はあまりに貧弱で、スズメの涙ほどの国庫補助金では前途多難である。司書教諭を置くことや、程度の高すぎる「良書」よりも「適書」のゆたかな読書環境をつくってやることが必要である。
 第二、すべての教育関係者・PTA・児童・青少年文化関係諸団体は、子どもの幸福を念願する大乗的立場から、問題の解決のために団結してその勢力の結集をはかること。
 まず父兄の関心と理解を深めるPTAの活動を主体にして、党派根性をすて、政治を離れた広い範囲結集をはからなければならない。一致的歩調をとる民間団体の結集を図るべきだ。それができないとすれば、次に来るものはいやでも官僚統制であろう。
 第三、出版社側は、自発的に自粛声明をだし実行すること。ちょうどニューヨーク州のマンガ業者が先手をうって自粛声明を発したように、業者の戒心の表明を勧告したい。
 読者である子どもたちは、本来的にサツバツな刺激を好んでいるのではなく、マンガ・冒険絵物語・怪魔仮面ものにとりかこまれているために、好まざるを得ないようにしむけられているのである。
 今にして自粛の実を示さなかったならば、かつてのように検閲制度が復活するか、あるいは、それに近い法的措置が講じられるかも知れない。すでに官制的な動向がはっきり見えはじめているのである。自らの首をしめる愚をさけてほしい。
 第四、娯楽読物の一部の作家群の抵抗と自己変革を要望したい。編集者の意に沿わなければ生活ができないという。けれども、生活できなければ、どんなことをしてもいいという意味にはならない。子どもの読書興味を尊重することは迎合することではなくて、開発することであると思う。
 
教訓はいらない
 
 ぎりぎりのところ、子どもをたのしませ、おもしろがらせるだけでもいい。それ以上の教訓性はいらない。ただ学校教育の進む方向にうしろ向きにさえならなければ娯楽読物として意味と価値を持つ。子どもたちを愛する作家諸君は、ちょうど諸君の作品の主人公のように勇敢に、団結して組織の力をもって、出版社に抵抗しなければならない時期がきたと思う。子どもたちの幸福のためにも、生活のためにも。稿料の値上げとともに、せいいっぱいな良心的作品をかくために。(児童問題研究家)

 とりあえず当時は「読書指導」と「イデオロギー」と「自粛(自主規制)」の時代でした。
 最後のはともかく、はじめの2つはあまり聞かないね。読書指導って今でもやっているんだろうか。
 
滑川道夫 - Wikipedia
 ていうかひょっとして、手塚治虫が自分の息子(眞)を成蹊学園に通わせてたころに、学園のえらい人だったのでは?
 
 ぼくの日記では、「桃太郎」に関する言及で、滑川道夫さんのテキストを取り上げたことがありました。
芥川龍之介による「桃太郎」は、日本の軍国主義とかの批判なのかどうか
 ↑昔のテキストだけど、面白いから読んで。
 
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